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美人薄命/深水黎一郎

2013年発表 (双葉社)

 主人公・礒田総司が心の中で“女史”と呼んでしまうような杉村が、“鶴”こと竹之内に“若い男性が好き”(91頁)と評されたり、“バイクの後部座席に何度も乗った経験”(97頁)をうかがわせたり、思わぬ涙をこぼした(109頁)かと思えば意外な険しい顔(117頁)を見せたり――あるいは総司のあこがれを打ち砕くような沙織の行動や過去が明らかになったり(140頁~144頁)――他にも細かいところで“オンカメ様の老婆”が案に相違した身の上話を語ったり(94頁~95頁)――と、総司の(ひいては読者の)登場人物たちに対する先入観が次々と覆されていきます。

 さらにいえば、“きっと容姿だけで採用した秘書なのだろう”(202頁)と思われた白浜優子が、弁護士にして本書の探偵役であったり――その一方で、最終的には総司自身が末永弁護士に“どうやら僕は君のことを誤解していたようだ”(214頁)と言われたり、白浜弁護士をして“内海さんの不自由な目には、あなたという人間の本質が、ちゃんと見えていたんですね”(243頁)とまで言わしめたり――と、先入観からの“反転”は全篇を通じて徹底されています。

 これらの先入観はいずれも、謎解きの場面で白浜弁護士がいうところの期待した物語(239頁)に通じるもので、“人間というのは一筋縄では行かない”(118頁)ことを示すとともに、本書の主役である内海カエについても同様の構図が用意されていることを示唆する、ある種の伏線と考えていいでしょう。しかし主役であるだけに、カエについての仕掛けはなかなか凝ったものになっています。

 そもそも、他の登場人物たちと違ってカエに関しては、総司と読者との間に情報量の差があるのが注目すべきところで、総司が「第三章」の終盤でようやく聞かされる過去の“回想”が、読者に対しては本書の冒頭から明かされていますし、先に『ジークフリートの剣』を読んでいれば*1カエの“視る”能力も事前に――作中で総司が推測するよりも早く――明らかで、そこからカエがそれなりの財産を持っていたことまで予想するのも可能でしょう*2

 その意味で、白浜弁護士が半ばメタな視点で解説している本書の章題の仕掛け、あるいは本書の帯の惹句*3なども含めて、作中の総司よりも多くの情報が与えられている読者にとっては、カエが命を落として総司に財産を遺すところまでが“期待した物語”そのままといっても過言ではないように思います。そして遺産相続の話が出たところで、総司が遺産を自分で受け取らずに黒木五十治の子孫に譲ろうとする、いかにも“いい話”になるところまで見通すことは難しくないと思われますが、そこまで“先読み”ができるだけに、その“土台”を破壊する真実が強烈なインパクトをもたらしている感があります。

 カエの“回想”が大筋で“作り話”だったという仕掛けは、あまりにも豪快で想定しがたいところがありますが、戸籍やカルテはともかくとしても、“離縁されて着の身着のまま叩き出された”というのはいわれてみればフィクションめいていますし、五十治が出征する際の状況も確かに不自然で、それが事実ではないことを示す伏線はしっかり配されているといえます。また、「第四章」冒頭(180頁)に描かれた“写真”――学生服の釦が欠けていない――が、ユニークな形のヒントになっているのも見逃せません。

 “作り話”だったというのは一歩間違えると脱力ものになりかねない真相ですが、そこからすぐさま“カエはなぜ作り話をしたのか”という謎の解明に焦点が移されているのが巧妙。そして白浜弁護士が解き明かすカエの想い――とりわけ、五十治と総司を重ね合わせた幻想の恋情には、やはり心を動かされるものがあります。“イソダソウジ――イソジウソダ”(235頁)というアナグラムの意趣返し(?)も、シンプルながら印象的。

 そして最後には、それまで翻弄されるばかりだった総司自身が“探偵”となって、白浜弁護士による謎解きをひっくり返す――というよりも、それ(カエの側の真相)と対になって補完する“五十治の側の真相”を見出しているのが秀逸で、一旦は幻となったかに思われたカエと五十治のロマンスが再び鮮やかに姿を現す、実に見事な結末といえるでしょう。

*1: “直前で雨があがった夜の十時から十一時の間”(132頁)『ジークフリートの剣』と同様です。
*2: taipeimonochromeさんがご指摘のように、“NHK朝ドラ的な風格の中では十二分に想定内”「taipeimonochrome ミステリっぽい本とプログレっぽい音楽 » Blog Archive » 美人薄命 / 深水 黎一郎」より)ということもあります。
*3: 本書(初版)の帯には、““殺される運命”と知っていた。それでも、愛していた――”や、命を失うその瞬間も、隠さねばならなかった秘密とは?”といった惹句がありますが、これらがカエの死を露骨に示唆しているのはいうまでもないでしょう。

2013.03.27読了