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不思議の国のアリバイ/芦辺 拓

1999年発表 (青樹社)

 プロローグに仕掛けられた、“佃”・“築地”・“神田”といったカーナビの表示と、“神田東松下町、神田富山町、神田紺屋町、神田北乗物町店……”(9頁)という犯人の台詞との巧みな組み合わせによって場所を誤認させる叙述トリックが非常に秀逸です。台詞の直後の“それは中央区のすぐ隣、千代田区の鍛冶町と岩本町に挟まれた一角だった。それぞれに名の由来となった歴史をしのばせる町が、周囲のようには統合されぬまま肩を寄せ合っている”(同じく9頁)という地の文が、実際には犯人が挙げた地名の説明であるにもかかわらず、現在の場所を指しているように解釈できるところもよくできています。

 一方、“ま、まさか、貴様――熱川一朗か?”(9頁)という青蓮院文彦の台詞はいただけません。いかに動揺していたとしても、たった今自分が殺してきた人物の名前を挙げるのはあまりにも不自然ですし、これを読んで本当に熱川一朗が犯人だと信じ込む読者はいないでしょうから、まったく意味のないトリックだといわざるを得ません。

 本書の眼目であるアリバイトリックのうち、電話トリックは面白くはあるものの、(作中でもそうなっているように)通話記録を調べられれば一発で露見してしまう、かなり危ういトリックになっているところが残念。一方の地名誤認トリックは、驚くべき一致の度合いもさることながら、冒頭の叙述トリックと呼応している点や、『地底獣国の殺人』で扱われた“邪馬台国論争”がヒントになっているところが面白く感じられます。また、光岡潤子のトリックと殺された青蓮院文彦のトリックが組み合わされて相乗効果を上げているという構図もよくできています。

 さらに、被害者自身が変装した痕跡を消去するためという、“顔のない死体”の扱い方も面白いと思います。例を見ないその理由もさることながら、特撮映画を扱った物語にぴったりはまっているところが見逃せません。

 ただ、日本では認められていない司法取引が行われたことを露骨にうかがわせるラストははいかがなものか。しかも、“死体遺棄の罪は免れない”どころか、少なくとも青蓮院文彦に対する傷害致死、さらには熱川一朗殺しの共犯ということにさえなりかねず、自首扱いであっても起訴は免れないところでしょう(法律はよく知らないので確かなことはいえませんが)。また、青蓮院文彦の事件は福岡県警の担当だったのですから、大阪府警の一介の警部が握りつぶせるとも思えないのですが……。

 そもそも、光岡潤子の罪をなかったことにしてしまうというのは、司法の恣意的な運用に他ならず、『時の誘拐』『死体の冷めないうちに』といった他の作品で警察に対する不信を訴えてきた作者の姿勢と矛盾してしまうのではないでしょうか。

2006.05.03読了

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