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SF九つの犯罪/I.アシモフ・他 編

The 9 Crimes of Science Fiction/edited by I.Asimov et al.

1979年発表 浅倉久志・他訳 新潮文庫 赤186-1(新潮社)

 一部の作品のみ。なお、「歌う鐘」「アーム」物理学に関するツッコミにはあまり自信がありません。ご注意下さい。

「イプスウィッチの瓶」 (ランドル・ギャレット)
 “足跡のない死体”については、既存のトリックの流用に近く、今ひとつぱっとしません。しかし、そこに至るまでの過程、特に〈イプスウィッチの瓶〉が有効に使用されているところが見所です。また、心霊遮蔽フィールドのために、金属探知棒による通常の捜索では〈イプスウィッチの瓶〉が発見できなかったというところも面白いと思います。

「とどめの一撃{クー・ド・グラース}」 (ジャック・ヴァンス)
 地球人の容疑者を排除する理由については若干説得力が不足しているようにも思えますが、全体的にみればまずまずといえるでしょう。

「歌う鐘」 (アイザック・アシモフ)
 目標めがけて物を投げる場合には、物の重量と目標までの距離を勘案して力の入れ具合(強さ及び方向)を決定しているわけですが、これは蓄積された経験に基づいて無意識に行われているプロセスだと思います。ということは、ペイトンが月面で物を投げるという経験を積んでいない限り、この作品のような結末にはならないのではないかと考えられます。もちろん腕自体が重く感じられるということはあるでしょうが、水平方向へ腕を動かすのに必要なエネルギーは変わらないはず(重量ではなく質量に依存するため)なので、さほど大きな影響はないように思えます。

 では、月面のような低重力環境で物を投げる経験を積んだ場合にはどうでしょうか。地球上(重力加速度=g)で、質量(m)の物体を高さ(h)まで投げ上げるのに必要な運動エネルギーは、高さ(h)まで到達した時点の位置エネルギーと等価ですから、m*g*hとなります。一方月面(重力加速度=(1/6)*g)では、同じ高さまで投げ上げるのに必要な運動エネルギーは(1/6)*m*g*hとなります。つまり、同じ距離の目標に向かって同じ軌道を描いて投げる場合、月面で必要な運動エネルギーは地球上の場合の1/6になるわけです。この環境で慣れてしまうと、地上で同じ物体を投げた時の距離も1/6になる……わけではないと思います。物体の質量が同じでも、重量は6倍になっているのですから、それに応じた力を加えることで、結果的に到達距離はほぼ同じになってしまうのではないでしょうか。

 ただし実際には、月面では物体がなかなか落ちていかないわけですから、上へ投げ上げずにより水平に近い角度で投げ出すのが自然ではないかとも考えられます。そのような習慣が身に着いてしまうと、地球上では目標よりだいぶ手前に落ちてしまうことになるでしょう。

「アーム」 (ラリイ・ニーヴン)
 密室からの脱出トリックにはがあるように思えます。
 ニーヴンが意図したトリックは、装置に結びつけた紐をフィールド外に放り出すことによって、装置及びフィールドも外部時間で9.8m/s2(作中の表現では32フィート/s2)の加速度で落下させる(この場合、フィールド内で感じられる加速度は0.00004m/s2程度になるでしょうか)というものだと思うのですが、これはうまくいきそうにありません。
 例えば、装置に紐を結びつけて水平に1m/sの速度で引っ張る場合、内部での速度は500分の1、すなわち0.2cm/sになります。ところが落下の場合には、装置自体にも直接重力が作用します。これが内部時間で9.8m/s2なのですから、外部時間では実に2,450,000m/s2ロケットに重りをつけてブレーキをかけるようなものですから、途方もない大質量の物体ならともかく、紐程度で何とかできるはずはありません。
 残念ながら、フィールド内にいる犯人にとっては加速度は9.8m/s2のまま、地面に激突して死んでしまうことになるでしょう。


(2005.06.04追記):ただし引用は冬川亘訳「腕」『不完全な死体』収録)より
 ニーヴンが意図したトリックは、装置に結びつけた紐をフィールド外に放り出すことによって、装置の落下を減速させようというものだと思いますが、かなりわかりにくくなっているので、順を追って考えてみます。
 フィールド内での重力加速度は“三十二フィート/毎秒毎秒、フィールド時間”と表現されています。これは外部と同じ(9.8m/s2=1G)ですが、フィールド内の時間は外部の500分の1ですから、外部から観察すると2,450,000m/s2(=250,000G)ということになります。しかしこれが、フィールド外部からの重力(一定)による作用であることを考えると、F=mgから、フィールド内部では質量(慣性質量)が250,000分の1になっているということになるかと思います。
 フィールド内部での装置と犯人の(慣性)質量をp、紐の質量をqとすると、加速度250,000Gで落下しようとする装置を加速度xGまで減速するのに必要な力はp(250000-x)、加速度1Gで落下しようとする紐を加速度xGまで加速するのに必要な力はq(x-1)、これが釣り合うはずですからp(250000-x)=q(x-1)が成り立ち、x=(250000p+q)/(p+q)となります(多分)。装置の重さは50ポンド(22.7kg)以上と書かれているので、犯人の体重と合わせて仮に100kg(すなわちp=0.0004kg)とし、さらに紐の重さを仮にq=0.1kgとすると、x=1001000/1004ですからおよそ997Gになります。これはあくまでもフィールド外部からみたものなので、フィールド内部に換算するとおよそ0.004Gになるでしょうか。犯人は“地面に着くまで三分かかった”とのことなので、着地する時の速度は0.72m/s程度ということになります。
 というわけで、このトリックは十分に成立するのではないでしょうか。

「マウスピース」 (エドワード・ウェレン)
 死に際のうわごとをもとにした宝探しと見せかけて、実は自分を殺した相手に復讐するためのを仕掛けていたクラウトのえげつなさが印象的です。

2002.03.02再読了

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