私的「ダイイング・メッセージ講義」 |
2009.02.22 by SAKATAM |
はじめに |
ダイイング・メッセージとは、ミステリで使われるトリックの一つで、死ぬ間際の被害者が犯人や事件の真相などを知らせようとして残す、死に際の伝言のことだ。 ダイイング・メッセージはミステリでしばしば扱われるネタの一つで、エラリイ・クイーンの諸作品――『シャム双生児の秘密』や『Xの悲劇』、その他多くの短編――で有名です。上に引用したように、死ぬ間際の被害者が犯人や事件の真相などを知らせようとして残すメッセージを指しますが、原則として容易には解読されない――直ちに解読されてしまえば謎でも何でもなくなるため――というのが特徴で、その範囲内において様々なバリエーションが生み出されています。 そのようなダイイング・メッセージに関する分類と分析、すなわち「ダイイング・メッセージ講義」が盛り込まれた作品は、把握している限りでは、山口雅也『13人目の探偵士』(1993年)、霧舎巧『ラグナロク洞』(2000年)、鯨統一郎『ミステリアス学園』(2003年)、倉知淳「水のそとの何か」(『猫丸先輩の空論』(2005年)収録)の4作品です(*1)。以下、まずはそれら既存の「ダイイング・メッセージ講義」について簡単に検討します。 *
この〈山口分類〉では、ダイイング・メッセージの解読が困難になる理由を四つに分けてありますが、今ひとつうまく整理されていない感がある上に、“犯人などによる改変”という重要な項目が抜け落ちているのが残念なところです。 *
この〈霧舎分類〉の最大の特徴は、(他の「ダイイング・メッセージ講義」にも共通する)解読が困難になる理由――《解読編》のみならず、ダイイング・メッセージの伝え方・残し方――《作成編》が設けられている点です。もっとも、《作成編》については、興味深い考察が加えられている部分もあるとはいえ、基本的には単純に分類してみたという以上のものではないように思われます(*2)。 *
この〈鯨分類〉はよくまとまっていて、個人的には一番好みです。ただし、作中では「4・ダイイング・メッセージが真実を伝えていない場合」の例として“被害者が推理した犯人が間違っていた場合”と“ダイイング・メッセージではない場合”が挙げられているのですが、前者はメッセージの解読がうまくいった後の問題になってくるので、ここに含めるのは適当ではないように思われます。 *
この〈倉知分類〉では、「6」などは倉知淳らしい(というよりも猫丸先輩らしい)諧謔が楽しいところですが、他の分類と比べて格別なものとはいえないように思います。 *
これら既存の「ダイイング・メッセージ講義」を念頭に置きつつ、次項では独自の分類と分析を試みることにします。
*1: その他、Web上にはJOKERさん(「本格ミステリマニア」)による「ダイイングメッセージ講義」があります。
*2: ただし、作中では大いに意味のある行為である点を、見逃すべきではないでしょう。 *3: 「4、メッセージではないもの」は、“意味がないもの”ととらえることができるでしょう。 |
分類と分析 | |||||||||||||||||||||
まず、ダイイング・メッセージを取り巻く状況を整理してみると、おおむね以下の図のようなものになるかと思われます。
まず、被害者が情報を伝えようとする意図をもって、伝えるべき情報をメッセージに変換(*4)した後、実際にメッセージを作成します。一方、解読者は残されたメッセージを読み取り、それを解釈することで被害者が伝えようとした情報を入手しようとします。さらに、被害者でも解読者でもない第三者(多くは犯人)が、残されたメッセージに干渉する可能性があります。 ダイイング・メッセージが謎となるのは、被害者が“意図した情報”と解読者が“入手した情報”が一致しない(情報が入手できない場合も含む)というもので、その原因となり得るのは上の図において矢印で示した6つのステップです。つまり、(1)被害者が情報を伝えようとする意図、(2)被害者による情報からメッセージへの変換、(3)被害者によるメッセージの作成、(4)第三者によるメッセージへの干渉、(5)解読者によるメッセージの読み取り、(6)解読者によるメッセージの解釈、の少なくとも一つに問題が生じることで、ダイイング・メッセージの解読が困難になるといえるのではないでしょうか。 なお、ここでは情報伝達の過程におけるトラブルのみを問題としており、被害者が伝えようと意図した情報そのものが誤っている場合――〈霧舎分類〉《解読編》の「2、」のうち「A、誤認」や「B、意図的な間違い」、あるいは〈鯨分類〉の「4・」の例として挙げられている“被害者が推理した犯人が間違っていた場合”――はダイイング・メッセージの解読そのものにはさしたる支障がないと考えられるので、除外します。
*4: 意図した情報≒メッセージという場合ももちろんありますが、時間的な余裕がないなどの理由により、多くの場合はそうではありません。
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以下、上記6つのステップを[被害者の問題]・[第三者の問題]・[解読者の問題]に分けて詳述します。
以上、既存の分類を念頭に置きつつ、思い出せる限りの例も踏まえて分類・分析してみました。大体のところで漏れはないかと思いますが、いかがでしょうか。お楽しみいただければ幸いです。
*5: 泡坂妻夫の(作品名)「天井のとらんぷ」(『奇術探偵 曾我佳城全集』収録)(ここまで)。
*6: (作家名)北山猛邦(ここまで)の(作品名)「見えないダイイング・メッセージ」(『踊るジョーカー』収録)(ここまで)。 *7: (作家名)山口雅也(ここまで)の(作品名)『13人目の探偵士』(ここまで)。 *8: 都筑道夫の(作品名)「地口行灯」(『くらやみ砂絵』収録)(ここまで)。その逆説的なメッセージの成立過程、とりわけ(以下伏せ字)犯人の手によって(ここまで)メッセージが完成するところなど、私見では“ダイイング・メッセージものの極北”といっても過言ではない傑作です。 |
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