「貴族探偵」はいかに改造されたか?
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2017.12.26 by SAKATAM |
ドラマ「貴族探偵」第9話までと、原作「こうもり」(『貴族探偵』収録)、及び「幣もとりあへず」(『貴族探偵対女探偵』収録)のネタバレがありますので、未読・未視聴の方はご注意ください。 |
第9話 「こうもり」 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
放送日:2017年6月12日 ○あらすじ
愛香は鼻形とともに、師匠・喜多見切子の遺体が発見された渓谷に花を手向けに行く。切子は上流の山道から転落して流された事故死とされていたが、遺体には目立った外傷がなかったというのだ。鼻形は近くのカフェに後輩の警察官を呼び出し、当時の資料を極秘に持ち出すよう頼む。 ○お知らせ今回は諸般の事情により、順序を変更して原作「こうもり」のトリックと解決の話から始め、ドラマの内容に触れるまでの“前フリ”が長くなっていますが、ご了承くださいませ。 ○原作のトリックと解決原作のメイド・田中は、最初に大杉道雄が犯人と名指しした上で推理を始めます。最初の手がかりは、被害者・水橋佐和子の頭に載せられていた花の冠で、風媒荘にあったヒナギクの造花が使われていたことで容疑者は風媒荘の宿泊客に限定され、さらに佐和子が大杉の著書『花冠』の主人公に憧れていたことを知る機会がなかった(*1)松野彰が除外されて、容疑者は寺崎紀子・安永絵美・大杉道雄・大杉真知子・水橋洋一・堂島尚樹の六人に絞られます。
しかるにこの六人は、全員がアリバイ成立しているように見えるのが難しいところですが、その中でメイド・田中は、園田警部補の“大杉が煙草を吸わない”という証言と、紀子の“(“大杉”が)ヤニ臭かった”という証言が矛盾しているとして、事件当日(と前日)のランチの席に現れたのは大杉本人ではなく替え玉だと推理し、アリバイが崩れる大杉が犯人と結論づけています。そして、ランチの際に絵美がくすねた“大杉”のコーヒーカップの指紋が証拠だと指摘するとともに、替え玉をつとめた人物として何年か前に *
作中での謎解きはこのように、かなりシンプルで“簡単”といってもいいほど(*2)なのですが、原作の「こうもり」には以下のような三重のトリックが仕掛けられているため、読者が真相を見抜くのはまったく容易ではないでしょう。
以上のような三重のトリックが、真相そのものを強固に隠しているのはもちろんのこと、替え玉を見抜くための手がかりの隠蔽にも大きく貢献しているのが巧妙。すなわち、“ヤニの臭い”をさせた人物が貴生川だと地の文にはっきり示されている(*7)ために、読者はそれを“大杉がタバコを吸わない”という事実と結びつけることができず、重要な手がかりだと気づきにくくなっているのです。
*1: 実際には、紀子らの前で佐和子が憧れを口にした場に松野がいなかったというだけでなく、『花冠』が
“先週に上下巻で刊行されたばかり”の上に、水橋が “この三日間、佐和子が一人にならないようにずっとついて回っていた”という具合に、松野が佐和子から『花冠』の話を聞く機会が入念に排除されているのが周到です。 *2: もっとも、“大杉”がヤニ臭かったというのは事件前日の話なので、園田警部補がそこまで詳しく聞いているとは考えにくいものがありますし、逆に紀子も園田警部補から捜査情報を聞いているはずがないので、作中で謎を解くことができる人物はメイド・田中のみ、ということになりそうです(警察の質問と違って “ストーカー事件のことを詳しく訊かれた”という記述が、メイド・田中に事件前の出来事まで伝えたことを示唆しています)。 *3: 特にこの作品では、三人称の地の文が完全な客観視点ではなく、会話で “大杉先生”と呼びかける――その程度に大杉との関係が薄い――紀子に視点を据えてあるところもあるので、なおさら地の文での“彼”は不自然に映ることになります。 *4: もちろん、実際に発表されたのは「こうもり」の方が先で、「幣もとりあへず」はその“応用編”といった形になっています。 *5: もう一つ、 “襟足の長い髪を掻きながら”という貴生川の動作は、よく考えてみると “TVでよく見る彼(注:大杉)の癖”を真似ている節があるので、これも手がかりとなり得るかもしれません。 *6: 紀子が――それなりに納得できる理由も用意されて――ランチに二日連続で遅刻したことで、どう考えても真相が露見するはずの(絵美と“大杉”の)最初の挨拶などが巧みにカットされているところも見逃せないでしょう。 *7: 地の文で貴生川のことを“彼”などとぼかして記述する一般的な叙述トリックであれば、大杉と“大杉らしき人物”との間の齟齬となるわけですから、手がかりと真相がかなりわかりやすくなると思われます。 ○ドラマ放送前の注目ポイント〈(逆)叙述トリック〉が重要な役割を果たしているため、ドラマ化が発表された時点から“映像化困難”との評判が高かった原作「こうもり」ですが、実際にドラマ「貴族探偵」が始まって毎回の“お約束”を念頭に置いてみると、他にもドラマ化にあたって困難な部分があることがわかります。ということで、この第9話の放映前に個人的に注目していたのは、以下の三点です。
脱線したのでかなり長くなってしまいましたが、「こうもり」のドラマ化にはこのような三つの難題があり、全エピソードの中でも最大の難関であったことは確実です。これら三つの難題が、実際のドラマではどのように解決されたのか――ということを念頭に置きながらドラマを見返してみると、より楽しめるのではないでしょうか。
*8: 現実的にはまったくあり得ない話ですが、貴族探偵役の俳優が誰なのかドラマ放送開始まで伏せられたままで、なおかついきなりドラマ第1話として「こうもり」をやる場合には、貴生川が貴族探偵だと思わせることも不可能ではないかもしれません。しかし、本文で指摘している問題が生じるのは同じです。
*9: 【大杉・真知子・紀子(もしくは絵美)】の組み合わせでは、真知子が“大杉”の隣に座らないのは少々不自然に映るのではないかと思われるためです。 *10: このあたり、映像で“嘘がつけない”実写映像化ではなく、漫画やアニメであればまだごまかしが効きやすいかもしれません。 *11: ……と思ったのですが、(実際にドラマでそうなったように)原作の松野彰の出番をなくして、大杉の替え玉の役名として“貴生川敦仁”の代わりに“松野彰”を使えば、違った意味で原作既読者の注意を引いて多少は攪乱できるようにも思われます。 *12: リンク先の文章には、アントニイ・バークリー『毒入りチョコレート事件』のネタバレがありますので、未読の方はご注意ください。 *13: 原作では、〈貴生川からヤニの臭いがした〉 ことが 地の文にさらりと書かれており、逆叙述トリックによってそれを大杉と結びつけるのが困難になっています。しかしながら、ドラマで同じ手がかりを使う場合には、前述のように逆叙述トリックの再現が困難である上に地の文も存在しないので、紀子が〈大杉(らしき人物)からヤニの臭いがした〉とはっきり台詞で説明せざるを得ず、タバコに関する矛盾があからさまになります。 *14: 〈タバコを吸わない〉と〈ヤニの臭いがした〉のいずれか一方を愛香に対して伏せておくことで、“正しい解決”に到達するのを妨げる――という手もありますが、当然ながら視聴者には両方を知らせる(しかも前述のように目立つ)ことになるので、愛香の推理の誤りとその原因が見え見えになってしまい、多重解決の面白味が薄くなります。 *15: アリバイが崩されたところから新たに犯人特定の決め手を探すことになれば、多重“解決”ではなく解決の前段階の検討に近くなります。一方、決め手となる手がかりがすでに示されているのであれば、アリバイ崩しよりも先にそれで犯人が特定されてしかるべきですし、そうなると(特に“誤った解決”の方の)アリバイ崩しの重要性が低下するのは避けられないでしょう。そして決め手がない場合には、アリバイトリックの蓋然性の勝負となり、場合によっては解決がすっきりしないものになりかねません。 *16: ジョン・ディクスン・カー『三つの棺』での有名な“密室講義”に倣って。 *17: ランチの席に真知子がいなければ、それこそ“真知子の目を盗んで(佐和子以外と)浮気をするためのアリバイ工作”といった口実も使えるでしょう。 *18: 使用人たちはもちろんいつもの揃いのジャージを着るでしょうし、大杉と貴生川が登場する再現映像でも、入れ替わりのためにほとんど同じ服を着ているはずです。 ○登場人物・舞台・事件の概要
前々回のドラマ第7話「ウィーンの森の物語」、そして前回のドラマ第8話「むべ山風を」と大きな改変が続きましたが、今回のドラマ第9話は原作「こうもり」と表面的には別物といっても過言ではありません。それほどまでに、基本設定からしてがらりと変わっているわけですが、それら数々の改変のほとんどがドラマ化による必然――とりわけ、映像で再現できない〈(逆)叙述トリック〉が潔くカットされたことによる、といってもいいでしょう。 *
まず、原作の舞台は老舗の格式ある温泉旅館・風媒荘ですが、ドラマではキャンプ場の周辺に舞台が変更されています。これは、温泉旅館のままではドラマ第4話「幣もとりあへず」とかぶってしまうこともあるでしょうが、原作では〈(逆)叙述トリック〉の“仕込み”(事件前日のランチなど)もあって三日目にようやく事件が起きるのに対して、ドラマでは事件発生まで何日もかける必要がないので、より手軽な(?)舞台が採用されたということではないでしょうか。そして温泉旅館とキャンプ場の違いとしてもう一つ、激情に駆られた犯人が凶器を手にする機会の有無も重要になってきます。 また、原作の“蝶陣祭”(鍾乳洞で焚かれる護摩の灰を蝶に見立てた行事)が、ドラマではキャンプ場近くの森でのみ見られる珍しい蝶・“あかね古式蝶”(*19)へと、“蝶つながり”の改変が施されています。どちらも“カップルが永遠に結ばれる”という御利益があるとされるもので、灰をかぶるよりも美しい蝶を追いかける方がビジュアル的に映えるという意図もありそうですが、後述するようにこの改変で容疑者のアリバイが変わってくるのが見逃せないところです。 *
原作の登場人物のうち、大杉道雄・真知子夫妻、水橋洋一・佐和子夫妻、堂島尚樹、そして貴生川敦仁の六人(及び貴族探偵とメイド・田中)が引き続いてドラマにも登場しますが、堂島が大杉と同じ作家からミュージシャンに変更されているほか、佐和子がジャズシンガーに、そして真知子が元女優に変更されています(*20)。その一方で、原作の刑事たちの代わりに“マル貴”が登場するのはもちろんとして、原作に登場した寺崎紀子・安永絵美・松野彰の三人が削られているのが目を引きます。 主に視点人物となっている紀子と、その友人で貴族探偵の恋人である絵美――原作でそれぞれに重要な役割を果たしている女子大生コンビの“退場”は大きな改変ですが、ドラマで視点人物に近い立場としては女探偵・高徳愛香がいますし、貴生川を貴族探偵と見せかけるトリックが割愛されて貴族探偵の恋人は不要となり、さらに犯行時刻のアリバイの証人だけならば大杉と初対面の目撃者でも十分ということで、原作での紀子と絵美の役割は愛香と“相棒”の鼻形警部補に割り振られています(*21)。
実際に愛香と鼻形は、大杉らとはまったく関係のない別件でキャンプ場の近くを訪れ、立ち寄ったカフェでたまたま“大杉”を目撃しており、原作の紀子と絵美――早めの卒業旅行で訪れた風媒荘で大杉らと出会い、滞在三日目に“大杉夫妻と一緒にランチ”でアリバイの証人となる――とは大きく異なっています。ここでは、鼻形が女優時代の真知子のファンで結婚した大杉のことにも(愛香より)詳しいという設定が効いていて、“大杉”の存在にいち早く気づいた鼻形に教えられて愛香が“ギリ”で調べた結果、 原作から削られたもう一人の松野は、(堂島とともに)佐和子のかつての浮気相手であるとともに、大杉らが風媒荘に滞在していることを紀子と絵美に教え、その“裏事情”をある程度知らせる役割を果たしていますが、容疑者としては早々に嫌疑が晴れる立場にすぎませんし、捜査に加わっている愛香と鼻形にわざわざ情報提供する必要もないので、ドラマではその存在が不要になったのではないかと考えられます。原作よりもすぐに事件が起きるドラマでは、登場させる機会を作るのが難しいということもありそうです。 また、原作に登場する刑事たちはもちろん“マル貴”に置き換えられていますが、その中にあって鼻形は事件の捜査だけでなく、師匠・喜多見切子の死の真相を調べる愛香に同行し、以前に世話をした(してない)後輩警察官に捜査資料を持ち出させるなど、もはや完全に愛香の“相棒”となっている感があります。前回のドラマ第8話「むべ山風を」では、貴族探偵その人を“犯人”と指摘して“マル貴”の腕章も外してしまったので、鼻形も貴族探偵と対立する側に回ったのか――と思いきや、意外にあっさりと(*23)“マル貴”に復帰しているのが鼻形らしいところですが(苦笑)、事件現場近くで愛香と何をしていたのか貴族探偵に尋ねられて動揺する場面が愉快です。 その貴族探偵は、原作ではトリックの都合上出番が遅い上にだいぶ少なくなっているのですが、ドラマの方では終始大活躍といっていいのではないでしょうか。“あかね古式蝶を愛でる”という名目で事件の前からキャンプ場近くを訪れ、シュピーゲルの活躍で事件の第一発見者となり、執事・山本が鼻形に連絡(*24)する間に美しい死体を眺めている場面が鮮やかな印象を残します。さらにその後はサルーンで愛香と鼻形を相手に渾身のボケ(アヴァンチュール(笑))をかまし、妹を失った真知子のケアにも余念がなく(*25)、後述するように〈御前ヒント〉もいつになく豊富。そして事件の真相が判明した後の、相葉雅紀ファンを卒倒させた(?)あれやこれはいうまでもないでしょう。 原作に登場する使用人はメイド・田中ですが、ドラマでの推理当番は運転手・佐藤に変更されています。ドラマ第2話「加速度円舞曲」をメイド・田中に譲ったための当番数の調整(?)でしょうが、ドラマ第4話「幣もとりあへず」に続いて“飛び道具系”の事件を担当することになり、使用人たちにも謎解きの得意分野があるのかも……と思わされるのが面白いところです。そして残る執事・山本とメイド・田中は、事件の捜査の間は顔を見せないものの、実に意外な形で再登場してくるのが見どころです。 *
佐和子が“蝶陣祭”の最中に殺されて近くの茂みの中に横たえられていた原作の事件と違って、ドラマでは佐和子が森の中で犯人と“アヴァンチュール”を楽しもうとしたところを殺された様子で、現場にはレジャーシートが敷かれてワインが派手にこぼれた中で、佐和子の死体は美しく整えられています。また、大杉の著書『花冠』にちなんだ花の冠が佐和子の頭に載せられていた点は共通していますが、原作では風媒荘にあったヒナギクの造花で冠が作られていたのに対して、ドラマでは現場周辺に自生していた千日紅の花(*26)で作られています。 原作では、園田警部補が死体のそばに落ちていたタバコの吸い殻を重視した割に、最終的には事件と無関係だったことが明らかになっていますが、これは事情聴取で“大杉がタバコを毛嫌いしている”という証言を引き出すために、作者が用意した小道具だと考えられます。しかしドラマではその代わりに、早い段階から貴族探偵が事件に介入することを利用して、貴族探偵が葉巻を吸おうとしたところで真知子に止められるという〈御前ヒント〉で、自然に手がかりが示されています。 また容疑者たちのアリバイについて、原作では松野を除いた容疑者六人の全員がアリバイ成立しているのに対して、ドラマでは大杉と真知子のみアリバイがあり、水橋と堂島はアリバイなしに改変されているのが大きな違いです。これはおそらく、原作での――〈(逆)叙述トリック〉が仕掛けられているがゆえの――推理の少なさを補うことを意図した改変で、アリバイがなくなった代わりに新たな手がかりが追加されて、水橋と堂島の容疑はアリバイではなく愛香の推理によって晴らされることになります。 原作で水橋と堂島のアリバイが成立しているのは、姿を消した佐和子が“浮気相手(松野)と一緒に“灰かぶりの場所”にいる”と考えてなかなか探しに行こうとしなかったから(*27)で、“蝶陣祭”の設定がうまく生かされているといえます。対するドラマでは、“あかね古式蝶”を探しに(という口実で)出かけた森の中で佐和子が消えたため、原作と違って佐和子の所在に心当たりがない水橋と堂島は手分けして探さざるを得ず、結果としてアリバイ不成立となる――ということで、“蝶陣祭”から“あかね古式蝶”への改変が効果的です。 アリバイが成立する“大杉”(実際には貴生川)と真知子についても、原作では二人揃って紀子・絵美とのランチがアリバイとなっているのに対して、ドラマでは真知子がキャンプ場に残って他の利用客に目撃される一方、“大杉”は一人で現場から離れたカフェに行って愛香・鼻形と出会う形になっています。これはちょうど原作での“予行演習”のような状態で、犯人たちとしては(原作でメイド・田中が推理しているように)“大杉”が偽者だと見抜かれる危険性を考慮したということで説明がつきそうですが、制作スタッフの狙いは“大杉”と真知子を切り離しておいて(原作未読者に対して)共犯者の存在を隠すところにあるのではないでしょうか。 さらに、原作では事件前日のランチの場面、地の文で貴生川の“ヤニの臭い”として示されていた手がかりが、ドラマでは愛香の視線の先で“大杉”がうっかりポケットからタバコを取り出してしまうという、何ともあからさまな手がかりに変更されています。原作そのままの“ヤニの臭い”でもドラマではどうしても目立ってしまうのは前述の通りですが、あえて開き直ったかのように堂々と見せてある(*28)のは、原作未読者に対しても“真相がわかるがゆえの衝撃”を与えようとしたためではないか、とも思われます。 その他の改変については後述します。
*19: 冒頭のLINE風(?)のやり取りで名前が出たきり、特に説明がないまま進んでいきますが、事件関係者は全員知っている話なのでこれは当然。その後に満を持して(?)、話の長い執事・山本が鼻形らに説明する流れがよく考えられています。
*20: 堂島と佐和子の変更には特に意味はなさそうで、真知子に合わせたということかもしれません。 *21: 余談ですが、ドラマで愛香の過去としてストーカー関連の話が追加されている(→ドラマ第3話「トリッチ・トラッチ・ポルカ」・ドラマ第8話「むべ山風を」)のは、この原作「こうもり」で紀子がストーカー被害に遭っていたことをヒントにしたものでしょうか。 *22: 愛香の台詞は “作家のふりした人が食い逃げしてつかまった事件”という程度ですが、スマホの画面には “小説家・大杉道雄氏に瓜二つの貴生川敦仁”や “そっくりさんによる大胆な犯行!”といった重要な手がかりが示されています。 *23: もちろん前回の最後の時点で、すでに使用人たちには許された様子もあるのですが。 *24: この場面、執事・山本がなぜ(本来は近くにいないはずの)鼻形に連絡したのかと考えてみると、やはり“ギリ”(秘書・鈴木)を介して愛香の動向を把握していた、ということでしょうか。 *25: 熱烈な真知子ファンである鼻形の、御前をも恐れぬ大胆な所業にも注目です。 *26: “マル貴”の冬樹和泉による捜査情報まとめ(ホワイトボード)を参照。 *27: 互いのアリバイを証明できるのみならず、二人でじっと待っていたために目撃者まで出現するというおまけつきです。 *28: しかしその実、ドラマの中でこの手がかりを知っているのは愛香ただ一人だと考えられるので、(登場人物が認識できない)“地の文での手がかり”に近いところがあるようにも思われます。 ○ドラマのトリックと解決、そして結末愛香の推理はまず、(原作のメイド・田中の推理と同じく)花の冠をもとに容疑者を限定するところから始まります。〈佐和子の話を聞いた人物〉という条件を導き出す推理は、原作に比べると多少甘くなっている感もあります(*29)が、まあそこはそれ。容疑者が大杉・真知子・堂島・水橋の四人に絞られたところで、鼻形がアリバイのない堂島と水橋を疑いますが、それを受けて愛香が原作にない推理を展開するのが一つの見どころです。 すなわち、現場で派手にワインがこぼれていたことから、犯人の服にワインのシミが残ったはずだと推理し、にもかかわらず四人の容疑者が着ている服にワインのシミがないことから、ドラマの序盤で堂島のいたずらによって全員の服についた緑色のスムージーのシミ(*30)を手がかりに、それが残ったままの服を着ている堂島と水橋は着替えていないので犯人ではなく、服に緑色のシミがない――服を着替えた大杉と真知子のどちらかが犯人と推理しています。この部分、犯人の服にワインがこぼれたとまでいえるかどうか微妙なところもありますが、事件前に容疑者たちに会っていない愛香が“着替えたかどうか”を推理可能としている、スムージーのシミの使い方が絶妙です。 そして愛香は、アリバイがある真知子を除外する一方、同じくアリバイがあるはずの大杉が犯人と指摘して、原作よりもあからさまに示されているタバコの矛盾――タバコを吸わないはずの大杉が、カフェでポケットからタバコを取り出したこと――を取り上げ、原作のメイド・田中と同じく替え玉によるアリバイトリックを看破してしまいます。さらに証拠として、鼻形が“大杉”に渡した色紙とペンに残った指紋を持ち出すところまで、原作でのコーヒーカップの指紋をうまくアレンジしつつ、メイド・田中の推理をなぞる形になっています……が、そこで愛香の目算が狂い、カフェにいた“大杉”とキャンプ場に戻ってきた“大杉”の指紋が一致してしまうという大逆転。
かくして、運転手・佐藤による愛香の“尻拭い”(*31)が始まりますが、まずは“大杉が佐和子殺しの犯人”という愛香の推理を肯定しておいて、指紋の一致によって明らかになった“同一人物”が事前に推理可能だったことを示す手順がお見事。すなわち、 実をいえば、今回の運転手・佐藤の推理には手がかりの入手に関して危ういところがあります。タルトについてのカフェ店員の言葉も、また“大杉”がタバコを取り出したことも、愛香と視聴者には示されている一方で、(原作と違って)少なくとも愛香からは運転手・佐藤に伝えられていない様子(*33)なので、そのままでは重要な手がかりを欠いて推理不能となるはず。他の使用人がカフェへ捜査に行ったとも考えられます(*34)が、カフェ店員に聞けばわかるタルトの味はともかく、タバコの方は一瞬のことなので他に目撃者がいたかどうか疑問です。
もっとも、愛香が真相に気づいた様子を見れば、運転手・佐藤の知らない手がかりを愛香が入手していることは見当がつくでしょうし、それが(佐藤自身がその場にいなかった)カフェで得られたこと、したがって(タバコとはわからないまでも)“大杉”に関する手がかりであることまで予想できそうです。そうすると、知られている さて、サルーンにいる“大杉”が替え玉の貴生川だと明らかになり、今度は本物の大杉の所在が問題になったところで、執事・山本とメイド・田中によるまさかの生中継(*35)という趣向が用意されているのに仰天。サルーンにいた“執事・山本”と“メイド・田中”は“そっくりさん”の代役ということですが、これはあえて“そっくりさん”を何組も登場させることによって、大杉の“そっくりさん”(貴生川)の存在に説得力を与えようとしたものではないかと思われます。いずれにしても、“入れ替わりポイント”からの生中継の末には、シュピーゲルが今度は大杉の死体を発見する驚愕の展開が待ち受けています。 この部分、使用人たちが“入れ替わりポイント”をどうやって見つけたのかが気になるところですが、メイド・田中がまとめた地図を見る限り、犯行現場とカフェの間で人目につかずに入れ替わることができそうな場所はあの林道しかない(*36)ようなので、“入れ替わりポイント”としてそこに目をつけるのは妥当だと考えられます。そして再現ビデオの内容を考えれば、使用人たちは生中継よりも前に大杉の死体を発見していた可能性が高く、生中継でシュピーゲルに死体を“発見”させたのは演出ではないでしょうか。さらにいえば、大杉が殺されたという情報は運転手・佐藤にも伝えられたと考えるのが自然で、佐藤は愛香や視聴者の知らない情報をもとに推理したということになりそうですが、前述のようにタバコの手がかりを入手できない(と思われる)ことと合わせれば、“五分五分”といってもいいように思います。
大杉が入れ替わりの際のトラブルで貴生川に殺されたのならば、貴生川は
真知子に対して貴族探偵は、大杉殺しは当初からの計画ではなく、佐和子の頭に載せられていた花の冠が引き金になった衝動的な犯行だとしています。大杉の死体がしっかりと隠されてはいないので、第二の事件は遅かれ早かれ発覚したはずですが、凶器のナイフも処分することなくバッグの中に隠し持ち、それで自ら命を絶とうとするような後先考えない犯行であれば、それなりに納得できるところではないでしょうか。そしてこの事件は、原作で解決後に真知子が口にした
犯行を見抜かれたためではなく、貴族探偵が言うように
今回の〈御前ヒント〉は大盤振る舞いで、前述の葉巻の一幕のほか、リンゴのタルトに目をつけたことがタルトの味についての“大杉”(貴生川)の発言と消えたナイフの手がかりにつながっていますし、愛香の *
さて、ドラマのトリックと解決は以上のように改変されましたが、先に注目ポイントとして挙げたドラマ化の三つの難題は、原作にない大杉殺しを追加することによって、いわば“一石三鳥”の解決になっているのがお見事です。
*
以上のように、ドラマでの大杉殺しの追加という改変は非常によくできているのですが、事件の発覚から事情聴取まではドラマでばっさりカットされているので、一部で指摘されているように“真知子が大杉を殺すことができたのか”が少々気になるところではあります。 ・大杉による佐和子殺害後警察が到着してから花冠のことを知った真知子が、なぜ大杉と貴生川の入れ替わりのタイミングに間に合ったのか? これらの疑問は、[時間の問題]と[警察の問題]の二点に集約できると思われるので、事件の再現映像とメイド・田中によるまとめ地図を参考にしながら、少し考えてみます(下のタイムテーブルは、時刻がほぼ確定しているものは青字で、それ以外は推測です) 。
[時間の問題]について、まず犯行前の大杉の足取りから検討してみると、キャンプ場から“入れ替わりポイント”まで車でおよそ20分として、そこから犯行現場まで40分以上かかっているのが目を引きます。そこまで距離があるようには見えないので、これは事前に花の冠を作っていたから……ではなく(*44)、人目を避けながら(道路ではなく)森の中を歩いたためではないでしょうか。
次に[警察の問題]ですが、物理法則にも関わる[時間の問題]はまだしも、 大杉を殺害した後の真知子が返り血で着替える必要があったとすれば、人目につく姿で歩いてキャンプ場に戻ってから着替えたはずはないので、返り血を想定してあらかじめ着替えを持参していたか、あるいは“大杉”(貴生川)と一緒に車で“入れ替わりポイント”を離れたと考えられます。着替えを持参していれば“入れ替わりポイント”から直接現場に向かうことも可能で、キャンプ場とは逆方向から来たことを現場付近の警察に見とがめられた場合には、“大杉と連絡がついて(“入れ替わりポイント”である)途中の林道で待ち合わせた”と公言しても差し支えないのではないでしょうか。 *
事件が解決された後、貴族探偵が一人サルーンに残って花の冠を作っているところへ、愛香が入ってきて(*49)貴族探偵と“対決”する結末もスリリング。切子が命を落としたとされる場所に置かれていた月見草の花束から、真知子への
*29: 原作では大杉の『花冠』が
“先週に上下巻で刊行されたばかり”など 佐和子が他の人物に話す機会がなかったように見受けられますが、ドラマでは冒頭のテレビ番組でも最新刊として紹介されているとはいえ、いつ刊行されたのかは不明(ただし、キャンプ場に残った真知子がまだ『花冠』を読んでいる途中の様子から、刊行されたばかりと考えてもいいかもしれません)。しかしそれ以上に、花の冠の材料(千日紅)が現地調達のため、風媒荘にあった造花が使われた原作と違って、材料で容疑者が限定されないのが苦しいところです。 *30: ワインとは全然違う色で一目瞭然となっているところもよくできています。 *31: 貴族探偵の決め台詞まで、 “尻拭いなどという雑事は、使用人に任せておけばいいんですよ”と変更されているのにニヤリとさせられます……が、これは運転手・佐藤の解決が“ゼロからの推理”ではないこと――愛香の“解決”がほぼ正解であることを暗示しているようにも思われます。 *32: “プールサイドでプリンは絶対食べちゃダメだ”(笑)。 *33: タバコの手がかりを伝えることは替え玉の真相を明かすに等しいので、事前に運転手・佐藤に伝えていたとは考えにくいものがあります。また、鼻形が色紙を買いに行っている間の出来事なので、鼻形から佐藤に伝えることもできません。 *34: ドラマ第3話「トリッチ・トラッチ・ポルカ」の“バラばんばら”を考えれば執事・山本か、それともドラマ第7話「ウィーンの森の物語」の再現ビデオでのチョコレートをみればメイド・田中か――どちらも譲らなさそうなので(苦笑)、二人で行った可能性が高いでしょうか。 *35: 運転手・佐藤はサルーンにいるので、誰が撮影を担当しているのか気になるところですが、もう一人の使用人である秘書・鈴木はシンガポールにいるはず(次回第10話の内容から)なので、余っている(?)と思われる運転手・佐藤の“そっくりさん”かもしれません(シュピーゲルの後を追う際にカメラが揺れているのが、素人らしさを表しているようにも思われます)。 *36: 愛香が “キャンプ場近くの林道で”入れ替わったと推理したのも、同じ理由でしょう。 *37: 偽者に気づかなかった堂島と水橋は、仮の捜査本部が置かれたと思われるコテージ(メイド・田中のまとめ地図を参照)の方で事情聴取を受けていて、トレーラーハウスにいた“大杉”(と真知子)とは、サルーンまであまり顔を合わせる機会がなかったのではないかと考えられます。 *38: 千街晶之「原作と映像の交叉光線{クロスライト}・出張版8/探偵と呼ばれる資格――『貴族探偵』」(探偵小説研究会「CRITICA vol.12」でも、 “映像化不可能な趣向は潔く捨て、それでいて「こうもり」という作品が与える効果を別のかたちで再現したドラマになっていた”とされています。 *39: 原作と同じように真知子が佐和子殺しの共犯だとしても、原作と違って大杉のアリバイ工作に直接関わっていない点で事件への関与が薄いため、やはり“力不足”に感じられるのは否めません。 *40: もう一つ、テレビ放送の場合には読書と違って立ち止まって考える時間が作れないので、サルーンの“大杉”が貴生川であることが明らかになっても、本物の大杉の所在にまで思い至ることができない部分があるように思います。 *41: 貴生川が白状した際の、真知子の “耳を触るのやめなさいって言ったでしょ! あの人にはそんなみっともない癖はないのよ”という台詞は、貴生川の癖を強調してそれが手がかりだったことを視聴者に知らせるためのものでしょう。 *42: 鼻形の方は愛香に引っ張られながら“大杉”の方を振り返っているので、ぎりぎりで〔1〕が目に入っている可能性もありますが、逆に〔3〕を見ているかどうか怪しいところがあります。 *43: 運転手・佐藤はカフェでの“大杉”(貴生川)は目にしていないものの、キャンプ場に戻ってきた“大杉”(貴生川)の癖を見る機会はあったはずで、(推理の手がかりとしては使えないものの)再現ビデオに反映されても不思議はないでしょう。 *44: 再現映像でも大杉が花の冠を持っている様子はありませんし、佐和子に見つけられたら確実に怪しまれるので、事前に作っていたとは考えにくいものがあります。また、和泉による捜査情報まとめで “現場周辺に自生していた千日紅”とされているのは、現場に花をちぎった痕跡が残っていたからだとも考えられます。 *45: シュピーゲルの活躍で死体発見が早まりましたが、堂島と水橋は13時になっても佐和子を見つけていなかった――佐和子と犯人の“アヴァンチュール”の予定を念頭に置けば、現場はかなり見つけにくい場所だと考えられます――ことから、犯人の想定では犯行時刻がもう少し広がっていた可能性が高いのではないでしょうか。 *46: “大杉が車の運転中ですぐに連絡がつかない”という口実もあり得るかもしれません。 *47: 一つ気になるのが、林道で待機中の貴生川が目撃したパトカーですが、地図を見る限り林道からキャンプ場へ乗り入れるのは無理なので、あれは何かの間違いでしょう。 *48: この二人は原作と違ってアリバイもないので、もう少し厳しく取り調べられていてもおかしくないように思いますが、トレーラーハウスではなくコテージの方で事情聴取を受けているのがその表れでしょうか。 *49: まさかの自動ドア……ではなく、脇に使用人が立っていて開けているんですよね? ○まとめ今回の第9話、最もドラマ化困難な原作であることは衆目の一致するところで、それをドラマとして成立させるために設定から謎解きまで過去最大の改変が施された……にもかかわらず、しっかりと“「こうもり」らしい”ドラマに仕上がっていたのがすごいところで、もはやこれ以上の「こうもり」映像化はあり得ない、と断言してもいいでしょう。
そして見逃せないのが、第9話放送直前のtwitterでの“「こうもり」読もうキャンペーン”(*50)で、結果的に原作を下敷きにしたトリックの“被害者”を大幅に増大させたのはもちろんのこと、 放送時の、twitterでのリアルタイム実況の盛り上がりも含めると、一夜限りの――空前にして絶後の「こうもり」だったことは間違いありません。本当に楽しかったですね……。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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