ミステリ&SF感想vol.114

2005.11.06
『不自然な死』 『地底獣国の殺人』 『聖遺の天使』 『セリヌンティウスの舟』 『太陽レンズの彼方へ』



不自然な死 Unnatural Death  ドロシー・L・セイヤーズ
 1927年発表 (浅羽莢子訳 創元推理文庫183-04)ネタバレ感想

[紹介]
 殺人の疑いのある死に出くわした場合、検視審問を要求すべきか否か――とある料理屋でピーター卿とパーカー警部が議論を交わしていると、医者だという男が横から口を挟んできた。彼は以前、診療していたガン患者が見立てよりもかなり早く死亡した際に、不審を抱いて検死解剖を要求したものの、徹底した分析にもかかわらず殺人の痕跡は見つからないまま、自身の悪評だけが残ってしまったという。興味を抱いたピーター卿は独自に調査を開始するが、やがて新たに不自然な死体が……。

[感想]

 まったく殺人の痕跡が見当たらない不自然な死の謎というハウダニットと、ガンにより死期が近づいてきた人物の急死というホワイダニットに重点を置いた、“ミステリの女王”D.L.セイヤーズによる古典ミステリです。謎解き役をつとめるのは貴族探偵ピーター・ウィムジイ卿。

 物語は、友人のパーカー警部や従僕のバンターらとともに事件の背景を探るピーター卿と、ピーター卿の“聞き込み代理人”として現地に乗り込んで情報収集にあたるクリンプスン嬢という、二つの視点で進んでいきます。このクリンプスン嬢がなかなか愉快な人物で、巧みに容疑者の身辺に近づいて探りを入れる有能さと、傍点や感嘆符などであちらこちらを強調しすぎて読みにくいことこの上ない手紙とのギャップが笑えてしまいます。しかしその活躍ぶりは、本書の主役といっても過言ではないほどです。

 事件の容疑者はかなり早い段階で絞り込まれますが、前述のように動機と手段は不明のままで、それらを解き明かすことに焦点が移っていきます。このうち動機については、紆余曲折を経て思わぬ盲点が明らかになるところが面白いと思いますが、ややわかりにくいところが若干の難点といえるかもしれません。

 一方、どちらかといえばメインであるハウダニットは、“痕跡が残らない殺人”というだけあってさしたる手がかりも見つからないまま、最後の最後まで引っ張られています。結局、最終的にはどこかで見たことのあるトリック(しかも(一応伏せ字)実行不可能(ここまで)らしい)だったのはやや残念ですが、これは作品が発表された年代を考えると致し方ないところかもしれません。しかし、そのトリックの解明につながる意外な伏線が非常に秀逸で、トリックそのものよりもむしろこちらの方が見どころではないかと思います。

 前述のトリックをはじめとして、いくつか物足りないところもないではないのですが、それを帳消しにして余りある様々な工夫が細部に施されており、全体としては十分に楽しめる作品といえるでしょう。

2005.10.13読了  [ドロシー・L・セイヤーズ]



地底獣国{ロスト・ワールド}の殺人  芦辺 拓
 1997年発表 (講談社ノベルス・入手困難ネタバレ感想

[紹介]
 名探偵・森江春策が出会った謎の老人は、戦前の異様な冒険譚を語り始めた――奇抜な冒険で世間をあっといわせたライバル社に対抗して、トルコのアララト山でのノアの方舟探索を企画した「あづま日々新聞」。異端の学者とその美人助手、新聞記者、通訳などからなる探索隊の一行は、飛行船に乗り込んで意気揚々と出発するが、その中には森江春策の祖父・春之介も含まれていた。やがて目的地のアララト山へたどり着いた飛行船は、しかし、突然の故障で山頂付近の巨大な空洞に墜落してしまう。そこは、なぜか太古の恐竜が今なお棲息する秘境だったのだ……。

[感想]

 シリーズ探偵の森江春策が、恐竜が跋扈する秘境で起きた連続殺人事件の謎に挑むという、C.ドイル『ロスト・ワールド』さながらの秘境冒険小説をベースにした異色のミステリで、形としては、老人が語る冒険譚の謎を森江春策が解き明かす安楽椅子探偵ものの一種ということになるでしょうか。

 まず、正体不明の老人が語る戦前の冒険譚はなかなか魅力的です。探索隊の中心となる異端の学者が唱える怪説が、序盤からいい意味での“B級感”をかもし出している上に、外界から隔絶された秘境に謎の部族や絶滅したはずの恐竜、さらには想像上の生物まで登場してしまうという奇想天外な舞台は、読んでいて純粋に楽しめます。現地に到着するまでがやや冗長で、歴史的/地理的背景に関する蘊蓄も整理が不十分に感じられるなど、難点がないこともないのですが、開き直ったかのようなトンデモSF的展開にミステリ的な仕掛け、さらにはスパイ小説的な味付けまでも施された盛り沢山の内容には満足です。

 一方、森江春策が過去の殺人事件の真相を暴くミステリ部分については、非常によくできていると思います。若干微妙なところもあるとはいえ、特異な舞台がうまく生かされているところは見逃せませんし、とある理由により解決場面のインパクトは強烈なものになっています。難をいえば、序盤に描かれた日本国内での殺人事件がやや余計なものに感じられる部分もありますが、全体としてはやはり作者の企みが見事に成功しているといっていいでしょう。

 冒険行の後日談と森江春策にとっての結末が描かれたエピローグも、物語の幕切れとしてぴったりはまっています。“奇書”と表現してもいい、類を見ない異色の作品ですが、個人的には傑作です。

2005.10.14再読了  [芦辺 拓]



聖遺の天使  三雲岳斗
 2003年発表 (双葉社)ネタバレ感想

[紹介]
 15世紀イタリア。ミラノの宰相ルドヴィコ・スフォルツァと芸術家レオナルド・ダ・ヴィンチは、建築家パオロ・アッラマーニの屋敷を訪れた。“沼の館{カーサ・ディ・パルデ}”と呼ばれるそこには、二人のよく知る才媛チェチリア・ガッレラーニが滞在していたのだが、嵐の夜に彼女は女中とともに“天使”を目撃し、さらにその直後、誰も届かないほど高いところの壁に、アッラマーニの遺体が磔になっているのを発見したのだ。おりしも屋敷には、奇蹟を示す聖遺物とされる香炉の真贋を見極めようとする人々が滞在しており、事件は香炉が起こした新たな奇蹟だとする声もあったが……。

[感想]

 SF系/ミステリ系ライトノベルを中心に活躍してきた作者が挑んだ、レオナルド・ダ・ヴィンチを探偵役とした歴史ミステリです。歴史上の有名人が探偵役をつとめる歴史ミステリは数多くありますが、その科学者としての優れた観察眼や多方面にわたる才能から適性が高いと思われるにもかかわらず、レオナルド・ダ・ヴィンチが探偵という作品はほとんど見当たりません(T.マシスン「名探偵レオナルド・ダ・ヴィンチ」『名探偵群像』収録)くらいでしょうか)。その意味でも本書は注目に値する作品といえます。

 作中で描かれているレオナルドの姿は、個人的にはイメージ通りといったところ。その時代にしては進歩的な人物ではないかと思われるルドヴィコでさえ容易にはついていけないほど、その思考と言葉はことごとく先進的ですが、決して鋭くはなく、むしろ冷静で柔らかい印象です。そのようなレオナルドが、合理的な思考によって奇蹟のような事件と聖遺物の謎を解き明かしていく様子は、歴史ミステリの醍醐味といえるでしょう。

 しかしながら、謎解きそのものについてはやや微妙といわざるを得ないところがあります。本書ではいくつかの謎が扱われているのですが、用意された真相には既視感を覚えるものが多く、また相互のつながりも薄いため、全体として少々物足りなく感じられてしまうのは否めません。

 あるいはそれらの真相は、“レオナルド・ダ・ヴィンチを主役とした歴史小説”という側面からの要請によるものなのかもしれません。例えば、歴史小説でしばしば使われる手法として、物語の結末を史実につなげることで、架空の物語にリアリティを持たせるというものがありますが、本書のラストに引用されているのは解き明かされた真相の一つと関連する(かのような)史実であり、レオナルドにまつわるその史実から逆算するような形で真相が用意されたとも考えられます。またそれとは別の謎も、レオナルドならではの手順で解明されているという印象を受けます。このように、レオナルドが探偵役(=主役)であることと事件の真相とが、密接に結びついているといえるのではないでしょうか。

 ミステリ部分には若干の弱さがあるものの、歴史ミステリとしてはごくオーソドックスで、派手ではないながら手堅くまとまった佳作といったところでしょう。

2005.10.18読了  [三雲岳斗]
【関連】 『旧宮殿にて』



セリヌンティウスの舟  石持浅海
 2005年発表 (カッパ・ノベルス)ネタバレ感想

[紹介]
 大時化で荒れ狂う海で、一つの輪になり互いの体を支え合って危機を乗り切った時から、6人のダイバーたちは、深い信頼で結ばれたかけがえのない仲間になった――それから2年。いつものようにダイビングを楽しんだ6人は、最年長の三好の家で打ち上げをした後、酔いつぶれて雑魚寝していた。だが、翌朝みんなが目を覚ましてみると、米村美月が青酸カリを飲んで自殺していたのだ。納骨式の後、残された5人は美月を偲ぶために再び三好の家に集まったが、そこで改めて見直した現場写真に違和感が生じる。青酸カリの入った小瓶が、蓋が閉められた状態でテーブルの上に転がっていたのはなぜなのか……?

[感想]

 太宰治『走れメロス』を下敷きにしたという、石持浅海の最新作です。登場人物たちの動きが極端に少ないのは相変わらずですが、“その場所”にさほどの意味があるわけではなく、登場人物たちが推理に集中するための空間となっているにすぎません。このように、登場人物たちが一箇所にとどまったまま、過去の事件についてひたすら推理を続けるという構成は、(強制されたか否かの違いはあるにせよ)岡嶋二人『そして扉が閉ざされた』と同様に、夾雑物を極力排除した純粋な“推理”小説を指向したものといえるのではないでしょうか。

 そしてその推理は、上にも書いてあるように“青酸カリの入った小瓶が、蓋が閉められた状態でテーブルの上に転がっていたのはなぜなのか?”という、うっかり見過ごしてもまったくおかしくないほど些細な疑問点を端緒としています。このような実にささやかな疑問点が、様々に転がされ、あるいは膨らまされていくプロセスが、本書の最大の見どころでしょう。ただし推理の主な根拠となるのは、亡くなった美月をはじめとする登場人物の考え方や人となりであって、それに照らし合わせて仮説が不自然か否かを判断するという手順の繰り返しになっているので、人によっては釈然としない部分があるかもしれません。

 そもそも石持浅海の作品は、その大半が、特定の状況下で、あるいは特定の人々の間でのみ通用する特殊なロジックをベースとして謎と解決が組み立てられる、“ローカル・ルール本格”ともいうべき性質を備えています。より正確にいえば、犯人を含めた登場人物たちが、ある特殊な行動原理に基づいて行動することによって謎が生じ、またそれに基づいて謎が解かれるのです。現実的な世界が舞台となっている『BG、あるいは死せるカイニス』は別として)ために目立ちませんが、その意味ではいわゆる異世界本格に近いところがあるといえます。

 本書では、美月を含めた仲間たちの絶対の信頼関係が“ローカル・ルール”であり、彼ら6人の仲間たちの輪こそが“異世界”であるといえます。しかし、そのベースとなるのがきわめて特殊な個人的体験である上に、他の作品のようにローカル・ルールを咀嚼して読者に伝えてくれる部外者の探偵役もいないため、読者がとっつきにくくなっているきらいがあるように思われます。揃って同じ方向を向いているかのような登場人物たちの強い結束が、読者を近寄りがたくする障壁を作り上げている、といえばいいでしょうか。そのため、動機も結末もやや納得しがたい部分があるように思います。個人的には、理解はできるけれども共感するのは難しいという感じです。

 なお、『走れメロス』になぞらえた趣向(というべきかどうかわかりませんが)については、今ひとつうまくいっていないようにも感じられます。“セリヌンティウス”にはなるほどと思わされましたが、“メロス”と“ディオニス”はどうもしっくりこないところがあり、やや無理があるように思えます。

 いくつか難点(あるいは好みの問題かもしれませんが)があるとは思いますが、読んでいる間は十分に楽しめました。おそらく読者を選ぶ作品なのは間違いないでしょうが、意欲的な作品であることも確かだと思います。

2005.10.19読了  [石持浅海]



太陽レンズの彼方へ マッカンドルー航宙記 The McAndrew Chronicles 2  チャールズ・シェフィールド
 2005年刊 (酒井昭伸訳 創元SF文庫693-04)

[紹介と感想]
 天才物理学者マッカンドルー博士と相棒のジーニー船長を主役とした、ハードSF連作短編集『マッカンドルー航宙記』の続編です(正確には、『マッカンドルー航宙記』の原書『The McAndrew Chronicles』にマッカンドルー博士もの4篇を新たに追加して刊行された『The Complete McAndrew』のうち、未訳の4篇を収録した日本オリジナルの短編集)。

「影のダークマター」 Shadow World
 新たに送り込まれてきた所長のもと、ペンローズ研究所は雰囲気を一変させてしまった。辟易したマッカンドルー博士は、ジーニーとともに見えない物質{ミッシングマター}を探す旅に出るが、そこにもうさんくさい雰囲気の御用学者が同行することになり……。
 『マッカンドルー航宙記』収録の「マナを求めて」と関連するエピソードです。研究所を新たに支配する官僚主義にしおしおとなってしまったマッカンドルー博士の姿は何だか笑えますが、SFアイデアはなかなかハードです。そしてそれが、物語とうまく結びついていると思います。

「新たなる保存則」 The Invariants of Nature
 新たなる不変則が発見されたという知らせを受けて地球に降り立ったマッカンドルー博士、そして彼を案じて地球へやってきたジーニー。しかし彼らは、相次いで囚われの身となってしまう。その前に姿を現したのは……?
 「影のダークマター」の後日談。実はSFアイデアはほとんどありませんが、一連のエピソードの決着としてはまずまず。

「太陽レンズの彼方へ」 With McAndrew, Out of Focus
 カシオペア座方面に誕生した超新星{スーパーノヴァ}。太陽の重力場によって歪められたその光が焦点を結ぶ宙域では、観測により新発見が続いていたが、なぜか蚊帳の外のマッカンドルー博士はご機嫌斜め。しかしその観測チームが、謎の救難信号を受信したことから……。
 太陽レンズについては簡単な説明図でもあればよりわかりやすかったのですが……とはいえ、発端のアイデアから思わぬ方向への展開、そしてSFらしい結末と、申し分のない出来だと思います。

「母来たる」 McAndrew and the Fifth Commandment
 ある日、ペンローズ研究所にやってきたマッカンドルー博士の母親・メアリーは、ジーニーの予想を裏切る意外な風体の人物だった。その母親から、やはり物理学者で行方不明の父親が残した研究記録の話を聞かされたマッカンドルー博士は……。
 マッカンドルー博士と両親の物語ですが、母親のメアリーが面白すぎです。宇宙での危険な冒険を経て、ラストは何だかしんみりさせられてしまう佳作です。

2005.10.27読了  [チャールズ・シェフィールド]
【関連】 『マッカンドルー航宙記』


黄金の羊毛亭 > 掲載順リスト作家別索引 > ミステリ&SF感想vol.114