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アンデッドガール・マーダーファルス1/青崎有吾

2015年発表 講談社タイガ アC01(講談社)
「吸血鬼」
 まず、輪堂鴉夜が指摘する七つの疑問点――真相解明のための手がかりが、その見せ方も含めて非常によくできています。先に挙げられる五つの疑問点(74頁~76頁)のうち、〈1.ハンナが起きなかったこと〉、〈2.夜中の犯行だったこと〉、〈4.犯人が城の内情に詳しかったこと〉の三つは“内部犯行説”を示唆するにとどまり、〈3.犯人が瓶を置いていったこと〉、〈5.犯人が銀の杭を倉庫に戻したこと〉の二つは後のトリック解明で補強材料となるものの、それだけで解明にまでは至らない、いわば“弱い”手がかりにすぎません。それらを先に読者に示しつつ、核心に迫る手がかりとなる残りの二つを伏せておく手順が周到です。

 そして解決場面で指摘される、〈6.杭打ちの音がしなかったこと〉という疑問点が秀逸です。それ自体が“ネガティヴ”な手がかりであるために気づきにくいのはもちろんのこと、たとえ気づいたとしても、“怪しまれないよう音を立てるのを避けた”という常識的な(?)推理*1に飛びつきやすくなっているのが実に巧妙。城内では“よく、金槌や木槌の音が屋敷中に響いていた”(61頁)というもう一つの手がかりと合わせることで*2、“音を立てるのを避けた”という理由が否定され、“ハンマーで打つと杭が壊れるから”という仰天の解釈が示されるのに脱帽です。

 さらに最後の〈7.瓶の内側に埃がついていた〉と合わせて導き出される、聖水による氷の杭を用いたトリックも非常によくできています。あまりにも古典的な“氷の凶器”のトリックを、吸血鬼の設定を巧みに利用することで*3鮮やかに“再生”してあるのもさることながら、氷トリックでありがちな“凶器の消失”ではなく“凶器の偽装の目的で使われている――(こちらは氷ではないものの)某海外古典*4にも通じるトリックといえます――のがうまいところで、一風変わった扱いがされていることで見えにくくなっている感があります。

 また、犯人が杭に“指のあと”(24頁)を残してしまった際に負った、銀による治りにくい火傷に対して、自ら指を切断することで再生を速めるトリックもよくできています。自身が“不死”である輪堂鴉夜ならばすぐに気づいてもよさそうな気もしますが、吸血鬼と違って(鬼以外に)弱点がないために思い至らなかった、ということもあるかもしれません。

「人造人間」
 早い段階で解明される密室トリックは、施錠ではなく力ずくの密室(苦笑)で、人造人間の怪力という設定が生かされているともいえますし、“かけ金がくっついていた。”(215頁)“受け金もきちんとついている”(216頁)といった細かい手がかり*5をもとにした推理はさすがというべきかもしれませんが、やはりトリックとしては拍子抜けといわざるを得ないでしょう。もっとも、この密室がメインを張る謎でないのは明らかで、警部*6の推理の手がかりとなるリナの反応を引き出すきっかけとして用意されたもの、と考えるべきでしょう。

 一方、博士の首の消失については、真打津軽がいうところの“黄金餅”(235頁)――人造人間の腹の中(→「黄金餅 - Wikipedia」)という推理がまず面白いところですし、それを受けた人造人間の対応が何とも愉快(?)です。しかして最終的に解き明かされる真相は、鮮やかでよくできているのは確かなのですが、いささかわかりやすくなっているのは否めません。輪堂鴉夜が“この事件は、2-1=1ではないんです。0+1=1だったんですよ。”(270頁)と要約していますが、人造人間の最も特徴的な設定――人体のパーツを寄せ集めて作られる――から、“足し算”の図式が見えやすくなっているからです*7

 それでも、(アイデンティティが怪しくなっている部分もありますが)“被害者=犯人”という真相はインパクトがありますし、いわゆる“バールストン先攻法”とは違って(カーター・ディクスン『ユダの窓』風の密室によって)“第一の容疑者”にもなっているのがユニークです。そしてまた、主犯であるボリス博士が実行犯であるリナのために用意した蓄音機のトリックが、かえってリナに疑いがかかる材料になってしまうという、もう一つの“反転”も面白いところで、作中の年代ゆえの古典的なトリックをそのまま扱わずに、ひねりを加えてあるところがよくできています。

 そして、ボリス博士がフランケンシュタインの末裔だったことが示唆されて、輪堂鴉夜が真相に至るきっかけとなった“フランケンシュタインと怪物の混同”がいわば具現化され、さらに結末でよりによってヴィクター(316頁)という名前が人造人間に与えられることで、それがより一層補強されるのがお見事です。

*1: そこに至る前に、クロードとアルフレッドの偽証などによる、ハンマーが使われた可能性をきっちりつぶしてあるところも周到です。
*2: 地味ですが、〈4.犯人が城の内情に詳しかったこと〉によって――たとえ外部犯であったとしても――これが成立することになるのが見逃せないところです。
*3: 聖水と吸血鬼の組み合わせで、凶器が速やかに溶けて消失するのが効果的です。
*4: (作家名)カーター・ディクスン(ここまで)の長編(作品名)『黒死荘の殺人』(『プレーグ・コートの殺人』)(ここまで)。ちなみに、こちらはアリバイではなく密室を構成するための“凶器の偽装”ですが、原理としては似たところがあると思います。
*5: ただし、“細かい”のは読者にとっての話で、先にドアを調べたはずの警察がトリックを見抜いてしかるべきところではないか、とも思われます。
*6: 警部が何者なのかピンとこない方はこちらを。
*7: さらにいえば、伝奇小説やそれに類するものでは“首のすげ替え”がしばしば見られる――最も広く知られているものの一つは、おそらく荒木飛呂彦『ジョジョの奇妙な冒険』のアレ――ので、そちらを読み慣れていると盲点になりづらいところもあるかと思われます。

2015.12.26読了