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密室殺人ゲーム2.0/歌野晶午

2009年発表 講談社ノベルス(講談社)

 以下の感想では、前作『密室殺人ゲーム王手飛車取り』の内容に触れている箇所がありますので、ご注意下さい。

「Q1 次は誰が殺しますか?」

 「次は誰が殺しますか?」というタイトルもあって、×印がつけられたカレンダーが示された時点で、少なくとも『いつ』・『誰が』殺すのかを命令する“殺人王様ゲーム”であることは読者には明らかですが、×印が当然『いつ』を、そして数字が『誰が』を示すのはいいとして、それだけでは“Vサインのシール”が余ってしまう――他にも伝達されるべき命令が存在することが示唆されている――のが巧妙なところです。

 そして、シールなどの手の形が『どうやって』を、さらにカレンダーのレイアウトそのものが『どこで』を示すという、暗号めいた真相は非常に面白いもので、特に後者はメッセージの存在自体が盲点となっているのが秀逸。加えて、当初は単純なゲーム――ザンギャ君いわく“ピンポンダッシュと同列のやんちゃ”(52頁)――と思われたものが、ルールが明らかになるにつれて次第にその難易度の高さが見えてくるところがよくできています。

 それだけにとどまらず、“殺人王様ゲーム”に“寄付金積み立てゲーム”を組み合わせることで、本来存在しないはずの勝者を作り出しているのが実に見事。個人的には、『どこで』を示す命令よりもこちらの方にインパクトが感じられたので、解決の順序には少々残念なところがあるのですが、〈044APD〉が最後に謎を解くという構成は動かせないところですし、演出面からは〈頭狂人〉が“幾多善行”の名前に気づくのが望ましい*1のも当然なので、致し方ないところかと思われます。

 実のところ、阪本純人らゲームの参加者は(〈頭狂人〉らと同じように)チャットなどでやり取りをしているはず*2ですから、わざわざ現場のカレンダーに次の犯行命令を残すのはあまり意味がないようにも思われるのですが、これはやはり〈92 912 928 1013 1024 1104〉と同じくゲームのルールを解明するための挑戦的なヒントと考えるべきでしょう。つまり、阪本純人らのゲームは“殺人王様ゲーム”と“寄付金積み立てゲーム”だけでなく、さらに警察などを相手にした“推理ゲーム”――阪本純人が逮捕されてから始まった――の要素が加わった三重構造のゲームだといえるのではないでしょうか。

*1: “幾多善行”の名前は当然ながらチャット外の調査で発見されることになりますし、〈頭狂人〉以外のメンバーがそれを発見してチャットで報告するという形では、読者に向けた演出効果が減じてしまうでしょう。
*2: そうそう都合よく捜査資料が流出するはずもないので、カレンダーの写真は犯人が他のゲーム参加者に送っているものと考えていいでしょう。また、地方紙の地域面にしか掲載されない“幾多善行”名義の寄付金の額についても、ゲーム参加者全員が直接紙面を確認するには難があると思われるので、画像データのやり取りが行われているのではないでしょうか。

「Q2 密室などない」

 〈伴道全教授〉の出題は、密室内部の被害者を外部から殺害する大がかりなトリックという点では、赤川次郎の某作品や泡坂妻夫の某作品*3などに通じるところがありますが、死体発見時には密室でも何でもなくなっているのに唖然とさせられます。通常の意味での“密室トリック”と思い込んでいると脱力を余儀なくされますが、〈伴道全教授〉は最初から“密室破りのトリックとしては、きわめて現実的実用的だ。”(15頁)と主張しているのがポイントで、叙述トリックの一種といえるでしょう。

 それを受けた〈頭狂人〉による出題の方は、同じくユンボを使って密室を破壊するものでありながら、それを死体発見時に変更することで、密室でなかった現場を密室だったように見せかけるという真っ当な(?)密室トリックに生まれ変わっています。同じ原理の前例はいくつかあったと思います*4が、ここまでぬけぬけとした豪快なトリックはさすがに例を見ないもので、苦笑を禁じ得ません。

*3: 赤川次郎(以下伏せ字)『三毛猫ホームズの推理』(ここまで)や、泡坂妻夫(以下伏せ字)「球形の楽園」(『亜愛一郎の逃亡』収録)(ここまで)
*4: とりあえず思い出せたのは、ジョン・ディクスン・カー(以下伏せ字)『血に飢えた悪鬼』(ここまで)

「Q3 切り裂きジャック三十分の孤独」

 密室殺人ということで、当然ながら“どうやって密室を構成したのか”がまず焦点となりますが、密室を構成するためには室内にある被害者の脚をドアの前に移動させるより他ないため、ドアの外からの操作が実質的に不可能であり、“正攻法”(?)では相当に難易度の高いものとなっています。すなわち、〈頭狂人〉の解決のように脚を自然に移動させるのがほぼ唯一の手段となるわけですが、そこにしっかりとトラップが仕掛けられているところが実に周到です。

 “正攻法”による謎解きが挫折したところで〈ザンギャ君〉が提示する、死体発見時の密室内部からの映像というヒントは前代未聞で、それによって“どうやって密室を構成したのか”から“どうやって発見者の目を逃れたのか”へとトリックの“ベクトル”が大きく方向転換するのが、大きな見どころといえるでしょう。

 〈ザンギャ君〉が死体のふりをしたという解決は、一応正解扱いとされてはいるものの、やはり無理があるのは否めません。それに対して、小柄な体格を生かして死体の中に入ったという、気色の悪い真相のインパクトはあまりにも強烈。加えて、脚を切断し内臓を引きずり出すという作業が、単なる猟奇的な演出のようでいて実はトリックと密接に結びついているところがよくできています。

「Q4 相当な悪魔」

 テレビ電話やウェブカムといった小道具がうまく使われてはいるものの、骨格は最初に〈伴道全教授〉が提示した解決――“大阪まで行って殺したと見せかけて、実は東京で殺した。”(183頁)そのままであり、被害者が犯人の指示で移動する点も〈aXe〉の解決ですでに示されているため、アリバイトリックそのものの解明にはさほどのカタルシスはありません。

 しかし、そのトリックを成立させるために不可欠な犯人像が“意外な犯人”につながっているのが実に見事。前作の結末や、「Q3」で明かされた〈ザンギャ君〉の特徴的な体格などから、チャットのメンバーが前作とは別人であることは予想を超えるものではありませんが、その扱い方はこれ以上ないほど巧妙だと思いますし、別人でありながらも“〈頭狂人〉らしさ”を感じさせる、前作の「Q7 密室でなく、アリバイでもなく」との類似が面白いところです。そしてもちろん、トリックの発端の鬼畜さには圧倒されるより他ありません。

 ちなみに、“密室殺人ゲーム”でのアリバイは、本来なら前作の「Q4 ホーチミン―浜名湖五千キロ」のようにチャットのメンバー内でのみ通用する――“実用的”でない――ものでかまわないところ、身近な人間を被害者としたために〈頭狂人〉としてのみならず片桐平良としても警察に向けてアリバイを成立させる必要が生じる*5ことになりますが、この作品ではそのあたりがうまく処理されており、一石二鳥のアリバイが(一応)成立しています*6

*5: 「『密室殺人ゲーム2.0』(歌野晶午/講談社ノベルス) - 三軒茶屋 別館」では、“逐一アリバイを証明しながらの殺人旅行(?)は殺人ゲームならではといえますが、そうした演出が意味を持つのはゲームの出題者と解答者の間のみで、それとは関係ない第三者にとってはトリックでもなんでもないのがこの事件の危うい点ではあります。”とされていますが、これはもちろんネタバレ防止のための叙述トリック(?)でしょう。“〈頭狂人〉が大阪まで行って被害者を殺害した”という演出とは別に、片桐平良は翌朝まで(一部の時間を除いて)袖ヶ浦にいたことで、被害者が大阪からテレビ電話をかけてきたことが確実視されている限りはアリバイが成立します。
*6: 前作の「Q7 密室でなく、アリバイでもなく」では、この点が“秘密のアリバイ工作”で片付けられている(講談社ノベルス『密室殺人ゲーム王手飛車取り』304頁)のが少々不満でした。

「Q5 三つの閂」

 内側から閂のかかった“箱”と、それを取り巻く足跡のない“雪密室”による、強固な二重密室――という体裁を取りながら、その実は“箱”が“雪密室”を克服する手段となっているところが非常に巧妙です。

 とはいえ、その真相は〈ザンギャ君〉による解決の延長線上にすぎないもので、「Q3」「Q4」の“反動”も相まって、〈ザンギャ君〉が言うように“苦労のわりにはインパクトが弱かった”(269頁)のが悲しいところ。もっとも、最初からトリックの所在、さらには特殊な装置による機械トリックであることが明らかな時点で、“装置が具体的にどのように動作したのか”の謎しか残らないわけですから、よほど非常識な真相でない限りはインパクトに欠けるのも当然といえます。このあたりは、具体的な仕組みがわからなくとも大勢に影響のないブラックボックスと同様の状態に陥りやすい、機械トリックの弱点を浮き彫りにするものといえるのかもしれません。

「Q6 密室よ、さらば」

 配達された荷物に着目した〈aXe〉の推理はよくできていますが、犯人と被害者の現場への侵入についてはうまく説明されているものの、犯行後の犯人の脱出がまったく検討されないという“大穴”が開いています。もちろん、犯人の脱出をよくよく検討してみれば、“(侵入した人数)-(室内に残った人数)=(脱出した人数)”という単純な計算から真相が露見してしまうおそれがあるわけで、〈頭狂人〉の“露払い”となるべき〈aXe〉がそこを見落とす必要があるのは理解できますが、少々不自然に感じられるのは否めないところです。

 とはいえ、〈044APD〉のチャットでの態度をミスディレクションとした仕掛けは非常に面白いと思いますし、〈044APD〉らしからぬ度重なる遅刻が伏線となっているのも巧妙です。そして、作中でも言及されているように、前作の「Q5 求道者の密室」に通じるトリックとなっているのが印象的です。

「Q? そして扉が開かれた」

 あまりに短いので何ともいえないところはありますが、やはり“密室殺人ゲーム”のさらなる拡散を表していると考えるのが妥当ではないでしょうか。

2009.08.10読了