ミステリ&SF感想vol.123

2006.05.04
『死者を起こせ』 『歳時記』 『踊り子の死』 『ライトジーンの遺産』 『名探偵 木更津悠也』



死者を起こせ Debout les morts  フレッド・ヴァルガス
 1995年発表 (藤田真利子訳 創元推理文庫236-02)ネタバレ感想

[紹介]
 いずれも失業中の若き歴史学者たち――中世専門のマルク、先史時代専門のマティアス、第一次大戦専門のリュシアンの三人に、マルクの伯父で元刑事のヴァンドスレール老人を加えた四人は、パリのボロ館を借りて共同生活を始める。一方その頃、隣家に住む引退したオペラ歌手の婦人は、知らぬ間に庭に植えられたブナの若木に怯えていた。婦人に頼まれたボロ館の四人組はブナの根元を掘り返してみるが、そこには何もない。ところが、やがて婦人が失踪してしまい……。

[感想]

 フランスの女流作家F.ヴァルガスの初邦訳作品であり、ミステリ批評家賞を受賞したというユーモラスなミステリです。まず、それぞれ専門とする時代を反映したエキセントリックな言動を見せる歴史学者三人組や、彼らをまとめるダンディな元“悪徳刑事”のヴァンドスレール老人など、個性的で人間味あふれる登場人物たちの魅力が目を引きます。また、通称〈ボロ館〉でのドタバタした奇妙な共同生活を中心とした物語もなかなかユニークで、楽しく読み進めることができます。

 一晩のうちに見知らぬブナの若木が庭に出現するという、奇怪で風変わりな謎も面白いと思いますし、やがて起こる失踪事件の何ともいえないとらえどころのなさもまた魅力です。このあたり、E.フェラーズの〈トビー&ジョージ・シリーズ〉などにも通じるところがあるように思います。

 ただし、ミステリとしては若干物足りないところがあるのは否めません。特に中盤あたり、事件がなおざりにされてしまっているような部分もありますし、真相の一部が見え見えであったり、逆にわかりにくい部分(これは仕方ないともいえますが)があったりするのも残念。とはいえ、意表を突いた伏線などの見どころもあり、まずまず楽しめる作品にはなっていると思います。

2006.04.16読了  [フレッド・ヴァルガス]



歳時記{ダイアリイ}  依井貴裕
 1991年発表 (東京創元社・入手困難ネタバレ感想

[紹介]
 深夜、多根井理のもとを訪れたのは、先日自殺したサークルの先輩・田部木の葉の伯父にあたる警察官だった。彼は、木の葉が残した『歳時記{ダイアリイ}という題名の推理小説を多根井に託し、そこに木の葉の自殺の真相が隠されているのではないかと告げる。その『歳時記{ダイアリイ}』は、奇術愛好家グループのメンバーが次々と殺害されていくという物語だったが、どうやら実際に起きた事件を下敷きにしているらしい。しかもそこには、田部木の葉自身が“信田葉子”という名前で、事件関係者として登場していたのだ……。

[感想]

 依井貴裕の長編第2作で、『歳時記{ダイアリイ}と題された作中作を中心とするメタフィクション形式になっています。自殺した多根井の先輩が残したこの作中作の謎を解くことで、先輩の自殺の真相が明らかになるという形です。

 この作中作『歳時記{ダイアリイ}、多根井が“これが原稿料をもらって書いている作家の文章だったら、読者は許せないだろうね”(222頁)と評している(開き直りでしょうか?)ように、少々読みづらくなっているのは否めませんが、中身は非常に充実しています。奇術愛好家グループをめぐる連続殺人事件を描いた物語に、巧みに仕掛けられたは実によくできていますし、全編がまさに伏線の塊といった内容には圧倒されます。

 メイントリックには気づいてしまう方もいるかもしれませんが、ばらまかれた様々な手がかりをもとに論理的に真相を導く多根井の推理は、やはり圧巻というべきでしょう。動機などにやや釈然としない部分もありますが、大胆な奇想と緻密なロジックが一体となった傑作といえるのではないでしょうか。

2006.04.17再読了  [依井貴裕]



踊り子の死 Death of a Dancer  ジル・マゴーン
 1989年発表 (高橋なお子訳 創元推理文庫112-05)ネタバレ感想

[紹介]
 寄宿学校の創立記念舞踏会の夜、降りしきる雨に濡れた運動場で、副校長の妻が殺されているのが発見された。死体にはレイプされた形跡があったが、それを知らされた学校関係者は一様に驚きを見せる。被害者には、誰彼かまわず男たちに誘いをかける性癖があり、その色情狂ぶりは学内でも問題になっていたのだ。レイプ目的でないとすれば、一体誰が、なぜ? そして学内で連続していた盗難事件との関係は? ロイド首席警部とヒル部長刑事は捜査を続けるが、学校関係者たちはそれぞれに思惑を抱え……。

[感想]

 『パーフェクト・マッチ』『牧師館の死』に続き、ロイド首席警部とジュディ・ヒル部長刑事を主役としたシリーズの第3弾ですが、今回は少々辛いものがあります。例によってロイドとジュディの不倫関係の描写にある程度の分量が割かれている上に、多情な女性が被害者となった暴行殺人という事件、さらにある登場人物の妄想や別の登場人物の品のない物言いなど、全編に漂う生々しさのようなものに少々辟易とさせられます(例えばM.スレイド〈スペシャルXシリーズ〉ほどぶっ飛んでいれば、あまり気にならないのですが……)

 とはいえ、巧みな人物造形は相変わらずで、くせのある登場人物たちの思惑が錯綜し、結果として真相が見えにくくなっているあたりには、作者の力量が感じられます。それぞれを掘り下げすぎることに力点を置くあまり、物語の進行がやや停滞しているきらいもないではないですが、退屈させられるということはありません。また、ロイドとジュディの不倫関係が今までになく他の登場人物に影響を与え、物語にうまく取り込まれているところも見逃せないでしょう。

 そして、事件が解決へと向かう終盤は一転して怒濤の展開。様々な証言や状況の見方を変えることで、強固に隠されていた真相に光が当てられていくところは、実に見事なものです。

2006.04.18読了  [ジル・マゴーン]



ライトジーンの遺産 RIGHTGENE's Heritage  神林長平
 1997年発表 (朝日ソノラマ・入手困難

[紹介と感想]
 人類の臓器がなぜか崩壊を始めるという奇現象が蔓延する時代。人工臓器市場を一手に支配して勢力を伸ばしたライトジーン社は、さらに人類全体の支配を企てたところで解体され、今ではその技術を受け継いだいくつかの人工臓器メーカーがしのぎを削っていた……。
 “おれ”――菊月虹{キクヅキ・コウ}――は、兄で現在は性転換しているメイ・ジャスティナ{MJ}とともに、かつてライトジーン社が作り出した人造人間であり、“サイファ”と呼ばれる超能力者だった。が、臓器メーカーのトラブルシューターとして活躍するMJとは違って自由人となる道を選び、ウィスキーのフラスク片手に、時おり中央署第四課課長・申大為{シン・タイイ}からの仕事を引き受けて生計を立てていた……。

 神林長平によるSFハードボイルド連作短編集です。まず、臓器崩壊が蔓延し、人工臓器メーカーに支配された世界という設定、そしてその中で起きる人工臓器絡みのトラブルがなかなか面白いと思います。特に各エピソードで、腕・心臓・眼といった一つ一つの臓器がテーマになるという趣向がよくできています。
 主人公のコウはやや類型的なキャラクターであるようにも思えますが、対照的なキャラクターであるMJとのコントラストが際立っていますし、超能力(サイファ)の扱いもユニークなものになっています。

「アルカの腕」 ALCA's arm
 四肢を製造する臓器メーカーのアルカ社で、6人が行方不明になる事件が起きた。どうやら、開発中の臓器が自己に目覚めて暴走したらしい。おれは新米刑事のタイス・ヴィー{ティーヴィー}とともに、逃げ出した怪物を追って下水道に潜入した……。
 背景や人物の説明に分量が割かれている分、物語はさほどでもありません。

「バトルウッドの心臓」 BATTLEWOOD's heart
 心臓を製造する臓器メーカーのバトルウッド社が、自由人からのし上がった人気レスラーに違法な人工心臓移植を行った、という疑惑が持ち上がる。調査に取りかかったおれの前に、バトルウッド社のトラブルシューターであるMJが立ちはだかる……。
 コウとMJの対決もまずまずですが、やはりクライマックスでの鮮やかな逆転が秀逸です。

「セシルの眼」 CECIL's eyes
 古書店の配達の仕事でヴィクトリアという娘を訪ねたおれは、その家に漂う死臭に気づいた。家の中の一室で、行方不明だというヴィクトリアの母親が死んでいたのだ。だが驚くべきことに、ヴィクトリアにはその部屋が見えないという……。
 “見えない部屋”の真相もなかなか興味深いものですが、最後に描き出される“闇”の深さが強く印象に残ります。

「ダーマキスの皮膚」 DARMAKISS's skin
 夜ごとおれを悩ませる悪夢。それはどうやら、おれ自身のものではなく他人の悪夢らしい。しかもなぜか、MJまでもが同じ悪夢に襲われているという。やがて、ダーマキス社の研究員が何者かに殺害される事件が起こり、おれに容疑が……。
 殺人犯の正体は予想通りですが、物語の中で重要な位置を占めているサイファの能力に関する談義が面白いと思います。

「エグザントスの骨」 XANTHOS's bones
 臓器メーカー・エグザントス社の社員がおれに依頼してきたのは、ある男を殺すことだった。殺人の刑罰として人工臓器の実験に供されたその男は、全身の骨を人工骨に置き換える実験の結果、不死身になってしまったというのだ……。
 一風変わった発端、不死身になった男の数奇な人生、そして印象的な結末と、非常によくできたエピソードです。

「ヤーンの声」 YARN's voice
 突然ライブ演奏を聴きたくなったおれは、ティーヴィーに頼み込んでライブハウスに連れて行ってもらう。そこで歌う、ティーヴィーの知り合いだというヴォーカリストは、ヤーン社の人工声帯を移植していた……。
 事件性のない、短いエピソード。人工臓器メーカーの正の側面が描かれており、読んでいてほっとさせられます。

「ザインの卵」 ZINE's eggs
 珍しく風邪を引いて寝込んでいたおれがMJに連絡を取ってみると、MJも同じように発病していた。どうやら風邪ではなく、サイファを狙った人工的な病原体らしい。やがておれとMJは、何者とも知れないの手に落ちてしまった……。
 “ライトジーンの遺産”の正体が明らかになる、最後のエピソード。体に異変を生じたコウがどうやって窮地を脱するかが興味を引きます。“遺産”はある意味予想通りですが。

2006.04.20再読了  [神林長平]



名探偵 木更津悠也  麻耶雄嵩
 2004年発表 (カッパ・ノベルス)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 デビュー作『翼ある闇』に登場した探偵・木更津悠也の名前を冠した短編集ですが、どちらかといえばワトソン役の香月実朝の方が主役というべきでしょう。この、特別な意識をもってワトソン役をつとめる語り手の存在によって、本書はユニークな名探偵小説となっています。(一応伏せ字)木更津と香月の立場を分けるもの(ここまで)を考えると、北村薫『冬のオペラ』“名探偵とは存在であり意志である”(大意)という文句が浮かんでくるのですが、それを踏まえた上で木更津は名探偵たるべく、そして香月はワトソン役たるべく、どちらも自覚的に行動しているところが目を引きます。
 また本書では、それぞれのエピソードに“白幽霊”という存在が配されることで、作品としての統一感が出ていますが、作中ではあくまでも小道具として扱われているところが面白いと思います。

 なお、はっきりしたネタバレはないようですが、『翼ある闇』を先に読んでおいた方がいいのではないかと思います。

「白幽霊」
 ある夜、資産家の屋敷近くを通りかかった男は、屋敷の一室で何者かがハサミでカーテンを切り取っているのを目撃する。その時、資産家はその部屋で殺害されていたのだ。だが、容疑者となった家族たちには、鉄壁とも思えるアリバイがあった……。
 事件そのものはさほどでもないのですが、解決に至るプロセスが独特で楽しめます。本書のコンセプトをはっきりと示しているエピソードです。

「禁区」
 “白幽霊”は、半年前に失踪した友人の霊なのか――確認しようとした高校生たちの前に、本当に“白幽霊”が現れた。やがて、呪いが降りかかったかのように、その中の一人が部室で殺されてしまう。そして死体は石灰の中に埋められていた……。
 傑作。石灰の中に埋められた死体の謎も秀逸ですが、何といっても“白幽霊”の巧妙な使い方が本書の中で随一です。

「交換殺人」
 依頼人は、泥酔したあげく、見知らぬ男と交換殺人の約束をしてしまったという。酔いが醒めてみると約束を実行する気はなくなっていたのだが、どうやら別の何者かが、自分が殺すはずだった人物を殺してしまったらしい……。
 “交換殺人”というありふれたテーマにひねりを加えた作品で、終盤に明らかになる事件の構図は非常にユニークです。ラスト(どういうことかようやくわかりました)も印象的。
 なお、この作品は島田荘司編『21世紀本格』にも収録されています。

「時間外返却」
 幽霊騒ぎがもとで発見された、一年前に行方不明になった女子大生の死体。失踪当日に被害者はビデオを借りていたが、そのビデオは失踪後にレンタルビデオ屋に返却されていた。しかも、そのテープからは被害者の血痕が発見されたのだ……。
 解決に至るロジックはなかなかよくできていますし、犯人も意外。しかし最も強く印象に残るのは、木更津が最後に指摘する真相です。

2006.04.21読了  [麻耶雄嵩]
【関連】 『翼ある闇』

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