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アシモフのミステリ世界/I.アシモフ

Asimov's Mysteries/I.Asimov

1968年発表 小尾芙佐・他訳 ハヤカワ文庫SF792(早川書房)

 一部の作品のみ。

「歌う鐘」
 目標めがけて物を投げる場合には、物の重量と目標までの距離を勘案して力の入れ具合(強さ及び方向)を決定しているわけですが、これは蓄積された経験に基づいて無意識に行われているプロセスだと思います。ということは、ペイトンが月面で物を投げるという経験を積んでいない限り、この作品のような結末にはならないのではないかと考えられます。もちろん腕自体が重く感じられるということはあるでしょうが、水平方向へ腕を動かすのに必要なエネルギーは変わらないはず(重量ではなく質量に依存するため)なので、さほど大きな影響はないように思えます。

 では、月面のような低重力環境で物を投げる経験を積んだ場合にはどうでしょうか。地球上(重力加速度=g)で、質量(m)の物体を高さ(h)まで投げ上げるのに必要な運動エネルギーは、高さ(h)まで到達した時点の位置エネルギーと等価ですから、m*g*hとなります。一方月面(重力加速度=(1/6)*g)では、同じ高さまで投げ上げるのに必要な運動エネルギーは(1/6)*m*g*hとなります。つまり、同じ距離の目標に向かって同じ軌道を描いて投げる場合、月面で必要な運動エネルギーは地球上の場合の1/6になるわけです。この環境で慣れてしまうと、地上で同じ物体を投げた時の距離も1/6になる……わけではないと思います。物体の質量が同じでも、重量は6倍になっているのですから、それに応じた力を加えることで、結果的に到達距離はほぼ同じになってしまうのではないでしょうか。

 ただし実際には、月面では物体がなかなか落ちていかないわけですから、上へ投げ上げずにより水平に近い角度で投げ出すのが自然ではないかとも考えられます。そのような習慣が身に着いてしまうと、地球上では目標よりだいぶ手前に落ちてしまうことになるでしょう。

「もの言う石」
 “アステロイド”という言葉の意味するものが人間とシリコニーとで異なることを利用した、SFならではのダイイングメッセージがよくできています。

「その名はバイルシュタイン」
 邦題がネタバレ気味ではありますが、これがないと完全にアンフェアになってしまうので苦しいところです。

「やがて明ける夜」
 いかに水星での生活が長かったとしても、夜が明けないと思い込んでしまうのはさすがに無理があるのではないでしょうか(もともと地球生まれですし)。
 ちなみに、「あとがき」にも書かれているように、水星の自転が発見されたことでこの作品は成立しなくなってしまったわけですが、他にも同じような経緯をたどった作品があります(L.ニーヴンの(以下伏せ字)「いちばん寒い場所」(『太陽系辺境空域』収録)(ここまで))。作家にとっては大変かもしれませんが、何となく愉快に思えてきます。

「死の塵」
 これも「やがて明ける夜」と同様に、犯人の行動に少々無理が感じられます。いくらタイタンで暮らしていたとはいえ、普通に(宇宙服などなしで)呼吸しているわけですから。ただ、あくまでも大気実験室内の問題であり、また単純に“酸素のボンベが危険”と強く意識する習慣だったとも考えられるので、あり得ない間違いではないのかもしれません。

「反重力ビリヤード」
 単純に考えれば、無重力場に入ってくる物体はその直前までの運動エネルギー(あるいは運動量というべきか)を保っているはずで、そこで質量の影響がなくなってしまえば、物体の運動の方向は変わらず、その速度が上がるだけではないかと思います。したがって、プリスの意図的な殺人というのが真相ではないかと思うのですが……。

2005.12.16再読了

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