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全日本探偵道コンクール/古野まほろ

2017年発表 角川文庫 ふ31-4(KADOKAWA)
1.謎のインド人を殺したのは誰か
 穴井戸栄子の[第一の論点]はまず、“ダイイングメッセージが改竄されていないこと”から出発しますが、その根拠の一つとして、被害者ラスカーがはめていた指輪、すなわち雛子が持っていた形見の指輪(88頁)が挙げられているのが目を引きます。謎解きの演出上、この時点で指輪の意味を説明するわけにいかないのはいいとして、その扱いに若干気になるところがないでもない*1のですが、ラスカーの“剥き出しの指々”(122頁)というさりげない記述で、その時点での“指輪の不在”を示してあるのがうまいところです。

 ダイイングメッセージの解釈は完全にスルーして、【結論1.無差別殺人ではない】【結論2.犯人は謎のインド人を狙った】という、自明の前提といってもよさそうな結論へ向かうあたりは、“証明問題”らしいといえるかもしれません。そしてそこからは、【結論3,4.犯人は駐在所と牢屋の鍵を突破できる】と、現場の“密室状況”がクローズアップされたかと思いきや、駐在所の鍵が“阪神特殊製鋼という会社の特注品”(182頁)なのに対して、その会社の筆頭株主(67頁)である綾小路家に合鍵が存在し得たという、何とも豪快な推理にニヤリとさせられます。鍵を使える人物は冒頭で明言されています*2し、ラスカーを一人で駐在所の牢屋に収監させるよう誘導したのも確かにその人物*3で、犯人としての説得力は十分です。

 さらに駄目押しとして、殺害に使われた毒――通称“おインドごろし”*4を手がかりとして、【結論5,6.犯人はインド北東部の毒草に詳しく、医学知識がある】の二点が導き出され、“英国ベンガル砲兵隊で、従軍看護婦のアルバイト”(56頁)をしていた人物を指し示すことに加えて、“欣造さまの御殿から”“お中元”(いずれも98頁)である“カレースパイス三〇種類とくとくセット”(184頁)が、凶器のドライカレーおにぎりにつながるところが周到です。

2.謎のインド人が殺されたのはなぜか
 [第一の論点]では犯人の名前が明言されなかったものの、ここから先は〈司秀子が犯人〉であることを前提として進んでいくのが、ある意味面白いところではあります。

 さて、前半の【結論1~6】では雛子の秘密をめぐるラスカーと秀子の対立が明らかにされ、その後の【結論7~11】では雛子の秘密を理解した秀子の態度の変化に焦点が当てられますが、その変化を表している“雛子の手紙”がユニーク。いかにもな内容の上に、秀子が“筆跡は、間違いなく雛子さんのもの”(159頁)とあっさり断言したせいで目立たなくなっている感がありますが、それが栄子と茉莉衣の二人にとって見覚えのある筆跡だというのは確かにおかしな話*5。二人が村人たちの筆跡を目にする機会があったのは、秀子の依頼状(76頁)のみ――ということで、栄子と茉莉衣の対戦でありながら、その中に読者に向けた仕掛けを紛れ込ませてある*6のが面白いと思います。

 最後の【結論12,13】では、“雛子の秘密を守る”点で利害が一致したはずの秀子とラスカーが、最終的に“決裂”したこと――その背景にある、雛子の秘密に関する認識のずれが浮かび上がるのが面白いところで、その原因が遺言状の中身にあるというのも納得。かくして、【結論13.雛子の秘密は相続権に影響する】、すなわち雛子の秘密は犯罪行為であることまで明らかになるのがお見事です。

3.怪婆おりんとは誰か
 まず【結論1.おりんは謎のインド人を殺した犯人である】――となれば、[第一の論点]からその正体は明らかですが、それを導き出すための別の手がかりをしっかりと用意してあるのが作者らしいところでしょう。

 一つは【結論2,3】身長の手がかりですが、“おりん”の身長が“直立させたとしても、絶対に一六〇cmはあるまい”(96頁)とされている一方で、深田はるは“一六〇cm強ほどの背丈(中略)雛子と一緒”(82頁)、恩田リカ*7“背丈は、はると一緒くらい”(97頁)、斧子・琴子・菊子の三姉妹は“堂々たる女丈夫”(53頁)。ということで、手がかりが細かく散らばっているのでやや気づきにくい感もありますが、主要登場人物の中でおりんに化けることができるのは――“超ウィザード級の重要人物”(287頁)(苦笑)は別にして*8――“背丈でいえば雛子よりぐっと小さい秀子女史”(56頁)“雛子・はるより遥かに小さな秀子女史”(144頁)しかいないというのも妥当です。

 もう一つは、【結論4,5】秀子の失言ですが、“おりん”に遭遇した経緯を茉莉衣が一階に下りようと部屋を出たら~”と説明したのに対して、秀子が“お客様が御入浴されるときに”(いずれも117頁)と口を滑らせてしまったのは、かなり露骨でわかりやすいのではないでしょうか*9

4.怪婆おりんはなぜ出現しなければならなかったのか
 [第四の論点]は、【結論6~8】【結論9,10】――いわば“おりん”の目的と効果に分けて論じてあるのが目を引きます。雛子の秘密と動静を探るという目的はさておき、村人に対する防御のみならず、雛子に害をなしかねない三姉妹への牽制まで視野に入れた、一石二鳥の効果がよくできています。

5.千暮雛子はなぜ失踪したのか
 雛子の秘密が犯罪行為であることが、[第二の論点]ですでに明らかにされていますが、ここでは、犯罪を犯している人物――ダージリンの尼の側から出発する形になっています。すなわち、まず【結論1~5】ダージリンの尼の犯罪を明確にした上で、【結論6~9】ではそれに対応する雛子の行為を浮かび上がらせるという手順で、あくまでもダージリンの尼の正体を明言しないまま進んでいくのが面白いところです。

 後半の【結論6~9】では、深田はるの話の中にさりげなく隠された手がかりが巧妙で、とりわけ、雛子の口座に入金があることを、“くらべてみたら悲しくなるほど(中略)お金、貯まらない”(84頁)という、一見するとまったく何気ない言葉で表現してあるのがお見事。ここをうまくぼかしてあることで、雛子の小遣いが“雛ちゃんから見れば、残高も分からん(89頁)という話との決定的な矛盾が、かなり目立たなくなっている感があります。

6.千暮雛子は今どこにいるのか
 ということで、〈ダージリンの尼が雛子〉だと結論づけた栄子ですが、今この場にいる“ダージリンの尼”が雛子だと決め付けてしまったことで、長い論証の最後の最後で詰めを誤って挑戦失敗。茉莉衣の[第七の論点]――“最初の探偵は失敗する”(230頁)というシナリオ予測のとおり、そしてまた「観戦席」で勁草館側が危惧していた(234頁~23頁)とおりで、物語上も完全に想定の範囲内とはいえ、もったいぶった“決め”の演出が逆に作用した鮮やかすぎる逆転には、さすがに苦笑を禁じ得ません。

 ちなみに、栄子の挑戦失敗の主たる原因は、(後に茉莉衣が説明するように)“証拠事実の取捨選択の誤り”*10ではありますが、二つの事件の真相解明という点では、栄子の謎解きに不足はあっても誤りはないといってもよく、多重解決というよりも“多解決”に近い形になっている――というのはやはり、二人の探偵のどちらにも“傷”をつけないように工夫されている、ということではないでしょうか。

7.葉月茉莉衣の第七の論点
 茉莉衣がシナリオ予測の根拠として挙げたのは、栄子が“駐在所からインド宮殿に直行した”(231頁)こと――茉莉衣と違って亀の湯荘に寄らなかったことで、これは“はるの不在を確認しなかった”ことを意味するのですから、栄子は【結論1,2.ダージリンの尼は、雛子とはるの二人いた】には思い至っていなかったことになります。

 この【結論1,2】についてはやはり、英語の手がかりが秀逸。午前中の“綺麗なイギリス英語”(136頁)と午後の“進駐軍のアメリカさん(中略)と見分けのつかない見事な英語”(211頁)は、さりげなく別人であることを示すのはもちろんのこと、それぞれの正体――英国帰りの秀子に鍛えられた雛子と、“進駐軍のアメリカさんが、演劇の英語、指導してくれよる”(82頁)というはる――にまでつながるところがよくできています。

 続く【結論3~5】は栄子の[第五の論点]を要約したようなものですが、そこから雛子とはるの“動機”を中心に“何が起こったか?”を解き明かしていく【結論6~12】が鮮やか。特に、ダージリンの尼に扮したはるの動機(【結論10~12】)から、“『ダージリンの尼』と『千暮雛子』が同時に存在する必要”(339頁)が導き出されることで、しっかりと[第六の論点]に“着地”するところが実によくできていると思います。

8.穴井戸栄子の第七の論点
 “すべての謎解きが終わった『エピローグ』において”(226頁)という栄子の[第七の論点]は、その直前の“探偵死亡のケース”(223頁)についての質問と回答で、さらにいえば「観戦席」での両校の“予想/ヒント”――特に、“『おりん』にチャンスを与えようとしている”(241頁)――によって、何が起こるかおおよそは見当がつきますが、これは確かに悪辣(苦笑)……ではありますが。

 山本巡査がおりん相手に“六発全弾、撃ちつくし”(173頁)たはずの拳銃ですが、同行した秀子に再装填の“機会”があったというだけでなく、あらかじめ“山本巡査の拳銃だけは、再装填ができるようにさせていただこうと考えております。”(125頁)と宣言されているので、茉莉衣もそこまで想定してしかるべきところだった、ということかもしれません。

 さらにいえば、秀子は“関係者皆殺しに失敗した”(348頁)ために自決したとされているものの、そもそも秀子が発射した五発の銃弾では、等々力警部、山本巡査、リカおかみ、深田はる、そして探偵である栄子と茉莉衣――六人の関係者を殺害するには足りないわけですから、探偵が一人生き残るのは予定された結末であって、栄子はそれを予測してうまく立ち回った*11、ということになるのではないでしょうか。

 最後には、雛子のセーラー服に残った血痕の位置の齟齬をもとにして、秀子の動機の背景にあったおりんへの想いまで解き明かしてしまう栄子の解決は、完璧とはいかないまでも――雛子の所在について詰めを誤ったのが惜しまれるところですが――細部まで行き届いた解答といえるでしょう。

 解決編の後、「終章」に残された“四つの十字架”のダイイングメッセージ(199頁)については、“『カカメト』『ヤヤトメ』”(202頁)と読むのはさすがに無理があるかと思います(苦笑)が、それが犯人の名前ではないこともあって、真相が明らかになるまで意味がわからないのが巧妙。まさに“結論から逆算すれば”(363頁)、犯人の名前などではなく“ヒナアマ”としか読めない*12ところがよくできています。

*
「島津今日子の図書館」
 井の頭竜子が目撃した感知式照明の不審な挙動については、犯人もある程度対策を立てていたものの、現場での物音が原因で照明を二度点灯させることになった*13ために疑いを招き、さらに、図書館を出る時に“感知式照明のスイッチを、習慣のように消す”(405頁)という何気ない行動が、“二本目”の疑いとなっています。加えて、被害者が持ち込んだ返却手続きのされていない――“ソト属性”の本が現場で見つかったことで、図書委員の関与がほぼ明らかになってしまうという、犯人にとっては何とも厳しい状況です。

 ……と、ここまではオーソドックスな倒叙ミステリ風に、“犯人がどのようなミスを犯したのか”が主題となっていますが、ここで一転して“探偵がどのように推理を証明するのか”が焦点となるのが作者らしいところです。しかしてその証明の切り札は、気が遠くなるほど愚直な力技というべきか、20万冊もの本を一冊ずつ“属性ナシ”にリセットする*14という、(竜子の協力もあったとはいえ)“勤勉”な島津今日子*15ならではの一手。犯人自身はもちろんのこと、読者としても圧倒されるよりほかありません。

 これについては、読者に対して十分な手がかりが示されている――システムとタグの説明(379頁~381頁)のみならず、"タグの属性を変えるスキャナすら、キャスターで動かせるのだ"(449頁)から始まるスキャナの説明までしっかりなされている*16のが周到で、読者が推理可能な“謎”――いわば“探偵側のハウダニット”――となっているのが非常に秀逸です。

*

*1: ラスカーが指輪を入手した経緯としては、雛子が“ダージリンの尼”に変装する際に落としたものを拾った、といったあたりが妥当ではないかと思われますが、雛子がセーラー服を“脱がされて”いることを踏まえれば、その際にラスカーが強奪したというストーリーも成り立つでしょう。したがって、ラスカーが指輪を持っていたとしても、犯人にとってさほど致命的とはいえないような気がするのですが……。
*2: “秀子女史なくして(中略)預金通帳ひとつ、盆暮れの挨拶ひとつ、いや、の一本ですら自由にならない”(55頁)と、この部分で重要な“アイテム”が列挙されているのが心憎いところです。
*3: ただ、この部分については犯人ならずともごく自然な手配といえるので、“手がかり”というにはやや弱いように思います。
*4: いうまでもなく、横溝正史『悪魔の手毬唄』で使われた毒、“お庄屋殺し”(→「サワギキョウ - Wikipedia」)をもじったものです。
 ちなみに、“お庄屋殺し”ことサワギキョウの学名が“Lobelia sessilifolia”なのに対して、“おインド殺し”こと“テンジクキキョウ”“アポリア・セッシリフォリア”(いずれも203頁)とされていますが、“架空の属名+同じ種小名”よりも“同じ属名+架空の種小名”とした方が、より近縁ということになるのでよかったのではないでしょうか。
*5: もっとも、“筆跡は、間違いなく雛子さんのものです”という秀子の台詞に対して、栄子が“なるほど。いわれてみれば、あたしにも見憶えがあるわ”(159頁)と返しているのは、真相が明かされてみるといささか不自然に感じられるのは否めません。
 そもそも、(少なくとも)本書の読者に対するフェアプレイを別にすれば、劇中では不要な発言のようにも思われる――証拠(手紙)の解釈と考えれば、ここで言及せずに「解決編」でいきなり“見憶えがある”ことを持ち出したとしても、“これ以上の捜査活動はできません”“これ以降に発見された証拠は活用できません”(220頁)といったルールには抵触しない上に、(気づいていなかった場合には)茉莉衣に対するヒントになってしまいかねない――のですが、これはやむを得ないところでしょう。
*6: 作中の栄子と茉莉衣は、手紙を一見して誰の筆跡かわかったわけで、“手紙を書いたのは誰か?”という謎を解明すべきは本書の読者にほかならないことになります。
*7: このネーミングは(以下伏せ字)やや危ない(ここまで)ような気が……。
*8: その身長についても、“ダージリンの尼とおりんは(中略)絶対に別人であると。(中略)ダージリンの尼の、身長を根拠にもしていた。大きい者が小さく化けることは無理だ。”(155頁)と、しっかり明示されています。
*9: “そんなバカな”(117頁)に関する部分はやや弱いようにも思われますが、あくまでも“派生した傍証”(292頁)とされていますし、完璧な解答を目指すのであれば、拾えそうなものはすべて拾うという姿勢もうなずけるところです。
*10: “そこで結論として言えるのは、偽の解決が生まれる原因 (すなわち多重解決のテクニック) は、①証拠事実の取捨選択の誤り、②証拠事実それ自体の誤り、そして③証拠事実の解釈 (推論) の誤りの3点 ――その中でも特に①と③――に集約される、ということである。”(真田啓介「書斎の死体/「毒入りチョコレート事件」論」より)
*11: 作中には、“茉莉衣は試合に勝って、勝負に負けた……”(350頁)とありますが、どちらかといえば逆に、謎解きの“勝負”には勝ったものの、探偵死亡により“試合”には敗れた、という印象です。
*12: ラスカーの意図からすれば、“『アマヒナ』の書き崩れ”(364頁)の可能性もないではないかもしれませんが、現物はとてもそのようには読めないでしょう。
*13: 該当箇所を読み返してみると、“図書室全体が(中略)完全な闇に閉ざされたとき”“何かの音”がして、犯人が“カウンタに近づく”(いずれも403頁)という順序で、二度目の点灯が明示こそされていないものの、しっかりと示唆されています。
*14: “ソト属性の『匣』が持ちこまれている現実がある”(484頁)ため、全ての本をリセットしなければならない――という説明にも納得です。
*15: 特に『ねらわれた女学校』の表題作を読んでいると、その印象が強くなります。
*16: この部分、よく読んでみるとスキャナの説明は本筋に無関係なのですが、それがあまり“浮いている”ように見えないところがさすがです。

2017.12.06読了