ミステリ&SF感想vol.182

2010.10.12
『ラガド 煉獄の教室』 『琅邪の鬼』 『ドゥルシネーアの休日』 『温かな手』 『謎解きはディナーのあとで』



ラガド 煉獄の教室  両角長彦
 2010年発表 (光文社)

[紹介]
 都内の有名私立校である瀬尾中学校で、ある朝、事件が起きた。二年四組の教室に侵入してきた男が突然包丁を持ち出し、生徒たちを殺傷したのだ。犯人・日垣吉之は、一人娘の里奈が二ヶ月前に自殺した原因がこの二年四組で受けていた精神的虐待にあると信じ、たびたび構内を徘徊していたが、女子生徒・藤村綾に諭されていたという。だが、日垣にめった刺しにされて死亡したのは、その藤村綾だった。その場にいた生徒にも、また犯人である日垣にも記憶の混乱があり、何が起こったのかが正確に把握できないため、警察による事件の再現が行われることになったが……。

[感想]

 第13回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞した、作者のデビュー作。帯に“斬新な視覚効果を図った実験的小説が誕生!!”とあるように、まず目を引くのは随所で頁の下部に配された合計93枚もの教室の見取図で、事件の最中の生徒の動き*1などを図解していくことで、細部まで一目瞭然とする演出が非常に効果的です。

 物語の中心となるのは、学校の教室で起きた生徒の殺傷事件で、結果だけみれば被害者はもちろん犯人までも明らかなのですが、関係者たちがいずれも記憶の混乱を生じているために判然としない、事件の細かい経緯――“何が起こったのか”が謎として提示されています。そしてそれを解明するために、警察による事件の再現が行われることになるのですが、それをきっかけに当初描かれた事件の構図が二転三転していくのが本書の見どころといえるでしょう。

 もっとも、その二転三転の主たる原動力は警察やマスコミが掘り起こしていく新事実や新証言で、例えば岡嶋二人「十番館の殺人」『三度目ならばABC』収録)のように“再現”を通じて浮かび上がる矛盾のみを足がかりにするものでないのは、個人的に少々残念ではあります。しかし、その新事実や新証言が逐一見取図に反映されていくことで、状況の変化がつぶさに伝わってくる演出はやはり非常に効果的。“小説なのに見取図に頼りすぎ”という批判もあるかもしれませんが、これだけの内容を文章のみで読者にわかりやすく説明するのは至難の業で、内容に合致した表現というべきではないでしょうか*2

 事件を何度もひっくり返すことに力が注がれる一方、そのたびに示されていく一つ一つの構図そのものは――精神的虐待やモンスターペアレンツといった社会的な問題を扱いながらも――総じてステレオタイプでさほど面白味のあるものではありませんが、これもまた見取図と同様にわかりやすさ/受け入れやすさを優先し、あえて陳腐ともいえるものを採用したということなのかもしれません。いずれにしても、一つ一つの構図に立ち止まることなく、何度も逆転が繰り返されるスピーディな展開を楽しむべき作品だと思います。

 実のところ、プロローグにあたる部分などに挿入されている、事態をやや離れたところから眺める“ある視点”の様子が、物語本編とはミスマッチ気味の“B級感”を漂わせているのですが、最後にきてそちらの方向に大きく舵を切った物語のオチ――“真相”は、(特に視覚的な)インパクトとともに苦笑を余儀なくされる脱力感をもたらしてくれます。本格ミステリらしい真相を期待する向きにはまったくお勧めできませんが、それなりに心の準備をしておけば*3十分に面白い作品です。

*1: 見取図はもちろん文中でも、大半の生徒が名前を記されることなく、出席番号のみで呼ばれるという徹底ぶりも印象的。
*2: とはいえ、文章での表現に物足りない部分があるのも正直なところですが。
*3: その意味では、“おすすめのダメミス”として本書を推薦していただいた、麻里邑圭人さんtaipeimonochromeさんのお二人に感謝です。

2010.07.23読了  [両角長彦]



琅邪{ろうや}の鬼  丸山天寿
 2010年発表 (講談社ノベルス)ネタバレ感想

[紹介]
 始皇帝が全土を統一した秦の時代。幻の“神仙の島”を望む港町・琅邪には、不老不死を求める始皇帝の命を受けた方士・徐福が、巫医や方士らを集めて研究所・徐福塾を開いていた。その徐福塾に、町の大商人・西王家で家宝の璧が“鬼”に盗まれたので力を貸してほしいとの依頼があり、徐福の弟子である残虎と安期らが調査に向かうが、真相は杳として知れない。そして今度は、西王家と並び立つ東王家で、婚儀を目前に控えた娘が怪死したかと思えば、葬儀の最中に甦った死体が棺の蓋を開けて走り去ってしまった。やがて墓地に納められた、空のままだったはずの棺の中には、いつの間にか戻ってきた上になぜか成長した姿の死体が……。

[感想]

 古書店を営みながら邪馬台国の研究を続ける自称“ほら吹きおやじ”――丸山天寿による、第44回メフィスト賞受賞作。邪馬台国に時代の近い秦代の中国、しかも日本に渡来してきたとの伝説も残る方士・徐福(→Wikipedia)の周辺を題材に、数々の奇怪な謎や力の入ったアクション場面、さらには歴史に絡めたネタなども盛り込まれた、カバーの田中芳樹氏による推薦文に恥じない痛快な歴史伝奇ミステリです。

 舞台となるのは、不老不死を研究する徐福塾が設立された港町・琅邪。そこの商家で家宝の璧が“鬼”に盗まれたのを皮切りに、町では次から次へと怪しげな事件が続発し、徐福塾の面々もそれに巻き込まれていく――というのが物語の大筋。一つ一つの謎は必ずしも派手なものではありませんが、その数はとにかく膨大ですし、少なくとも近代以降を舞台としたミステリとは一味違った、この時代/文化ならではの扱いが非常に興味深いものになっています。

 典型的なのが“棺の中で成長する美女”の謎で、これ自体も十分に魅力的ではありますが、前提となる“死んだ娘が甦って走り去った”という怪現象があっさりと受け入れられているために、墓地に納められた空のはずの棺を開けた際に“帰って来ている”(133頁)という愉快な台詞が飛び出し、その後も死体の“成長”とセットで“なぜ棺に帰ってきたのか?”という疑問がクローズアップされているあたりが実に面白く感じられます。また、その現象が露見するきっかけがある方士の特殊能力だというところも、この作品世界ならではといえるでしょう。

 そうこうするうちに死者の数は増えていき、さらに商家の屋敷が丸ごと消失するという大事まで発生したところで、ついに探偵役が登場。琅邪の町を揺るがす事態にようやく光明がもたらされる――かと思いきや、大筋こそ示されるものの細かい謎解きは後回しにして、“中華チャンバラ”*1――しかも決してミステリの添え物ではなく、ノリノリで書かれたと思しき――に突入する急展開が実に愉快です。

 それぞれの謎に対する真相は少々力不足に感じられるところもありますが、それらが複雑に絡み合って織りなす構図*2は魅力ですし、それが数多い登場人物をそれぞれに印象づけるのに大きく貢献しているのも見逃せないところ。そして最後に飛び出す思わぬ大ネタ(ただしミステリ的なものではありませんが)には脱帽です。総じて、あれやこれやと盛り込みすぎているきらいもないではないですが、それは作者の旺盛なサービス精神*3によるものかと。いずれにしても、最後まで楽しく読むことができる快作です。

*1: 「taipeimonochrome ミステリっぽい本とプログレっぽい音樂 » 琅邪の鬼 / 丸山 天寿」より。
*2: 一見するとばらばらな謎を、見えない部分で巧みにまとめて一つの構図を描き出す手法は、個人的にはR.ファン・ヒューリック〈ディー判事〉シリーズにも通じるところがあるように思います。
*3: ブログ「丸山天寿生存日記」twitterにも、それがよく表れています。

2010.07.25読了  [丸山天寿]



ドゥルシネーアの休日 Dulcinea on Holiday  詠坂雄二
 2010年発表 (幻冬舎)ネタバレ感想

[紹介]
 都内で相次いで発生した他殺事件。刃物で斬殺された死体の周辺にタンポポの綿毛が残されるという手口の共通性から、連続無差別殺人事件と判断されたが、大規模な捜査にもかかわらず犯人につながる手がかりは見つからない。そんな中、捜査一課の刑事・雪見喜代志と野間彦康は、一連の犯行が10年前に起きた事件の模倣犯である可能性を見出し、過去の事件を掘り起こしていくが……。/全寮制女子高の聖堂で、罰と赦しを求めて祈り続ける罪人・山村朝里。その前に姿を現した“褐色の刑吏”とは……?/死地をも厭わず数々の難事件と対峙してきた傷だらけの泥犬・藍川慎司。不死身ともいわれた男が、今追い求めるものは……?

[感想]

 学園ハードボイルド風、実録犯罪小説形式、そして都市伝説を中心に据えた奇妙な物語と、ひねくれた作風のミステリを相次いで発表している作者の最新作。帯には“警察小説×学園小説×活劇小説”とありますが、事件を追う警察機構に焦点を当てた「第一部 刑事」から、全寮制の女子高を舞台にした「第二部 罪人」へ、さらに最後の「第三部 泥犬」では活劇を前面に出した怒涛の展開と、パートごとに違ったスタイルとなっているのが面白いところです。

 物語の軸となるのは連続無差別殺人の様相を呈する事件ですが、事件の意味――犯行の規則性としては定番である被害者間の隠れた共通項(ミッシングリンク)を外して、模倣犯という“メタな規則性”がテーマとされているのが作者らしいといえるかもしれません。模倣の元ネタが明らかになる一方で、犯人が模倣を続ける動機が強力な謎となっているのはもちろんのこと、一つ一つの殺人が(端的にいえば)(一応伏せ字)完全に“数合わせ”でしかない(ここまで)ことが、事件の不可解さを一層強調している感があります。

 刑事・雪見喜代志の視点で難航する捜査が描かれた「第一部」から一転、「第二部」では全寮制女子高という閉ざされた世界の中で、独りただ祈り続ける“罪人”山村朝里の静かな壊れ具合が強く印象に残ります。そんな朝里の元にも、怪談めいた“褐色の刑吏”の出現とともに外部で続く事件の影響が及び――そして「第三部」では、“探偵”*1とともに数々の難事件を乗り越えてきた“泥犬”藍川慎司が登場し、迫力ある活劇の中でついに事件が解決に導かれることになる、のですが……。

 本書の題名である『ドゥルシネーアの休日』が象徴しているのは、“ドン・キホーテ”たる“泥犬”に対する“ドゥルシネーア”*2――“探偵”の一時的な不在という状況で、それにより逆説的に物語の中で“探偵”の存在感が高まっているのが見逃せません。しかし一方で、あくまでも不在であるがゆえの結果として、(本格)ミステリとしては本来欠くべからざる推理が欠如することになり、また事件を解決に導く“泥犬”が“アンチ名探偵”*3ともいうべき役割を与えられるなど、オーソドックスに背を向けたアンチミステリ風のクライマックスこそが本書の最大の見どころといえるのではないでしょうか。

 これまでの作品に比べるとややインパクトに欠けるようにも思われますが、さりげない伏線に支えられた犯人の正体、そしてその歪んだ動機はなかなかのもので、作者ならではの味わいも添えつつある種の含みを持たせた結末もまた印象的。全体としては、ひねくれた作風をオブラートに包んでみせたようなところが感じられ、戸惑いを覚える部分もありますが、面白い作品だと思います。

*1: 作中でも言及されている『遠海事件』にも名前の出てきた人物。ただし、内容に直接のつながりはないので、必ずしもそちらを先に読む必要はないかもしれません。
*2: ドン・キホーテとドゥルシネーアについては、「ドン・キホーテ - Wikipedia」を参照。本書の巻頭にも『ドン・キホーテ』の一節が引用されています。
*3: ここでSF作家・堀晃の某作品(以下伏せ字)「梅田地下オデッセイ」(ここまで)を連想したのは私だけかもしれませんが……。

2010.07.31読了  [詠坂雄二]



温かな手  石持浅海
 2007年発表 (創元推理文庫493-02)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 人間そっくりの姿に擬態し、人間の(余剰の)生命エネルギーを糧にする謎の生命体ギンちゃん/ムーちゃんを探偵役に、またそれぞれの同居人である大学助手・畑寛子/サラリーマン・北西匠をワトスン役に据えて、作者らしいロジカルな推理を展開した連作短編集です。
 「あとがき」によれば、この連作は本格ミステリにまつわる疑問――“ワトスン役が事件に遭遇しても冷静なのはなぜか”*1――に対する一つの回答として書かれたとのことで、“不自然さ”をカバーするために特殊設定を導入する手法*2が面白いと思いますし、探偵役の特殊な造形がユニークな謎解きの動機につながっているのも見逃せません。
 それぞれの謎はあまり派手なものではありませんし、真相そのものも少々意外性を欠いているきらいがありますが、見どころはやはり作者お得意のねちっこいロジックによる謎解き。ほぼ全篇の冒頭で、あらかじめ推理のポイントを示してあるという大胆な構成も効果的です。

「白衣の意匠」
 休日出勤して研究室のドアを開けた寛子は、所属の大学院生が刺殺されているのを発見する。しかも被害者はなぜか、ロッカーにしまってある自分の白衣ではなく、手近なところにあった寛子のものを着ていたのだ。寛子を迎えにきたギンちゃんは、証言を聞いて直ちに真相を見抜く……。
 登場人物が限られているため、犯人が見え見えなのは致し方ないところですが、そこに至るプロセス――被害者が着ていた白衣の意外な解釈を軸とした緻密な推理は、十分に見ごたえがあります。

「陰樹の森で」
 友人たちに誘われ、ギンちゃんを連れてキャンプに参加した寛子だったが、夜になって焚き火の前で発せられたたった一言が事件を引き起こす。友人の一人が木の枝で首を吊り、すぐそばで婚約者の女性がナイフで胸を刺して死んだ後追い心中。だが、現場の様子を見たギンちゃんは……。
 謎解きの鍵となるのは何とも凄まじい“もの”で、そのインパクトに思わず気を取られてしまいますが、堅実かつ巧妙に組み立てられた謎解きの手順も非常によくできています。そして、真相が示された後に待ち受ける物語の結末が印象的。

「酬い」
 匠とムーちゃんが駅に着いてみると、乗客がナイフで刺されて死亡したために電車は止まったまま。被害者の男を見たムーちゃんは、それが三週間前に満員電車の中で遭遇した痴漢だという。その時ムーちゃんは、相手の生命エネルギーを吸い取って散々な目に遭わせたというのだが……。
 前2篇から一転して、ムーちゃんと匠のコンビが主役をつとめるエピソード。ギンちゃんよりもクールな印象のムーちゃんによる、大胆にしてドライな推理もさることながら、事件解決後にムーちゃんが口にする一言の破壊力が強烈です。

「大地を歩む」
 前夜にも顔を合わせたばかりの匠の友人が、自宅のアパートで殺害される。被害者はいわゆる“陸マイラー”で、マイレージを貯めて航空券を入手するために、普段から現金ではなくクレジットカードばかりを使っていたにもかかわらず、現場に残された財布の中にはなぜか大量の紙幣が……。
 “被害者はなぜ大金を持っていたのか”というほぼ唯一の謎に関して、議論の中で持ち出される仮説の数々を、次々と否定していく論拠がしっかりと用意されているのが巧妙。そして最後には、「酬い」よりもさらに身も蓋もないムーちゃんの発言が……。

「お嬢さんをください事件」
 ギンちゃんと寛子の出会い――友人とその彼氏、そして紹介された“スズキ”とでダブルデートをすることになった寛子だったが、サービスエリアで休憩中に友人の彼氏が行方不明となってしまう。手分けしてサービスエリアをくまなく探しても見つからず、寛子の友人はショックを受けるが……。
 少しずつ推理を積み重ねて可能性を絞り込んでいくプロセスが、地味ながらよくできています。そして、ついに明らかにされる真相の味わいが何ともいえません。

「子豚を連れて」
 伊豆に旅行に出かけたムーちゃんと匠は、ペット同伴可のペンションで、黒い子豚を連れた三十代の女性と出会う。翌日二人は、偶然再会したその女性の話を聞くことになったが、夫がゴルフに出かけた間にペットの子豚を連れて家出してきたという女性の話に、ムーちゃんは疑問を抱き……。
 一見すると何の変哲もなさそうな身の上話をもとに、その裏に隠された秘密を暴いていく安楽椅子探偵風のエピソード。ただしよく考えてみると、ムーちゃんの推理には無理があるように思われます。

「温かな手」
 伊豆の待ち合わせ場所でギンちゃんと寛子、ムーちゃんと匠の二組が合流し、ギンちゃんとムーちゃんの兄妹に紹介されて、寛子と匠は初めて顔を合わせることになった。そのままギンちゃんは、一同をとある場所へと連れて行くが、そこに待っているというギンちゃんの古い知り合いとは……?
 二組の探偵役とワトスン役がついに顔を合わせるシリーズ最終話。真相にも結末にもさほどの驚きはありませんが、それだけにそこに至るまでの物語がより印象深いものになっています。連作の幕引きとして、実に見事といえるでしょう。

*1: 「あとがき」の原文は次のとおり。“探偵という役回りは、ある程度の超人性を持っています。超人ならば冷静でもいいでしょう。/ でもワトスン役は、読者と同レベルか、少し下でなければなりません。ワトスン役は超人性を持ってはいけないのです。それなのに、なぜ彼や彼女は探偵役と同様に、あるいはそれ以上に冷静でいられるのか”(265頁)
*2: 『アイルランドの薔薇』など初期作品にみられる、一風変わったクローズドサークルにも通じるところがあるように思います。

2010.09.05読了  [石持浅海]



謎解きはディナーのあとで  東川篤哉
 2010年発表 (小学館)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 作者初の短編集となる本書は、世界的に知られる〈宝生グループ〉を率いる資産家の令嬢であることを周囲に隠して、警視庁国立署捜査一課に勤務する“お嬢様刑事”宝生麗子を主人公とし、中堅自動車メーカー〈風祭モータース〉社長の御曹司である風祭警部を狂言回しに、そしてお嬢様相手にも毒舌を放つ宝生家の執事・影山を“安楽椅子探偵”に据えた、作者らしいコミカルな連作です。
 上司の風祭警部の言動に内心でツッコミを入れまくる麗子ですが、こと謎解きに関しては執事の影山に頭が上がらずボケ役に回らざるを得ないという、ひねりを加えた役割分担がなかなか面白いところ。
 ミステリとしては大トリックこそありませんが、安楽椅子探偵ものだけに手がかりやロジックには工夫が凝らされており、愉快なだけでなく(?)見ごたえのある謎解きが魅力的です。

「殺人現場では靴をお脱ぎください」
 若い女性が自宅アパートで殺害されるが、足跡一つないフローリングの床の上に横たわった被害者は、なぜかブーツを履いたままだった。犯人がブーツを履かせたとは考えにくく、殺害後に死体が運び込まれたとも考えられたが、事件直前に帰宅してきた被害者とすれ違ったという証言が……。
 派手ではないながらも不可解な事件で、特に状況の作り方がなかなか巧妙です。また、さりげない手がかりの配置にもうならされます。

「殺しのワインはいかがでしょう」
 動物病院の院長が、毒入りのワインを飲んで死亡した。前夜、家政婦との再婚話を家族に反対されていたことで、それを悲観しての自殺とみられたが、何者かが当の家政婦の名を騙って被害者にワインを差し入れた可能性が浮上し、事件は殺人の様相を呈する。犯人は一体誰なのか……?
 トリックはさほどのものではなく、また解決の手がかりもあからさまで、今ひとつ面白味を欠いている作品。

「綺麗な薔薇には殺意がございます」
 薔薇園に仕立てられた薔薇のベッドに横たわる美しい死体――勤めていたクラブが閉店して行き場のなくなった女性を、結婚相手として邸の離れに住まわせ始めた資産家の息子だったが、女性は何者かに殺害されてしまった。そして、なぜか被害者が飼っていた黒猫も行方不明となり……。
 薔薇のベッドという美しい装飾が施された死体の状況が目を引きますが、見どころは解決に至る鮮やかなロジック。そして、ある“小道具”の扱いも見事です。

「花嫁は密室の中でございます」
 資産家の邸で行われている結婚披露宴の最中、酒に酔って自室で休んでいた花嫁が、何者かに刺されてしまう。一同が駆けつけた時には犯人の姿はなかったが、部屋の扉には鍵がかけられ、開かれた窓の外の雨に濡れた地面には足跡もなく、現場が密室状況だったことが判明して……。
 非番の日に友人の結婚式に出席した麗子と影山が遭遇する事件で、平気で麗子に不利な証言をする影山の態度には苦笑を禁じ得ません。事件の真相はともかく、影山の推理で解き明かされるトリックは秀逸です。

「二股にはお気をつけください」
 自宅マンションで殺された男は、なぜか一糸まとわぬ全裸で床の上に横たわっていた。事件の直前に被害者と一緒にいるところを目撃された、恋人と思しき女性に疑いがかかるが、調べてみると容疑者候補は何と四人も。かくして捜査が難航する中、新たな目撃証言がさらなる混迷を……。
 これも不可解な状況の死体ですが、何より二股どころではない被害者の発展ぶりに思わず苦笑。トリック/真相がかなり見えやすくなっているのは否めませんが、最後の決め手となる手がかりの出し方が巧妙です。

「死者からの伝言をどうぞ」
 女性社長が自宅で殴殺された。被害者は死ぬ間際に犯人の名前を血で書き残したらしいが、あいにくタオルでふき取られて判読不能となっていた。凶器のトロフィーが二階の一室に投げ込まれ、窓が割れて派手な音を立てたことで事件が発覚したため、風祭警部はアリバイトリックを疑うが……。
 アリバイトリックでないのはもちろん(苦笑)で、なかなか一筋縄ではいかない作品。謎解きの端緒となる“ある解釈”には意表を突かれますし、そこから連鎖していく(ただし一箇所だけ条件付き)推理も非常に鮮やかです。

 ところで、本書の内容とはまったく関係ないのですが、帯の“書店員推薦”のコメントについて一言。6人分のコメントが小さめの字でぎっしり詰め込まれたレイアウトにまず読む気を削がれる上に、読んでみるとどれもこれもおおむね似た内容(これはある程度仕方がないとは思いますが)で、少なくともこれだけの量を掲載する必要はまったくないように思います。
 “書店員推薦”を頭から否定するつもりはないのですが、本書に限らず現状ではどうやら、コメント一つ一つの内容が客(読者)に伝わることよりも、できるだけ多くのコメントを掲載することが最優先となっている節があり、最終的な客(読者)の方を向いた宣伝とは受け取りがたく、正直なところ気持ち悪さを禁じ得ません。

2010.09.09読了  [東川篤哉]


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