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三本の緑の小壜/D.M.ディヴァイン

Three Green Bottles/D.M.Devine

1972年発表 山田 蘭訳 創元推理文庫240-08(東京創元社)

 まず、「第四部へのプロローグ」ミスディレクションが非常に巧妙です。それまでの「プロローグ」の主役、ジャニス・アレン、テリー・ケンダル、レスリー・ピータースンがいずれも命を落としているため、ここでの主役となっているアン・リドリーに危険が迫るのは予想通りの展開で、アンが自身を(ジャニスやレスリーとともに)本書の題名になっている“三本の緑の小壜”になぞらえているのも、“一本ずつ割れて落ちていく”(271頁)*1運命を強力に示唆する“フラグ”にしか見えません。

 しかしその最後には、“喉をつかむ手がふっとゆるみ(中略)アンは気を失った。”(271頁)と、アンが殺されたわけではない*2ことが示されて、思わず困惑。そして「第四部」に入ると、パット・リチャーズが殺されていたことが明かされ、さらに困惑が深まります。パットは「第一部へのプロローグ」から登場してはいますし、その後も時おり名前が出てはいるものの、アンに比べると殺されたジャニスやレスリーとの共通点/つながりが薄いのは確かです。

 というわけで、ここからは(テリー・ケンダルを除く)被害者たちに共通するミッシングリンク探しが新たな興味として浮上するのですが、同時にここまでのところで強く暗示されているといってもいい、シーリアが妬んでいた少女たちを殺害するという有力な動機が崩壊してしまうのが見逃せないところで、その結果として、想定される“犯人”――シーリアの母グウェンへの疑念も(本来であれば)大きく揺るがされることになるでしょう。加えて、ミッシングリンクに気づいたらしいトム・ベインズが、シーリアも危ないと指摘している(322頁)ことで、ますますグウェンを疑いづらい状況となるように思います。

 実のところ本書では、犯人がかなりわかりやすくなっているきらいがあります。まず、“テリーが深夜に崖のそばを通ることを知っていた”という条件からアーミテイジ家の関係者に絞られ、“ジャニスが一人で歩いて帰ることを知っていた”という条件*3と、“レスリーが疑うことなく車に同乗する”という条件、さらには“シャーロック・ホームズの手がかり”を考え合わせると、犯人像にうまく当てはまるのは実質的にグウェンただ一人となってしまいます*4

 それを隠蔽するために、シーリアが――そして当然グウェンも――妬んでいる“三本の緑の小壜”(ジャニス、レスリー、アンの三人)を殺すという“偽の動機”を強く匂わせておいて、「第四部へのプロローグ」から「第四部」にかけてそれを完膚なきまでに打ち壊すことで読者を煙に巻く――という、題名までレッドへリングに仕立てた仕掛けが、(シーリアの一人称での記述を利用した“目撃証言”のトリック以上に)本書での作者の最大の狙いであるようにも思われます。

 惜しむらくは、殺された三人の少女に共通するミッシングリンク――誕生日と生まれた場所から浮かび上がってくる“真の動機”*5が、“偽の動機”とさほど大きく異なるものではないために、(犯人がやはりグウェンだったことも相まって)解決がややカタルシスに欠けるものになっている感があります。しかしそれでも、なかなか面白い大胆な仕掛けといっていいのではないでしょうか。

*1: 「Ten Green Bottles - Wikipedia」を参照。
*2: この部分、“「シーリア!」と叫ぶ声。”(271頁)で、アンを襲ったのがシーリアであることを匂わせてあるのも絶妙で、少なくとも読者にとっては「第三部へのプロローグ」の内容から、“シーリアは一連の事件の犯人ではない”ことが明らかなため、この襲撃が“別口”であることがすんなりと理解できます。
*3: ただし、アンが浜辺で“誰かに見られてるような気がした”(351頁)と、うまく含みを持たせてはありますが。
*4: 加えて、“一度でも痛い目にあえば、普通は懲りるでしょうにね”(199頁)という“失言”が決定的ではあるのですが、この場面、実にさりげなく記述されているのはもちろんのこと、マンディは不在である上にマークも(シーリアの視点で描かれているために)存在感が薄く、謎解きで重要になってくる場面ではなさそうに思えてしまうのが巧妙です。
*5: グウェンの一方的な“ママ友意識(?)”が描かれていることもあって、個人的には十分納得できるものですが、『兄の殺人者』現代教養文庫版の小林晋氏による解説で“動機に無理があり、それがこの作品の最大の欠点になっている。”(同書318頁)と評されているのはご愛嬌。

2014.10.01読了