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月光ゲーム Yの悲劇'88/有栖川有栖

1989年発表 創元推理文庫414-01(東京創元社)

 犯人特定の論理は、血に汚れた手を川まで洗いに行った犯人が使ったマッチ(及びマッチ箱)という手がかりを出発点としています。が、犯人特定の決め手となるその意味――マッチが汚れていなかったという事実の重要性が、非常に巧妙に隠蔽されているところが秀逸です。マッチ箱に関する“特殊な傷やら汚れといったものもない。”(184頁)、あるいはマッチに関する“収集したマッチにも不審な点はない。”(185頁)といった描写は実にさりげなく、それが当然のことであるかのような印象を与えていますし、後の江神部長による再現がそれを補強している感があります。もちろん、途中で懐中電灯が壊れたというアクシデントを想定しがたいということもありますが、使われた本数に関する疑問が強調されていながらその意味が見えにくくなっているのが見事です。

 一方、もう一つの手がかりである“犯行終結宣言”については、“江神さんは紙の表面のなめらかさを楽しむように人さし指の腹で手紙の裏表をなでながら(中略)なおもつるつるの紙切れをなでていた。”(207頁)という描写の“くどさ”は多少目を引かないでもないものの、その意味はかなりわかりにくいと思いますし、使用された“下敷き”――オセロの盤がその後本来の用途であるオセロゲームに使われたことが、巧みなミスディレクションとなっています。

 最初の被害者・戸田文雄が残したダイイング・メッセージは、拙文「私的「ダイイング・メッセージ講義」」の分類では「A-2. 変換の問題」「A-3. 作成の問題」「C-1. 読み取りの問題」に該当するもので、犯人が“年野武”であることを伝えようとしながら読み間違い*1により“としの”というメッセージを残そうとして、途中で力尽きたために不完全な形となり、それを一同が“Y”と誤って読み取るという形になっています。このダイイング・メッセージを成立させるために、登場人物たちが主にあだ名や下の名前で呼び合うという仕掛け*2も見逃せないところですが、さらに重要なのは、このダイイング・メッセージにとらわれている限り真相に到達できない――ダイイング・メッセージが真の犯人特定の論理を隠蔽するミスディレクションとなっている点でしょう。

 犯人自身も“薄弱”“何でもない、こと”(329頁)と述懐していますが、殺人の動機にはやや釈然としないものがあります。とりわけ、早い段階で山崎小百合が死んでしまったと決めつけてしまっているのがいただけないところで、自分たちが助からない――小百合の生死に関わらず二度と会うことができないという絶望を強調した方がよかったのではないかと思われるのですが……。

*1: キャンプファイヤーの際に“各自の自己紹介”(48頁)があったにもかかわらず、読み間違いをしていたというのは少々気になるところですが、たまたま聞き逃したということもないではないかもしれません。例えば、戸田文雄にファイアーキーパー(火守り)の役が割り振られているなどすれば、作業にかまけていたという理由で読み間違いの説得力が高まったかもしれませんが……。
*2: ただし、この仕掛けによって誰が誰だかわかりにくくなっているという“逆効果”も、無視できないところではあります。

2009.11.08再読了

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