ミステリ&SF感想vol.224

2017.05.05
『シャーロック・ノートII』 『この闇と光』 『大帝の剣1〜4』 『倒叙の四季』 『ミステリ・ウィークエンド』



シャーロック・ノートII 試験と古典と探偵殺し  円居 挽
 2016年発表 (新潮文庫nex ま45-2)ネタバレ感想

[紹介]
 探偵養成学校・鷹司高校で行われた、シャーロック・ホームズの活躍を描いた“正典”に関する試験。正典研究部に所属しているとはいえ、その試験で誰もが予想外の好成績を修めた少女・時巻暦に、カンニング疑惑が持ち上がる。生徒会長経由で疑惑の解明を依頼された剣峰成と太刀杜からんは、暦の身辺を調査して事件を解決した――はずだった。だが、やがてカンニングの新たな証拠が発見され、真偽は生徒会裁判に委ねられることに。かくして、成とからんに達人の技を見せつけた伝説の名探偵・金田一剛助をはじめ、“九哭将{ナインテイラーズ}”の面々が傍聴する〈将覧仕合〉が始まった……。

[感想]
 『シャーロック・ノート 学園裁判と密室の謎』に続く、探偵養成学校を舞台とした学園ミステリのシリーズ第二弾。前作では、主人公・剣峰成の過去など学外でのエピソードにも多く筆が割かれていましたが、本書では“正典試験”でのカンニング疑惑を軸として、趣の異なる三つの章すべてで学内の出来事が扱われています。探偵を目指すライバルとなる(太刀杜からん以外の)同級生たちや、担任教師の台場我聞など、学内の新キャラクターにも光が当てられ、より学園ミステリらしくなった一作です。

 まず第一章の「試験と名探偵」は、発端となるカンニング疑惑の発生から、成にとっての(依頼を受けての)“初仕事”の顛末が描かれていますが、このカンニング疑惑がなかなか厄介。不自然な好成績から生じた疑惑でしかなく、手がかりは皆無に等しいため、“どうやってカンニングができたのか”よりもむしろ、“どうやって解明できるのか”の方が見どころとなるわけですが、その最終的な処理まで含めて、推理/解決をしばしば“勝負”として演出する作者の作風に合致している、というべきかもしれません。

 第二章の「古典と名探偵」では一旦カンニング疑惑から離れて、鷹司高校の顧問をつとめる“九哭将{ナインテイラーズ}”の一人、伝説の名探偵・金田一剛助が登場するエピソード。その活躍を小説を読んだ成が、金田一の“防御率”の悪さを指摘するところにニヤリとさせられます*1が、それはあくまでも“世を忍ぶ仮の姿”*2。ということで、倒叙ミステリ風に進行する犯人の物騒な計画に対して圧倒的に上を行き、“防御率”が悪いどころか“正反対”の結末をもたらす金田一の手並みは、まさに“神技”。変則的な倒叙ミステリ*3の形をとることで、リアルタイムで進行する犯人と探偵の“勝負”を描いた、これまた作者らしいエピソードといえるでしょう。

 そして本書のおよそ半分を占める第三章「学園裁判と探偵殺し」は、作者お得意の法廷劇が満を持しての登場となりますが、丁々発止の論戦の合間に回想という形で、告発者たる二人の同級生――“九哭将”の千草泰宗の養女・千草浅葱と、かつて名探偵として活躍した芥山忌一郎の孫・芥山残――がそれぞれに探偵を目指す背景が描かれ、物語に厚みが加わっています。もちろん裁判そのものも見ごたえがあり、思わぬ窮地に追い込まれた成が土壇場で持ち出す衝撃的な“証拠”は特筆もの。そしてそこからの鮮やかな大逆転と、とんでもない真相もお見事です。

 舞台が探偵養成学校であるがゆえに、(学園ミステリとしては珍しいことに)教師らによる指導がミステリのプロットにうまく組み合わされ、全篇を通じて重要な要素となっているのも目を引くところで、シリーズのテーマの一つと思しき“探偵の卵”たちの成長を描く上で、大きな効果をあげていると思います*4。一方、“敵”の全貌はまだまだ判然としないものの、その思惑の一端は微妙に匂わされており、これからどのような展開を迎えるのか、次作以降もまた大いに楽しみです。

*1: いうまでもなく、元ネタの金田一耕助を意識したものでしょう(→「金田一耕助#殺人防御率 - Wikipedia」を参照)。
*2: 同じ世界が舞台となっている『キングレオの冒険』でもそうでしたが、探偵が扱った事件が小説などでメディア展開される際には、場合によっては大幅に脚色されることになっています。
*3: 石持浅海『君の望む死に方』や北山猛邦『猫柳十一弦の失敗』などにも通じるところがあります。
*4: このあたり、同じように探偵養成学校が舞台でも主人公たちがすでに“完成した探偵”のような古野まほろ『セーラー服と黙示録』のシリーズとは、だいぶ趣が違っています。

2016.03.17読了  [円居 挽]
【関連】 『シャーロック・ノート 学園裁判と密室の謎』



この闇と光  服部まゆみ
 1998年発表 (角川文庫 は10-4)ネタバレ感想

[紹介]
 失脚した父王とともに森の奥の小さな別荘に幽閉された、幼い盲目の王女・レイア姫。厳しい侍女・ダフネの言動に怯える一方、優しい父と過ごす時間が楽しみだった。国民の不満を抑えるために、時おり城下や国の外れまで出かけていく父だったが、レイアに様々なプレゼントを持ち帰り、物語を語り聞かせ、文字も教えてくれた。かくして、父が与える美しい物語と音楽に囲まれて成長したレイア。しかし13歳になったある日、ついに暴動が起きたことを知らされ、父が不在のまま、ダフネに連れられてレイアは別荘の外に出ることになったのだ……。

[感想]
 『時のアラベスク』で第7回横溝正史賞を受賞した服部まゆみの第六長編で、第120回直木賞候補作にも選ばれた、作者の代表作といってもよさそうな作品です……が、巻末の皆川博子氏の解説にもあるように*1予備知識なしで――カバーや帯の紹介文も見ることなく――読んだ方がいいのは間違いないと思われるので、紹介するのが非常に難しいところではあります。とりあえずは、題名の通り“闇”と“光”を――その美醜を鮮やかな対比で描き、物語の力を浮かび上がらせた魅力的な作品、といえばいいでしょうか。

 以下は蛇足で、多少の予備知識がある方に向けたものです。

 カバーや帯に色々書いてあるのは、出版社としてもやむを得ないところかもしれませんが、個人的な意見として、本書はミステリとして読まない方が楽しめるのではないかと思います。ミステリとして読むことができる、つまりミステリ的な手法が使われているのは確かではあるのですが、(誤解を恐れずにいえば)謎や真相にはそれほど重きが置かれていない印象。むしろ、ミステリという観点からは一種の“弱点”と受け取られそうな部分もあり、そのために評価が難しくなってしまうのではないかと思われます*2

 少しだけ具体的にいえば、ある部分は比較的見当をつけやすいように書かれている節がある一方、他の部分については手がかりや伏線が皆無に近く、読者が謎を解く/真相に思い至る/手がかりや伏線に納得する、といった楽しみ方は、あまり想定されていないように感じられます。それよりも、レイアが“闇”の中で何をどのように感じ、どのように育ち、“光”の中で何を思うのか、といったあたりが本書の魅力であり、またそのために物語がどのように作り上げられているか、が見どころではないでしょうか。

*1: “この本を手にされた読者には、何の予備知識も先入観もなく、本文を読まれることをお勧めします。”とされています。
 どう考えても解説が非常に難しい作品ですが、本書の内容に触れるのは必要最小限としながら、作者の経歴や作風を手厚く紹介することで、その魅力を伝えようとする皆川博子の解説は、お見事というべきでしょう。
*2: 直木賞の選評にも、そのあたりが表れているように思います(ネット上にありますが、本書を未読の状態では読まない方がいいと思われるので、ネタバレ感想からリンクしておきます)。

2016.03.24読了  [服部まゆみ]



大帝の剣1〜4  夢枕 獏
 1986年〜2012年発表*1 (角川文庫 ゆ3-56〜59)

[紹介]
 大坂夏の陣から二十三年。金緑色の強烈な光が天空を疾り抜け、四方に散ったその一つが伊吹山に落ちた夜、異国風の巨大な剣を背負ったよろずうけおい人・万源九郎は、山中で赤い珊瑚の簪を拾った。その簪の持ち主である娘・舞を探す真田忍者と伊賀忍者の争いに巻き込まれた源九郎は、やがて中仙道で蘭と名乗る娘と出会い、いずことも知れぬその目的地まで連れて行く仕事を請け負う。しかしその行く手には、奇怪な術を使う忍びたちだけでなく、“ゆだの十字架{くるす}”を探し求める謎の美剣士・牡丹、密命を受けて難敵を追う剣鬼・宮本武蔵、さらには、すでに死んだはずの剣豪や人ならぬ者たちまでが立ちはだかり……。

[感想]
 〈魔獣狩り〉などの伝奇バイオレンスで菊地秀行とともに一世を風靡した夢枕獏による、痛快な時代伝奇SFで、完結前の2007年に阿部寛主演で映画化もされています(未見)。作者らしい豪胆で力強い巨漢・万源九郎を主役に据えて、忍者や剣豪たちが入り乱れる“忍法帖”風の伝奇小説と、“天空船”で地球にやってきた異星人たちによる、宇宙規模の異変を背景にした争いを描く――第10回日本SF大賞受賞作『上弦の月を喰べる獅子』などにも通じる――夢枕獏流の宇宙SFとを巧みに組み合わせることで、壮大なスケールを感じさせる冒険譚に仕上がっています。

 冒頭で“天空船”が飛来する様子が描かれているものの、まず前面に出されているのは、珊瑚の簪の娘・舞を焦点とした真田忍者と伊賀忍者の攻防。山田風太郎『くノ一忍法帖』を髣髴とさせる豊臣の残党の企みをめぐり、霧の才蔵(霧隠才蔵)など真田の有名人(?)に、異形の能力で襲い来る伊賀の土蜘蛛衆、そして争いに巻き込まれた源九郎も交えた壮絶な戦いは、実に魅力的。さらに、敵とも味方ともつかない謎の美剣士・牡丹を中心とした、“ゆだの十字架{くるす}”をはじめとする“三種の神器”の争奪戦も絡んできて、これだけでも伝奇小説として十分な面白さを備えています。

 そこに、“天空船”に乗っていた異星人たちの物語が加わって次第にSF色が強まってくるわけですが、目を引くのがハル・クレメント『20億の針』を下敷きにしたと思しき、人間(など)の体に侵入して“憑依”する異星人の設定です。(主に*2)これによって、本来は関係ないはずの人間の争いと異星人の争いとがしっかり重ね合わされ、様々な勢力が入り乱れたバトルロイヤル状態に突入していく物語をまとめる強固な軸となっているのが巧妙*3。またこの設定が、死んだ剣豪の復活という山田風太郎『魔界転生』ばりの趣向に一役買っているところも見逃せません。

 全体からみればまだ発端にすぎない第一部〈天魔降臨編〉でも“つかみ”は十分すぎるほどで、とりわけ最後の一頁――最後の一文の衝撃と期待感は特筆もの*4。さらに第二部〈妖魔復活編〉では剣豪・宮本武蔵が登場して準主役の位置を占めていくなど、少なくとも第五部〈飛騨大乱編〉までは予断を許さないまま風呂敷が広がっていく、問答無用の面白さです。が、そこで掲載誌「野性時代」の休刊に伴って十数年の中断期間に入った上、再開後は物語を完結させるために当初の構想から変更を余儀なくされてしまったのが、何とも惜しまれるところです。

 予定されていたという“シルクロード編”が割愛された*5のが最も顕著ですが、それ以外にも再開後の第六部〈天魔望郷編〉以降では、地球を訪れた異星人の側の事情が源九郎ら人間を介することなく――異星人視点での描写や異星人同士の対話などで――説明的に読者に伝えられるなど、いささか性急に感じられる部分があります。また、第七部〈幻魔落涙編〉ではバトルロイヤル状態を放り出す(?)ような形で、事態の核心に迫る“過去編”が展開されるのですが、これも本来であればもっと登場人物が“整理”されてからのことだったはずで、物語の移行がもう少しスムーズだったのではないかと思われます。

 ……といった具合に、少々残念な部分もあるにはあるのですが、それでも広げた風呂敷を畳みきって破天荒な物語をしっかりと完結させた手腕はさすがというべきですし、(以下伏せ字)少なくとも“地上”の出来事にはほぼ決着がついている――復活した剣豪の“その後”は気になりますが――(ここまで)という点で、実に見事な結末といっていいのではないでしょうか。思いのほかあっさりしたラストシーンも、かえって物語の余韻を深めているように思われます。かなりのボリュームはありますが、一気読み必至の傑作です。

*1: 〈巻ノ壱 天魔降臨編〉(1986年)〜〈巻ノ伍 飛騨大乱編〉(1992年)がカドカワ・ノベルズで刊行された後、『大帝の剣 1 〈天魔降臨編〉〈妖魔復活編〉』(2007年)〜『大帝の剣 5 〈聖魔地獄編〉』(2012年)がエンターブレインから刊行されて完結し、2016年に全四冊に再編されて角川文庫で再刊行されました(その他、カドカワ・ノベルズ版の〈巻ノ参 神魔咆哮編〉までの三冊が1992〜1993年に角川文庫で刊行され、さらにカドカワ・ノベルズ版の〈巻ノ四 凶魔襲来編〉までの四冊が2002年に角川文庫二冊にまとめて刊行されています)。

カドカワ
・ノベルズ
角川文庫
(1992〜
1993年)
角川文庫
(2002年)
エンター
ブレイン
角川文庫
(2016年)
〈天魔降臨編〉巻ノ壱巻ノ壱大帝の剣1大帝の剣1大帝の剣1
〈妖魔復活編〉巻ノ弐巻ノ弐
〈神魔咆哮編〉巻ノ参巻ノ参大帝の剣2大帝の剣2大帝の剣2
〈凶魔襲来編〉巻ノ四
〈飛騨大乱編〉巻ノ伍大帝の剣3大帝の剣3
〈天魔望郷編〉
〈幻魔落涙編〉大帝の剣4
大帝の剣4
〈聖魔地獄編〉大帝の剣5

*2: 人間の物語と異星人の物語を結びつける要素は、他にもう一つありますが。
*3: ただし、終盤まできたところではやや駆け足気味になっていることもあって、誰が誰に“憑依”しているのか混乱させられるきらいがあるのも確かです。
*4: この最後の一文は、当初は(以下伏せ字)叙述トリック風に隠されているその人物の正体を、その目的地を示すことで読者に明かし、時代伝奇小説の一場面をSFへと鮮やかに変貌させる(ここまで)効果があり、ミステリの“最後の一撃”にも通じるところがあると思います。
*5: 『大帝の剣4』巻末の日下三蔵氏による解説で引用されている、エンターブレイン版『大帝の剣5〈聖魔地獄編〉』のあとがきによれば、“シルクロード編を泣く泣くあきらめて、一気にラストに突入した”とのことです。確かに読者としては残念ではあるのですが、しかし作中で(以下伏せ字)“三種の神器”が日本に揃っている(ここまで)ことを考えれば、こちらの方がより自然な展開、という見方もできるかもしれません。

2016.03.30 / 03.31 / 04.02 / 04.04(一部再)読了  [夢枕 獏]



倒叙の四季 破られたトリック  深水黎一郎
 2016年発表 (講談社ノベルス)ネタバレ感想

[紹介]
 警視庁を懲戒免職処分になった元敏腕刑事が作成したという、裏ファイル〈完全犯罪完全指南〉をネットで手に入れた人々が、次々と完全犯罪を目論む。邪魔になった恋人を縊死自殺に見せかけて殺害する「春は縊殺」。恋敵を夜釣りに誘い、溺死させて事故死に仕立てる「夏は溺殺」。遺産目当てで伯父を殺し、通りすがりの強盗の仕業を装う「秋は刺殺」。練炭自殺に偽装して旧友を殺し、トリックを使って現場を“氷密室”に仕上げる「冬は氷密室で中毒殺」――四つの事件に遭遇した警視庁捜査一課の海埜警部補は、犯人たちが犯した小さなミスをもとに、完全犯罪を突き崩していく……。

[紹介]
 〈芸術探偵シリーズ〉をはじめ深水黎一郎作品の多くで活躍する、警視庁捜査一課の海埜警部補*1を探偵役に据えて、題名の通り四季折々の倒叙ミステリ――清少納言『枕草子』をもじった副題が付された四篇を収録した連作短編集です。

 倒叙ミステリということで、帯にも“殺人者はどこでミスを犯したのか?”などとあるように、“犯行がどのように暴かれるか”が興味の中心となるのはもちろんですが、犯人たちが素人(?)ではなく、〈完全犯罪完全指南〉という“犯罪の教科書”を参考にしているのが本書の特徴で、そこで得られる法医学や科学捜査の知識を駆使して組み立てられる、綿密な犯行計画がまず見どころです。計画段階でかなり細かいところまで想定されているだけに、思わぬミスで“完全犯罪”が破綻していく各篇の結末が際立っている感があります。

 最初の「春は縊殺 やうやう白くなりゆく顔いろは、最後にカタルシスを生み出すためか、犯人がベタに下種な人物として造形されており、疑問点を小出しにしてくる海埜警部補への言い逃れにもどことなく小者っぽさが表れています(苦笑)。そして最後に明かされる決め手は鮮やかで、倒叙ミステリとしてかなりオーソドックスな一篇になっています。

 続く「夏は溺殺 月の頃はさらなりでは、被害者を陸上で溺死させた後、沖合いに出てボートからの転落事故に仕立て上げることになりますが、やけに細かく描かれた魚釣りも含めて犯人の偽装工作が見どころ。何が問題になるかは比較的わかりやすいと思いますが、最後に決定的な証拠を突きつけられた犯人がそこに見出す“意味”が、何とも強烈です。

 「秋は刺殺 夕日のさして血の端いと近うなりたるにでは、前の二篇と違って他殺であることは隠されないため、犯人による偽装工作はやや控えめ……かと思いきや、思わぬ陥穽に気づいた犯人が冷や汗をかく場面もあり、なかなかの見ごたえがあります。これも犯人のミスはわかりやすくなっていますが、結末で描き出されるイメージが印象に残ります。

 最後の「冬は氷密室で中毒殺 雪の降りたるは言ふべきにもあらずは、法事で雪国を訪れた海埜警部補が、現地で非公式に捜査協力する異色のエピソード*2で、倒叙ミステリの形式を基本としながら密室トリックだけは伏せられた、変則的な形になっているのも特徴です。凍りついた扉で閉ざされたユニークな密室、そしてそのトリック自体もさることながら、トリックが解き明かされていく過程や犯人の致命的なミス……と、いずれもよくできていて、本書の中で最も読みごたえのある一篇といっていいでしょう。

 物語の最後には(誰しも予想するように)、バラバラな四つの事件をつなぐ“軸”である〈完全犯罪完全指南〉自体に焦点が当てられることになりますが、短い分量で切れ味鋭い結末にまとめてみせた作者の手際は、実に見事と言わざるを得ません。さほど派手ではないながらも、作者の技巧が十分に楽しめる佳作です。

*1: できれば、本書の前に〈芸術探偵シリーズ〉『エコール・ド・パリ殺人事件』を読んでおくことをおすすめします。
*2: 題名にある“氷密室”が、警視庁の管轄である東京ではまず不可能だからでしょう。

2016.04.11読了  [深水黎一郎]
【関連】 〈芸術探偵シリーズ〉



ミステリ・ウィークエンド Mystery Week-end  パーシヴァル・ワイルド
 1938年発表 (武藤崇恵訳 原書房ヴィンテージ・ミステリ)ネタバレ感想

[紹介]
 コネティカット州のサリーにあるホテル〈サリー・イン〉では、客寄せのために“ミステリ・ウィークエンド”と銘打った冬の観光ツアーを行っていた。少しずつ話題を呼んで盛況となった四回目のツアーだったが、その初日の夜、ホテルの物置でツアー客の一人が殺害されているのが見つかったのだ。発見者でホテルの前オーナーのシモンズのほか、現オーナーのジェド、滞在客で医者のハウ先生らが現場に顔を揃える中に、ツアー客のドウティ氏が首を突っ込んできた。だが、自称“夫人”とともに到着早々から何かと怪しげな言動が目立つドウティ氏に、周囲は不審を抱くばかり。そうこうするうちに、なぜか同じ現場に新たな死体が出現して……。

[感想]
 劇作家として活動する合間に、風変わりな法廷ミステリ『検死審問 ―インクエスト―』や、ユニークなギャンブルミステリ『悪党どものお楽しみ』など、独特のユーモアあふれるミステリを発表していたパーシヴァル・ワイルド。本書はその、本邦初訳となるミステリ長編第一作で、長編としてはやや短めということもあって、「自由へ至る道」「証人」「P・モーランの観察術」の三篇がボーナストラックとして収録されています。

 『ミステリ・ウィークエンド』の舞台となるのは、コネティカット州の小さな村・サリーにあるホテル〈サリー・イン〉*1で、折からの大雪に閉ざされて電話も通じなくなり、いわゆる“雪の山荘”もののような状態になっているのが目を引きます。もっとも、ホテルの辺鄙な立地をカバーする客寄せ*2の一環として“ミステリ・ウィークエンド”なるミステリー・ツアーが開催されて、ちょうど大勢のツアー客が到着したばかりの上に、客たちを動揺させないよう事件が公にされないため、クローズドサークルらしい緊迫した雰囲気はあまり感じられません。

 それよりも、ホテル側のスタッフ、長期滞在客、そしてツアー客と三者三様の登場人物たちが――どこか怪しげなところのある一部の人物も含めて――ユーモラスに描かれているのが作者らしいところで、殺人事件とそれに続く不可解な謎が一種のドタバタ劇に仕立てられているのが愉快です。巻末の森英俊氏の解説では、“中心になる謎は密室をめぐるもの”とされていますが、実際のところ、密室状況*3はこの作品に登場する多くの謎の一部にすぎず、それら不可解な謎の集積としての“何が起こっているのか”がこの作品の見どころといえるでしょう。

 そして、物語が四人の人物による(口述筆記も含めた)手記のリレーで構成されているのも本書の特徴で、それぞれの語り口の違いの面白さもさることながら、他の登場人物たちに対する見方、ひいては事件の見方が違ってくることで、記述者/語り手が交代するごとに、読者に示される事件の様相が変化していく趣向がよくできています*4。また、記述者/語り手が交代する直前(「第1章」「第3章」の最後)にはそれぞれ、ちょっとしたショッキングな展開が用意されているのもうまいところです。

 犯人を特定するための手がかりはしっかりと配されていますが、犯人そのものは意外に早く――(一応伏せ字)「第3章」の終盤で(ここまで)――見え見えになってしまうので要注意(?)。それも含めてこの作品は全体的に、読者に謎を解かせるように書かれているというよりも、(読者が推理困難できない)意外な真相を明かしながら伏線を回収していく手順に重きが置かれている感があり、“解決篇”では大胆で人を食った真相に思わず苦笑させられると同時に、数々の不可解さに次々と筋の通った説明がつけられていくのが圧巻です。最後のしゃれた結末まで含めて、作者らしく実に楽しい快作です。

* * *
「自由へ至る道」 The Way to Freedom
 成功した実業家のような姿のメイナードと、低賃金の労働者といった風情のガスリー。対照的な二人の男は、安っぽい大衆食堂で一緒に食事をとっていたのだが、突然ガスリーが苦しみ始めて……。
 謎解きではなく、サスペンスや犯罪小説、あるいは“奇妙な味”といった趣の作品ですが、冒頭から読者の意表を突いた展開の連続*5で読ませます。紆余曲折の“自由へ至る道”を経た末の、何とも味わい深い結末が実に見事です。

「証人」 The Witness
 映画の撮影を装って公然と強盗殺人をはたらいたギャングたち。証言を取り下げるまで執拗に脅迫を加えるこれまでの手口から、もはや目撃証人が名乗り出るはずはなかった――のだが……。
 全5頁のショートショート倒叙ミステリ。オチは見え見えですが、巧みな状況設定((一応伏せ字)犯人のいつもの手口(ここまで))が結末の印象をより鮮やかなものにしています。

「P・モーランの観察術」 P.Moran, Personal Observer
 二人の老婦人がゴルフコースを回っている間に、クラブのロッカールームに置いてあった宝石が盗まれてしまった。事件解決のために警察官や探偵たちがクラブにひしめく中、モーランは通信教育で学んだ“観察術”を役立てようと、“主任警部”の制止も聞かず捜査に乗り出して……。
 『探偵術教えます』をお読みになった方にはおなじみ、“通信教育探偵”ピーター・モーランが活躍するシリーズの、未訳・未収録だった最新(?)エピソードです*6
 本職の警察官や探偵が集まって出る幕はないはずのところ、(運転手としての)雇い主のマクレイ夫人に乗せられて(?)事件の捜査に乗り出したモーランが、ある意味危険な行動に及んで案の定大変なことになるのが見どころです。とぼけた味わいの結末も何ともいえません。

*1: 〈サリー・イン〉は、『探偵術教えます』の一部のエピソードでも舞台となっています。
*2: 冒頭で、現オーナーのジェド・アシュミードによる、様々な経営努力が語られているのも面白いところです。
*3: 複数の密室状況が盛り込まれていますが、いずれもトリックは脱力ものに近いところがあります。
*4: 奇しくも同年に発表されたマイクル・イネス『ある詩人への挽歌』にも、通じるところがあるように思います。
*5: そのため、内容紹介は最小限にとどめてあります。
*6: この作品を最初に読んでも問題はありませんが、できれば『探偵術教えます』の収録作から順番に読むことをおすすめします。

2016.04.24読了  [パーシヴァル・ワイルド]


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