ミステリ&SF感想vol.117

2006.01.05
『学ばない探偵たちの学園』 『サル知恵の輪』 『吾輩はシャーロック・ホームズである』 『アシモフのミステリ世界』 『巨人たちの星』



学ばない探偵たちの学園  東川篤哉
 2004年発表 (ジョイ・ノベルス)ネタバレ感想

[紹介]
 私立鯉ヶ窪学園に転向してきた赤坂通は、文学部に入部しようと部室を訪ねたが、そこで出会った二人の先輩・多摩川流司と八ツ橋京介によって非公認サークル・探偵(小説研究)に加入させられてしまう。入部はしたもののミステリ素人の通は、ただただ先輩たちのミステリ談義を拝聴する毎日が続く。やがてある日、暗くなるまで探偵部員たちが議論を続けている最中、突然校内に悲鳴が響き渡った。探偵部員たちが駆けつけてみると、保健室のベッドの上で男子生徒らしき人物が殺されていたのだ。だが、保健室の扉は施錠され、開いた窓の外には残るはずの足跡がなく、現場は密室状況だった……。

[感想]

 作者にとっては初めてとなる〈烏賊川市シリーズ〉以外の長編ですが、とぼけた味のユーモアミステリという特徴はそのままに、より生ぬるくダラダラした雰囲気に包まれた物語となっています。いつの時代かと思ってしまうほど古くさい学園小説のテイストに、滑り気味のギャグが散りばめられ、さらに脱力を招くトリックが加わった状態で、かなり読者を選ぶのは間違いありませんが、個人的にはまずまず。

 探偵部の三人はもちろんのこと、顧問の石崎をはじめとする教師たち、さらに無茶な名前の刑事たちに至るまで、登場人物たちはいずれも個性派揃い。そしてそれらの面々が織りなす物語は、必ずしもすべてが笑えるわけではありませんが、それなりに愉快なものに仕上がっています。例えば、“犯人で分類する密室”というユニークな視点のミステリ談義で感心させておきながら、直後に起きた密室殺人でそれを台無しにしてしまうあたりや、ある動物が犯人という推理(?)を通が“そんな話は、仮にミステリとしても三流ですよ。そんな小説書く人がいたら、みんなの笑い物ですね”と笑い飛ばしてしまうくだりなどは、思わずニヤリとさせられます。

 全体的に話がゆるすぎることもあってか、事件の謎解きがかなりどうでもよく思えてしまうところが、難点といえば難点でしょうか。そのために、トリックや真相のインパクトが弱まっているきらいがありますし、解決場面そのものが今ひとつ締まりのないものに感じられます。もっとも、それもまた本書の雰囲気には合っているといえるかもしれませんが。

2005.12.05読了  [東川篤哉]



サル知恵の輪  霞 流一
 2005年発表 (アクセス・パブリッシング)ネタバレ感想

[紹介]
 一匹の犬を連れて紅門福助探偵事務所へやって来るなり、急死してしまった男。すでに近所の公園で何者かに刺されていたのだ。そして残された犬のチー太は、被害者の飼い犬ではないらしい。こうして始まった殺人事件の犯人探しと犬の飼い主探しは、刃路原町商店街を舞台とした奇怪な連続殺人へとつながっていく。鉄板焼きで町おこしをはかるこの町で、その中心メンバーたちが次々と殺され、“見ザル”・“言わザル”・“聞かザル”の見立てが施されていた。紅門福助が解き明かす怪事件の真相は……?

[感想]

 『おさかな棺』以来久々となる、〈紅門福助シリーズ〉の最新作。いつものように、奇天烈な登場人物たち、お題となる動物に関する薀蓄、強引で奇怪な見立て殺人に、豪快で無茶なトリックと、“霞流一テイスト”の作品となっています。また、舞台が鉄板焼きの町ということで、得意の食べ物に関する描写も存分に盛り込まれています。

 とはいえ、今回はその“霞流一テイスト”の一部に微妙に弱さが感じられます。例えば、密室トリックはいつになくおとなしい(?)ものですし、見立ても強引なだけでなく装飾が少なめ。さらに、お題である“猿”があまり前面に出ておらず、むしろ犬のチー太の活躍に食われてしまっている印象を受けます。

 というわけで、正直なところ終盤までは若干の物足りなさを感じていたのですが……そこは“バカミスの帝王”霞流一、やってくれました。最後に紅門福助が解き明かす無茶な真相には思わず喝采。さらにその後に用意されたサプライズもよくできています。残念ながら、途中までの物足りなさを完全に取り返すには至っていない感があるものの、まずまずの作品といえるでしょう。

 なお、ある登場人物が共通する『おさかな棺』を先に読んでおいた方が、より楽しめるのではないかと思います。

2005.12.08読了  [霞 流一]



吾輩はシャーロック・ホームズである  柳 広司
 2005年発表 (小学館ミステリー21)ネタバレ感想

[紹介]
 ワトスン博士のもとを訪れた日本人K.ナツメ氏は、ロンドン留学中に神経衰弱に陥り、自分のことをシャーロック・ホームズその人だと思い込んでいた。折悪しくホームズは不在で、ナツメはそのままベーカー街221Bの下宿にとどまり、仕方なく彼を“ホームズ”として扱う羽目になったワトスンは、ナツメの奇矯な言動に振り回される。そんな中、二人が参加した降霊会で霊媒師が毒殺される事件が起こり、“ナツメ・ホームズ”は颯爽と事件の謎解きに挑むが……。

[感想]

 かつて夏目漱石『坊っちゃん』の続編として『贋作『坊っちゃん』殺人事件』を発表した柳広司が、今度は夏目漱石とシャーロック・ホームズの組み合わせに挑んだ作品です。山田風太郎の某作品や島田荘司『漱石と倫敦ミイラ殺人事件』などの前例はありますが、本書では神経を病んだ夏目漱石(金之助)が自分のことをホームズだと思い込んでいるという、例を見ない設定が秀逸です。史実と虚構を組み合わせるのは作者の得意とするところですが、夏目漱石とシャーロック・ホームズを重ね合わせることで史実と虚構の境界を破壊するかのような手法は、やはり見事な効果をあげているというべきでしょう。

 その“ナツメ・ホームズ”がまた魅力的で、ホームズのイメージそのままの口調にカリカチュアライズされた行動、しかしその奥にナツメ本人の姿と記憶が透けて見えることで、妙に日本に詳しいホームズという独特のホームズ像が生み出されています。しかも物語が進むにつれて、ナツメがホームズにならざるを得なかった心情が明らかになっていき、ホームズの単なるコピーではない、読者をひきつける一人の好漢の姿が描き出されていくところが印象的です。

 正直なところ、トリックなどはさほどでもなく、ミステリとしてはやや弱いのですが、時代背景を浮き彫りにし、文明論にまで踏み込んだ異色のホームズ・パスティーシュとして、実に見事な出来映え。シャーロック・ホームズに多少なりとも思い入れがある方ならば必読の傑作です。

2005.12.12読了  [柳 広司]



アシモフのミステリ世界 Asimov's Mysteries  アイザック・アシモフ
 1968年発表 (小尾芙佐・他訳 ハヤカワ文庫SF792・入手困難ネタバレ感想

[紹介と感想]
 ハヤカワ文庫SF(その前はハヤカワSFシリーズ)というレーベルで刊行されながら、題名に“ミステリ”と銘打たれている本書。その実態は、地球から一歩も出ない異星生物学者ウェンデル・アース博士を探偵役としたシリーズをはじめ、SFミステリ13篇を収録した作品集です(非SFのミステリや、ミステリ色の強いSFなども含まれていますが……)。例によって(というべきか)、アシモフ自身がそれぞれの作品に付した短い「まえがき」または「あとがき」が楽しめます。
 ベストは、「歌う鐘」「反重力ビリヤード」

「歌う鐘」 The Singing Bell (ウェンデル・アース博士)
 月のクレーターに隠された貴重な“歌う鐘”を手に入れたペイトンは、協力者を殺害して地球に戻ってきた。警察は早速ペイトンに目を付けたが、彼は例年その時期に人里離れた山奥の別荘で過ごす習慣があり、警察は彼が月面にいたことを証明できなかったのだ。だが、相談を受けたアース博士は……。
 犯人が立てた完璧とも思える犯罪計画や、小さな手がかりに基づく鮮やかな解決など、倒叙形式のミステリとして非常によくできています。ネタにはやや突っ込みどころがあるようにも思えますが。
 なお、この作品はアシモフ他によるSFミステリのアンソロジー『SF九つの犯罪』にも収録されています。

「もの言う石」 The Talking Stone (ウェンデル・アース博士)
 人目をはばかるように宇宙船に乗せられていた珪素生物シリコニー。それは、大規模なウラニウム鉱脈の存在を意味していた。だが、宇宙船は流星の直撃を受けて大破し、乗組員もシリコニーも死んでしまった。鉱脈の所在を知るはずのシリコニーが最後に残した謎の言葉の意味は……?
 異星生物によるダイイングメッセージもの。〈黒後家蜘蛛の会〉でもよくあるように、アシモフはダジャレや語呂合わせによる解決を多用しているイメージがあるのですが(例えば本書収録の「鍵」が典型的)、この作品は珍しくそうではありません。「あとがき」にも書かれているように、シリコニーがちょっとかわいそうな気がしますが、よくできた作品だと思います。

「その名はバイルシュタイン」 What's in a Name
 “図書館の双生児”と呼ばれているそっくりな女性職員の片方が、毒の入った紅茶を飲んで死んでしまう。その毒は、わずかな時間の間に砂糖壺に混入されていた。問題の時間、“双生児”のどちらか一方には毒を混入する機会があり、もう一方にはアリバイがあることが確認されたのだが……。
 SF要素はないものの、科学絡みのミステリです。容疑者に“半分のアリバイ”があるというユニークな状況(ちなみに、笠原卓『仮面の祝祭2/3』が似たような状況を扱っていたと思います)が魅力で、アンフェア気味ではあるものの解決(オチ)もまずまず。

「やがて明ける夜」 The Dying Night (ウェンデル・アース博士)
 太陽系各所の研究施設から久々に地球に戻り、再会した三人の研究者。そんな彼らの前に、病気のせいで挫折した旧友が姿を現し、質量移転という画期的な発明を成し遂げたと告げる。だがその夜、その男は何者かに殺害され、研究成果を記した論文は焼却されてしまったのだ。犯人は一体誰なのか……?
 ネタは面白いのですが、犯人の行動に少々無理があるように思います。ラストのアース博士の姿が印象的。

「金の卵を産むがちょう」 Pate de Foie Gras
 一見するとごく普通のがちょうが、金の卵を産み始めた。妙にずっしりと重いその卵は、白い殻の内側に黄金の殻を隠していたのだ。飼育していた農場主からがちょうを譲り受けた政府は、すぐさま“がちょう計画”をスタートさせ、謎のメカニズムの研究に取りかかったのだが……。
 アシモフ自身は「まえがき」に“本篇は、厳密な意味では、ミステリではない”と記していますが、例えばJ.P.ホーガン『星を継ぐもの』がハウダニットとして読めるように、この作品も“がちょうはどうやって金の卵を産むのか?”という謎を中心としたハウダニットの一種といえるのではないかと思います。“がちょう計画”のドタバタぶりと、メタフィクション的な結末が楽しい作品です。

「死の塵」 The Dust of Death
 土星の衛星タイタンでの研究成果を携えて地球に帰還したファーリイだったが、その巧名は研究所の上司であるルーウェスにかすめ取られてしまった。恨みを抱いたファーリイは、密かに殺害計画を立てる。やがて、大気実験室で爆発事故が起こり、ルーウェスは命を落とした。計画は見事に成功したのだ。だが……。
 オーソドックスな倒叙形式のミステリ。「まえがき」によれば、アース博士ものとして書かれる予定だったのを急遽変更したとのことですが、結果的に解決場面にタメができてよくなっていると思います。これまた犯人の行動がやや微妙ですが……。

「ヒルダぬきでマーズポートに」 I'm in Marsport without Hilda
 妻のヒルダぬきで休暇を過ごすことになり、とある女性と会う約束をとりつけたマックスだったが、その矢先に急な仕事が舞い込んでくる。宇宙旅行用の薬であるスペーソラインを打って酩酊状態の大物実業家三人の中から、悪質な密輸犯を見つけ出さなければならないのだ……。
 スラップスティック・コメディというか何というか。“スペーソライン酔い”の容疑者たちが脈絡のない言葉をべらべらとしゃべる様子はシュールですし、約束の時間が迫ってやけくそになったマックスのとる手段には苦笑を禁じ得ません。最後のオチも印象的です。

「真空漂流」 Marooned Off Vesta
 小惑星との衝突で大破してしまった宇宙船。三人の乗員たちは密閉された船室内で無傷だったが、船は基地のある惑星ヴェスタの軌道に捕らえられて自力で動くことはできず、残されたのは宇宙服と熱線銃が一つずつ、酒が一瓶、そして一年分の水と一週間分の食料とわずか三日分の空気だけだった……。
 アシモフの記念すべきデビュー作です。発表当時はともかく、今読んでみると、トラブル脱出の手段はすぐに見当がついてしまうのではないかと思います。純然たるSFですが、次の「記念日」とセットでミステリ風味に。

「記念日」 Anniversary
 宇宙船での事故から20年の記念日に、生還した三人の乗員全員が顔を揃えた。彼らは英雄として帰還した当時の様子を懐かしく語り合ったが、人々が今も覚えているのはその事故で命を落とした著名な数学者のことだけ。だが、なぜか保険会社が大金を投じて宇宙船の残骸を集めていることを知った彼らは……。
 「真空漂流」の20年後を描いた後日談。ミステリとしてはさほどでもないのですが、先のエピソードに手を加えていないというのが驚きです。かつて英雄として迎えられた乗員たちの心情が、何ともいえない印象を残します。

「死亡記事」 Obituary
 何をやっても望んだ名声を得ることができず、内向的な性格の妻に怒りをぶつけるようになった物理学者。そんな彼が、ついに画期的な大発明を完成させる。それは特殊な物質複製機であり、また一種のタイムマシンでもあった。彼はそれを利用して一芝居打ち、劇的に発表することで自分の名を永遠に残そうとするのだが……。
 ミステリというよりはSF犯罪小説というべきでしょうか。装置の機能が少々わかりづらく、また結末も見えやすいという難点もありますが、物理学者のマッドサイエンティストぶりが強烈な印象を残します。

「スターライト」 Star Light
 高価な獲物を手にして逃亡する犯罪者。その宇宙船には、相棒の老人が30年かけて入力したあらゆる星のデータをもとに、ランダムな超空間ジャンプを行った後にも無事に生還することができるという特殊な機能が備わっていたのだ。老人を裏切って始末した後、追いすがる警察の船を振り切ってジャンプした彼は……。
 ショートショート。オチはどこかで見たような気がするのですが……(もちろんこの作品の方が先だとは思いますが)。

「鍵」 The Key (ウェンデル・アース博士)
 月面調査隊の二人が、埋もれた異星人の遺品を発見した。それは一種のテレパシー増幅器だったのだ――やがて一人は発狂状態で、もう一人は死体となって発見された。死体のそばには謎の暗号らしきものがあり、テレパシー増幅器の所在を示していると推測されたのだが……。
 無闇に難解なダイイングメッセージが登場しますが、それが難解である理由が十分納得できるように説明されているところがよくできています。が……ダジャレなんですよねえ。

「反重力ビリヤード」 The Billiard Ball
 ノーベル賞を受賞したプリス教授と、巨万の富を築いた発明家ブルーム。時にビリヤードの腕前を競い合う、学生時代からの友人である二人は、しかし、互いに強烈な羨望と嫉妬を抱えていた。そんな中、プリスの構築した理論をもとに、ブルームは反重力の実現に挑戦する。プリスはそれが不可能だと予言していたのだが……。
 無重力と完全犯罪を結びつけた傑作。無重力状態の意外な側面が秀逸です。

2005.12.16再読了  [アイザック・アシモフ]



巨人たちの星 Giant's Star  ジェイムズ・P・ホーガン
 1981年発表 (池 央耿訳 創元SF文庫663-03)

[紹介]
 ガニメアンたちを乗せた宇宙船〈シャピアロン号〉が太陽系を去ってからしばらくして、〈巨人たちの星〉のガニメアンから、人類あてに通信が届き始めた。だが、〈シャピアロン号〉はいまだ到着していないはずなのに、なぜか相手は地球人の言葉や伝送コードを知り尽くしていたのだ。ガニメアンたちは、以前から地球を監視していたのか? 困惑する地球人たちの前に、さらに思わぬ事態が……。

[感想]

 『星を継ぐもの』『ガニメデの優しい巨人』に続くシリーズの(一応の)完結編です(後になって『内なる宇宙』という続編が書かれていますが……)が、残念ながら前作までよりは落ちる出来といわざるを得ません。

 扉の紹介文には“からまったすべての謎の糸玉が、みごとに解きほぐされる”と記されており、これは確かにその通りなのですが、前作までのように手がかりをつなぎ合わせていく謎解きとはだいぶ趣が違い、割とすぐに答の出てくる、悪くいえば安直なものになっています。そのせいもあって、前作までで活躍したハントとダンチェッカーの見せ場があまりないのもさびしいところです。しかもその真相は、一言でいえば“何もかも××が悪い”という、出来のよくない陰謀論のようなもので、人類の負の側面をすべて敵役に押しつけるような物語の展開には閉口させられます。

 さらに、作中で起きるトラブルの解決手段もまた安直というか。“高度に発達した科学技術は魔法と区別がつかない”(正確ではないかもしれませんが)というA.C.クラークの有名な言葉がありますが、本書ではまさに魔法のような万能の超技術で問題が解決される傾向があり、やりすぎで面白味を削いでいる感があります。

 もっとも、決して本書がつまらないというわけではなく、エスピオナージュ風味のSF冒険活劇として読めばそれなりの面白さを備えていると思いますし、徹底した勧善懲悪の物語は痛快ではあります。ただやはり、第一作の『星を継ぐもの』の魅力とはまったくかけ離れたものであるのも確かで、シリーズのファンとしては非常に残念なところです。

2005.12.20再読了  [ジェイムズ・P・ホーガン]
【関連】 『星を継ぐもの』 『ガニメデの優しい巨人』


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