彼女が追ってくる/石持浅海
本来はメインであるはずの事件――中条夏子による黒羽姫乃殺しが、すっかり脇に追いやられてしまっているのが面白いところ。全員でのディスカッションの時点では、カフスボタンが考慮に入れられることで複雑なものになっていますが、それが取り除かれてみると驚くほどシンプルな手がかりによって犯人が明らかになり、碓氷優佳の“はい、終了”
(170頁)という名台詞(?)も相まって、至極あっさりとした解決という印象です。
本書の目玉はもちろんそこから先、姫乃が握り締めていたカフスボタンの謎で、犯人である夏子自身が“この聡明な女性に、すべてを教えてもらえばいい。”
(173頁)と開き直っているところは苦笑を禁じ得ませんが、その点にも表れているように倒叙ミステリから通常のミステリへと完全にシフトする構成がユニークです。
それが姫乃自身の意図によるものだということは歴然としていますが、“なぜカフスボタンを握り締めていたのか”というホワイダニット――碓氷優佳の怒涛の妄想(?)推理は圧巻です。とはいえ、スマートフォンのセキュリティなど伏線はしっかりしています(*1)し、夏子のポケットに入っていたもう一つのカフスボタンという裏付けも用意されていることで、説得力は十分といっていいでしょう。
ここでもう一つ面白いのが、碓氷優佳が実際に起きた事件とは別に“起きなかった事件”を解き明かしている点で、シリーズ第一作『扉は閉ざされたまま』での(碓氷優佳の視点では)“起きたかどうか不明な事件”、そして第二作『君の望む死に方』での“今まさに起きつつある事件”と合わせて、“碓氷優佳が何を解き明かすのか”についてユニークな趣向が凝らされたシリーズといえるのではないでしょうか。
夏子の犯罪を暴くにとどまらず、姫乃の周到な計画を(ほとんど)解き明かした末に、“どちらかといえば、黒羽さんの計画が成功してほしかった気もします。その方が、美しいから”
(190頁)と“審判”を下す碓氷優佳の姿は、何とも異様に映ります。一応は、寺田善行と比呂美をくっつけるために邪魔な夏子を排除する、という狙いもあるように見受けられますが、“優佳は、殺人事件の話をしているとは思えないくらい、嬉しそうだった。”
(190頁)とあることからも、好きでやっているとしか思えません(苦笑)。
夏子がついに“追ってくる”姫乃の手にとらわれてしまったラストもお見事。碓氷優佳がここまで読みきっていたのかどうかは気になるところですが、少なくとも196頁上段の堀江比呂美とのやり取りで姫乃がカー・マニアであることはわかったはずですから、夏子と同じ思考経路をたどって(夏子よりも早く)罠に気づいた可能性が高いでしょう。やはり碓氷優佳、恐るべし(*2)。
“まったく同じ感想を抱いたのだ。”(183頁)とあるように、(その時点で意味はわからないまでも)読者の印象に残るような工夫がされているのも見逃せません。
*2: 一応、前作『君の望む死に方』では
“あんなことは、もうたくさんです。人が死ぬなんて。”(同書239頁)という言葉を口にしている碓氷優佳ですが、その後には
“わたしのいないところでやってください!”(同書239頁)と付け足しているので、本書のラストは彼女にとって問題ないのではないかと……。
2011.10.28読了