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歳時記/依井貴裕

1991年発表 (東京創元社)

 本書の最大の見どころはもちろん、作中作『歳時記{ダイアリイ}』に仕掛けられた叙述トリックです。この、“三人称に見せかけた一人称”と“一人称に見せかけた三人称”とを組み合わせて登場人物の存在を隠蔽するトリックは、非常によくできていると思います。

 しかも、一人称パートに三人称パートを加えることで、誤認をより強固なものにしているところが巧妙です。三人称パートでは、“奥さん”(=ボク)が“ほぼ警察関係者といってもいい人”(102頁)と表現されていることから、警察関係に親戚がいる信田葉子(=田部木の葉)だと誤認させられるわけで、いわば“二重の二人一役”トリックが使われていることになります。

 もっとも、ボクの通名が“奥”だというのはいささかご都合主義に感じられますし、“ボクが奥でもいいかな?”といった台詞などはどうかと思います。が、逆にいえば“ボク”が人称代名詞と紛らわしい名前だというだけでなく、おそらく韓国系であるため通名が使えるということに目をつけたのが、なかなかうまいところです。

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 田部木の葉が事件の真相を公開できなかった理由は納得できますが、わざわざ推理小説の形にしたのは、多根井にだけ謎を解いてほしいと思う反面、誰にも解き明かされたくないという思いもあったのでしょうか。今ひとつ釈然としないところです。

 殺人の動機についてもやや釈然としないものがありますが、殺される側にも自覚があるような強い動機では仲間内での連続殺人は成立しないようにも思えるので、ミステリとしては妥当なところかもしれません。むしろ、すでに自殺した犯人が文書によって動機を伝える形であるため、どこか淡々とした印象になってしまっているところが問題であるように感じられます。

2006.04.17再読了

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