ミステリ&SF感想vol.19

2001.03.29
『カエアンの聖衣』 『アリア系銀河鉄道』 『完全脱獄』 『同じ墓のムジナ』 『時間帝国』


カエアンの聖衣 The Garments of Caean  バリントン・J・ベイリー
 1978年発表 (冬川 亘訳 ハヤカワ文庫SF512)

[紹介]
 “服は人なり”という独特の思想を追求するカエアン人。彼らが作る衣裳は、敵対関係にあるジアード人の間でも高値で闇取引されていた。その高価な衣裳を満載したカエアンの宇宙船が難破したという情報を受けて、ジアードの密貿易業者が早速衣装の回収に赴いたが、その中には思いがけない威力を秘めたスーツ、カエアン服飾界における最高の天才の手によるフラショナール・スーツが含まれていたのだ。それを身に着けたペデルの運命は激変する……。
 一方、カエアンの特異な文明の起源を探ろうとするジアード文化人類学の権威・アマラは、調査の過程で、全身を覆うスペース・スーツを身に着けて宇宙空間で生活するソヴィヤ人と遭遇した……。

[感想]

 “服は人なり”という思想に基づいてカエアン人がつくる衣裳は、それを身に着ける本人や、その周囲の人間の意識にまでも影響を及ぼしていきます。この奇想を出発点に、さらに様々なアイデアが詰め込まれた作品です。例えば、産まれた直後からスペース・スーツを身に着け、本来の自分の体を臓器としてしか意識しないソヴィヤ人。あるいは、彼らと対立する、“ヤクーサ・ボンズ”(やくざ坊主)に率いられたサイボーグたち。さらには、カエアン人と最高の服飾素材・プロッシムとの出会い。これらのアイデアが織り成す物語はゴタゴタしているようでありながら、こちらが幻惑されてしまうほどの奇妙な魅力を備えています。

 ペデルとアマラは、最終的にプロッシムの原産地で出会うことになります。そこで明らかになる恐るべき秘密、そして衝撃的なラスト。鬼才・ベイリーによる、まぎれもないワイドスクリーン・バロックの傑作です。

2001.03.16読了  [バリントン・J・ベイリー]



アリア系銀河鉄道 三月宇佐見のお茶の会  柄刀 一
 2000年発表 (講談社ノベルス ツG-01)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 たびたび幻想的な事件に巻き込まれてしまう宇佐見博士を主人公としたファンタジー・ミステリの連作短編集です。短編4作+ボーナストラック1篇に加えて、佳多山大地・二階堂黎人・福井健太・巽昌章といった錚々たるメンバーによる解説が収録されています。
 なお、「解説」と「あとがき」にはネタバレが含まれているので、本文より先に読まないようご注意下さい。

「言語と密室のコンポジション」
 いつものように紅茶を飲んでいた宇佐見博士は、三月ウサギならぬ“字義原理・実存の猫”に導かれ、字義がそのまま現存する世界“ベテルの塔”へとやってきた。濁音や半濁音が存在できない“清音の部屋”の奥、“言霊実存の部屋”で、書記監督官のテレサ女史が殺されてしまったのだ。だが、部屋は施錠された密室状態だったにもかかわらず、室内には犯人の姿も、凶器さえも見つからなかった。代わりに、見知らぬ男の死体が……。
* * *
 “言語がそのまま現実に影響を与える世界”という設定は魅力的ですが、本格ミステリとしてはいただけません。その理由は、本格ミステリとしては設定が緩すぎることにあります。つまり、この作品では特殊な舞台設定を導入することでミステリの枠が拡張され、新たな謎が生み出されてはいるものの、ミステリとしてのルール設定が不十分であるため、明確なルールに基づく合理的な解決とは言い難いものになっているのです。
 したがって、この作品は本格ミステリとして読むのではなく、特殊な設定によって生み出されるナンセンスぶりを楽しむべきでしょう。

「ノアの隣」
 宇佐見博士が意識を取り戻すと、そこは伝説の大洪水の世界だった。目の前には、島に停泊中のノアの方舟、そして白い石造りの館。さらに、館の中にはもう一つの方舟が収められていたのだ……。
 再度の洪水を避けるため、宇佐見博士はノアら一行とともに方舟で航海に出たが、彼らが島に戻ってくると奇蹟が起こっていた。余裕のない部屋に収められていた方舟が、なぜか逆方向を向いていたのだ。そして太陽が西から昇った……。
* * *
 神話と進化論を並立させた、ユニークな作品です。ここで展開される進化論にはかなり無理があるものの、面白いアイデアではあると思います。願わくば、方舟に乗せられた動物たちにも触れてほしかったところではありますが。
 謎については、それこそ奇蹟とも思える壮大なもので、特殊な設定を見事に生かした豪快なトリックが非常によくできていると思います。解決部分で一点気になるところもありますが、まずまずの作品といえるのではないでしょうか。

「探偵の匣」
 お茶を飲んでいた宇佐見博士のところへ、ミリガン医学博士がやってきた。死に瀕した吉武博士が彼に会いたがっているというのだ。吉武博士は妻を撲殺され、自身も殴られた上に毒を盛られたのだった。そして現場には、なぜか重ね合わされた状態のグラスが残されていた。事件の謎を推理する吉武博士と宇佐見博士が到達した真相は……。
* * *
 この作品では、次々と登場する探偵役がユニークです。それぞれの推理には説得力もあり、A.バークリイ『毒入りチョコレート事件』に通じるところがあるように思います。その中にあって、細かい手がかりを余すところなく活用し、最後に提示される事件の真相は見事です。

「アリア系銀河鉄道」
 宇佐見博士は、14歳の少女・マリアとお茶を飲んでいた。マリアの父・鶴見未紀也は宇佐見博士の旧友だったが、何者かに毒殺されてしまったのだ。毒薬は皮膚への接触によって吸収されるものだったが、どこに仕掛けられたのかはまったく不明だった。さらに、未紀也の死とほぼ同時に、付近の刑務所から囚人が脱獄するという事件も発生していた。二つの事件は関連しているのか? 検討を重ねる宇佐見博士とマリアだったが、その目の前に蒸気機関車が突然姿を現し、二人はそれに乗り込んで銀河鉄道の旅に出た……。
* * *
 宮沢賢治『銀河鉄道の夜』をモチーフにした作品です。隠喩と象徴に満ちた銀河鉄道の旅は、非常に興味深いものがあります。事件の方もまずまずで、最後にユニークな大技が炸裂しています。
 ただし、この作品に説明を付け加えた「あとがき」には、単に蛇足であるという以上に、非常に大きな疑問が残ります。明らかに余計な説明はしない方がよかったと思います。

「アリスのドア 〜Bonus Track〜」
 宇佐見博士は石造りの部屋の中で目を覚ました。目の前には二本足で立つ白いウサギ。彼は宇佐見博士に“この部屋から出なければどこへも行けない”と告げた。だが、部屋のドアは高さ30センチほどのものが4つ、菱形に並んでいるだけだった。使えそうな物は、サイズの違う3組の鍵と、2種類の薬瓶。宇佐見博士は懸命に頭を働かせるが……。
* * *
 最後の番外編は事件が起きるわけではなく、よくできたパズルを中心にした小品です。“アリス”のモチーフも生かしながら、鮮やかに提示される解決が見事です。

2001.03.19読了  [柄刀 一]
【関連】 『ゴーレムの檻』



完全脱獄 The House of Numbers  ジャック・フィニイ
 1956年発表 (宇野輝雄訳 ハヤカワ・ミステリ678・入手困難ネタバレ感想

[紹介]
 世界三大刑務所の一つ、厳重な警備を誇るサン・クエンティン刑務所。囚人のアーニイ・ジャーヴィスは、どうしても脱獄しなければならなかった。一週間前、ひそかに看守を殴り倒したアーニイだったが、たった一人目撃者がいたのだ。仮出獄したその男が戻ってきて証言する前に脱獄しなければ、看守に抵抗した罪でアーニイは死刑になってしまう。かくしてアーニイは、弟のベンと恋人のルースの助けを借りて、奇想天外な脱獄計画に挑む……。

[感想]

 絶対に不可能と思われる刑務所からの脱獄計画をスリリングに描いた作品です。まず、アーニイが危険を冒して脱獄しなければならない理由がよくできています。この作品の発表当時、実際にこのような法律があったのかどうかはわかりませんが、アーニイが死刑から逃れるためには脱獄しか道はなく、無謀な計画を実行するのにも十分な必然性があります。加えて、目撃者(アーニイの名前は知りませんが、顔は覚えています)が証言をする前に脱獄しなければならないわけで、アーニイたちはのんびりと計画を実行している暇はありません。このことが、サスペンスを一層高めています。

 また、全体の構成が非常に秀逸です。物語はアーニイの視点とベンの視点でほぼ交互に進行し、塀の内側と外側の動きがそれぞれに描かれることで、非常に大胆な脱獄計画が少しずつ読者に明らかになっていきます。また、アーニイのために危険な状況に追い込まれたベンとルースが次第に惹かれ合っていく一方で、アーニイ自身もそのような状況を危惧し、焦燥に身を焼かれる様子が見事に描き出されています。この、三人の男女の間で高まっていく緊張感こそが、終盤に至っても息切れすることのない展開の原動力となっています。

 そして、すべてが収束し、何ともいえない後味を残すラスト。まったく無駄な要素のない、スマートな傑作です。

2001.03.25読了  [ジャック・フィニイ]



おなじ墓のムジナ 枕倉北商店街殺人事件  霞 流一
 1994年発表 (カドカワ・ノベルズN61-1・入手困難ネタバレ感想

[紹介]
 早朝、商店街の入り口に置かれた大きな信楽焼のタヌキ。一体誰が、何のために? だが、それが事件の始まりだった。書店には頼みもしないタヌキそばが十杯も配達され、喫茶店の前には茶釜が置かれるなど、奇妙な出来事が頻発する。そしてついに、商店街の仲間が殺害されるという事件が起こってしまった。現場にはやはりタヌキがらみの……。

[感想]

 長編1作ごとに趣向を凝らす霞流一ですが、このデビュー作は“タヌキづくし”のミステリです。この作品ではお得意の“滑りそうなギャグ”が控えめなのが残念ですが、主人公を始めユニークな人物が多数登場し、ユーモラスな雰囲気に仕上がっています。

 ミステリ部分については、やはり“タヌキづくし”の謎とその理由がまず目につきますが、何といっても細かい手がかりに基づいて犯人を絞り込む過程が圧巻です。ただ、ここに一点だけがあるように思えるところがやや残念ではありますが。

 商店街を舞台にしているためか、登場人物がやや多すぎて区別がつきにくいという難点があり、また終盤の手際の悪さも目に付きますが、基本的には読みやすく、ユーモア・ミステリとしてまずまずの出来といえるでしょう。

2001.03.26再読了  [霞 流一]



時間帝国  川又千秋
 1984年発表 (カドカワ・ノベルズ24-2・入手困難ネタバレ感想

[紹介]
 禁断の泉のほとりで結ばれた旅人と村の娘。しかし男は去り、娘が産み落とした男の子は、村の掟にそむいたその出生のために名前も与えられず、町の老夫婦に引き取られた。やがて成長した男の子は、いつしか東西に伸びるセラファン街道をひたすら西へと旅していく。しかし、彼を待っていたのは過酷な運命だった……。

[感想]

 “時間テーマ”ファンタジックなSFです。作品の基本アイデアは非常に大胆な形で示されているので、読み進んでいくうちにおおよその展開はわかってしまうことでしょう。それでも、幻想的な世界を舞台にした名もない少年の冒険、その遥かな旅は非常に魅力的です。物語が幕を閉じるときにはタイム・パラドックスなどどうでもよくなってしまい、読み終えてもいつまでも余韻を残す、そんな素敵な作品です。

2001.03.27再読了  [川又千秋]


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