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  4. アルファベット荘事件

アルファベット荘事件/北山猛邦

2002年発表 白泉社My文庫 き-2-1(白泉社)

 本書では、1982年西ドイツ、ケルンでのバラバラ殺人(第一の事件)、1998年『アルファベット荘』でのミノル殺し(第二の事件)、そして遠笠殺し(第三の事件)と、『創生の箱』に絡んだ三つの不可能犯罪が描かれています。

 そのうち、〈第一の事件〉と〈第三の事件〉はいずれも、“いかにして鍵のかかった『創生の箱』の中に死体が出現したか”という謎であり、いわば『創生の箱』という“密室”の謎といえます。もちろん、一般的な密室と違って犯人や凶器の出入りを考える必要がなく、その意味でシンプルなトリックとなっているのは確かです。つまり、ほとんど“死体がいつ、どうやって『創生の箱』に入れられたか”のみがポイントとなるわけですが、それに対して状況に応じた二通りの“解答”が用意されているのが面白いと思います。

 もっとも、「プロローグ」“蓋も大きく、三十センチ弱の高さがあった。(中略)蓋はスライドさせてから取り外すしかないようだった。”(16頁)という描写のみでは、二つのトリックにおいて重要な役割を果たす蓋の大きさと構造が印象に残りにくく、トリックが解明されても腑に落ちる感覚が生じがたいのは難点でしょう*1

 また、〈第一の事件〉でのを使ったトリックは、最初の“あらため”(17頁)のタイミングが遅れると氷が溶け始めて血の混じった水が箱の中に滴ってしまうおそれがありますし、そこまでいかなくとも内外の温度差により結露が生じる可能性が高く、気づかれずにすむとは考えにくいものがあります。

 一方、〈第三の事件〉での“早業トリック”の方はまだしも何とかなる可能性があるかもしれませんが、蓋が開けられる場面の以下の描写が少々気になるところです。

「開けましょう」
 三条は『創生の箱』の蓋に触れながら云った。
「手伝います」
 春井が三条の向かい側に回った。
 ゆっくりと開かれていく。蓋がスライドし、次第に箱の中身が見えてくる。
 ごとりと、何かが転がるような音が聞こえた。
  (207頁~208頁)

 この描写では、三条が開かれる蓋のどちら側にいるのか――「解説図 4」(245頁)で右側にいるのか左側にいるのか――がはっきりしませんし、蓋を開けようとしている三条を春井が手伝おうとしているように描かれているために、破麻崎が“蓋を押してずらすように開けた”(32頁)ことと考え合わせると*2、読者は三条が蓋を押して開く側――「解説図 4」(245頁)での右側――にいたと思い込んでもおかしくありません。ディが推理しているように、遠笠の生首を別館から本館に運ぶことができたのは“コートを着ずに、手に持ったまま”(207頁)だった三条だけなのは確かで、そこに気づきさえすればトリックの解明までは一本道かもしれませんが、どうも必要以上に情報が伏せられているという印象が拭えません。

 『創生の箱』を“密室”に見立てた〈第一の事件〉と〈第三の事件〉に対して、〈第二の事件〉は『創生の箱』と死体を閉じ込めた“雪密室”の謎ですが、実はこちらもかなり限定された状況となっています。つまり、『創生の箱』と死体の所在を考えれば、犯人自身が別館と本館の間を移動したことは確実ですから、あとは雪の上に足跡を残さずにすむ経路の問題だけになってしまうのです。

 春井が推理した“足跡の偽装”(「解説図 2」213頁)や桜子が推理した“屋根”(「解説図 3」217頁)はともかく、遠笠の“庭を囲う鉄柵”という推理(「解説図 1」181頁)は意表を突いている上に実行場面がシュール(?)でなかなか面白い*3と思うのですが、いずれにせよ、少なくともそれらがきっちり否定された後は、残る経路は“そこ”だけになってしまう――というか、「見取り図」(74頁)の時点でかなり見え見えともいえますが――のが苦しいところ。足場という共通点はよく考えられていると思うのですが……。

 また、アルファベットのオブジェも読者にとっては見取図の中の文字にすぎない部分がありますが、作中の登場人物たちは“現物”を――物体としてのアルファベットを目にしているわけですから、最後までその経路に気づかないのはいささか不自然なように思えます。

 犯行が暴露された後の犯人の末路は非常にショッキングですが、その裏に隠された真相が明かされる「エピローグ」は圧巻。まず、招待客たちが“探偵”ばかりだったことに、(『『アリス・ミラー城』殺人事件』よりも)十分な説得力のある理由が用意されているところがよくできています。そして、「プロローグ」に登場した“僕”と“彼女”の再会をこのような形にしてしまった、観念と感情が同居する異様な動機が印象的。見方によっては、ミステリでもいくつか前例のある“八百屋お七”のバリエーションともいえますが、美久月の側には“ディに不可能犯罪を与える”という思惑もあったという、複雑な構図が秀逸です。

*1: ところで、「エピローグ」での“素敵な隠し場所でしょう”(271頁)という美久月の台詞をみると、“ナイフがバッグの蓋の裏に貼り付けられていた。”(37頁)というのもヒントだったのでしょうか。
*2: これがなくとも、蓋を引いて開けるよりは押して開ける方が自然だと思いますが。
*3: ただし、これと似たような前例があったような気もするのですが……ちょっと思い出せません。

2012.02.08読了