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サム・ホーソーンの事件簿 V/E.D.ホック

Diagnosis: Impossible 5/E.D.Hoch

2007年発表 木村二郎訳 創元推理文庫201-07(東京創元社)

 一部の作品のみ。

「消えたロードハウスの謎」
 使われているトリックは、建物の消失トリックの定番の一つといった感じのもので、さほど面白味はありません。それよりも、単に死体を誰かに押しつけるという消極的な動機ではなく、ジャックに罪をかぶせて農場を奪い取るという積極的な動機の存在に意表を突かれました。また、親独同盟による組織的な犯行という真相が、共犯者を必要とするトリックのみならず時代背景に合致しているところもよくできています。

「田舎道に立つ郵便受けの謎」
 E.D.ホックの作品をだいぶ読んだこともあってか、“……ズヴェルト、満場一致で候補指名を……”(61頁)という焼け残った新聞記事が手がかりになることは予想できたのですが、その意味まではわからないのが残念(アメリカ人ならばある程度はわかるのでしょうか?)
 郵便受けのトリックはまずまずで、爆弾騒ぎのせいでデイモンが元に戻す時間的な余裕が生じたというのもさほど不自然ではないと思います。

「巨大ミミズクの謎」
 ワシミミズク(アメリカワシミミズクでしょうか)の羽根がミスディレクションとなっているのはいいとしても、それが単なる偶然だったというのはやはり拍子抜けです。

「奇蹟を起こす水瓶の謎」
 毒の入った水瓶が現場に置かれることで、密室状況が意味のあるものになっているところが巧妙です。また、奇蹟を起こす水瓶という小道具によるオカルト的な演出の効果が見逃せません。
 決定的な手がかりとなる通関申告書が、現地で買ったものだということを証明するという理由で自然に提示されているところが秀逸。しかも、それを見たリタの台詞によって価格の方がクローズアップされているのもうまいところです。

「有蓋橋の第二の謎」
 電話の発明者であるベルの死去が手がかりとなっているのが非常に面白いと思います。もっとも、さすがにそこから真相を見抜くことはほとんど不可能ですが……。

「案山子会議の謎」
 予備の物品とすり替えることで不可能状況を演出するトリックは、「奇蹟を起こす水瓶の謎」と同工異曲で、面白味を欠いているのは否めません。そしてそれ以上に、死体をわざわざ案山子の中に隠さなければならない理由が見当たらないのが難点です。

「園芸道具置場の謎」
 真相はシンプルで鮮やかではありますが、さらにもう一ひねり加えた日本の某シリーズの作品((以下伏せ字)松尾由美「バルーン・タウンの密室」(ここまで))と比べると、やや見劣りする感があります。

「黄色い壁紙の謎」
 伝声管という真相はどうかと思いましたが、“使用人を呼ぶために最新式の安全装置を設けました”(387頁)という説明と、“壁際へ行き、メイドを呼んだ。「ローズ、ちょっと来てくれないか」”(400頁)という描写を考え合わせると、声で使用人を呼ぶ装置が壁際に設けられていることはわかるので、一応は十分な手がかりが示されているといえそうです。
 一方、引き裂かれた壁紙が伝声管を隠すためのものだったというのはうまいと思いますが、単に消えた“キャサリン”を探すだけならともかく、部屋のどこかに出入り口が隠されていないか念入りに調べられるはずですから、誰も伝声管に気づかないとは考えにくいのですが……。

「レオポルド警部の密室」
 密室トリック自体はシンプルな犯行時刻の錯誤によるものですが、この作品のポイントはあくまでも、レオポルド警部に罪を着せるためという『ユダの窓』的な目的(密室の使い方)にあるといえるでしょう。その意味で、拳銃のすり替えというトリックが密室トリック以上に効果的であると思います。

・“矛盾点”について

 「知られざる扉の謎」の冒頭には“それは一九四○年夏のことでね”(211頁)及び“八月の猛暑”(215頁)と記され、作中ではダグ・ストークス町長が死亡しています。ところが、次の「有蓋橋の第二の謎」“一九四○年一月”(237頁)にウィル・サマーセット町長が死亡した事件であり、さらにその次の「案山子会議の謎」には“一九四○年”(277頁)及び“カトラー町長は同年一月にサマーセット町長が突如死亡したあと、町議会に新町長として選ばれ(中略)カトラーがその計画を提案した六月夜の町議会にはわたしも出席していた”(278頁)と記されています(下の表を参照)。

 「知られざる扉の謎」「有蓋橋の第二の謎」「案山子会議の謎」
1940年1月 サマーセット町長死亡→カトラー町長就任
1940年6月  事件発生
1940年8月ストークス町長死亡  

 このように、作品が発表された順序と作中の時系列に齟齬が生じているのみならず、誰が町長なのかがかなり混乱しています。木村仁良氏の解説で言及されている“矛盾点”(445頁)とはこのことではないかと思うのですが、これを合理的に説明するのは難しい気が……。

(2010.08.11追記)
 次作『サム・ホーソーンの事件簿VI』の木村仁良氏による解説をお読みになった方はすでにご承知のように、残念ながら見当違いでした。

2007.06.16読了

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