ミステリ&SF感想vol.43

2002.09.22
『薪小屋の秘密』 『ワイヤレスハートチャイルド』 『21世紀本格』 『タイム・パトロール』 『眠りをむさぼりすぎた男』


薪小屋の秘密 Something Nasty in the Woodshed  アントニイ・ギルバート
 1942年発表 (高田 朔訳 国書刊行会 世界探偵小説全集20)ネタバレ感想

[紹介]
 孤独な人生を送ってきた中年女性アガサは、ある日奇妙な新聞広告に目を止めた。それは、匿名の広告主が結婚相手の女性を求めるものだった――広告を通じて、若くハンサムなエドマンドと知り合い、結婚することになったアガサは、エドマンドとともに田舎で暮らし始めた。しかし、幸福な結婚生活も束の間、些細なことからアガサの胸中にエドマンドへの疑惑が芽生え始める。夫は恐るべき“青髭”なのか? そしてある日、ついに彼女は薪小屋に隠された秘密を知ってしまった……。

[感想]

 前半は主にアガサの視点で記述された心理サスペンス風で、予想外の幸福を手に入れた喜びと、そこに忍び寄ってくる不安が丁寧に描かれています。が、そのサスペンスは中盤で最高潮に達してしまい、どうなることかと思っていると、後半は一転してエドマンドを中心としたスリリングな展開になっています。次第に窮地に追い込まれながらも、したたかに切り抜けようとするエドマンドからは目が離せません。そして突如訪れる予想外の展開、さらに急転直下のラスト。やや気になる部分もないではないですが、非常に巧妙なプロットが冴える作品です。

2002.08.20読了  [アントニイ・ギルバート]



ワイヤレスハートチャイルド  三雲岳斗
 2001年発表 (徳間デュアル文庫 み1-2)ネタバレ感想

[紹介]
 ウェイトレスをつとめるロボット“なつみさん”とともに喫茶店で働くアルバイト・松浦宮城は、ゆえあって不思議な少女・川瀬和緒を預かることになった。彼女は近所の中学校で起きた転落事故に関わっているのではないかと噂され、居場所を失って逃げてきたのだ。気になった宮城はやがて、転落事故の真相を探り始めるが……。

[感想]

 SF的設定の導入されたミステリですが、SF要素とミステリ要素が直接絡み合う部分が少ないため、いわゆる“SFミステリ”とはやや違った印象を受けます。とはいっても、決してまとまりのない作品というわけではありません。SF設定はロボット+α、ミステリ部分はいわゆる“日常の謎”に近いものですが、これらはそれぞれに別ルートでテーマへとつながっているように思えます。つまり、小ネタ(といってしまいましょう)の積み重ねによってテーマが形作られているタイプの作品です。

 SF的設定が導入されている割に派手さはありませんが、コンパクトにまとまったハートフルな佳作といえるでしょう。

2002.08.27読了  [三雲岳斗]



21世紀本格  島田荘司 編
 2001年発表 (カッパ・ノベルス)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 “二十一世紀の本格ミステリーが進む方向の指標”を求めた島田荘司の“執筆依頼状”に応えて寄せられた作品群に、島田荘司自身の作品を加えた8篇からなるアンソロジーです。いずれも意欲的な作品が揃い、ミステリのアンソロジーとしては非常にユニークなものとなっています。しかしながら、島田荘司の提唱する“二十一世紀型の本格”という概念はわかりにくいのではないでしょうか。

 島田荘司は“執筆依頼状”の中で、“私の考える新しい本格のミステリーには、最新科学の知識も是非とも必要なのです”と述べていますが、“二十一世紀型の本格”を直ちに“最新科学の知識を導入したミステリ”ととらえることはできません。なぜなら“旧来のものを先鋭化した”作品も同時に是認されているからです。具体的なラインナップを見ても、科学ミステリ「神の手」・「ヘルター・スケルター」)、SF風ミステリ「メンツェルのチェスプレイヤー」・「AUジョー」・「トロイの木馬」)、擬似科学ミステリ「百匹めの猿」)、旧来のミステリ「原子を裁く核酸」・「交換殺人」)といった感じで、結局のところ、何となく新しさを感じられる(ような)ミステリという、つかみどころのない概念としか受け取れません。

 さらにいえば、その“新しさ”さえもあまり感じられません。例えば“最新科学の知識”に関して、島田荘司は“執筆依頼状”の中で、“十九世紀型”のミステリーにおける「幽霊」と「科学」の対立は消滅し、今や「幽霊」と「科学」が共存並立する時代であると述べていますが、これは明らかに誤認でしょう。「幽霊」と「科学」はどちらもある現象を解釈するための手段であり、方向性としては対立しているといえますが、その観点からみれば“共存並立”する余地はまったくなく、対立構造は依然として持続しているのですから。現代の「幽霊」が「科学」によって生み出されるということを意味しているのかもしれませんが、この構図もまた従来と変わりはないでしょう。また、“旧来のものを先鋭化した”作品にどのような“新しさ”があるのか、今ひとつよくわかりません。

 もちろん、本書にはすぐれた作品も収録されていますし、面白いアンソロジーであることは間違いないのですが、そのコンセプトには疑問が残ります。

「神の手」 (響堂 新)
 “神の手”とも呼ばれる卓越した技術を医学者が作り上げた〈生殖医学研究所〉で、研究員の一人がゴリラに殺されてしまう事件が起きた。不幸な事故とも思われたのだが、その奥には恐るべき秘密が隠されていた……。
 10年ほど前であればSFとして扱われたかもしれない作品で、個人的にはさほど衝撃的ではありませんが、テーマは十分に重いものです。科学ネタを盛り込みすぎてストーリーがやや散漫になっている印象を受けますが、これは仕方ないところかもしれません。

「ヘルター・スケルター」 (島田荘司)
 脳に障害を抱え、記憶を失ってしまった男。彼はビートルズ「ヘルター・スケルター」の幻聴に悩まされ、暴力的な衝動を見せるのだった。女医との会話を通じて記憶を取り戻そうとする彼は、やがて数奇な体験を語り始める……。
 全編を通じて描き出される幻想、そして二転三転するプロットがお見事。科学ネタと物語のバランスも絶妙です。

「メンツェルのチェスプレイヤー」 (瀬名秀明)
 ロボットとチェスの勝負をするために児島教授に招待されたレナは、“ぼく”とともに教授の屋敷を訪れた。だが、いつしかその勝負は命がけのものになっていた。教授がロボットに殺されてしまったのだ。一体なぜ……?
 科学を基盤にしたテーマと謎の見事な融合。島田荘司が意図したものとはやや異なるようにも思えますが、この作品こそが“21世紀本格”の一つの方向性を示しているといえるのかもしれません。ユニークなホワイダニットであるとともに、全編を覆う緊迫感が魅力です。作者の仕掛けには今ひとつ効果的でないものもありますが、本書中のベストでしょう。
 なお、作中にE.A.ポー「モルグ街の殺人」のネタバレがあるのでご注意下さい。

「百匹めの猿」 (柄刀 一)
 東西の探偵たちが集まった山荘のパーティ。話題はいつしか、一年前にこの山荘で起きた転落事故へと移っていった。夜中に突然起き上がった夫が、サンルームのガラス窓を突き破って崖下へ転落し、死んでしまったのだ……。
 ミステリ部分はまずまずといえるかもしれませんが、序盤から擬似科学の理論(トンデモ)が登場し、終盤には突如意外な展開をみせています。正直なところ、今ひとつよくわからない作品です。

「AUジョー」 (氷川 透)
 難病によって人口が激減し、文明が崩壊しかけている未来。顔なじみの男がナイフで刺され、“ジョーにやられた”という言葉を残して死んでしまうという事件が起きた。だが、“ジョー”とは一体何者なのか……?
 SF的な設定のもとでロジックを駆使した、SFミステリ的な作品です。推理のプロセスはよくできていますが、結末が今ひとつ面白みに欠けるのが残念です。

「原子を裁く核酸」 (松尾詩朗)
 会社の実験室で三人の死体が発見された。そのうち二人の死体は切断され、上半身同士・下半身同士をベルトで結びつけられていた。残る一人はナイフで喉を突いて自殺したとみられたのだが、あまりにも異常な状況に……。
 あまりにも無茶な作品です。いくら何でもそんなことをするとは思えない上に、ネタ自体にもミスがあります。登場人物が非常に不自然なのも問題です。本書の中で際立った駄作といわざるを得ません。

「交換殺人」 (麻耶雄嵩)
 依頼人は、泥酔したあげく、見知らぬ男と交換殺人の約束をしてしまったという。酔いが醒めてみると約束を実行する気はなくなっていたのだが、別の何者かが、自分が殺すはずだった人物を殺してしまったらしい……。
 “交換殺人”というありふれたテーマにひねりを加えた作品です。終盤に明らかになる事件の構図は非常にユニークで、ミステリとしては最も面白い作品といえるかもしれません。意味ありげなラストはよくわかりませんが。

「トロイの木馬」 (森 博嗣)
 誰もが現実の世界よりもネット上の仮想現実の世界に基盤を置く時代。サーバへのハッキング経路を調べていた“僕”は、ある研究機関の秘密に関わることになってしまった。そして事件に巻き込まれていった僕は……。
 どこかで読者を突き放してしまうような、あるいは読者に対して問いを投げかけるような、いかにも森博嗣らしい作品です。“本格”といえるのかどうか疑問もないではないですが、独特の魅力を備えているのは間違いありません。

2002.09.04読了  [島田荘司 編]



タイム・パトロール Guardians of Time  ポール・アンダースン
 1960年発表 (深町真理子・稲葉明雄訳 ハヤカワ文庫SF228)

[紹介と感想]
 タイムトラベルが実現した世界における、歴史の改変を防ぐための機構〈タイム・パトロール〉の活躍を描いた古典的な作品です。20世紀のニューヨークでスカウトされた退役軍人マンス・エヴァラードを主役として、様々な時代を舞台に繰り広げられる冒険は魅力に満ちています。扱われる事件が次第に大きなものになっていくよう、作品が配列されているところも効果的です。

「タイム・パトロール」 Time Patrol
 スカウトを受けてタイム・パトロールの一員となったマンス・エヴァラードに、早速初仕事がやってきた。ヴィクトリア朝のロンドンで、古墳の中から不可解な物体が発見されたのだ。しかもそれは、タイムマシン強奪事件と関わりがあるらしい。エヴァラードは同僚とともに、古墳が作られた紀元5世紀へと跳航したが……。
 ヴィクトリア朝ロンドンの名探偵が登場しているのはご愛敬。メインの事件は比較的すんなりと解決されますが、その後にさらに一騒動が待ち受けています。シリーズ第1作として、申し分のない作品です。

「王者たるの勇気」 Brave to Be a King
 同僚のキース・デニスンが、古代ペルシャへ調査に向かったまま消息を絶ってしまった。キースの妻・シンシアの依頼を受けたエヴァラードは、古代ギリシャ人を装って現地で捜索を続け、ようやくキースを発見することができた。だがキースは、歴史の罠に囚われてしまっていたのだ……。
 キースが陥ってしまった苦境が印象的です。そして、皮肉なラストが何ともいえません。ただ、最終的な解決はタイムパラドックスを生み出しているようにも思えるのですが……。

「邪悪なゲーム」 The Only Game in Town
 13世紀のアメリカで、風変わりな人々の集団が発見された。ユーラシア大陸を席巻した蒙古人が、北米にも探検隊を送り込んでいたのだ。だが、その記録は歴史には残されていない。歴史を正しい軌道に保つため、エヴァラードは蒙古人たちを全滅させなければならないのか……?
 モンゴル人による“アメリカ大陸発見”という秀逸なアイデアに加えて、歴史を守るために重い決断を下さなければならないエヴァラードの葛藤が作品の重要な要素となっています。本書中ベストの作品です。

「滅ぼさるべきもの」 Delenda Est
 原始時代での休暇に飽きたエヴァラードは、20世紀のニューヨークへと戻ってきた……はずだった。だが到着してみると、街も、人々も、そして世界全体もまったく姿を変えていた。何者かが歴史の改変に成功したのだ。変わり果てた世界で、エヴァラードは歴史を元へ戻そうと奮闘するが……。
 カオス理論の“バタフライ効果”を思い起こさせる、大きく変貌した世界の姿が印象に残ります。

2002.09.06読了  [ポール・アンダースン]
【関連】 『タイム・パトロール/時間線の迷路』



眠りをむさぼりすぎた男 The Man Who Slept All Day  クレイグ・ライス
 1942年発表 (森 英俊訳 国書刊行会 世界探偵小説全集10)ネタバレ感想

[紹介]
 フォークナー兄弟――快活な大金持ちのフランクと嫌われ者のジョージ――が開いた週末パーティに招かれたマリリーは、翌朝、ジョージが寝室で喉をかき切られているのを発見した。だが、夫に疑いがかかるのを怖れた彼女は、事件を誰にも告げることができないまま苦悩する。やがて、ジョージに弱みを握られていた招待客たちは次々と密かに寝室を訪れ、ジョージの死体を発見するが、それぞれの事情により口をつぐんでしまう。疑心暗鬼の中、長い一日がようやく終わりを迎えようとしたその時……。

[感想]

 クレイグ・ライスが“マイクル・ヴェニング”名義で発表した作品です。まずは何といっても、死体の発見者が揃いも揃って口をつぐんでしまうという奇妙な状況が秀逸です。冷静に考えてみるとかなり異常な事態ですが、意外にすんなりと受け入れることができてしまいます。それは被害者のジョージがかなり“イヤな奴”である一方、滞在客たちがそれぞれに魅力的だからでしょう。この作品では視点人物が次々と変わっていきますが、それぞれが事情を抱えて苦慮する様子に加えて、少しずつ他の滞在客たちに好感を持つようになっていく過程がじっくりと描かれているため、読者が登場人物に感情移入しやすくなっています。

 弱みを握られた登場人物たちにはそれぞれに動機があり、誰がジョージを殺したのかは五里霧中のまま、パーティーの終わりの時間が近づいてきます。緊張感が次第に高まっていく終盤の展開は非常に魅力的です。用意されているサプライズが今ひとつ効果的でないのは惜しいところですが、十分に魅力的な佳作です。

2002.09.10読了  [クレイグ・ライス]


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