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ドゥルシネーアの休日/詠坂雄二

2010年発表 (幻冬舎)

 序盤から、犯人が警察の捜査網をくぐり抜けることができる人物であることが示唆されていますし、女子高の校内に爆弾を持ち込むことができる人物は限られている――「第二部」の時点で“刑事さんが犯人”(188頁)という可能性が提示されているのが大胆――ことを考えれば、真相に思い至ることも不可能ではないかもしれません。“模倣犯”であることの手がかりを最初にもたらすのが野間であることや、冒頭の野間による犯行の再現*1なども、さりげなく張られた伏線といえるでしょう。

 とはいえ、クライマックスとなる「第三部」が、推理をしない藍川の視点で描かれていることで、野間に疑惑を向けにくくなっているのも事実。野間の自白の直前でも、藍川は犯人に当てはまる人物として月島凪を思い浮かべている(299頁)ほどで、どうしてもそれに引きずられてしまうきらいがあります。もっとも、野間の自分が犯人でないことは当然承知ですよね”(298頁)という台詞など、その他のミスリードもよくできていますが。

 一連の犯行が月島凪をターゲットとしたものであることは予想がつきますが、いくつか類似の前例もある“ファンとして会うため”ではなく、“アンチとして殺すために引っ張り出す”という“裏返った”ものだったのは予想外。何より、野間が語るその背景に存在する強烈な歪みが、理解や想定を妨げている感があります。

 そして、藍川についての野間の評――“何もかも見透かせる彼女と、あなたはまるで逆だ。何一つ真実を知らないまま正解を選べてしまうんだ。ある意味、名探偵より凄い”(310頁)は、“名探偵”の対極に位置する“アンチ名探偵”というべきもので、非常に興味深いものがあります。ここで連想したのは、堀晃「梅田地下オデッセイ」『梅田地下オデッセイ』収録*2)で示されている“ラプラスの悪魔”*3についての逆説――“あらゆる試行錯誤に費すエネルギーをはじめから放棄すれば、行きつく結果は最初から見えてしまうのではないか”(同書299頁)で、本書の藍川も“推理を放棄することで事件を解決できる”能力を有しているといえるのかもしれません。

 最後に藍川がいう、“何かもっと別の気がかり”(326頁)が何なのか気になるところですが、あるいはこれは次作以降で明かされることになるのでしょうか。

*1: “「(前略)迷わず茂みに入ってきて、眠っていた被害者に切りつけて殺し、すぐ立ち去ったんではないでしょうか」/「見てきたように言うじゃないか」”(8頁)
*2: web上でも読むことができます(→「書庫の片隅」参照)。傑作なので、興味のある方はぜひご一読を。
*3: 「ラプラスの悪魔 - Wikipedia」を参照。ちなみに、「梅田地下オデッセイ」の中では“ラプラスのと表現されています。

2010.07.31読了