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ジャック・グラス伝/A.ロバーツ

Jack Glass/A.Roberts
2012年発表 内田昌之訳 新☆ハヤカワ・SF・シリーズ5034(早川書房)
「箱の中」
 (偽名にしてはやや微妙ですが)“ジャク”という名前、ガラス(glass)への強いこだわり、そして何より“犯人視点の倒叙ミステリ”と考えれば収まりがいいことから、“ジャク”の正体は明らかでしょう。両脚がない“宇宙的殺人者”というのも少々意外ですが、ほぼ無重力の環境では“足なんて飾りです”*1ということになるのかもしれません*2
 最後に明らかになる監獄小惑星からの脱出手段――体の大きなゴーディアスの死体の内部に潜り込んで*3“簡易宇宙船”として利用するという真相は、何とも強烈なインパクトがあります。ゴーディアスの負傷を心配していた割に比較的あっさりと目を潰したことも、ゴーディアスの皮膚が傷つくことだけを恐れていたという意味で納得ですし、“片メガネにはめるのがやっと”(61頁)の大きさのガラスが、しっかりと“窓”の役割を果たしているのもお見事。そして何より、“わたしはきみをいっしょに連れていく(74頁)という約束が、思わぬ形で実現されるのが鮮やかです。

「超光速殺人」
 真相が明かされてみると、最有力容疑者のサフォウがそのまま犯人であり、ハウダニットも“凶器のハンマーを棚から落とす”というシンプルきわまりないもので、それ自体にはさほど面白味があるとはいえないように思います。しかし、そのシンプルな真相を読者の目から隠し、謎として成立させている手法が面白いところです。
 まずハウダニットについては、死体発見時の描写に“壁からは奇妙なフィンがずらりと突き出していて”(149頁)とあるように、宇宙育ちで初めて地球を訪れたダイアナの視点では、地球の読者がよく知る“棚”(の機能)が盲点となっているわけで、SFならではの異質な視点による叙述トリックめいた仕掛けが秀逸です*4。ついでにいえば、そのダイアナが(謎解き役として)自力で“棚”に気づくことができるよう、“翼{ウイング}や、安定板{フィン}や、偏向板{ベーン}(163頁)といった、夢の手がかりが用意されているところもよく考えられています。
 一方のフーダニットはいうまでもなく、“ジャック・グラスが犯人”と宣言されている“読者への挑戦状”のミスディレクションが強力で、ジャック・グラス(アイアーゴ)が正体を明かしていない*5ことも相まって、“ジャック・グラスが外部から侵入して殺人を犯した”ように思わされてしまうのが巧妙です。もちろん、ジャック・グラスが実行犯ではないという真相が力不足なのは否めませんが、それを補うかのような“爆弾”――ミステリマニアのダイアナへの誕生日プレゼント*6という、とんでもない動機が飛び出してくるのがものすごいところです。
 FTLの秘密については、光速度を超えることが不可能だとすれば、“唯一の選択肢は光速{c}を変えてしまう(335頁)ことだというのは納得できるところですが、それが凄まじい威力の爆弾に直結してしまうことに圧倒される一方、そこからさらに“シャンパン超新星”の謎にまでつながるのには脱帽せざるを得ません。

「ありえない銃」
 “消えた銃弾と――消えた人間まるごとのどちらか”(428頁)というのはつまるところ、銃弾が発射されたのが“内”と“外”のどちらからなのかわからない、という謎でもあります。記録されていた映像では、バル=ル=デュックに銃弾が命中する前にバブルの壁が壊れ始めている(424頁~425頁)ことで、“外”から撃たれたことが確定するようにも思えますが、“穴のへりが外側へ曲がっている”(411頁)という矛盾が残ります。それが、“FTL”の三文字で鮮やかに解決されるのが実に見事です。
 ただし、銃弾が“過去へむかって飛ぶ”(469頁)飛ぶとはいえ、銃弾が命中した――衝撃で吹き飛ばされる前に、アイアーゴが銃を手にしている場面が映像に映っているはず。422頁~424頁の描写をみると、映像のスロー再生はその直前で止められているようではありますが、“FTLピストル”が“トチの実サイズの、小さな球”(468頁)ゆえに誰も気づかなかったとすれば、(致し方ないとはいえ)若干都合がよすぎる感もあります*7

 「終章」では、巻頭の“挑戦状”の語り手――“ドクター・ワトスン役”がサフォウだったことが明かされますが、本篇での台詞との語り口の違いのせいで、見抜くのは難しいように思います。が、“彼とわたしには共通点がある”(485頁)*8と言われてみれば、サフォウがダイアナに同行せず、ジャック・グラスの仲間になったのもうなずけるように思います。

*1: 「足なんて飾りです (あしなんてかざりです)とは【ピクシブ百科事典】」
*2: 終盤には、両脚がないことについて“高所{アップランド}では珍しいことではありません”(475頁)という台詞もあります。
*3: とある国内ミステリ短編((作家名)歌野晶午(ここまで)(作品名)「切り裂きジャック三十分の孤独」(『密室殺人ゲーム2.0』収録)(ここまで))の奇天烈な密室トリックを思い起こさせますが、本書ではジャック・グラスに両脚がないために“中に入りやすい”のが効果的です。
*4: このような視点の使い方は、小林泰三「あの日」『天体の回転について』収録)に通じるものがあります。
*5: アイアーゴが重要人物なのは明らかですが、まさかそれがジャック・グラスその人だとは思いませんでした。地球の重力下でもなかなか座ろうとしなかったことが、義足につながる伏線だったとは……。
*6: その後に説明されているように、“現実の殺人ミステリに挑戦させる”というだけではないのですが、いずれにしても誕生日プレゼントには違いありません。
*7: FTL装置のサイズは移動させる物体の体積に比例する、ということはあるかもしれませんが、“光速{c}を変えてしまう”(335頁)という表現では、速度の上限が拡大されるだけとも読めますし、その場合には、“外部”からみて光速を超えるまで銃弾を加速するための(おそらくは巨大な)機構が必要になるでしょう。あるいは、例えばラリイ・ニーヴン「腕」『不完全な死体』収録)のように、時間の流れを変えて(光を含む)あらゆるものの速度を増大させる仕組みなのかもしれませんが……。
*8: “自分だけ部外者みたいな気がするの。サフォウは人を殺してるし、あなたも人を殺してる。”(482頁)

2017.10.08読了