ミステリ&SF感想vol.227

2016.11.12
『ねらわれた女学校』 『おやすみ人面瘡』 『ジェリーフィッシュは凍らない』 『アンデッドガール・マーダーファルス2』 『ささやく真実』



ジェリーフィッシュは凍らない  市川憂人
 2016年発表 (東京創元社)ネタバレ感想

[紹介]
 特殊技術で開発され、航空機の歴史を変えた小型飛行船〈ジェリーフィッシュ〉。その発明者であるファイファー教授を中心とした技術開発部の六人は、新型ジェリーフィッシュの長距離航行性能を最終確認する航行試験に臨んでいた。ところがその最中に、船内でメンバーの一人が死体となって発見される。さらに、試験機の自動航行システムが暴走を起こし、雪山に不時着して脱出できなくなってしまった。そしてその中で連続殺人が発生し、次々と犠牲者が出た末に……。

[感想]
 第26回鮎川哲也賞を受賞した作者のデビュー作。架空のテクノロジーの発達により“改変された過去”――1980年代の“U国”を舞台にした、一種の特殊設定ミステリであると同時に、帯に“21世紀の『そして誰もいなくなった』登場!”と謳われているように、アガサ・クリスティ『そして誰もいなくなった』のプロットを念頭に置いた、三津田信三がいうところの〈テン・リトル・インディアン型ミステリ〉*1となっています。

 まず目を引くのはやはり小型飛行船〈ジェリーフィッシュ〉で、気圧差に耐える新素材を用いて軽量気体の代わりに真空を閉じ込めた“真空気囊”により、従来と同程度のゴンドラを持ち上げるのに“およそ六分の一”(32頁)まで小型化できた、画期的な発明ということになっています。が……ミステリ部分に直接影響がないのは確かですが、いくらフィクションとはいえ、簡単な計算でボロが出てしまう物理法則レベルの“嘘”*2は、さすがにいかがなものかと思います。このあたり、特殊設定をできるだけ“現実的”に描こうとして裏目に出ている*3というか、特殊設定と“現実的”な物語のすり合わせがうまくいっていない印象を受けます。

 それはさておき物語は、最後の犯行に臨む犯人が動機を独白する「プロローグ」に始まり、「ジェリーフィッシュ」のパートでは「プロローグ」に至る事件の様子が、そして「地上」のパートでは刑事二人組による捜査の状況が、ほぼ交互に*4描かれていきます。クローズドサークルの“内部”と“外部”を交互に並べた構成は綾辻行人『十角館の殺人』を髣髴とさせますが、両者が同時並行となっている『十角館の殺人』に対して、本書の“外部”は通常のミステリ同様に事件が発覚した後の話で、読者と違って“内部”の展開を知り得ない捜査陣が、どのように真相を解明するのかが一つの見どころとなっています。

 “内部”では、航行試験中の〈ジェリーフィッシュ〉内で事件の幕が開き、出入り不可能なクローズドサークルで連続殺人に発展する定番の展開。一方、傍若無人な女警部とその“操縦係”(?)の部下が軽口を交わしながら事件の捜査に当たる“外部”では、被害者たちの背景である〈ジェリーフィッシュ〉の製造・開発も興味深いものがありますが、一見すると“犯人不在”の難事件に対して様々な仮説が次々と検討されていくのが面白いところ。加えて、「プロローグ」で明かされた犯人の動機につながる過去の“事件”*5が、“内部”と“外部”の双方で掘り起こされることで、その全貌が読者に伝わるところがよくできています。

 さて……前述の構成の類似などから、本書は『そして誰もいなくなった』よりも“21世紀の『十角館の殺人』”ではないか、とする評も散見されます*6。それも理解はできるのですが、やはり本書には“21世紀の『そして誰もいなくなった』”という惹句がふさわしいように思います。というのも、本書では“ある部分”について、従来の〈テン・リトル・インディアン型ミステリ〉とは一線を画した処理/扱いがなされている*7のですが、それは、『そして誰もいなくなった』に代表される〈テン・リトル・インディアン型ミステリ〉全般に関するある種の問題意識*8に基づいて、新たな方向性を打ち出そうとしたものではないかと考えられるからです。

 ……というのが的を射ているかどうかはわかりませんが、いずれにしても、長い「エピローグ」での謎解きは圧巻です。“内部”と“外部”が分かれた構成上、“外部”から把握しようのない部分については犯人の回想で補われますが、“外部”から解き明かされる意表を突いたトリックは非常によくできていますし、ある“質問”がある意味で衝撃的。そして、どことなく奇妙な味わいの残る幕切れも、何とも印象深いものがあります。前述の特殊設定関係以外にも若干気になるところがないではないのですが、全体としてはよく考えられた意欲的な作品といってよく、受賞も納得の一冊です。

*1: 『作者不詳 ミステリ作家の読む本』などで、以下のように定義されています。
 一、事件の起こる舞台が完全に外界と隔絶されていること。
 二、登場人物が完全に限定されていること。
 三、事件の終結後には登場人物の全員が完全に死んでいる――少なくとも読者にはそう思える――こと。
 四、犯人となるべき人物がいない――少なくとも読者にはそう思える――こと。
  (三津田信三『作者不詳 ミステリ作家の読む本』講談社文庫下巻123頁)
*2: 作中にある“物体が受ける浮力は、その物体が押し除けた流体の重量に等しい”(32頁)も、“物体の密度をゼロに近づければ近づけるほど、その物体にかかる実効的な浮力を大きくできる”(33頁)もおおむね正しい(厳密には“重量”ではなく“重力”)のですが、“実効的な浮力”とは“流体の重量-物体の重量”であって、物体の密度がゼロだからといって際限なく大きくなるわけではありません。
 具体的に水素と比較してみると、おおよその密度比が空気:水素:真空=29:2:0なので、真空の浮力は同体積の水素の7.4%増((29-0)/(29-2)=1.074)にとどまります。逆に、水素と同じだけの浮力を発生させるには93.1%(27/29=0.931)の体積が必要となるので、作中の“およそ六分の一”は論外な数値です。ヒンデンブルク号やグラーフ・ツェッペリン号と思しき機体の史実に言及されているのであり得ないとは思いますが、作中で従来の飛行船で使われていたとされる“可燃性の気体”が水素ではなくメタンだったり、あるいは地球よりも大気の密度が低い異世界が舞台だったり、といった可能性を一応考慮してみても、真空による浮力は作中で示された“従来の6倍”には遙かに及びません。
 ついでにいえば、“真空気囊の浮力が機体の重量を打ち消しているため、人間ひとりの力でも簡単に動かすことができる。”(92頁)も不用意な誤りで、空気に支えられて宙に浮いているにすぎず、質量がなくなっているわけではありません。水に浮いた大きな船を人力で動かすところを想像すると、わかりやすいのではないでしょうか(摩擦がない分、地上よりは楽ですが)。
*3: このあたりは、白井智之『人間の顔は食べづらい』などにも共通するところがあり、(ある程度)“現実”を基盤とした物語世界の中での特殊設定の扱いの難しさが露呈している感があります。
*4: 犯人の回想である「インタールード」を挟みながら。
*5: ちょっとしたトリックも用意されていますが、トリックそのものよりも“なぜそれが成立したのか”が面白いと思います。
*6: 例えば、杉江松恋氏の“「孤島」の外にはみ出した捜査を描くのだから「21世紀の『十角館の殺人』」なら納得がいったのに。”「杉江の読書 市川憂人『ジェリーフィッシュは凍らない』(東京創元社) – book@holic – ブッカホリック」より)など。
*7: もちろん従来の作品を全部読んでいるわけではないのですが、その性質上、おそらく似たような前例は(時期的にも)ないのではないかと思われます。
 このあたりは、本書より先に『そして誰もいなくなった』『十角館の殺人』など、いくつか〈テン・リトル・インディアン型ミステリ〉を読んでおいた方がわかりやすいでしょう(ネタバレがあるわけではないので、本書から読んでも問題はありませんが)。
*8: 恥ずかしながら、本書を読むまでまったく考えもしていませんでしたが……。

2016.10.20読了  [市川憂人]


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