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貴族探偵/麻耶雄嵩

2010年発表 (集英社)
「ウィーンの森の物語」
 序盤にさりげなく糸の両端の綺麗な切り口”(18頁)という重要な手がかりが示されていますが、読者に対しては冒頭で犯人が密室トリックを実行したことが示してあるため、残された糸が偽装工作であるとは考えにくくなっているのが巧妙。また、犯人はそもそも糸を回収して被害者の自殺に見せかけようとしていたわけで、突然の計画の変更が必要になる理由がまったく見えないことも、糸を残す偽装工作の可能性を想定しがたくしている要因の一つといえます。
 しかして、犯人がスペアキーを一時手放していたという事実を導入することで、犯人の行動が浮かび上がってくる解決場面が実に見事。当初は鍵を持たないことで容疑を免れようとしながら、糸を回収する必要に迫られて(秘書の旗手を殺して)スペアキーを取り戻した後は、“鍵を持っていない人物が犯人”と見せかけるよう方向転換し、徹底して容疑の対象とならないよう立ち回った姿が何ともいえません。

「トリッチ・トラッチ・ポルカ」
 切断した首を使って被害者がまだ生きていたかのように見せかけるアリバイトリックは、某海外古典*1などに前例がありますが、この作品ではまで使っているのが面白いところで、美容院という場所をうまく生かしたトリックといえます。
 しかしそれよりも注目すべきは、アリバイ崩しにしてはかなり異例なことに*2フーダニットとの両立に成功している点でしょう。まず、犯人が(事件関係者ではあるものの)容疑者となっていないのが異色ですが、これは被害者が恐喝者だったことで動機を持つ人物が見えにくいのがポイントです。そして、手がかりから真の犯行時刻を明らかにしていくロジックがよくできているのはもちろんですが、単なる偽証ではなく被害者の死体そのものを利用したトリックであるために、犯行時刻が特定された途端に犯人に直結しているのが、非常にうまいところです。
 そして最後に暗示される、貴族探偵が事件解決に乗り出した理由に思わずニヤリ。

「こうもり」
 “替え玉”を使った陳腐なアリバイトリックに、読者にのみ事実を示すことで作中の登場人物との間に認識のずれを生み出すトリック――“逆叙述トリック”*3を組み合わせて、先鋭的なミステリに仕立て上げた作者の手腕に脱帽。
 まず事件前日の場面では、そこにいる人物が貴生川敦仁であることを読者に明かしつつ、それが“絵美の恋人”であるかのように読者をミスリードするとともに、絵美と紀子が“貴生川を大杉道雄だと誤認していること”を巧みに隠蔽してあります。さらに事件当日には、前日の場面の仕掛けに加えて、貴生川を“貴生川と大杉道雄の二人”と見せかける一人二役を成立させてあるのが非常に秀逸です。
 読者が真相を見抜くための手がかりとなるのは、事件当日のランチの座席に関する記述。“昨日と同じテーブル”(120頁)はそもそも四人掛けのウッドテーブル”(111頁)なので大杉道雄・大杉真知子・貴生川・絵美・紀子の五人では席が足りませんし、“貴生川は今日は絵美の向かいに座っていた。”(120頁)にもかかわらず、絵美が“向かいのコーヒーカップ”をくすねた際に紀子が“それ大杉先生が使っていたカップじゃない。”(125頁)とたしなめていることを考えれば、絵美と紀子が“貴生川を大杉道雄と認識している”ことに思い至るのも可能でしょう。

(2017.02.19追記)
 驚くべきことに、2017年4月から『貴族探偵』のドラマが放映されることになったわけですが(→「貴族探偵 | オフィシャルページ - フジテレビ」)、本書で最も映像化が困難なのが、叙述トリック/逆叙述トリックが仕掛けられた「こうもり」であることは間違いないでしょう。さりとて、叙述トリック/逆叙述トリックを捨ててそのまま映像化しようとしても、少々難しいことになると思われます。アリバイトリックが見え見えになるので貴生川の名前は伏せておくとしても、映像では“タバコの臭い”を手がかりとして使いづらい*aので、最後にいきなり「実は別人でした」と明かすアンフェアな謎解きになってしまうおそれがあります。そこで、何とか「こうもり」トリックを映像化できないか、少し考えてみました。

 最大の難関はもちろん、事件当日のランチの場面です。小説では上述のように、作中で“大杉道雄のふりをしている”貴生川を、読者に対しては“大杉道雄と貴生川の二人”に見せかける一人二役――〈絵美・紀子・大杉真知子・貴生川〉の四人を〈絵美・紀子・大杉真知子・大杉道雄・貴生川〉の五人に見せかける叙述トリックが仕掛けられているわけですが、これはどう考えても映像では不可能
 ということで、代わりにひねり出したのが、作中の人物(絵美・紀子)に対しては貴生川を大杉道雄に見せかけると同時に、視聴者に対しては別の人物を大杉道雄に見せかけるトリック――すなわち、席の都合*bで大杉真知子は別行動(別の場所でアリバイを確保?)としておいて、さらに“混んでいるので相席”とした上で下の図のように座席を配置して、〈【貴生川・絵美・紀子】/相席になった他人(男)〉の四人を、視聴者には〈相席になった貴生川/【絵美・紀子・“大杉道雄”】〉に見せかけようというものです。
  紀子    絵美  
    テーブル    
  他人  “大杉”
[絵美らの認識]

 ←←← 
  紀子    絵美  
    テーブル    
  他人   貴生川 
[事実]

 →→→ 
  紀子    絵美  
    テーブル    
“大杉” 貴生川 
[視聴者の認識]
 地の文の代わりにテロップで貴生川の名前を表示しつつ、アングルやカットを工夫して“他人”の顔や貴生川がしゃべるところは映さないようにすれば、貴生川との会話をその隣の“他人”との会話のように――その“他人”が大杉道雄であるかのように、うまく視聴者を騙すことができる……かどうかはわかりませんが、成功すれば小説の逆叙述トリックに近い雰囲気になるのではないでしょうか。視聴者への手がかりとしては、小説と同じように“絵美が“大杉道雄”のカップをどこから取ったのか”が使えるので、アンフェアになるのは回避できると思います。

 貴生川を“たまたま相席になった人物”と視聴者に思わせるためには、絵美らと面識があってはならないので、前日のランチでの“予行演習”は割愛せざるを得ないでしょう。さらに、貴生川を絵美の恋人(=貴族探偵)だと思わせるトリックも映像では無理なので、これまた割愛ということになります(そうすれば、貴族探偵を(ランチの場面などを除いて)序盤から登場させることができる、というメリットも生じます)。
 また、大杉道雄と貴生川の顔が似ている(一人二役?)ことはもちろん伏せておかなければならないのですが、どちらかが濃いサングラスなどで顔を隠し、もう一方が素顔で登場する*c、といった程度で何とかなるかどうか……。

*a: 映像では内面描写ができないため、紀子が口に出さなければならず、目立ってしまう――ということもありますが、小説では(大杉道雄とは別人の)貴生川に関する描写であることがはっきりしているため、大杉道雄との差異にも読者が違和感を抱かないのに対して、映像では“大杉道雄(とよく似た顔の人物)がタバコの臭いをさせていた”ことになるわけですから、かなり視聴者の不審を招きやすくなってしまいます。
*b: “大杉夫妻+絵美(もしくは紀子)”の場合、“大杉道雄”の隣の席を空けるのはやや不自然だと思われるためです。
*c: 大杉道雄よりも後に、しかも“謎の人物”として登場することになる貴生川が顔を隠していると、かえって視聴者の注意を引いて気づかれやすくなるのではないかと思われるので、どちらかといえば貴生川が素顔で登場する方がいいのではないでしょうか。

「加速度円舞曲」
 解決場面の怒涛のロジックが圧倒的なのはもちろんですが、それを理解していく上で見取図が大いに役に立っているのも見逃せないところです。そして、縁起を担ぐ被害者の性格ゆえに北枕にするわけにはいかなかったというオチが何ともいえません。

「春の声」
 水口が尼子に殺され、尼子が高宮に殺され、さらに高宮が水口に殺された、煙詰めならぬ“煙殺人”(263頁)――いわゆる“円環殺人”の構図が早々に示されているのがまず異色。そしてそこからどうひっくり返すのかと思っていると、水口が高宮に殺され、高宮が尼子に殺され、さらに尼子が水口に殺されるという、文字通り“ひっくり返した構図”が用意されているのに脱帽です。そして作中で貴族探偵が指摘しているように、“三人が三人とも、ライヴァルを殺し、もう一人のライヴァルに罪をなすりつけて一人勝ちをしよう”(287頁)と企んだことで、正逆両方の向きの“円環殺人”が比較的自然に成立しているところがよくできています。
 三人の被害者に対応させる形で三人の使用人がそれぞれの謎解きを分担し、最後にそれらをまとめる形で“円環殺人”の構図が示されているのも面白いところで、貴族探偵が推理を使用人に任せるという設定がそれなりに効果を上げている感があります。

*1: (作家名)クリスチアナ・ブランド(ここまで)の長編(作品名)『ジェゼベルの死』(ここまで)
*2: アリバイとは“その人物には犯行が不可能だった”ことを示すものですから、アリバイ崩しは原則として容疑者が特定されてからの話になります。
*3: “逆叙述トリック”には前例もありますが、“誤認”の対象が異なっているためにだいぶ違った機構になっています。

2010.05.30読了

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