ミステリ&SF感想vol.231

2020.10.28
『T島事件』 『月明かりの男』 『7人の名探偵』 『ブルーローズは眠らない』 『ジャック・グラス伝』



T島事件 絶海の孤島でなぜ六人は死亡したのか the bottled case  詠坂雄二
 2017年発表 (光文社)ネタバレ感想

[紹介]
 名探偵・月島凪が率いる月島前線企画に持ち込まれたのは、未解決事件ならぬ“既解決事件”。ホラー映画制作のためのロケハンで孤島に渡ったスタッフ六人が、全員死体となって発見された。当人たちが撮影していた、渡島から全員死亡に至るまでが克明に記録されたビデオテープが残っていたため、島で何が起こったかはほぼ明らかで、すでに警察も捜査を打ち切っていた。だが、スタッフを失って一人残されたプロデューサーは納得がいかないようで、テープの映像の真偽を確かめてほしいと依頼してきたのだ。肝心の凪が別の事件にかかりきりの中、依頼を受けた月島前線企画の荻田洋と塚原蛍は、“真相”を追い求めるが……。

[感想]
 『遠海事件』では名前が出ただけ、『ドゥルシネーアの休日』でも“不在”だった名探偵・月島凪が、ついに本格的に登場する作品ですが、その出番はかなり後になってから。“孤島”の章と“本土”の章が交互に繰り返され、“孤島”ではメンバーが一人ずつ命を落としていく一方、“本土”では探偵活動が展開される――という内容は、30周年を迎えた新本格ミステリの嚆矢*1、綾辻行人『十角館の殺人』を意識したもののようです*2が、“詠坂版『十角館の殺人』”を期待すると肩すかしを食らうことになるあたりが、“詠坂版”の真骨頂といえるかもしれません。

 何せ、扱われる事件は公式には“解決”。“壜詰の手紙{ボトルド・レター}*3代わりのビデオテープによって、“孤島で何が起きたのか”はほぼ明らかで、残された謎などない……はずなのですが、月島前線企画の荻田洋と塚原蛍は依頼を受けて“真相”を探ることになる――というのが偶数章の内容です。しかし、当然ながら“別の解決”をひねり出す余地はなかなか見当たらない上に、凪が名探偵らしく(?)映像も観ずにいきなり大胆な指摘をしてくれるせいで、荻田らの探偵活動は大いに難航することになります。

 一方、テープの映像をもとにした奇数章(ただし「第五章」まで)は、個人的には言われるほど*4退屈には感じなかったものの、確かに“盛り上がりに欠ける”のは否めません。派手さのない死に応じて(特に最初の方は)生存者たちの反応もそれなりにとどまることもあります*5が、それも含めて全体的に、フィクションとして作り込むのを避けてロケハンの記録をそのまま出してきたような印象です。結果として、映像のパートが終わるとある種のカタルシスが生じる*6のはご愛敬ですが、しかし作中で語られたフェイクドキュメンタリー*7を念頭に置くと、その真偽が怪しく思えてくるのがうまいところです。

 「第六章」になると荻田と塚原の推理も煮詰まり、それ以上は孤島に渡って“実地検分”をするしかなさそう――というところで、凪がようやく“相棒”の藍川慎司*8とともに登場し、続く「第七章」では現場となった孤島を舞台に凪が推理を展開します。正直なところ、そこで語られる“真実”の大部分はさほど面白味の感じられるものではないのですが、突如として狂気じみた印象を与える“ある一点”はなかなか強烈です。とはいえ、全体としては今ひとつすっきりしない雰囲気を残しながら、とにもかくにも事件が解決されたことで物語は一旦幕を閉じます。

 ……で、恥ずかしながら初読時にはうっかりしていたのですが、実際には“今ひとつすっきりしない”どころではなく、十分な注意力と記憶力を備えた読者の目には“とある謎”がはっきりと見える……はず。かくして最後の「補遺」で待ち受けているのは、前述の謎に気づかない読者からするとやや唐突にも感じられる、しかし気づいた読者にとっては半ば必然となる“最後の対決”で、次第に緊張感が高まっていった末に、すべてを明らかにする“最後の一行”が実に鮮やか。企みがかなりわかりにくいこともあって、だいぶ好みが分かれそうではありますが、それも含めて何とも詠坂雄二らしい作品です。

*1: ただし、“新本格”というコピーが使われたのは、綾辻行人の第二作『水車館の殺人』(1988年刊)の帯からです。
*2: 「拾えなかった伏線――『T島事件 絶海の孤島でなぜ六人は死亡したのか』著者新刊エッセイ 詠坂雄二 | レビュー | Book Bang −ブックバン−」を参照。
*3: アガサ・クリスティ『そして誰もいなくなった』以来の……かどうかは定かではありませんが、いわゆる“孤島もの”ではしばしば用いられます。本書の英題“the bottled case”(壜詰事件)も、もちろんそれを踏まえたものです。
*4: 例えば「T島事件 絶海の孤島でなぜ六人は死亡したのか / 詠坂 雄二 – taipeimonochrome」では、本書について“苦行本。とにかく読むのがページをめくるのが辛く、読み通すのに大変な忍耐を必要としたことだけをまず告白しておかなければなりません。”とされています。
*5: さらにいえば、警察が捜査を終了した“既解決事件”ということから、全滅という結末に至る過程がある程度予想できてしまう――少なくとも(一応伏せ字)“最後の一人”の死が映像ではっきり確認され、“被疑者死亡”で事件が終結したことになっている(ここまで)はず――ということもあります。
*6: ビデオテープの映像を見終わった荻田の、“あー、○○○○○○(192頁;一部伏せ字)という台詞には苦笑。
*7: 「モキュメンタリー - Wikipedia」を参照。“ドキュメンタリーで嘘をついて何が悪い。”という帯の惹句も、本書がフェイクドキュメンタリーであることを匂わせています。
*8: 『ドゥルシネーアの休日』では、“不在”の凪に代わって主役として活躍しています。

2017.08.01読了  [詠坂雄二]



月明かりの男 The Man in the Moonlight  ヘレン・マクロイ
 1940年発表 (駒月雅子訳 創元推理文庫168-12)ネタバレ感想

[紹介]
 ヨークヴィル大学を訪れたフォイル次長警視正は、その夜八時に大学のホールで決行される“殺人計画”が記された紙片を拾う。そこで出会ったオーストリア人亡命者のコンラディ博士は、“殺人計画”を真に受けて、“もし自分に何かあっても自殺ではない”とフォイルに伝える。その直後に、実験で使われていた拳銃が紛失する騒ぎが起きたこともあって不安を覚え、夜に再び大学に戻ってきたフォイルだったが、ホールではコンラディ博士の死体を発見することに。そして現場近くでは、三人の目撃者が月明かりの中で逃げ出した不審人物を目にしていたが、服装はおろか性別まで食い違った目撃証言が……。

[感想]
 『死の舞踏』に続いて精神科医ベイジル・ウィリング博士が探偵役をつとめる、マクロイの第二長編です。巻末の鳥飼否宇氏による解説では一応伏せてありますが、シリーズ読者にはおなじみ、(一応伏せ字)後にウィリング博士の妻となるギゼラ(ここまで)*1が初登場するのも見逃せないところでしょう。

 本書でまず目につくのは、題名にもなっている*2目撃証言の食い違いで、ジョン・ディクスン・カー『緑のカプセルの謎』を髣髴とさせるものですが、「心理学的推理小説」と銘打たれたカー作品に対抗するかのように*3、さらに本格的な心理学の実験――赤ん坊の耳元で空砲を発射する無茶なものから嘘発見器に至るまで――が盛り込まれているのは、精神科医を探偵役としているマクロイの面目躍如といったところでしょうか。本書で大学が舞台とされ、研究者たちに焦点が当てられている*4のも、一つにはこのあたりの事情によると思われます。

 また、第二次世界大戦を背景とした後続の作品*5につながるかのように、本書にも戦争の影響が見受けられるのですが、この時点では未参戦で戦地からも遠く離れたアメリカにあって、“地球の西のはずれと東のはずれからやって来た”(150頁)亡命者たち――ナチスの収容所から脱走してきたオーストリア人のコンラディ博士や、日本の侵略を受けて中国から亡命してきた異常心理学者フェンロー博士らを重要な役に据えることで、当時の世界情勢を物語に反映させてあるところに、マクロイの視野の広さがうかがえます。

 事件については、目撃証言の食い違い以外にも、見つからない弾丸や消えた実験ノート、事件現場に現れる幽霊じみた“姿なきタイピスト”、奇妙な丸に十字のシンボル、さらには関係者たちが一旦同意した嘘発見器による検査をなぜか拒否するなど、様々な謎がふんだんに盛り込まれている上に、やがて起こる第二・第三の事件はある意味で“意外な被害者”ともいえそうな内容で、物語が進むにつれて次々と思いがけない事実が明らかになっていくところも含めて、終盤に至るまでまったく目が離せません。

 最後に明かされる犯人はややわかりやすいところがあるものの、これはそれだけ多くの手がかりが用意されていることの表れで、特にウィリング博士が指摘する心理的な手がかりは圧巻。やや詰め込みすぎの感もないではないですが、なかなかよくできた作品といえるのではないでしょうか。“第一作には作家のすべてが詰まっている”といったような言葉がありますが、第一作『死の舞踏』以上にマクロイのすべてが詰まっている印象のある本書は、“マクロイ入門書”にうってつけの一冊ではないかと思います。

*1: 当然ながら、本書以降の作品の感想では名前を出している箇所もありますので、気にする方はご注意ください。
*2: 目撃された“犯人”に女性も含まれているところをみると、『The Man in the Moonlight』という題名でマクロイが意図したのは、“月明かりの”ではなく“月明かりの”だったのかもしれません。
*3: 『緑のカプセルの謎』は本書の前年に発表されているので、マクロイが本書の執筆前にそちらを読んでいた可能性もあるでしょう。
*4: 巻頭に掲げられた「登場人物」の中に、学生は二人しかいません。
*5: 『小鬼の市』『逃げる幻』など。

2017.09.10読了  [ヘレン・マクロイ]



7人の名探偵 新本格30周年記念アンソロジー  文芸第三出版部・編
 2017年発表 (講談社ノベルス)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 1987年9月刊行の綾辻行人『十角館の殺人』に始まった*1“新本格ミステリ”の30周年を記念した、いわゆる“新本格第一世代”の作家のうち七名による、“名探偵”をテーマにした競作です。
 『7人の名探偵』という題名からすると、出版社の側としては各作家のシリーズ探偵の登場を期待していたのかもしれませんが*2、実際にシリーズ探偵を登場させているのは麻耶雄嵩(メルカトル鮎)・有栖川有栖(火村英生)・法月綸太郎(法月綸太郎)のみ。もっとも、長年にわたって登場していないシリーズ探偵を強引に引っ張り出すのも無理がありそうですし、初期からすると大幅に作風が変化した作者もいることを考えれば、これは致し方ないところではないでしょうか。
 また、読者によっては「新本格らしくない」と受け取られそうな作品もありますが、実際のところは、“新本格ミステリ”とされた作品群に共通する“新本格らしさ”というものがあるとすれば、“「リアリズム」偏重ではない”*3といった程度のものでしかないと考えられるので、個人的にはまったく問題ないと思います*4
 というわけで、全篇が期待どおりとまではいかないかもしれませんが、これだけの作家陣が一堂に会してそれぞれに持ち味を発揮している点で、やはり一読の価値があるアンソロジーであることは確かでしょう。

「水曜日と金曜日が嫌い ―大鏡家殺人事件―」 (麻耶雄嵩)
 山で遭難しかけた美袋三条は、山中の洋館を発見して助けを求める。そこは、今は亡き脳外科医・大鏡博士の邸宅で、四人の養子による“四重奏団”が集まっていた。そこで美袋は、黒ずくめの怪人物が小さな小屋に出入りするのを目撃する。小屋の中には血痕と凶器が残されていたが、なぜか被害者の姿はなく……。
 『メルカトルかく語りき』以来久々のメルカトル鮎シリーズ新作。まずは作者らしい無茶なネーミング*5に苦笑を禁じ得ませんが、ひねりを加えた謎と解決がよくできているのはもちろんとして、どう考えても“長編向きの設定”と“長編には向かない探偵*6”の一騎討ちの結果、すっきりしないものを残しつつ事件が“強制終了”させられるのが、作者ならではの破壊力。そして事件解決後の、メルカトル鮎の最後の一言があまりにも強烈です。

「毒饅頭怖い 推理の一問題」 (山口雅也)
 “饅頭怖い”の一件から四十年後。仲間たちから饅頭をせしめた鷽吉は、江戸でも有数の大店の店主となっていたが、五人の息子たちはいずれも放蕩三昧。家業を継がせるわけにもいかず、息子たちに勘当を言い渡そうとしたまさにその時、鷽吉は毒饅頭を食べて死んでしまう。鷽吉を毒殺した犯人は誰なのか……?
 近著『落語魅捨理全集 坊主の愉しみ』(講談社;未読)の番外編的な、「饅頭怖い」をお題にしたミステリ落語です。“饅頭”がミステリ仕立てで“毒饅頭”になるのは自然ですが、五人の息子たちの中から嘘つきを探す論理パズルが盛り込まれているのが目を引きますし、ジョン・ディクスン・カー『三つの棺』のフェル博士を下敷きにした“メタ発言”まで飛び出してくるのにニヤリとさせられます。一風変わった形の解決と最後のオチもよくできていると思います。

「プロジェクト:シャーロック」 (我孫子武丸)
 警視庁でデスクワークを続けてきた木崎誠は、“名探偵”の人工知能を作ることを思い立ち、開発に着手した。〈シャーロック〉と名付けたプログラムをネットの掲示板に公開し、その後世界中の有志の手が加わることでプログラムは性能を高めていく。だが、その木崎がある日、仕事帰りに殺害されてしまったのだ……。
 後に大森望・日下三蔵編『プロジェクト:シャーロック 年刊日本SF傑作選』(創元SF文庫;未読)にも収録された、人工知能テーマのSFミステリ。“名探偵のAI”というアイデア自体は目新しいものではありません*7が、それを作り上げていく過程――どのような推理を、AIでどのように実現するか――がある程度具体的に描かれているところが、SF的な面白さと(メタ)ミステリ的な面白さを兼ね備えた魅力となっています。
 そんな中、“AI探偵の父”・木崎が殺される事件が発生しますが、“なぜ殺されたのか?”から始まって、最後には驚きの代わりに納得感のある、そしてある意味凄まじい真相が明かされるのが見どころです。

「船長が死んだ夜」 (有栖川有栖)
 火村英生と有栖川有栖は兵庫県内での調査旅行の帰りに、近辺で起きた殺人事件の捜査に協力することに。長年の船乗り生活をやめて地元に帰り、“船長”と呼ばれて親しまれていた男が、一人で暮らしていた町外れの一軒家で殺害された事件で、被害者をめぐる人間関係から三人の容疑者が浮上するが……。
 次の法月綸太郎シリーズと並んで“安心感”のある*8火村英生シリーズ。火村と有栖が出先で事件に遭遇するこの作品では、(“押しかけ”状態で事件に関わるせいもあってか)二人が自ら行う聞き込みに筆が割かれていることで、被害者を含めた事件関係者の人物像が印象深く描かれています。謎解きでは、犯行後の犯人の“ある行動”の理由が焦点となりますが、真相が明かされてみるとシンプルに感じられるものの、自力で解明しようとすると一筋縄ではいかないところが巧妙。何ともいえない余韻をもたらす結末もお見事です。

「あべこべの遺書」 (法月綸太郎)
 法月警視が頭を抱える難事件。ある女性をめぐって恋敵だった二人の男が、なぜか互いに相手の自宅で、相手の遺書を持って死んでいたのだ。一人は服毒死、もう一人はベランダからの転落死だったが、恋敵同士が心中するはずもなく、転落死の方は他殺だと判明しているという。話を聞いた綸太郎の推理は……?
 冒頭の不可解きわまりない謎は非常に魅力的……ですが、(バリエーションを模索した結果*9としての)高度に複雑化された状況にもかかわらず、それを短編の分量に放り込んであるのが問題で、綸太郎が次々と仮説を繰り出すという見どころを作るために、法月警視はやたらに捜査情報を小出しにする羽目になり*10、ようやく情報が出揃う頃には冒頭に比べるとごくわずかの謎しか残っていない有様です。
 それでも全体を通してみると、冒頭の不可解な謎から出発して(随所に苦しいところがあるとはいえ)それなりに辻褄の合う解決をつけてあるのはさすがというべきですが、個人的にはあまり好みではありませんし、この“構図の複雑化”路線は限界に近づいているようにも思われます。

「天才少年の見た夢は」 (歌野晶午)
 突然始まった戦争で、天才少年少女たちを集めたアカデミーでも大勢が犠牲になった。やがて敵国の新型爆弾を搭載した中距離弾道誘導弾が発射され、避難したアカデミーの生き残りはシェルターの中に完全に閉じ込められてしまう。そして名探偵・鷺宮藍が眠りについている間に、一人ずつ犠牲者が発生して……。
 三津田信三『シェルター 終末の殺人』を思い起こさせる、シェルター内部に閉じ込められた中での連続殺人を描いた作品。登場する少年たちそれぞれの特殊な才能が、極限状況を打破するには何の役にも立たないことが、舞台の閉塞感に拍車をかけています。正直なところ、最後に明かされる真相にはやや微妙なところもあるのですが、名探偵という存在に焦点を当てた“名探偵小説”という意味では、本書の中で最も印象深い作品といえるのではないでしょうか。

「仮題・ぬえの密室」 (綾辻行人)
 新本格三十周年を前にして、綾辻行人はかつて京大ミステリ研で出会った“幻の犯人当て”の存在をおぼろげに思い出す。我孫子武丸、法月綸太郎、小野不由美も、何となく覚えがあるというものの、内容も作者も判然としない。四人で語り合う中で、ようやく「ぬえの密室」という題名だけが浮かんできたのだが……。
 作者自身をはじめ、京大ミステリ研*11出身の作家たちが実名で登場するメタフィクションで、“幻の犯人当て”にまつわる“何なのか?/誰なのか?/なぜなのか?”*12といった謎が――いわゆる本格ミステリ的な手順によらないとはいえ――解き明かされるという点で、“ミステリ”といってもいいかもしれません。「ぬえの密室」という題名から、作家たちがそれぞれに推測する内容が興味深いところです。
 “名探偵”が登場しないところからして盛大な“反則技”ではあるのですが、いわば“新本格ミステリの源流”が描かれている点で――“楽屋オチ”に近い結末まで含めて、このアンソロジーの掉尾を飾るにふさわしい作品であることは間違いないでしょう。

*1: 詠坂雄二『T島事件』感想の脚注にも書いていますが、実際に“新本格”というコピーが使われたのは、綾辻行人の第二作『水車館の殺人』(1988年刊)の帯からです。
*2: 綾辻行人「仮題・ぬえの密室」の中で描かれている執筆依頼の経緯(258頁〜260頁)をみると、そこまで求められてはいなかったようですが。
*3: “新本格ミステリ”が、いわゆる“本格ミステリ冬の時代”の“ある範囲の人だけが共有する「リアリズム」の鋳型にすべてをはめこもうとする同調圧力”「巽昌章氏によるミステリー「本格冬の時代」考」にまとめられた巽昌章氏のツイートより)へのカウンターでもあったことは、間違いないところでしょう。
*4: 拙文「本格ミステリ問答」でおわかりのように、私は“本格ミステリ”からしてゆるめにとらえているので……。
*5: 日本人離れした(?)名前ですが、名字の方は(一応伏せ字)綾辻行人・法月綸太郎・我孫子武丸・小野不由美の本名(ここまで)に由来すると考えると、意味深長……なのかどうか。
*6: この作品の中でも自称していますが、『メルカトルと美袋のための殺人』が初出です。
*7: 例えば、レズニック&グリーンバーグ編『シャーロック・ホームズのSF大冒険(下)』の一部の収録作など。
*8: 同じくシリーズ探偵が登場するとはいえ、メルカトル鮎には“安心感”という表現はそぐわないかと……。
*9: 『犯罪ホロスコープII 三人の女神の問題』の感想にも書きましたが、“現代の警察の捜査能力をもってしても綸太郎より先に解決に至らない――なおかつ後から出てきた綸太郎が解決できる――状況”はだいぶ限られてしまうわけで、その中でバリエーションを模索していかざるを得ないところがあるように思います。
*10: あるいは、綸太郎がせっかちに思いつきを披露しているともいえますが、いずれにしても綸太郎の仮説を法月警視が“後出し”の情報で否定していく流れには違いありません。これが長編であれば、捜査が徐々に進んでいく/情報が集まってくる過程を描くことができるのですが、分量に余裕のない短編ではそれも困難です。
*11: 正式名称は、「京都大学推理小説研究会」。
*12: 作中での設問とは若干違います。ちなみに、“何なのか?”とはいっても具体的な内容まで明らかになるわけではありません。

2017.09.20読了  [新本格30周年記念アンソロジー]



ブルーローズは眠らない  市川憂人
 2017年発表 (東京創元社)ネタバレ感想

[紹介]
 両親の虐待に耐えかねて家を飛び出した少年エリックは、山中の一軒家に住むテニエル博士の一家に保護され、助手として暮らし始めるが、屋敷内に潜む“実験体七十二号”の影に怯えていた。やがて……。
 〈ジェリーフィッシュ〉の事件後、閑職に回されていたF署の刑事マリアと漣は、P署の刑事から依頼を受けて、幻の青いバラを同時期に発表したテニエル博士とクリーヴランド牧師を調査することになった。しかし両者への面談直後、事件が発生する。密室状態の温室の中で、縛り上げられた生存者とともに、切断された首が発見されたのだ。そして温室の扉には、“実験体七十二号がお前を見ている”という血文字が……。

[感想]
 第26回鮎川哲也賞を受賞したデビュー作『ジェリーフィッシュは凍らない』に続いて、同じ“架空の1980年代”*1を舞台としたシリーズ第二作*2で、前作と同じくマリアと漣のコンビを主役に据えて、題名のとおり“青いバラ”をめぐる事件の顛末が描かれています。ご承知のように2004年に発表*3されるまで長らく不可能とされてきた“青いバラ”は、現実の1980年代には影も形もなかったわけで、前作とは違った分野ながらもやはり架空のテクノロジーを扱ったミステリとなっています。

 「ブルーローズ」「プロトタイプ」とそれぞれ題された、ほぼ交互に繰り返される二つのパートからなる構成も前作と同様。マリアと漣による事件の捜査が(事件の前に捜査(?)が始まる発端が一風変わっているとはいえ)比較的オーソドックスに進んでいく「ブルーローズ」に対して、家出した少年エリックの視点で描かれる「プロトタイプ」は、怪奇小説めいた“怪物”の影が見え隠れする中で惨劇が発生するサスペンスフルな物語となっており、違った味わいで読ませます。

 前作では二つのパートが事件の“内部”と“外部”に分かれた構成でしたが、本書では二つのパートの関係にもひねりが加えられています。当初は読者にのみ示される「プロトタイプ」は、並行する「ブルーローズ」とは絶妙に似て非なる物語――明らかに“別物”であるにもかかわらず、妙に共通する部分がある――で、事件発生前から読者を混乱に陥れ、やがて「ブルーローズ」の物語と不可解な形で交差することで、作中の捜査陣に対しても強力な謎として立ちはだかるのが大きな見どころです。

 「ブルーローズ」での事件は、バラに彩られた密室での首切り殺人に警告めいた血文字と、何とも派手な幕開けで読者の興味を引きますが、そこからさらに思わぬ方向へとスピーディに展開*4していきます。そして、「プロトタイプ」の謎も含めてすべての真相が実に手際よく、なおかつ外連味のある演出とともに解き明かされていく、趣向を凝らした謎解きが圧巻。読者への手がかりが不足気味の部分もないではないとはいえ、複雑に入り組んだ真相は非常に魅力的ですし、犯人の意外性も十分。また、(若干疑問も残るものの)鮮やかな幕切れも印象に残ります。

 大小のネタを織り交ぜて全力で読者を騙そうとするトリックもさることながら、それ以上に巧みなプロットが光る――さらにいえば、プロットがトリックを支える形で緊密に両者が結びついている作品で、ミステリとしては非常によくできた作品であることは確かでしょう。相変わらず“画期的な新技術”が画期的に見えない*5のが個人的に気になるところではありますが、前作での期待をしっかりと上回ってきた傑作です。

*1: 前作同様に小型飛行船〈ジェリーフィッシュ〉も空を飛んでいます。
*2: すでにシリーズ第三作『グラスバードは還らない』が刊行されているほか、(未読ですが)短編も発表されているようです。
*3: 「青いバラ (サントリーフラワーズ) - Wikipedia」を参照。なお、本書に登場するような鮮やかな青色のバラは、いまだ開発されていません。
*4: 「ブルーローズ」のパートが本書のおよそ半分ほどの量しかないので、当然といえば当然ではありますが。
*5: 『ジェリーフィッシュは凍らない』では新技術の“効果”に難がありましたが、本書では新技術の“対象”に問題があるというか、やむを得ないとはいえ“そもそもそこじゃない”という印象が残るのが苦しいところです。

2017.09.27読了  [市川憂人]



ジャック・グラス伝 ―宇宙的殺人者― Jack Glass  アダム・ロバーツ
 2012年発表 (内田昌之訳 新☆ハヤカワ・SF・シリーズ5034)ネタバレ感想

[紹介]
 はるか未来の太陽系、人類はウラノフ一族を頂点とする厳しい階層制度に組み込まれていた。無数の人々が貧困と圧政にあえぐ中、ウラノフ打倒を目指す革命的扇動者にして宇宙的殺人者、ジャック・グラスは……。
 脱出不可能な監獄小惑星に送り込まれた七名の囚人たちは、苛酷な環境で十一年を生き延びなければならなかった。しかし囚人たちの中には、正体を隠したジャック・グラスがまぎれ込んでいたのだ……「箱の中」
 アージェント一族の令嬢ダイアナら一行が地球に降りてきて早々に、召使の一人が撲殺されてしまう。だが、容疑のかかった他の召使たちは誰も、地球の重力下で凶器を持ち上げられないはずだった……「超光速殺人」
 ジャック・グラスを捕らえにきた太陽系随一の警察官が、凄まじい威力の銃撃で惨殺される。ところが、銃を手にした犯人も弾丸もどこにも見当たらず、記録された映像を見ても不可能な銃撃だったのだ……「ありえない銃」

[感想]
 英国のSF作家アダム・ロバーツが、““黄金期”のSF小説と“黄金期”の推理小説を合体させてみたい”*1という狙いで書き上げた作品で、圧政下の太陽系に悪名をとどろかせる“宇宙的殺人者”ジャック・グラスを主役に据えて、つながりのある三篇の殺人ミステリで構成したオムニバス形式のSFミステリとなっています。
 巻頭には“読者への挑戦状”まで掲げられていますが、(当然といえば当然かもしれませんが)三篇すべてで“ジャック・グラスが犯人”だと明かされているのがユニーク*2。犯人を明かしておいてもなお読者を驚かすことができるという、作者の自負が頼もしいところですし、実際に、なかなか一筋縄ではいかない内容になっています。

 「第一部 箱の中」は、堀晃「イカルスの翼」『太陽風交点』収録)を思い起こさせる、監獄小惑星を舞台にした一篇で、完全に“閉じた世界”ということもあってシンプルでとっつきやすく、イントロダクションには打ってつけでしょう。苛酷な環境に囚人同士の軋轢といった苦難の日々も十分に読ませますが、眼目はもちろん、どう考えても脱出不可能なはずの監獄小惑星から“いかにして脱出するか”で、結末の脱出シーンは――伏線で納得させられつつも――強烈すぎるインパクトを残します。

 「第二部 超光速殺人」は一転して、支配者ウラノフ一族のすぐ下に位置するアージェント一族の、ミステリマニアの令嬢ダイアナを中心に、一風変わった不可能犯罪に熾烈な権力闘争、さらに超光速航行*3の秘密や“シャンパン超新星”の謎と盛りだくさんの内容です。容疑者たちにとっては“重すぎる凶器”という、SFミステリならではの逆説的な不可能状況に対して、盲点を突いた真相――というよりも、真相を盲点へ追いやる手法が面白いところですし、ジャック・グラスの動機も凄まじいものがあります。

 「第三部 ありえない銃」では、ジャック・グラスの旧友にして太陽系随一の警察官バル=ル=デュック*4が、登場して早々に殺害されることになりますが、作中で“消えた銃弾と――消えた人間まるごとのどちらか”*5と表現されている、「超光速殺人」よりも“直球”でSFミステリらしい不可能犯罪が大きな魅力ですし、読者に対しては犯人が明かされていることで、より不可能性が高くなっているのも注目すべきところでしょう。そしてその真相は、(若干気になる点はあるものの)実に鮮やかです。
 続く「終章」も含めて、幕切れも印象的。“その後”の物語も読んでみたいところではありますが……。

*1: 巻末の「感謝の言葉」より。
*2: 少なくとも、すぐに思い出せる例はありません。
*3: 作中では主として“FTL”(Faster Than Light)と表現されています。
*4: 「第一部」にも名前だけ登場しています。
*5: どちらが消えたのかすら判然としない、という状況が見どころです。

2017.10.08読了  [アダム・ロバーツ]


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