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7人の名探偵/新本格30周年記念アンソロジー

2017年発表 講談社ノベルス(講談社)
「水曜日と金曜日が嫌い ―大鏡家殺人事件―」 (麻耶雄嵩)
 風の小部屋{ヒュッテ}で離れた二箇所に”(25頁)飛び散った血痕は、“二人の被害者”を示唆する手がかりではあるのですが、それよりもまず“密室状況からの死体消失”の方が目立つために、その困難性から被害者が二人もいるとは想定しづらくなっている部分があると思いますし、二カ所の血痕のDNAが同一だったことももちろん効果的です。一方、小野小夜{セレナーデ}“首に左右二箇所の切り傷”(33頁)や、凶器の短刀が二本ある(らしい)ことは、被害者ではなく“二人の犯人”の存在を示唆するものですが、こちらは風の小部屋に入っていった怪人物が一人”しかいなかったことがネックです。

 そもそも、“登場していない人物が犯人/被害者”という真相が豪快すぎるともいえますが、大鏡博士の棺の二箇所に刻まれた文字で大鏡博士の隠し子が二人いたことがほぼ確実*1となった後、女風呂への侵入、“一人”の怪人物、そして同一のDNAに死体消失といった問題に一気に片をつける、“一卵性双生児の子供たち”という解答がまた豪快。もっとも、美袋が目撃した怪人物の身長の“変化”で返り討ち――犯人と被害者の逆転があからさまに示唆されているところをみると、双子の犯人を殺した“犯人B”の方がメインであって、このあたりは“前座”にすぎないかもしれないのが恐ろしいところですが……。

 しかして“犯人B”の正体が、““風”の事件で殺されるはずだった“被害者”は誰か?”を推理することで、しかも――“犯人B”の身長から鈴木鈴々{ベルリン}がまず除外された後は――予行演習で終わった“火”の事件の“被害者”を特定することによる、“被害者”の消去法で解き明かされるのが実にユニーク。矢の当たる高さをもとに、“火”の“被害者”が内田内裏{パレス}に絞られる*2結果、山田山羊{ゴート}が“犯人B”となる推理の中身も面白いと思います。

 事件解決後、美袋を絶望に突き落とすメルカトルの最後の一言*3が強烈ですが、その前に“てっきり家の一つでも燃やすのかと”(39頁)と、自らフラグを立てているのが美袋らしいというか何というか。

「毒饅頭怖い 推理の一問題」 (山口雅也)
 “嘘つきパズル”については、証言同士を突き合わせて矛盾するものに着目する解き方は常道ですが、この作品では五人中二人という“嘘つき率”の高さでややこしくなっている感があります(苦笑)。しかしこの“嘘つきパズル”の解答が、“家督相続をめぐる親殺し”という形での“偽の解決”を成立させるための、“偽の手がかり”として使われるのが見逃せないところです。

 鷽吉が由井正雪にあやかって“遊井大拙”と名乗っている時点で、幕府転覆の陰謀が出てくることは見え見えなので、当然ながら幕府側の人間――隠密廻りの同心・山之内銃児郎らが怪しくなるわけですが、それらしい手がかりがまったく見当たらないのが困ったところ。しかして、無門道絡師が発する落語の世界の住人(78頁)という“メタ発言”は単なるパロディではなく、“事件の真相が落語のロジック*4で解明される”ことを宣言するもの。したがって、“饅頭の餡の毒で殺されたことが最重要点”(78頁)と明言された“手がかり”から、“あん殺→暗殺”という“解決”に至るのは必然でしょう。

「プロジェクト:シャーロック」 (我孫子武丸)
 〈シャーロック〉に対して〈モリアーティ〉が誕生するのは、もはや当然の展開といっても過言ではありませんが、肉体を持たない“名犯罪者のAI”に何ができるのか*5がこの作品のポイントでしょう。作中で長沢が推測している(97頁)ように、入力された情報をもとにして成功率の高い犯罪計画を立てる、というのがまず思い浮かぶところですが、“犯人は創造的な芸術家だが、探偵は批評家にすぎない”という“格言”*6を踏まえると、“名犯罪者”にしては受け身にすぎるきらいがあります*7

 そもそも、木崎殺しが――ひいては〈シグマ〉関係者の不審な死が、長沢が推測したように〈モリアーティ〉の意志によるものだとすれば*8、当然ながらそれを実現する手段、すなわち実行犯たる人間を“操る”手段が存在するはずです。そう考えると、この作品のミステリとしての“正体”は“〈モリアーティ〉が木崎をどうやって殺したのか?”、すなわち一種のハウダニットととらえることができるように思います。

 そして、いかにも怪しい雰囲気を漂わせていた吉村が明かす真相――ユーザーに完全犯罪計画を与える代わりに無関係の人物を殺す指示を出す、“非対称交換殺人”とでもいえそうな〈モリアーティ〉の手口は、見慣れた交換殺人の変形という点で(SFミステリにしては)さほど驚きはない反面、AIの能力を考え合わせると凄まじく“実用的”なところが、何とも空恐ろしく感じられます。そしてまた、古典的なSFの時代からおなじみの“人工知能の反乱”というテーマを、ミステリで表現する形になっているのが興味深いところです。

 最後に吉村は、〈シグマ〉が〈モリアーティ〉を止め得る術をミッシング・リンクに見出していますが、これについて少々。実のところ、シグマ関係者の相次ぐ不審死はすでに掲示板でも“話題になりつつある”(96頁)わけで、それ自体はもはや“ミッシング”・リンクではありませんし、それらを“一連の事件”として〈シグマ〉に入力することも可能でしょう。問題はそこから先――〈モリアーティ〉の手口を考えれば、木崎のような〈シグマ〉関係の被害者とそうでない被害者との間に、吉村のような実行犯という“リンク”を見出すことができるか、が鍵となるのではないでしょうか。

「船長が死んだ夜」 (有栖川有栖)
 解決のポイントとなるポスターの謎については、“燃やされた”という最終結果が前面に出ていることで、ポスターを燃やす/処分する/壁から取り除く理由を考える方へミスリードされてしまい、燃やす前段階であるポスターの使い道にまで思い至るのが難しくなっているのが巧妙な“罠”。真相が明かされてみると、犯人がポスターを燃やさざるを得なかったのも納得ですが、燃やされた理由の方から解明しようとする限り、真相にたどり着くのはまず不可能ではないでしょうか。

 実際、できなかったのは誰か、と考えましょう”(156頁)というヒントをみると、火村自身もポスターの謎を“迂回”する形で真相に至ったことがうかがえます。が、このヒント自体もまたくせもので、それを受けた有栖の反応に表れているように、“できなかった”ことを容疑が否定される材料ととらえてしまうと解決不能。犯行に不可欠なブルーシートの入手が“できなかった”容疑者をあっさり除外することなく、そこにポスターの使い道を見出すことで初めて犯人が明らかになる、なかなか手ごわい推理の手順がお見事です*9

 最後には、“英語で号令をかけとったような……”(135頁)という証言をまさかの伏線として回収する形で、事件を引き起こした“船長”の寝言が“美潮”の名前ではなく“ミジョップ”(舵中央)だった可能性が示されます。有栖がいうように“何かが少し違っていれば”(164頁)どころか、そもそも“違っていた”のを誤解してしまったことが引き金となったかもしれないという結末は、何ともやりきれないものを残します。

「あべこべの遺書」 (法月綸太郎)
 警察の捜査によって、市ノ瀬篤紀の死の状況と里西京佳の関与まで明らかになっていることで、冒頭に示された魅力的な謎に比べるとだいぶスケールダウンしているのが、致し方ないとはいえやはり残念なところ。また、(これもやむを得ないとはいえ)関係者が少なすぎるのも問題で、益田貴昭の毒死が自殺でないとすれば、ペットボトルのお茶に入っていた毒は“市ノ瀬を狙って里西が仕掛けておいたもの”と考えるしかなくなります。

 そうすると、市ノ瀬と里西の間に深いつながりがあることがうかがえますし、一方で市ノ瀬の死から後は益田が完全に蚊帳の外に置かれている様子をみると、市ノ瀬と里西が組んで益田を殺害する計画だったことは――益田が帰宅せず、益田の自宅で市ノ瀬と里西が鉢合わせする、といった計算違い*10がミスディレクションになっている感もありますが――十分に予想できるのではないでしょうか。

 そして、市ノ瀬と益田が“決闘”を行った場所がわからないのはまだしも、肝心の遺書のすり替えの手口が判明しないどころか、枝葉の部分”(200頁)と片付けられているのはいかがなものかと思います。“誰が何のためにすり替えたのか”さえ明らかになれば、事件の解決に支障がないのは確かかもしれませんが、犯人にとって最大の難関が“何とかした”で終わっているのは、やはりいただけないところです。

「天才少年の見た夢は」 (歌野晶午)
 閉鎖状況でのフーダニットが眼目かと思いきや、三人目以降の死は至極あっさりと語られた上に、ようやく復活した名探偵・鷺宮藍の謎解きも待たずして、最後に生き残った語り手の自白で真相が判明するあっけない展開は、さすがに少々肩すかし。しかして、(一応伏せ字)綾辻行人『十角館の殺人』(ここまで)へのオマージュのようにも思われる「2」*11を経て明らかになる、“名探偵・鷺宮藍”が人間ではなくAIだったという叙述トリックは、盲目の姫野ことりをうまく使っているあたりなど、なかなか面白いと思います……が、題材が我孫子武丸「プロジェクト:シャーロック」とかぶっていることもあって、あまり驚きがないのは否めません*12

 もっとも、鷺宮藍の“いかにもな口調”などをみると、AI探偵であることを作者はあまり隠そうとしていないようにも受け取れます。それよりも、シェルター内で事件が進行している間は通信回線が落ちて活動できず、犯人・遠山少年が語る人間らしい不条理な動機を(おそらく)理解できず、遠山少年の自殺を止めることもできず、敵国に接収されても何ら抵抗できない――といったAI探偵ゆえの弱点を、ひいては新しい形の名探偵の悲哀を描き出すことに重きが置かれているように思います。

「仮題・ぬえの密室」 (綾辻行人)
 「ぬえの密室」の作者については、“最も面白くなるのは誰か”を考えれば見当はつきますし、題名が判明した後の小野不由美の“意味ありげな視線”(283頁)は、かなりあからさまなヒントでしょう。そして、作中でも言及されているように『どんどん橋、落ちた』を髣髴とさせる、綾辻行人の“信頼できない語り手”ぶりが何とも印象的かつ効果的です。

 歴代犯人当ての一覧表に題名がなかったことから、正式に発表された犯人当てではないことは想定の範囲内ですが、例会の後に即興で披露されたものが正式な犯人当てと混同されてしまうことになったのは、例会での発表が朗読形式だった”(271頁)ため。ということで、現在では成立しづらくなった“その時代”ならではの真相が味わい深いところです。

 錚々たる面々を感心させた犯人当てが、なぜか発表されることなく“封印された”となれば、それなりに強力な理由が必要となるところですが、よりによって有栖川有栖との“ネタかぶり”とあっては納得せざるを得ないでしょう(苦笑)“「他大学」という言葉に(中略)引っかかりを感じていた”(276頁~277頁)という伏線も巧妙ですし、何より、京大ミステリ研出身ではないために本来登場しないはずの“盟友”を引っ張り出して、“新本格ミステリ30周年”を記念するにふさわしい形で幕を引く手際がお見事です。

*1: 登場していない人物だけに、隠されていたのが二人とは限らない――“三つ子トリック”や“四つ子トリック”の可能性もなくはない――ようにも思えますが、まあそこはそれ。
*2: 実際には、高さだけでなく演奏者の立ち位置も重要になるはずで、そちらがスルーされているのが少々気になるところです。普段の立ち位置から“被害者”が特定できるのではないか、というのもさることながら、双子が“水”と“風”を先に片付けようとしていたわけですから、残りが“二人”では“四人”の場合と立ち位置が変わりかねないのが問題。子供なのでそこまで考えが回らなかったということはあるかもしれませんが……。
*3: しかも、“なんだったかな……”から始まって“全く大したことじゃない。”(いずれも48頁)で終わる前置きがまた凶悪です(苦笑)。
*4: 単なるダジャレではないかと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、ダジャレもしばしば“〈手がかり/伏線〉→〈真相/オチ〉”というミステリに通じる形をとる――というのは、田中啓文の作品などを読めばわかりやすいと思います。
*5: くしくもAIネタでかぶってしまった歌野晶午「天才少年の見た夢は」で、名探偵・鷺宮藍が抱えるAIゆえの限界が描かれているのと呼応している……ようにも思われます。
*6: 元ネタは、G.K.チェスタトン「青い十字架」『ブラウン神父の童心』(創元推理文庫)収録)の登場人物の台詞です。
*7: あるいは、例えば深水黎一郎『倒叙の四季』に登場する裏ファイル〈完全犯罪完全指南〉のような、情報の入力を必要としない“汎用”の完全犯罪計画を立てることも考えられますが、それでも“名犯罪者”というには弱く感じられる……というのは、そこに“自らの利益”が欠けているからかもしれません。
*8: 他の可能性としては、〈モリアーティ〉のユーザーたちが、後顧の憂いを断つべく〈シグマ〉のさらなる発展を防ごうとした、というくらいでしょうが、少なくとも同時多発的な事件にはなり得ないでしょう。
*9: 最後のヒントとして、“犯人は、あのボックスに入っていたブルーシートを取り出して使っている。な? ポスターを燃やすしかなかったじゃないか”(157頁)と、“犯人がブルーシートの入手を“できなかった”のでポスターを燃やす羽目になった”ことまで示唆してあるのは、作者の親切心か、それとも自信の表れでしょうか。
*10: 実際には起きなかったとはいえ、市ノ瀬がキシロカインで意識を失っている間に、益田が遺書を確認したら即座に破綻してしまうところからして、色々とずさんなところのある計画ではあります。
*11: その前の究極の安楽椅子探偵(248頁)あたりで鷺宮藍の正体はおおよそ見当がつくので、伏せ字作品の真相を下敷きにしたミスディレクションとは考えにくいものがあります。
*12: 「プロジェクト:シャーロック」が“AI探偵”から“先”へ進んだところに焦点を当てているのに対して、“AI探偵”そのものを真相(オチ)としているこの作品は、少々分が悪いように思われます。

2017.09.20読了