ミステリ&SF感想vol.36

2002.03.08
『魔術探偵スラクサス』 『ホームズと不死の創造者』 『SF九つの犯罪』 『宇宙探偵ラスティ』 『海底密室』


魔術探偵スラクサス Thraxas  マーティン・スコット
 1999年発表 (内田昌之訳 ハヤカワ文庫FT306)ネタバレ感想

[紹介]
 魔法の国トゥライの下町で、ささやかな魔術と腕っぷしを頼りに探偵稼業を営む中年男・スラクサス。彼のもとに舞い込んできた久々の依頼は、何とデュ=アカイ王女からのものだった。彼女が異国の外交官に送った恋文を取り戻してほしいというのだ。だが、早速仕事にかかったスラクサスは殺人の疑いで牢屋に放り込まれ、何とか釈放されたものの、今度は犯罪組織や強力な魔術師に命を狙われる羽目になってしまう。単純なスキャンダルのもみ消しに見えた依頼はどうやら、呪文を跳ね返す貴重な“エルフの赤布”が奪われた事件に関わりがあるらしい。スラクサスは相棒の女剣士・マクリとともに真相究明に乗り出した……。

[感想]

 私立探偵を異世界に放り込んだ“ファンタジー・ハードボイルド”といったらいいでしょうか。魔法の国を舞台に、“ダメダメ中年探偵”スラクサスと女剣士マクリの活躍を描いた作品です。スラクサスのどのあたりが“ダメダメ”かといえば、酒好き博打好きで太りすぎ、強力な呪文は覚えることができず、使える呪文は簡単なもの一つだけ、といった具合。しかし喧嘩と推理力には自信があり、上流階級の人々もものともせず、受けた依頼は誠実にこなそうとするところには好感が持てます。一方のマクリは、混血による差別にもめげることなく、居酒屋で働くかたわら、宮廷大学への入学を目指して勉学に励んでいる反面、剣をとっては大暴れするというインパクトのある人物です。キャラクターの魅力は十分といえるでしょう。

 エルフやドラゴン、魔術師たちが登場する魔法の世界という設定は、一見ありがちのようにも思えるかもしれませんが、スラクサスの暮らす下町の猥雑な雰囲気が生き生きと描かれているところはユニークです。また、各種ギルドや犯罪組織、政党、教会、そして女性の地位向上を目指す“淑女同盟”などといった組織が事件に関わってくることで、世界に奥行きが感じられるようになっているところも秀逸です。

 なお、本書には現時点で続編が4冊書かれているようで、邦訳が待たれるところです。

2002.02.20読了  [マーティン・スコット]



ホームズと不死の創造者 Architects of Emortality  ブライアン・ステイブルフォード
 1999年発表 (嶋田洋一訳 ハヤカワ文庫SF1391)

[紹介]
 ナノテクと生命工学が高度に発達し、人類が長命を獲得しつつある25世紀末、奇怪な連続殺人事件が発生した。被害者たちの命を奪ったのは、慎重に作り上げられた新種の花。体内に植え付けられた種子はやがて発芽し、人肉を栄養として不吉な花を咲かせるのだ。新規な植物を作り出す専門家として意見を求められたフラワー・デザイナーのオスカー・ワイルドは、その芸術的な手口を見て、犯人とおぼしき同業者の名を女刑事シャーロット・ホームズに告げる。だが、その容疑者は数十年もの間人前に姿を現したことはなかった……。

[感想]

 まず、シャーロック・ホームズのパロディ(パスティーシュ)ではないことにご注意下さい。微妙な小ネタもあることはあるのですが、基本的には関係ありません。

 さて、この作品は『地を継ぐ者』(ハヤカワ文庫SF)と同様、作者の構築した未来史に属するものです。そのせいか、設定や独特の用語などがあまり説明されていないので、やや読みづらく感じられる部分があります。しかしながら、やはり未来史としてしっかりと設定されているだけあって、作中で描かれている未来世界の持つある種のリアリティが、読み進めるにつれて次第に伝わってくるように感じられます。ユートピアと形容すべきか、それともディストピアなのかは難しいところですが。

 連続殺人事件が中心となってはいるものの、ミステリ的な興味にはさほど重点が置かれていないようです。しいていえば“ミッシング・リンク”もしくは“ホワイダニット”でしょうか。あくまでも、連続殺人事件というエピソードを通じて、大きく変貌した未来の社会、そしてそれとともに変化を遂げた未来の人類の姿を描き出すことがテーマなのでしょう。そしてそれでもなお、どこか根元的な部分においては人間は変わらないのではないかと感じさせられる作品です。

2002.02.24読了  [ブライアン・ステイブルフォード]



SF九つの犯罪 The 9 Crimes of Science Fiction  アイザック・アシモフ他 編
 1979年発表 (浅倉久志・他訳 新潮文庫 赤186-1・入手困難ネタバレ感想

[紹介と感想]
 アイザック・アシモフ他による、SFミステリのアンソロジーです。単にSFミステリ作品を集めたというだけでなく、“フーダニット”などのテーマ別に作品が選ばれているのが大きな特徴で、非常にバラエティに富んだ作品集となっています。分量の都合で、原書(『The 13 Crimes 〜』)から4篇が割愛されているのが残念です。
 個人的ベストは「歌う鐘」

ハードボイルド探偵
「デトワイラー・ボーイ」 The Detweiler Boy (トム・リーミィ)
 三日おきに発生する血まみれの死体。その現場付近に常に出没する“デトワイラー坊や”の存在に気づいた私立探偵のバートラムは、密かにデトワイラーの事件との関連を調べ始める。だが、彼には事件のたびに完璧なアリバイがあったのだ。諦めきれないバートラムは、さらにデトワイラーの身辺を探る……。
 基本的にはオーソドックスな私立探偵ものですが、微妙にSF風味が漂っています。何ともいえないラストの余韻が印象的です。

オカルト探偵
「イプスウィッチの瓶」 The Ipswich Phial (ランドル・ギャレット)
 研究所から盗まれた〈イプスウィッチの瓶〉を追っていた情報部員スタンディッシュが、ノルマンディの海岸で死体となって発見された。そしてその現場には、発見者の足跡だけが残されていた。消えた〈イプスウィッチの瓶〉をめぐって、英仏帝国とポーランド王国との間に、激しいスパイ戦が繰り広げられるが……。
 科学の代わりに魔術が発達した世界を舞台にした〈ダーシー卿シリーズ〉の短編です。
 この作品ではスパイ戦の方がメインになっていて、これはこれで面白いとは思いますが、その分本格ミステリ風味がやや薄くなっています。特に、解決が駆け足になってしまっているのが残念です。もう少し長ければバランスが取れたかもしれません。

フーダンニット
「とどめの一撃{クー・ド・グラース}」 Coup de Grace(Worlds of Origin) (ジャック・ヴァンス)
 宇宙空間に浮かぶ気密ドーム〈ハブ〉には、様々な惑星からの人々が集まっていた。その滞在客である人類学者のボンフィルスが殺害される事件が発生し、〈ハブ〉の所有者は探偵のマグナス・リドルフに捜査を依頼する。可能性を一つずつ排除していった結果、リドルフが最後に指摘した犯人は……。
 〈魔王子シリーズ〉(ハヤカワ文庫SF・入手困難)などのSF作品で知られる作者ですが、kashibaさん「猟奇の鉄人」)の日記(2月18日参照)によれば、『檻の中の人間』(ジョン・H・ヴァンス名義;ハヤカワ・ミステリ・入手困難)でMWA最優秀処女長編賞を受賞したり、エラリィ・クイーン名義で作品を発表するなど、ミステリでも活躍しているようです。
 この作品では、容疑者たちの文化的背景をもとに可能性を絞り込んでいく過程がユニークです。奇妙な味を感じさせるラストも秀逸です。

ホワイダンニット
「グリーン・カー」 The Green Car (ウィリアム・F・テンプル)
 目の前で少年をはね飛ばして去って行った緑色の乗用車。運転手はスピードを落とすことさえしなかった。一体なぜこんな無謀な運転を? 怒りに燃える人々は、緑色の乗用車の行方を追い求める。だが、次第に明らかになってきたのは、予想もしなかった事実だった……。
 このアンソロジーに収録されているせいで真相がわかりやすくなっている部分もありますが、なかなかユニークな作品です。

倒叙
「歌う鐘」 The Singing Bell (アイザック・アシモフ)
 月のクレーターに隠された貴重な“歌う鐘”を手に入れたペイトンは、協力者を殺害して地球に戻ってきた。警察は早速ペイトンに目を付けたが、彼は例年その時期に人里離れた山奥の別荘で過ごす習慣があり、警察は彼が月面にいたことを証明できなかったのだ。だが、相談を受けたアース博士は……。
 アシモフのSFミステリとしては、『鋼鉄都市』などのロボット・シリーズが有名ですが、それ以外にも様々な作品が書かれています。その中で、地球から一歩も出ない異星生物学者、ウェンデル・アース博士を主役としたシリーズから選ばれたこの作品は、犯人が立てた完璧とも思える犯罪計画や、小さな手がかりに基づく鮮やかな解決など、倒叙形式のミステリとして非常によくできています。ネタにはやや突っ込みどころがあるようにも思えますが。
 なお、この作品を含むアース博士のシリーズは、『アシモフのミステリ世界』に収録されています。

密室
「アーム」 ARM (ラリイ・ニーヴン)
 昨夜殺された発明家の死体は、すでにミイラ化していた。被害者の新発明、時間を500倍に加速する特殊なフィールドに包まれていたのだ。ほぼ密室状態の現場から犯人が脱出した形跡はなく、自動医療機に入っていた娘が最大の容疑者とみられたが、捜査を担当するARMのギル・ハミルトンは……。
 代表作『リングワールド』(ハヤカワ文庫SF)などからなる〈ノウンスペース・シリーズ〉に含まれる、超能力者ギル・ハミルトン(本書では“ジル・ハミルトン”になっていますが)を主役としたSFミステリです。“時間を500倍に加速するフィールド”というアイデアは面白いと思いますし、犯人指摘の決め手もよくできていると思うのですが、ガジェットやネタの説明がわかりにくいところが難点です。しかもトリックにも問題があるように思えます。 → (2005.06.04追記:トリックは十分成立しそうです)
 なお、ギル・ハミルトンが活躍する作品としては、中編集『不完全な死体』「アーム」の別訳「腕」も収録)及び長編『パッチワーク・ガール』が刊行されています。

暗号
「マウスピース」 Mouthpiece (エドワード・ウェレン)
 1930年代、銃撃戦で命を落としたギャング、クラウト・シュウォーツは、死に際に意味不明のうわごとを残した。それから40年後、卒業論文の課題にシュウォーツのうわごとの分析を選んだポール・フェルダーは、あらゆる資料をコンピュータに放り込んだ。それが奇怪な事件に巻き込まれていく始まりとも知らず……。
 冒頭の一見意味不明なうわごとが少しずつ解明されていく様子は、島田荘司「糸ノコとジグザグ」を思い起こさせます。やや長すぎるようにも思えますが、スリリングな終盤が印象的です。キャラクターもなかなか魅力的。

裁判
「ハウ=2」 How-2 (クリフォード・D・シマック)
 ロボット犬を注文したはずのゴードンのもとにハウ=2社から届けられたのは、最高級ロボットの試作品だった。後ろめたい思いを抱えながら組み立てたロボット〈アルバート〉は、やがて次々にロボットを量産し始める。事態に気づいたハウ=2社に訴えられてしまったゴードンだったが、裁判は意外にも……。
 主人公が予想もしなかった、際限のない事態のエスカレーションが笑えます。ラストは微妙にブラックですが。

刑罰
「予定犯罪者」 Time in Advance (ウィリアム・テン)
 流刑星での長い服役を終えて地球に戻ってきた予定犯罪者たち。彼らは事前の刑罰と引き換えに合法的な殺人の特権を手に入れたのだ。その一人、クランドルは、かつて彼を裏切った憎い男に復讐しようとする。だが、彼の前に次々と姿を現した人々は……。
 “合法的な殺人”という概念の是非はさておき、その制度に翻弄される人々の姿や、主人公たちのやり場のない思いが強く印象に残ります。

2002.03.02再読了  [アイザック・アシモフ・他 編]



宇宙探偵ラスティ Murder in Orbit  ブルース・コーヴィル
 1987年発表 (斎藤ひろみ訳 ハヤカワ文庫SF817・入手困難ネタバレ感想

[紹介]
 スペース・コロニー〈ICE-3〉に住んでいるラスティ少年は、いつものように設備のチェックをするために、生化学研究所の廃棄物処理工場を訪れた。だが、ふとタンクの中を覗いたラスティは、廃棄物にまみれて分解されかけた男の死体を発見した。慌てて紛争処理局に連絡したものの、死体は完全に分解されてしまっていた。しかも、コロニー住民の中に行方不明者は一人もいなかったのだ。悪ふざけだと疑われる中、唯一信じてくれた祖父の旧友・パケット博士とともに調査を始めたラスティ。だが、何者かが彼の命を狙い始めた……。

[感想]

 スペース・コロニーでの殺人を描いたジュヴナイルSFミステリです。主人公のラスティ少年をはじめ、いかにもジュヴナイルらしいともいえる登場人物たちのキャラクターは、若干ステレオタイプに感じられる部分もあるものの、十分な魅力とわかりやすさを備えています。主人公がいきなり“誰にも信じてもらえない”という苦しい状況に放り込まれているのも効果的です。その後の展開もおよそ王道といってもいいもので、安心して楽しむことができるでしょう。

 ミステリ的なネタについては若干アンフェアだと感じられるかもしれませんし、あるいは逆に見当をつけやすいかもしれませんが、真相につながる手がかりは秀逸です。ジュヴナイルであるためか、気づきやすいように書かれてはいるものの、それに基づいた解決は鮮やかです。

 個人的には内容に一つ大きな問題があるように感じられるのですが、それを除けば非常によくできた作品といえるのではないでしょうか。

2002.03.05再読了  [ブルース・コーヴィル]



海底密室  三雲岳斗
 2000年発表 (徳間デュアル文庫 み1-1)ネタバレ感想

[紹介]
 深度4000メートルの海底にある実験施設〈バブル〉を取材に訪れた鷲見崎遊。そこでは二週間前に常駐スタッフの一人が、鍵のかかった研究室内で睡眠薬を飲んで自殺したのだという。だが、やがて可燃物がほとんどないはずの倉庫内で不審な出火が起こり、スタッフの一人が黒焦げの死体となって発見されるという事件が発生し、さらに密室殺人までが……。外界から隔離された〈バブル〉で、一体何が起こっているのか? 遊は、携帯情報デバイスに宿る仮想人格とともに、事件の謎に挑む……。

[感想]

 特殊な“クローズドサークル”を舞台にした近未来ミステリです。まずは何といっても、〈バブル〉という舞台の設定が秀逸です。まさに“海底密室”で、犯人も含めた登場人物たち全員が、迎えがくるまでそこにとどまらざるを得ません。しかも、嵐や山崩れなどによる不可抗力的なクローズドサークルと違って、脱出の可能性がまったくないことは最初からわかっているのですから、クローズドサークルものに特有の“なぜ容疑者が限定される場所で殺人を犯さなければならないのか?”という謎が一層強調されているように感じられます。

 上記の謎の解決には十分に説得力がありますが、この作品ではそれ以外にも、“なぜ密室にしなければならなかったのか?”などの理由に工夫が凝らされています。密室トリックなど“How?”の部分もよくできていますが、実は“Why?”に徹底的にこだわった作品だといえるのではないでしょうか。

 なお、巻末の山田正紀による解説でも触れられているように、“孤独”もこの作品の大きなテーマとなっているようです。それは多分に発達した技術の影響を受けたもので、その意味でこの作品はSF的な側面も備えているといえるでしょう。ただ一つ物足りないのが、仮想人格の扱いです。この作品では、単に特殊な視点人物という域を出ていないように感じられます。主人公との関係をもう少し書き込むことで、そのテーマがさらに奥行きを増したと思うのですが。

2002.03.06読了  [三雲岳斗]


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