ミステリ&SF感想vol.173

2009.09.26
『生首に聞いてみろ』 『スパイダー・スター(上下)』 『密室殺人ゲーム2.0』 『鷲見ヶ原うぐいすの論証』 『ここに死体を捨てないでください!』



生首に聞いてみろ  法月綸太郎
 2004年発表 (角川文庫 の6-2)ネタバレ感想

[紹介]
 法月綸太郎は、訪れた写真展で知り合いの翻訳家・川島敦志とその姪の江知佳に出会う。江知佳の父親は、人体から直接型を取った石膏像で知られる著名な彫刻家・川島伊作で、弟の敦志とは長らく不和が続いていたが、十数年ぶりに誤解が解けて和解したのだという。しかしその伊作は病に倒れて帰らぬ人となり、直前に完成したばかりだという、江知佳をモデルにした石膏像の首から上が、何者かに切断されて持ち去られてしまった。単なる悪戯なのか、それとも殺人の予告なのか? 江知佳の身を案じる敦志は、綸太郎に調査を依頼するが……。

[感想]

 法月綸太郎の実に10年ぶりとなった新作長編*1であり、第5回本格ミステリ大賞を受賞した作品。文庫版で500頁を超えるボリュームながら、読み終えてみると無駄な部分はほとんど見当たらないのがすごいところで、事件の真相のみならず登場人物の言動や思考にまで、可能な限り説得力を持たせるために詰め込まれた無数の伏線*2が、大きな見どころの一つとなっています。

 まず発端の“顔合わせ”から、直接登場することのない彫刻家・川島伊作をめぐる事情――特徴的な制作上の技法や複雑な人間関係――の説明を交えながらも物語はスムーズに動いていき、石膏像の首が切断されるまでは一気呵成。そこから実際に殺人が起きるまではだいぶ間が空きますが、高木彬光の名作『人形はなぜ殺される』を連想させる“誰が、なぜ石膏像の首を切断したのか?”という謎は、単独でも物語前半を引っ張るに十分な魅力を備えているといえるでしょう。

 特に、この部分の“締め”として提示される失われた首についての仮説はなかなかよくできていて、単に首の切断/盗難という“事件”に対してインパクトのある“解決”をもたらすにとどまらず、石膏像そのものに込められた制作者の意図にまで踏み込んで意表を突いた解釈――こじつけめいた部分も見受けられはするものの――を引き出しているところなど、飛鳥部勝則『殉教カテリナ車輪』などの図像解釈学にも通じる興味深いものになっています。

 そして、一向に姿を現さない石膏像の首の代わりにようやく(?)人間の生首が登場することになりますが、派手な出現の中にも細かな仕掛けが施されているのが巧妙ですし、警察機構の協力も得ながら一つ一つの謎を丁寧に解き明かしていく過程は、しっかりと地に足が着いた堅実な印象を与えています。もっとも、個人的な好みからいえば、石膏像を中心に据えた観念的ともいえる謎解きから、生首の出現によって“現実的”なミステリへ大きく舵を切ってしまうところが残念ではあるのですが……。

 謎と解決が少しずつ積み重ねられていくために、全般的に大きな驚きに欠けるきらいがあるのは確かで、最後の真相などもそれなりの力業*3である割に、それが明かされることによるカタルシスがだいぶ弱くなっているのがもったいないところではありますが、解決そのものではなくそこへ至る道筋、すなわち前述の無数の伏線が次から次へと回収されていく過程の快感はやはり相当なもので、本格ミステリとして非常によくできた作品であるのは間違いないでしょう。

 謎解きにおいて“余剰”となる部分を極力排した構成ゆえか、早い段階から関与しながら事件の発生を止めることができなかったという立場にもかかわらず、探偵・法月綸太郎の代名詞ともいえる“苦悩”があまり描かれない点には違和感が残りますが、悲劇を一点に収束させたかのような結末の重さは印象的です。

*1: 2002年に『ノーカット版 密閉教室』が刊行されていますが、完全な新作としては1994年の『二の悲劇』以来となります。
*2: 物語の中で浮き上がってしまい、“伏線”というにはあからさまにすぎるようなものもありますが。
*3: 伏線や手がかりにしっかりと支えられているため、それが作中での真相であることには納得できるのですが、“現実的”な感覚からすれば少々強引に感じられるのは否めません。

2009.07.11読了  [法月綸太郎]



スパイダー・スター(上下) Spider Star  マイク・ブラザートン
 2008年発表 (中原尚哉訳 ハヤカワ文庫SF1710,1711)

[紹介]
 太古に栄えた種族〈アルゴノート族〉の遺跡が数多く残るポルックス星系の惑星アルゴを、突然の災厄が襲った。月の遺跡を調査中のチームが偶然、そこに仕掛けられていた“罠”――攻撃兵器のスイッチを入れてしまったのだ。やがて太陽の中から燃え盛る小惑星が射ち出され、月やアルゴめがけて次々と飛来し始めた。調査の結果、絶体絶命の危機を回避する鍵は、〈アルゴノート族〉の残した伝説に登場する謎の星〈スパイダー・スター〉にあることが判明し、探査チームが送り込まれるが……。

[感想]

 “現役天文学者が描くセンス・オブ・ワンダーに満ちたハードSFアドヴェンチャー”*1という触れ込みですが、それなりに楽しむことはできるものの、読み終えてみると印象に残るところの少ない、かなり微妙な作品といわざるを得ないのが残念。

 例えば、異星人の遺跡に仕掛けられた太古のブービートラップを作動させてしまう発端などは、予想もしないトラップの姿に異星人の思考の異質さがうかがえて興味深いものがありますし、発動する攻撃兵器の不必要とも思える*2スケールの大きさもなかなかのインパクトがあります。

 しかし、そこから先のバランスの悪さ、そして焦点の定まらなさが大きな難点。危機的状況――とはいえ、これ自体が切羽詰っているのかいないのか判然としないところがあるのですが――のはずがやたらに人間ドラマに筆が割かれて話が進まず、かと思えば何だかよくわからない経緯でいつの間にか目的地が決まっているという具合で、何ともちぐはぐな印象が拭えません。

 探査チームの出発までに上巻の約3分の2が費やされた後、目的地の〈スパイダー・スター〉に到着してからは冒険SF色が強まっていきますが、雲をつかむような話をもとにしているせいか、探査チームの行動も行き当たりばったりに感じられてしまいますし、絶望に直面させられたと思えば一転してご都合主義的に希望が現れるという極端に振れすぎる展開には、分量の配分を誤った無理矢理感が漂っています。

 前述の発端以外にも、いきなりの凄惨なファーストコンタクトや、巨大○○○の一家団欒、さらに主人公がかつて体験した“もう一つのファーストコンタクト”の異様な真相*3など、ところどころに盛り込まれた“変な”場面/エピソードが目を引きますが、取ってつけたような“めでたしめでたし”で終わる本筋はやはり今ひとつ。全体的にみれば、あまりおすすめできない凡作といったところでしょうか。

*1: 下巻カバー裏の紹介文より。
*2: 作中では、別の目的で使用されていたテクノロジーを兵器に転用したと説明されており、一応の説得力はあると思います。
*3: 例えば、L.ニーヴンの某作品(一応伏せ字)「退き潮」(『太陽系辺境空域』収録)(ここまで)で描かれたような心理を極度に押し進めてみれば、こういうこともないとはいえないのかもしれませんが……。

2009.07.23 / 07.25読了  [マイク・ブラザートン]



密室殺人ゲーム2.0  歌野晶午
 2009年発表 (講談社ノベルス)ネタバレ感想

[紹介]
 〈頭狂人〉〈044APD〉〈aXe〉〈ザンギャ君〉、そして〈伴道全教授〉。奇妙なハンドルネームを持つ5人が、映像と音声によるAVチャットを通じて殺人推理ゲームを行っていた。5人はそれぞれマスクなどで顔を隠し、声も変えて、互いにどこの誰だかわからない状態でゲームを楽しんでいた。それもそのはず、問題となる殺人事件はいずれも、出題者が自ら考案したトリックをもとに、現実に実行したものだったのだ……。

「Q1 次は誰が殺しますか?」
 殺人容疑で逮捕された男は、動機を“ゲーム”とだけ供述し、謎の数字をメモに記した――自分たち以外の人間が“殺人ゲーム”を行っていたことに憤慨するチャットのメンバーは、ゲームの内容を推理するが……。

「Q2 密室などない」
 伴道全教授による自称“癒し系”の問題は、“犯人は完全な密室の中にいた被害者をどうやって殺したのか”。教授自身は“きわめて現実的実用的”なトリックだというのだが、“脱力系”のその真相はいかに……?

「Q3 切り裂きジャック三十分の孤独」
 ザンギャ君による犯行は、密室内での凄惨なバラバラ殺人。現場への唯一の出入り口であるドアは、切断された死体の両脚をドアストッパーにすることで、内部から閉鎖されていたのだが、一体どうやって……?

「Q4 相当な悪魔」
 出題者の頭狂人は、“出陣式”と称してチャットのメンバーを召集し、時にリアルタイムの実況を挟みながら犯行に及ぶ。問題は、東京にいながらにして大阪の被害者を殺害するというアリバイトリックだったが……。

「Q5 三つの閂」
 密室にロマンを求めるaXeの出題は、まったく足跡のない“雪密室”。しかも被害者の死体は、内側から三つの閂がかけられた透明な箱に入れられており、現場には二重の密室が作り上げられていたのだ……。

「Q6 密室よ、さらば」
 044APDによる出題は、被害者と現場を指定した予告殺人。ところが、予告された被害者と現場との間には何のつながりもなく、犯人と被害者がどうやって密室状況の現場に侵入したのかが焦点となって……。

[感想]

 本書は、推理マニアたちによる“殺人推理ゲーム”を描いた問題作『密室殺人ゲーム王手飛車取り』の続編で、(一応伏せ字)前作の顛末などなかったかのように(ここまで)、前作と同じくAVチャットを通じた“殺人推理ゲーム”が展開されていきます。

 とはいえ、冒頭から前作とはやや異質な雰囲気を匂わせているのが「Q1」で、他者による殺人事件を対象としたオーソドックスな推理合戦の体裁を取りつつ、解明されるべき謎はあくまでもゲーム指向――逮捕された男が挑戦的に示唆した“ゲーム”の内容――であるため、いわば(前作ではチャットのメンバー内に限られていた)“殺人推理ゲーム”が外部にまで拡張された形になっています。

 そのあたりは、巻頭に説明文が掲げられた“Web2.0”の相似形となっている感がありますが、それが各篇の間に挿入されたエピソードによって強調されつつ、物語中盤以降において再び顕著に表れてくるのが興味深いところです。そして「Q6」の結末から最後のごく短いエピローグ「Q? そして扉が開かれた」へと至る展開は、前作のラスト「Q? 誰が彼女を殺しますか?/救えますか?」とはまったく違った形で印象に残るものといえるでしょう。

 「Q1 次は誰が殺しますか?」は、前述のように他者による“殺人ゲーム”がどのようなものか――“ゲーム”のルール――を推理する*1もの。読者に向けてはどのようなゲームかある程度示唆されているものの、メンバーが意外に(?)地道な調査と推理でそれを解き明かしていく過程は見ごたえがあります。個人的には解明の手順に少々もったいなく感じられる――演出効果の点で――ところもあるのですが、“ゲーム”ならではの凝りまくった真相は見事です。

 続く「Q2 密室などない」では、「Q1」の冒頭で披露された〈伴道全教授〉による場つなぎ的な問題が再登場。メンバーから揶揄されるだけあって、その脱力ものの真相は何ともいえません。しかしそこからの発展形には、「『密室殺人ゲーム2.0』(歌野晶午/講談社ノベルス) - 三軒茶屋 別館」で指摘されている“ゲームならではのトリックや見せ方というものが意識され”たスタイルの一端がうかがえるように思います。

 「Q3 切り裂きジャック三十分の孤独」は〈ザンギャ君〉によるスプラッタな密室殺人。切断した脚をドアストッパーにするといった残虐な演出が目を引きますが、問題そのものが非常によく考えられているのが見逃せないところですし、途中で前代未聞のヒントが示されることによる“方向転換”、さらに凄絶きわまりない(バカ)トリックは、まさに圧巻といえるでしょう。個人的には本書中のベストです。

 “残虐”「Q3」に対して“鬼畜”という予告付きで始まる「Q4 相当な悪魔」は、〈頭狂人〉による一風変わったアリバイ崩しで、メンバーが提示する解答が強力な反証などで次々と否定され、犯行の不可能性だけが強調されていく中、最後に明らかにされる真相――の“ある部分”――がやや意外な形でもたらすサプライズは鮮烈です。そしてもちろん、予告を裏切らない鬼畜さは圧倒的。

 「Q5 三つの閂」は〈aXe〉によるロマンあふれる(?)雪の密室ですが、まずはトリック実現のために気象条件が整うのをひたすら待ち続けるという、ゲームならではの状況に苦笑させられます。が、トリックはよくできてはいるものの、「Q3」「Q4」のインパクトが強烈なこともあって、地味に映ってしまうのは否めません。もっとも、作者がそこまで念頭に置いているのは間違いないのでしょうが*2

 〈044APD〉による「Q6 密室よ、さらば」は、犯人のみならず“被害者がどうやって侵入したのか”が謎となっている異色の密室殺人。不可解な謎もさることながら、解決の過程そのものにゲーム的な工夫が凝らされているのが目を引きます。ある段階で真相が見えやすくなってしまうきらいはありますが、巧みなミスディレクションと伏線は秀逸ですし、解決場面の演出も面白いところです。

*1: 奇しくも、前作の「Q1 次は誰を殺しますか?」に通じるところがあります。
*2: トリックの突っ込みどころを物語の中で生かすことができるというこのシリーズならではの利点を踏まえて、この問題をあえて「Q3」「Q4」の後に配置することで、トリックが本質的に孕んでいるインパクトの弱さを意図的に強調している節があります。

2009.08.10読了  [歌野晶午]
【関連】 『密室殺人ゲーム王手飛車取り』 『密室殺人ゲーム・マニアックス』



鷲見ヶ原うぐいすの論証  久住四季
 2009年発表 (電撃文庫 く6-10)ネタバレ感想

[紹介]
 いつも授業をさぼって図書室にこもっていながら、試験では常に満点を取る風変わりな少女・鷲見ヶ原うぐいすは、天才数学者にして“魔術師”と噂される霧生賽馬博士の開くパーティーに、友人の麻生丹譲とともに出席することになった。極度の他人嫌いで知られる霧生博士の住む“麒麟館”を訪れた客は、うぐいすと譲を含めて五名。その招待客を前にして霧生博士は、翌日に行われるゲームの勝者を自らの後継者に選定すると宣言し、それに同意した一同はそのまま厳重に閉鎖された館で一夜を明かす。だが翌朝、床に血で魔法陣が描かれた書斎で、霧生博士は首なし死体となって発見されたのだ……。

[感想]

 久住四季の(これまでの刊行ペースを考えると)久々の新作は、『トリックスターズ』と共通する世界ながら一昔(?)前、いまだ“魔術”の存在が公にされていない時代の物語*1。であるにもかかわらず(あるいはそれゆえに)、解決場面から切り出されて冒頭に置かれたやり取りの中で、“事件が悪魔の仕業か否か”という問いが提示されているのがまず興味を引きます。

 題名の“論証”にふさわしく、主人公・鷲見ヶ原うぐいすは自ら“骨の髄まで科学の徒”と称する理屈っぽい少女ですが、(時に詭弁めいた)論理を駆使しながらも決して堅苦しくはないのが大きな魅力で、特に“魔術”や“悪魔”といった科学とは縁のなさそうな話題にも踏み込んで語り手の麻生丹譲を煙に巻く序盤などは、説明が多い割には実に楽しく読むことができます。

 そのうぐいすと譲が巻き込まれる事件は、人嫌いの天才数学者が住む館――招待客を含めてクローズドサークルと化した現場に、首なし死体が出現するというベタな道具立てではありますが、そこは『トリックスターズ』『ミステリクロノ』といったファンタジー/SFミステリを発表してきた作者のこと、本書でも(解明の対象となる“魔術”や“悪魔”とは別に)ルール/材料としての特殊設定である“神経系素質”という名の特殊能力が取り入れられ、ユニークな状況が作り出されています。

 特に、事件発生後の物語中盤に登場する“ある能力”の扱いが非常に面白いものになっていて、能力が発揮される場面――見方によってはその結果も――そのものが笑いどころだというだけでなく、謎をいわば“力ずく”で解体するために発揮されたはずがそれを補強する方向へ進んでしまうという、何とも逆説的な効果を生じているのが秀逸です*2

 かくして事態は混迷を深めていきますが、“ある理由”によりクローズドサークルらしい緊迫感はかなり控えめで、それぞれにキャラクターの立った登場人物たちのやり取りやラブコメ的展開も交えつつ、物語後半は主人公のうぐいすがじっくりと論理を積み重ねて様々な仮説の構築と検証を繰り返す過程に重点が置かれています。それ自体もなかなかの見ごたえがありますが、隙がないはずでありながらなぜか真相にたどり着くことができないもどかしさがやはり印象的。

 それに対して、クライマックスから結末に至るまでの部分は、少々あっけなく感じられてしまうきらいがあります。とりわけ解決では、おそらく意図的に枝葉の部分が削ぎ落とされた結果、すべてが解き明かされることを期待する読者にとっては肩すかし気味になっています*3し、真相の目立つ部分が陳腐である上に解決以前の段階で見えやすいのも難点といえるかもしれません。が、重要なのはやはり真相の残りの部分であり、さらにそれが“なぜ〈鷲見ヶ原うぐいすの論証〉が○○のか”(文字数は適当)につながっている点ではないでしょうか。そう考えれば、結末も含めてまずまずよくできた作品といっていいように思います。

*1: ある人物の登場とその境遇から、素直にこう考えるのが妥当でしょう。
*2: 微妙にR.ギャレット『魔術師が多すぎる』に通じるところがあるようにも思われます。
*3: とはいえ、『夏と冬の奏鳴曲』に代表される“麻耶雄嵩メソッド”に比べれば何ほどのこともありませんが。

2009.08.12読了  [久住四季]



ここに死体を捨てないでください!  東川篤哉
 2009年発表 (光文社)ネタバレ感想

[紹介]
 “部屋に入り込んだ見知らぬ女性を殺してしまい、うろたえて逃げ出した”――妹からの連絡を受けた有坂香織は、部屋に残された死体を前に頭を抱えるが、事件を隠蔽するためにはまず死体をどこかに捨てなければならない。だが一人では無理だ――かくして香織は、たまたま出会った若者・馬場鉄男を仲間に引きずり込んで、死体を捨てるためのドライブに出発する。被害者の車、赤いミニクーパーで……。
 一方、“クレセント荘というペンションで事件が起きるかもしれないので相談に乗ってほしい”という電話を受けた探偵・鵜飼杜夫は、その後一向に姿を現さない依頼人に業を煮やし、助手の戸村流平や大家の二宮朱美とともに自らクレセント荘へと向かったが……。

[感想]

 架空の都市・烏賊川市を舞台に、探偵・鵜飼杜夫と砂川警部という二人の“迷探偵”、さらに探偵助手の戸村流平や大家の二宮朱美といったレギュラーのボケキャラ*1が騒動を繰り広げながら事件を解決する〈烏賊川市シリーズ〉の、『交換殺人には向かない夜』以来4年ぶりとなる最新作です。

 物語序盤の軸となっているのは、途方に暮れつつも妹を救おうと張り切る有坂香織と、たまたま近くにいたために巻き込まれた馬場鉄男の二人が繰り広げる、死体を捨てるための“珍道中”。何とか妹の部屋から死体を運び出したものの、死体を捨てるに適した場所などなかなか見つからず、長いドライブの果てにようやく肩の荷を下ろしたかと思えば、うっかり新たなトラブルに踏み込んでしまうという顛末は、お約束とはいえ実に愉快なシチュエーションコメディとなっています。

 さらに、結局依頼人には会えないまま、“事件を未然に防ぐ”との名目で温泉付きのペンションに乗り込んできた探偵・鵜飼らが物語に加わることで、“犯人側”と“探偵側”互いにそれと知らないまま接近してしまうことになるのが面白いところ。情報不足によって引き起こされるドタバタした展開もさることながら、互いにどこか似たような思考の道筋をたどって導き出す結論が正面から激突する瞬間は、期待を裏切らないバカな演出も手伝って何ともいえない味わいに満ちています。

 鵜飼の努力もむなしくついにペンションで起きる事件が、一見するとかなり地味に映ってしまうのは難といえば難ですが、香織と鉄男が遭遇する不可解な謎やさらなる事件も重なっていき、退屈させられることはありません。しかして終盤に解き明かされるトリックは、地味な事件とは裏腹に呆れるほどの大仕掛けで、どうしても“やりすぎ感”が先に立ってしまうあたりが少々微妙ではありますが、ドタバタの中に巧みに配置された手がかりや解明に至るプロセスなどはよくできています。

 しかし、本書の最大の見どころはそこから先。クライマックスの緊張感を台無しにしてしまう、砂川警部も含めたレギュラーキャラの息の合った(?)爆笑パフォーマンス*2も必見ですが、最後に用意されている趣向はまさに帯の惹句通りの“驚天動地のカタルシス”。その凄まじい演出効果に加えて、そこに至る経緯がプロットの中にうまく組み込まれているのも見逃せないところでしょう。

 物語の結末は作者らしからぬシビアなものともいえますが、それでも後味よくまとめてあるのはお見事。傑作『交換殺人には向かない夜』には及ばないものの、なかなかの快作といっていいのではないでしょうか。

*1: 大家の二宮朱美のみが(この中では)多少ツッコミ寄りではありますが。
*2: “ちっちゃいエ(以下略)のこと。

2009.08.28読了  [東川篤哉]
【関連】 『密室の鍵貸します』 『密室に向かって撃て!』 『完全犯罪に猫は何匹必要か?』 『交換殺人には向かない夜』


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