〈サム・ホーソーン医師シリーズ〉

エドワード・D・ホック
『サム・ホーソーンの事件簿 I』 『サム・ホーソーンの事件簿 II』 『サム・ホーソーンの事件簿 III』
『サム・ホーソーンの事件簿 IV』 『サム・ホーソーンの事件簿 V』 『サム・ホーソーンの事件簿 VI』



シリーズ紹介

「昔はよかった、といつもいろいろ聞かされているだろう。わからないね。もちろん、医療状況はよくなかった。経験から言ってるんだよ。一九二二年、ニュー・イングランドの田舎医者として開業したんだ。大昔のようだろう? うん、ずいぶん大昔のことだよ!
 しかし、よかったものが一つある――ミステリーだ。きみやわたしのような普通の人間にも起こる本当のミステリーだ。若い頃には、いろんなミステリーを読んだが、わたしが実際に出くわした事件とは比べものにもならないね。」
「聞きたいかね? よし、そんなに長い話じゃない。もうちょっと近くに寄りたまえ、わたしは御神酒{おみき}を少し持ってくるから」
(創元推理文庫『サム・ホーソーンの事件簿 I』15頁より)

 ……というわけでこのシリーズは、主役である老医師サム・ホーソーンが聞き手と一杯やりながら、若い頃に田舎町ノースモントで遭遇した事件について語っていくというものです。医学校を卒業したばかりのサム・ホーソーンはノースモントに診療所を開きましたが、自らが巻き込まれた「有蓋橋の謎」の事件を見事に解決したことで、町の人々、特にレンズ保安官に一目置かれるようになります。

 基本的には毎回、聞き手に対する前振りで始まり、本題、そして次の事件の予告で締めくくられるというスタイルで、いい意味でのお決まりパターンといっていいでしょう(残念ながら、このパターンは途中で崩れるようですが)。田舎町を舞台にしているせいか、どこか牧歌的な雰囲気も漂っていて、酒の上でのほら話ではないかとも思わせられる部分もあります。また、1920年代以降のアメリカの風俗(典型的には禁酒法の影響など)が描かれている点も重要ですし、作中の時間が少しずつ進んでいくことで、町の人々に愛着がわいてくるという効果も見逃せません。

 シリーズ全般において不可能犯罪が扱われていますが、短編であるせいか、比較的現象のすっきりしている消失事件が多いようです。作品数が増えてくるとどうしても限界があるのではないかと思いますが、そこは短編の名手ホックのこと、豊富なバリエーションで飽きさせません。安定したレベルのシリーズだといえるでしょう。





作品紹介

 このシリーズは全72作の短編が発表され、日本では発表順に『サム・ホーソーンの事件簿 I』から『サム・ホーソーンの事件簿 VI』までの6冊(いずれも創元推理文庫)にまとめられています。


サム・ホーソーンの事件簿 I Diagnosis: Impossible  エドワード・D・ホック
 1996年発表 (木村二郎訳 創元推理文庫201-02)ネタバレ感想

 本書には、サム・ホーソーンものの最初の12篇と、非シリーズの短編「長い墜落」が収録されています。
 個人的ベストは、「水車小屋の謎」「十六号独房の謎」

1.「有蓋橋の謎」 The Problem of the Covered Bridges
 ハンク・ブリングロウの馬車に続いて、雪道を進んでいたサム・ホーソーンは、途中で現れた牛の群れに道をふさがれている間に、ハンクの馬車を見失ってしまった。轍は有蓋橋まで続いていたが、橋の中でハンクと馬車は消失してしまったのだ……。
 この作品では、目に見える現象が鮮やかです。解決もまずまず。シャーロック・ホームズのネタが効果的に使われています。

2.「水車小屋の謎」 The Problem of the Old Gristmill
 水車小屋に住んでいたコードウェイナーが町を離れる前日。サム・ホーソーンも荷造りを手伝ったが、その晩に水車小屋で火事が発生し、焼け跡からは撲殺死体が発見された。そして、先に発送された手提げ金庫の中の日誌もなくなっていた……。
 不可能犯罪+ホワイダニットというところでしょうか。ラストのオチが非常に秀逸です。

3.「ロブスター小屋の謎」 The Problem of the Lobster Shack
 婚約パーティーの余興で、で縛られてロブスター小屋に閉じ込められた脱出王が、得意の脱出をする暇もなく、ナイフで喉を切られて死んでしまった。だが、小屋の中には犯人の姿はない。パーティーに招かれていたサム・ホーソーンは……。
 サム・ホーソーンが解決場面で口にしているように、細部まで考え抜かれた完璧な魔術です。トリックがややわかりづらいのが難点。

4.「呪われた野外音楽堂の謎」 The Problem of the Haunted Bandstand
 不吉な噂のある野外音楽堂で行われた、独立記念日の式典。その最中に、どこからともなく舞台に現れた怪人物が町長を刺殺したのだ。しかも犯人は、サム・ホーソーンの目の前で、目が眩むほどの閃光とともに消え失せてしまった……。
 消失トリック自体はかなりありがちですが、最後に明かされる動機が印象的です。

5.「乗務員車の謎」 The Problem of the Locked Caboose
 夜行列車に乗って旅に出たサム・ホーソーン。だが、列車の乗務員車で強盗殺人が起こった。乗務員が殺され、金庫にしまいこまれていた高価な宝石が奪われたのだ。被害者は死に際に“elf”という謎の血文字を残していたが……。
 ダイイングメッセージがまず目に付きますが、それ以外の部分もまずまずです。

6.「赤い校舎の謎」 The Problem of the Little Red Schoolhouse
 小学校の昼休み、校庭でブランコをこいでいたはずのトミーが、ほんのわずかの間に姿を消してしまい、親元には身代金を要求する電話がかかってきた。サム・ホーソーンはレンズ保安官に協力して誘拐犯を追いつめようとするが……。
 トリックはややありがちでしょうか。伏線はまずまずのようにも思えますが……。

7.「そびえ立つ尖塔の謎」 The Problem of the Christmas Steeple
 クリスマスの朝、教会で行われた説教の後、サム・ホーソーンとレンズ保安官は牧師を追いかけて、尖塔の鐘楼まで登っていった。するとそこには、ジプシーの短剣で刺し殺された牧師の死体が。現場にいたジプシーの男は容疑を否定するが……。
 状況・真相ともに、今ひとつぱっとしないように感じられます。

8.「十六号独房の謎」 The Problem of Cell 16
 どんな留置所からも脱獄してみせると豪語する詐欺師“イール”を、レンズ保安官は見事に逮捕した。だが、十六号独房に閉じ込められたはずの“イール”は、真夜中に姿を消してしまったのだ。保安官に助けを求められたサム・ホーソーンは……。
 J.フットレル「十三号独房の問題」を思わせる作品で、小道具の使い方や伏線がお見事です。

9.「古い田舎宿の謎」 The Problem of the Country Inn
 町の田舎宿に仮面をつけた強盗が現れ、主人を射殺して、廊下から裏口の方へ逃げて行った……はずだった。だが、裏口には内側からボルトがかかっていたのだ。そして翌朝、宿を訪れたサム・ホーソーンの前に再び仮面の盗賊が姿を現した……。
 盗賊が再び現れるところがやや面白く感じられますが、真相はさほどのものではありません。

10.「投票ブースの謎」 The Problem of the Voting Booth
 ノースモントで選挙が行われる日。投票ブースに入っていったレンズ保安官の対立候補が、何者かに刺し殺されてしまった。だが、ブースに近づいた者は誰もいない上に、サム・ホーソーンらがどこを探しても凶器は見つからなかったのだ……。
 真相の隠し方はだいぶ工夫されていますが、真相自体は今ひとつ物足りなく感じられます。

11.「農産物祭りの謎」 The Problem of the Country Fair
 町の建立300年を記念してタイムカプセルが埋められることになった。人々が持ち寄った品物が中に入れられ、最後に町長が蓋を閉めてカプセルは土に埋められた……が、サム・ホーソーンは、その中に死体を発見することになったのだ……。
 土に埋められたタイムカプセルの中にいつの間にか死体が入っているという、飛びきりの不可能状況です。トリックはさほどでもありませんが、ラストのオチが何ともいえない味を出しています。

12.「古い樫の木の謎」 The Problem of the Old Oak Tree
 町で行われた映画の撮影の最中。飛行機から飛び降りたスタントマンが開いたパラシュートが、古い樫の木に引っかかった。様子がおかしいことに気づいたサム・ホーソーンが駆けつけてみると、スタントマンは何者かに絞殺されていたのだ……。
 空中での絞殺という突飛な謎が強烈な印象を残します。トリックはかなり古典的ですが、なかなかよくできた作品です。


「長い墜落」 The Long Way Down (非シリーズ)
 ビルの21階にあるオフィスの窓から飛び降りたワンマン経営者。自殺かと思われたのだが、地上に遺体は見つからない。空中へと姿を消してしまった彼が地上に落ちてきたのは、それから3時間45分も経った後だった……。
 密室ものという印象は薄いのですが、長い時間をかけた墜死という奇抜な状況はやはり目をひきます。解決の方は、まあ妥当というところでしょうか。

2002.05.17読了  [エドワード・D・ホック]

サム・ホーソーンの事件簿 II Diagnosis: Impossible 2  エドワード・D・ホック
 2002年発表 (木村二郎訳 創元推理文庫201-04)ネタバレ感想

 本書には、サム・ホーソーンもの12篇と、レオポルド警部ものの「長方形の部屋」が収録されています。
 個人的ベストは、「食料雑貨店の謎」「八角形の部屋の謎」

13.「伝道集会テントの謎」 The Problem of the Revival Tent
 イェスターという男が開いた伝道集会。彼の子供は、両手を当てただけで病気を治してしまうという。インチキ療法に腹を立てたサム・ホーソーンがイェスターを殴った直後、彼は殺されてしまい、サム・ホーソーンが最大の容疑者となってしまった……。
 現場には他に誰も見当たらない状況で、サム・ホーソーンに強い疑いがかかってしまいます。事件の真相もシリアスではあるのですが、ただトリックだけが脱力もので、作品の雰囲気にそぐわないようにも感じられます。

14.「ささやく家の謎」 The Problem of the Whispering House
 ゴースト・ハンターとともに幽霊屋敷を調査するサム・ホーソーン。と、どこからともなくささやき声が聞こえ、一人の男が姿を現し、隠し部屋に入っていった。だが、彼らがそこに踏み込んだ時には、男は死後半日を経過した死体となっていたのだ……。
 幽霊屋敷にゴースト・ハンターと、このシリーズにしては珍しく怪奇色の強い味付けです。真相はやや物足りなく感じられるものの、まずまずの作品といえるのではないでしょうか。

15.「ボストン・コモン公園の謎」 The Problem of the Boston Common
 医師会大会に出席するためボストンへとやってきたサム・ホーソーンは、コモン公園で発生した連続毒殺事件に巻き込まれてしまった。猛毒クラーレを用い、警察に監視されていたはずの人物をもやすやすと殺害する姿なき犯人は、一体どこに……?
 ボストンでもやはり事件に巻き込まれるサム・ホーソーン。いつものレンズ保安官相手ではないのでやや苦労してはいますが、それでも鮮やかな解決は見事です。

16.「食料雑貨店の謎」 The Problem of the General Store
 町の雑貨店で、主人が殺される事件が起きた。店のドアと窓は内側から鍵がかけられ、内部には被害者と凶器のショットガン、そして頭を打って気絶していたという女性だけ。当然彼女が疑われるが、サム・ホーソーンが見いだした真相は……。
 C.ディクスン『ユダの窓』にも似た不可能犯罪ですが、解決はひとひねりされています。よくできた作品だと思います。

17.「醜いガーゴイルの謎」 The Problem of the Courthouse Gargoyle
 裁判の陪審員に選出されたサム・ホーソーン。しかし裁判は突然中断されることになった。審理の最中に、法廷で判事が毒殺されてしまったのだ。死に際に残された“ガーゴイル”という言葉のために、ガーゴイルというあだ名の廷吏が疑われるが……。
 本筋よりも脇筋のほうが面白く感じられます。

18.「オランダ風車の謎」 The Problem of the Pilgrims Windmill
 町に新たに設立された病院の名物、オランダ風車。そこで、人間の体が突然炎上するという怪事件が起きた。被害者が残した“ルシファー”という言葉の意味は? そして、サム・ホーソーンの目の前で二人目の犠牲者が……。
 伏線やミスディレクションが錯綜していますが、今ひとつ物足りない感じもします。

19.「ハウスボートの謎」 The Problem of the Gingerbread Houseboat
 チェスター湖畔の別荘に招かれたサム・ホーソーン。招待主の夫妻は隣の別荘の夫婦とともにハウスボートで湖に出たが、そこで怪事が起こった。二組の夫婦は〈マリー・セレスト号事件〉さながらに、湖上で姿を消してしまったのだ……。
 同じような状況を扱った別のミステリに触れられていますが(作品名は明記されていません)、そちらの作品よりもうまい解決ではないかと思います。また、サム・ホーソーンにロマンスの気配が訪れるのですが……。

20.「ピンクの郵便局の謎」 The Problem of the Pink Post Office
 新しく開局した郵便局。壁にピンクのペイントが塗られている最中、銀行家のウォーターズが持ち込んだ1万ドルの債券入りの封筒が、いつの間にか消え失せてしまった。サム・ホーソーンは居合わせた全員を調べたが、封筒は見つからず……。
 E.A.ポオ「盗まれた手紙」を思わせる封筒の消失事件です。トリックにはやや無理があるようにも感じられますが、計画的犯行ではないので仕方ないところでしょうか。

21.「八角形の部屋の謎」 The Problem of the Octagon Room
 レンズ保安官の結婚式当日。会場となる〈イーデン・ハウス〉の八角形の部屋の扉は閉ざされていた。内側からボルトがかけられていたのだ。そしてその密室の中には死体が。立会人のサム・ホーソーンは、新婚の保安官に解決を約束するが……。
 まず、この作品では聞き手がいつもと違うのが特徴です。サム・ホーソーン自身も予期しなかったこの聞き手は誰なのか? メタミステリ的な、興味深い作品です。密室トリックもまずまず。
 それにしても、このシリーズほとんどレギュラーのレンズ保安官が結婚するということで、なかなか感慨深いものがあります。

22.「ジプシー・キャンプの謎」 The Problem of the Gypsy Camp
 “呪いを受けた”と病院に駈け込んできたジプシーの男は、サム・ホーソーンの目の前で息を引き取った。男の体には外傷がなかったにもかかわらず、心臓には銃弾が撃ち込まれていたのだ。さらにジプシーのキャンプも消え失せてしまい……。
 心臓の銃弾の謎とキャンプ消失の謎とが乖離しているのがやや気になりますが、どちらもよくできていると思います。

23.「ギャングスターの車の謎」 The Problem of the Bootlegger's Car
 銃撃されたギャングのボスの治療を強要され、そのまま取引に立ち会わされたサム・ホーソーン。取引は無事に終わり、相手方のボスが車に乗り込んだ。と、突如始まった銃撃戦。そしてその最中に、相手方のボスは車から消えてしまった……。
 このシリーズにしては状況が一風変わっていますが、ただそれだけのようにも思えます。

24.「ブリキの鵞鳥の謎」 The Problem of the Tin Goose
 町にやってきた飛行サーカス団。客を乗せた飛行機を無事に着陸させた花形スターが、いつまでたっても操縦室から出てこない。不審に思ったサム・ホーソーンが駆けつけてみると、誰も入れないはずの操縦室で、スターは殺されていた……。
 奇しくも『事件簿 I』のラスト、「古い樫の木の謎」と似たようなイメージの作品です。こちらもトリックの一つは古典的。


「長方形の部屋」 The Oblong Room (レオポルド警部)
 学生寮で起きた殺人事件。死体とともに発見された被害者のルームメイトが逮捕され、事件は簡単に解決したかに思えた。だが、ルームメイトが被害者の死後24時間もの間その場にいたことを知ったレオポルド警部は、改めて関係者の人となりを調べ始める。そして……。
 レオポルド警部ものにしては珍しく(というべきでしょうか)、非常にシンプルなホワイダニットです。驚かされるというよりただただ衝撃的な真相は、何ともいえない余韻を残します。
 なお、レオポルド警部の他の作品については、『こちら殺人課!』などもご覧下さい。

2002.05.23読了  [エドワード・D・ホック]

サム・ホーソーンの事件簿 III Diagnosis: Impossible 3  エドワード・D・ホック
 2004年発表 (木村二郎訳 創元推理文庫201-05)ネタバレ感想

 本書には、サム・ホーソーンもの12篇と、非シリーズの「ナイルの猫」が収録されています。
 個人的ベストは、「干し草に埋もれた死体の謎」「真っ暗になった通気熟成所の謎」

25.「ハンティング・ロッジの謎」 The Problem of the Hunting Lodge
 訪ねてきた両親とともに、狩り好きな資産家の屋敷を訪れたサム・ホーソーン。雪の積もった翌朝、鹿狩りに出かけた一行だったが、鹿が追い込まれてくるのをロッジで待っていたはずの資産家が、足跡を残さない殺人者に撲殺されていたのだ……。
 トリックには少々気になるところがないでもないのですが、よくできてはいると思います。

26.「干し草に埋もれた死体の謎」 The Problem of the Body in the Haystack
 刑務所帰りの男に脅される農場主。深夜の電話で呼び出されたサム・ホーソーンだったが、農場主は姿を消していた――農場を荒らすを退治しようと待機していたレンズ保安官も知らぬ間に。やがて、防水シートで覆われた干し草の山から死体が……。
 レンズ保安官が事件を解決するという異色の(?)作品。伏線が非常によくできています。

27.「サンタの灯台の謎」 The Problem of the Santa's Lighthouse
 休暇を取ってドライブ中に、姉弟が営む“サンタの灯台”に立ち寄ったサム・ホーソーン。一通り見て回った後、姉とともに一階に降りてきたところ、階上に残っていた弟が死体となって転落してきた。詐欺罪で刑務所に入っている姉弟の父親は……。
 真相はかなりわかりやすいと思います。そのせいもあってか、物語は別の方へと展開していくのですが、あまり出来がいいとはいえないでしょう。

28.「墓地のピクニックの謎」 The Problem of the Graveyard Picnic
 墓地にピクニックに来ていた若い夫婦。サム・ホーソーンが通りかかったちょうどその時、妻の方がなぜか突然逃げるように駆け出し、川に転落してしまった。まった泳げないという彼女はやがて、溺死体となって発見されたのだが……。
 真相は見え見えですが、解決につながる手がかりの強引さが笑えます。そこはかとなく漂うバカミス・テイストが個人的には好みです。

29.「防音を施した親子室の謎」 The Problem of the Crying Room
 新しくオープンする映画館で映写技師をつとめるはずだった男が、まだ起きてもいない殺人を自白する奇怪な遺書を残して自殺した。そして映画館のオープン当日、親子室でサム・ホーソーンと同席していた町長が、遺書の通りに銃撃されたのだ……。
 シュールにさえ感じられる遺書の内容が秀逸です。トリックが比較的わかりやすいのと、サム・ホーソーンの問題ある行動が難点でしょうか。

30.「危険な爆竹の謎」 The Problem of the Fatal Fireworks
 独立記念日を祝うため、あちらこちらで爆竹や癇癪玉が盛大に鳴らされる中、自動車修理工場を営む若い兄弟が、サム・ホーソーンの目の前で奇禍に遭う。爆竹の一本がダイナマイトにすり替えられ、兄は無残に爆死、弟も負傷してしまったのだ……。
 派手な事件に立ち回りもあり、レンズ保安官が大活躍。手がかりのさりげない配置が巧妙です。

31.「描きかけの水彩画の謎」 The Problem of the Unfinished Painting
 病人を見舞いに来た紳士用品店の店主がサム・ホーソーンと顔を合わせているちょうどその頃、その妻が自宅のアトリエで絵を描いている最中に殺害されていた。しかし、屋敷で働いていた掃除婦は、アトリエに入った者は誰もいないと証言した……。
 トリックはやや微妙。解決の手順も今ひとつですが、これは致し方ないところか。

32.「密封された酒びんの謎」 The Problem of the Sealed Bottle
 禁酒法の廃止を祝おうと、サム・ホーソーンをはじめ町の人々は〈モリーのカフェ〉に集まっていた。そしてついにポートワインとシェリーが店に配達され、町長が最初の一杯を飲むことになったのだが、シェリーを飲み干した町長は急死してしまった……。
 トリックの一つは、地味ながらよくできていると思います。ただ、推理の一部に飛躍があるように感じられるのがもったいないところです。

33.「消えた空中ブランコ乗りの謎」 The Problem of the Invisible Acrobat
 町にやってきたサーカスを見にきたサム・ホーソーン。だが、五人兄弟のアクロバットの演技の最中に、一人が姿を消してしまう怪事が起きた。しかも、誰も乗っていないはずの空中ブランコが、ひとりでに揺れていたのだ。やがて……。
 消失はともかく、空中ブランコのネタがやや浮いてしまっているように感じられるのが気になります。

34.「真っ暗になった通気熟成所の謎」 The Problem of the Curing Barn
 煙草会社を営む農場主の妻から、脅迫状の送り主を探してほしいと頼まれたサム・ホーソーン。やがて、照明が落ちた葉煙草の通気熟成所の中で、ヒューズを交換しようとした農場主が、喉を切られて殺された。しかし、現場に凶器は見当たらない……。
 古典的なトリックのバリエーションですが、なかなかよくできています。

35.「雪に閉ざされた山小屋の謎」 The Problem of the Snowbound Cabin
 看護婦のエイプリルを連れてメイン州の宿屋に滞在中のサム・ホーソーンは、近所の山小屋を訪ねてみたが、そこで一人で暮らしていた男が殺されているのを発見する。しかし、に閉ざされた山小屋の周囲には、まったく足跡が残されていなかった……。
 「ハンティング・ロッジの謎」と同じく“足跡のない殺人”ですが、こちらのトリックは今ひとつ面白味に欠けるように感じられます。

36.「窓のない避雷室の謎」 The Problem of the Thunder Room
 エイプリルの後任として雇われたメイは、をひどく怖がり、雷雨の最中にサム・ホーソーンの目の前で失神してしまった。だが、やがてレンズ保安官が彼女を逮捕しに来た。失神していたはずのメイが、その間に殺人を犯していたというのだ……。
 密室ものや消失ものが多いこのシリーズの中では、かなり毛色の変わった作品です。真相はさほどのものではありませんが、工夫はされていると思います。


「ナイルの猫」 The Nile Cat (非シリーズ)
 人を殺したバウトン教授は動転し、夜警に発見されるまで死体の横に立ちつくしていた。被害者は初めて会った男で、教授はその名前さえ知らなかったのだ……。
 名前も知らない初対面の男をなぜ殺したのか、というホワイダニット。非常に短い作品ですが、強烈な意外性と十分な説得力を兼ね備えた傑作です。

2004.09.24読了  [エドワード・D・ホック]

サム・ホーソーンの事件簿 IV Diagnosis: Impossible 4  エドワード・D・ホック
 2006年発表 (木村二郎訳 創元推理文庫201-06)ネタバレ感想

 本書には、サム・ホーソーンもの12篇に加えて、「呪われたティピー」でサム・ホーソーンと共演している西部探偵ベン・スノウを主役とした「フロンティア・ストリート」が収録されています。
 サム・ホーソーンものでは、新たな看護婦メリー・ベストが登場しています。彼女は、前任者のエイプリルとは異なり、事件の調査や謎解きに積極的に関わろうとしています。
 個人的ベストは、「消えたセールスマンの謎」「革服の男の謎」

37.「黒いロードスターの謎」 The Problem of the Black Roadster
 町で銀行強盗に出くわしたサム・ホーソーンは、居合わせたレンズ保安官とともに、黒いロードスターに乗って逃走した強盗一味を車で追跡するが、ロードスターは町の中で煙のように消え失せてしまった……。
 メリー・ベストの初登場作品です。消失トリックはさほどでもありませんが、ホーソーン先生のいつにない迷走ぶりが楽しめる一篇。

38.「二つの母斑の謎」 The Problem of the Two Birthmarks
 ピルグリム記念病院で起きた怪事件。入院患者が夜中に何者かに命を狙われ、さらに行方不明となった看護婦が、鍵のかかった手術室で死体となって発見されたのだ。サム・ホーソーンの推理は……?
 事件の構図は面白いと思いますが、密室トリックが少々わかりにくいのが残念です。

39.「重体患者の謎」 The Problem of the Dying Patient
 容態が悪化したという患者のもとに、往診にやってきたサム・ホーソーン。実際には、患者はそれほど重体というわけでもなかったのだが、与えられた薬を飲んだ途端に急死してしまう。しかも、死因はなぜか青酸カリだった……。
 サム・ホーソーン自身に嫌疑がかかり、窮地に陥ってしまう一篇。しかしその割にはトリックは今ひとつで、ミステリとしての面白味はあまり感じられません。

40.「要塞と化した農家の謎」 The Problem of the Protected Farmhouse
 通電フェンスを張り巡らし、庭に猛犬を放った農家に住んでいた親ドイツ派の男。しかし、サム・ホーソーンは家の中で男の死体を発見する。しかも家にはFBIの監視がついており、出入りした者はいないというのだ……。
 厳重に警備されて誰も侵入できないはずの家の中で殺された男の謎が興味を引きますが、この作品の見どころはバカミス的な“あれ”でしょう。よくできた作品です。

41.「呪われたティピーの謎」 The Problem of the Haunted Tepee
 45年前に西部で起きた事件の謎を解いてほしいと、サム・ホーソーンを訪ねてきた元ガンマンのベン・スノウ。その当時、スー族のティピー(テント小屋)の一つで、一晩を過ごした人々が次々と原因不明の死を遂げたというのだが……。
 ホックの初期のシリーズ・キャラクター、西部探偵ベン・スノウ『ホックと13人の仲間たち』参照)との共演です。そのせいもあってか、シリーズで初めて三人称で書かれています。事件自体は比較的あっさりとしたもので、知識があれば真相は見え見えでしょう。

42.「青い自転車の謎」 The Problem of the Blue Bicycle
 友人たちと自転車で遠乗りに出かけ、他を引き離して先頭を走っていた少女が、角を曲がって見えなくなったわずかな間に、青い自転車だけを残して消失してしまった。だが、自転車の周辺には隠れる場所などなかったのだ……。
 「有蓋橋の謎」『事件簿 I』収録)と似たような謎が扱われています。効果的なトリックによくできた手がかりと、まずまずの作品です。
 なお、この作品から叙述スタイルが変わり、ホーソーン老先生の前フリと次回予告がなくなっているのが残念。

43.「田舎教会の謎」 The Problem of the Country Church
 元看護婦のエイプリルに子供が生まれ、その洗礼式にサム・ホーソーンも出席することになった。だが、教会で行われている式の最中に、赤ん坊は忽然と姿を消してしまい、代わりに身代金を要求するメッセージが残されていた……。
 トリックなどには少々物足りないところもありますが、鮮やかな結末が印象的です。

44.「グレンジ・ホールの謎」 The Problem of the Grange Hall
 町のグレンジ・ホールで催されたダンス・パーティー。ニューヨークからビッグバンドが呼ばれたが、休憩時間中にそのメンバーの一人が急死してしまう。被害者と一緒にいた旧友で、サム・ホーソーンの同僚である黒人医師に容疑がかかり……。
 手口とそれによる状況は面白いと思うのですが、“アレ”に気づかなかったというのは今ひとつ釈然としません。

45.「消えたセールスマンの謎」 The Problem of the Vanishing Salesman
 サム・ホーソーンの目の前で、たった今言葉を交わしたばかりの巡回セールスマンが消え失せてしまった。しばらくして何事もなかったかのように現れた彼は、やがて、事件を起こして逃走中に再び姿を消してしまう……。
 ホーソーン先生のすぐ目の前で起きた魔法のような消失は、やはりインパクトがあります。シンプルながら意表を突いたトリックも秀逸。

46.「革服の男の謎」 The Problem of the Leather Man
 革服を着て放浪し続ける奇妙な男。興味をひかれたサム・ホーソーンは、男とともに一日歩き続け、一緒に宿屋に宿泊した。だが、翌朝目を覚ますと男は消え失せていた。しかも、男を目撃したはずの町の人々は、口をそろえて否定したのだ……。
 オカルト的な雰囲気の漂う、なかなかユニークな“消失”事件です。真相にも工夫が凝らされていて、非常によくできた作品といえるでしょう。

47.「幻の談話室の謎」 The Problem of the Phantom Parlor
 ある屋敷で夜中に起きた殺人。発見者の少女はサム・ホーソーンに、死体は最初は小さな談話室にあったと主張するが、何度探してみても屋敷の中には談話室など見つからない。少女が見たのはだったのか……?
 部屋の消失を扱った珍しい作品。手がかりがよくできています。

48.「毒入りプールの謎」 The Problem of the Poisoned Pool
 とあるパーティーで、監視されていたはずのプールの中から突然出現するトリックを成功させた男。今度はプールに飛び込んで姿を消すトリックに挑むが、しばらくしてサム・ホーソーンが見に行ってみると、男はプールの底で毒死していたのだ……。
 プールでの消失ならぬ“出現”トリックが扱われているところがユニークです。さらに、毒殺トリックもよくできていて面白いと思います。


「フロンティア・ストリート」 Frontier Street (西部探偵ベン・スノウ)
 フロンティア・ストリートの町を裏で牛耳るボスが、滞在中のベン・スノウに、新しい保安官助手の殺害を依頼してきた。ベンはそれをはねつけたのだが、やがて殺人事件が……。
 ミステリとしてはまったく大したことがないのですが、噂に悩まされるベン・スノウの姿が印象的です。

2006.01.29読了  [エドワード・D・ホック]

サム・ホーソーンの事件簿 V Diagnosis: Impossible 5  エドワード・D・ホック
 2007年発表 (木村二郎訳 創元推理文庫201-07)ネタバレ感想

 本書には、サム・ホーソーンもの12篇に加えて、レオポルド警部ものの「レオポルド警部の密室」が収録されています。
 シリーズとしては、(一応伏せ字)看護婦メリー・ベストの退職、エイプリルの復帰、そして女性獣医アナベルの登場(ここまで)と、かなり慌ただしいことになっています。慌ただしいといえばもう一つ、わずかな期間のうちに(一応伏せ字)町長が頻繁に交代する(ここまで)ことになっているのですが、木村仁良氏の解説で言及されている“矛盾点”(445頁)とはそれに関するものでしょうか。
 個人的ベストは「奇蹟を起こす水瓶の謎」。次いで「混み合った墓地の謎」あたり。

49.「消えたロードハウスの謎」 The Problem of the Missing Roadhouse
 深夜に車で帰宅する途中、たまたま見つけたロードハウスに立ち寄った夫婦は、駐車場で男を轢いてしまった。だが、病院へ搬送してみると、男の頭部には銃創が。助けを求められたサム・ホーソーンはロードハウスを探そうとするが……。
 トリックはありがちといえばありがちですが、意表を突いた終盤の展開がお見事です。

50.「田舎道に立つ郵便受けの謎」 The Problem of the Country Mailbox
 郵便受けに配達されたがたびたび消失してしまうという相談を受けたサム・ホーソーンは、その郵便受けを見張ることに。しかし、本が配達されてからまったく目を離さなかったにもかかわらず、中身はなぜか爆弾にすり替わっていた……。
 鮮やかな現象と意外な真相がよくできていると思います。

51.「混み合った墓地の謎」 The Problem of the Crowded Cemetery
 水害に遭った墓地を修復するために、一部のが掘り起こされることになった。墓地の理事として作業に立ち会っていたサム・ホーソーンは、二十年以上も埋められていた柩から血が滴っているのに気づく。その中には、真新しい死体が……。
 「農産物祭りの謎」『事件簿 I』収録)のタイムカプセルに隠された死体を思わせる謎ですが、こちらの柩は20年以上も埋まったままだったというのがポイントです。真相もまずまず。

52.「巨大ミミズクの謎」 The Problem of the Enormous Owl
 畑の真ん中で、を押しつぶされて死んでいた男の服には、巨大なワシミミズクの羽根が付着していた。男はワシミミズクに襲われて死んでしまったのか? 疑問を抱いたサム・ホーソーンは、レンズ保安官とともに捜査を進めるうちに……。
 このシリーズにしては珍しく、不可能犯罪ではない事件になっています。二転三転の様相を見せますが、真相は今ひとつ。

53.「奇蹟を起こす水瓶の謎」 The Problem of the Miraculous Jar
 助けを求める電話を受けて駆けつけたサム・ホーソーンは、女性の変死体を発見する。密室状況の現場には、海外旅行の土産にもらった、イエスが水をワインに変える奇蹟を起こしたという水瓶が残されていたが、その中にはが入っていた……。
 殺害時に犯人が必ずしも現場にいる必要のない毒殺は、密室状況とあまり相性がよくないように思われますが、この作品はそのあたりがなかなかうまく考えられています。そして、さりげなく提示された手がかりが非常に秀逸です。

54.「幽霊が出るテラスの謎」 The Problem of the Enchanted Terrace
 サム・ホーソーンが旅行先で遭遇した怪事件。幽霊が出るという噂のあるテラスに立っていた男は、目の前で雷鳴と閃光とともに跡形もなく消え失せてしまった。テラスを作ったという職人は、何やら特別な仕掛けを施していたらしいのだが……。
 露骨すぎるミスディレクションはいただけませんが、豪快なバカトリックには思わず苦笑。

55.「知られざる扉の謎」 The Problem of the Unfound Door
 修道院を訪ねたサム・ホーソーンが、高い塀に囲まれた裏庭へと案内された時、先に来ていた町長は修道女たちに取り囲まれていた。だがほんの数秒のうちに、町長は他に出口のない裏庭から、どこかへ忽然と姿を消してしまったのだ……。
 トリックなどはかなり見え見えで、さほど面白い作品とはいえません。

56.「有蓋橋の第二の謎」 The Second Problem of the Covered Bridge
 町の創立百周年記念行事の一環として、サム・ホーソーンが初めて解決した有蓋橋の事件が再現されることになった。そして当日、橋の両側から多くの群衆が見守る中、被害者役をつとめていた町長が橋の真ん中で銃弾に倒れてしまう……。
 シリーズ最初の作品である「有蓋橋の謎」『事件簿 I』収録)を再現している最中に、再び新たな事件が起きてしまうというユニークな作品です。トリックはさほどでもありませんが、手がかりが非常に面白いと思います。

57.「案山子会議の謎」 The Problem of the Scarecrow Congress
 コンテストのために展示されていた案山子が血を流し、中からは製作者の死体が発見された。犯人は前日の夜中に死体を案山子の中に隠したと思われたのだが、被害者はつい一時間前にサム・ホーソーンを訪ねたばかりだったのだ……。
 現象としてはまずまず面白いのですが、色々な意味で難のある作品です。

58.「動物病院の謎」 The Problem of the Annable's Ark
 町に新しく開業した獣医のアナベルから、奇妙な事件の解決を依頼されたサム・ホーソーン。密室状況の動物病院内で、飼い主から預かって治療中だったが何者かに絞殺されたというのだ。誰が、どうやって、そして一体なぜ……?
 殺人ならぬ猫殺しということで、一風変わった雰囲気の作品となっています。解決には若干飛躍があるようにも思えますが、まずまずといったところでしょうか。

59.「園芸道具置場の謎」 The Problem of the Potting Shed
 のかかった園芸道具置場の中で、銃で頭を撃たれて死んでいた男。唯一出入り可能なはしかし、小さすぎて子供くらいしか通り抜けられそうにない。道具置場の中に残されていた物のリストを調べていたサム・ホーソーンは……。
 シンプルかつ大胆なトリックが印象に残りますが、似たような状況が扱われている某作品と比べると、少々物足りなく感じられてしまうのが残念です。

60.「黄色い壁紙の謎」 The Problem of the Yellow Wallpaper
 精神を病んだ妻を屋根裏部屋に閉じ込めている男。サム・ホーソーンが友人の精神科医を連れて治療に訪れたが、妻はその部屋の中から消失してしまった。ずたずたに引き裂かれた黄色い壁紙の上に、奇妙な自画像を残して……。
 消失トリックの中核部分は少々難あり。手がかりにはそれなりに納得させられましたが、これが露見しないのはいかがなものでしょうか。


「レオポルド警部の密室」 The Leopold Locked Room (レオポルド警部)
 レオポルド警部自身に降りかかる殺人容疑。別れた妻を射殺したという疑いがかけられたのだ。現場は二人の他に誰もいない密室の中、しかも凶器となった銃弾は、レオポルド警部が手にしていた拳銃から発射されたものと判明した……。
 『密室への招待』にも収録されている作品で、結末に苦い味の残る“レオポルド警部自身の事件”となっています。密室トリックそのものはさほどでもないのですが、もう一つのトリックが秀逸だと思います。
 なお、レオポルド警部の他の作品については、『こちら殺人課!』もご覧下さい。

2007.06.16読了  [エドワード・D・ホック]

サム・ホーソーンの事件簿 VI Diagnosis: Impossible 6  エドワード・D・ホック
 2009年発表 (木村二郎訳 創元推理文庫201-09)

 本書には、サム・ホーソーンものの最後の12篇が収録されており、恒例(?)となっていたボーナストラックはありません。作者E.D.ホックが亡くなったことによるシリーズ終了であり、特に“完結編”が用意されているわけではありませんが、ついにサム・ホーソーンが結婚するなど、期せずして区切りにふさわしい作品集になっているといえるかもしれません。
 個人的ベストは「秘密の患者の謎」、次いで「羊飼いの指輪の謎」

61.「幽霊が出る病院の謎」 The Problem of the Haunted Hospital
 ピルグリム記念病院の入院患者が、病室に二晩続けて幽霊が出たと訴えた。夜中に目覚めると頭巾姿の人影が病室にいて、叫び声を上げると消え失せたという。そして三日目の夜、病室の入れ替えで移ってきた新たな患者が急死した……。
 トリックはたわいもないといえばたわいもないものですが、思わぬ方向に展開していくプロットが見どころ。しかしこの決め手はアリなのか……?

62.「旅人の話の謎」 The Problem of the Traveler's Tale
 森の中にある古い家で、逃亡中の詐欺師を見かけた――旅の男から話を聞いたレンズ保安官とサム・ホーソーンが、目指す家にたどり着いてみると、詐欺師の男は妻とともに、内側からきちんと戸締りされた家の中で死んでいた。だが……。
 密室トリックは少々無理があるようにも思われますが、最後の最後に明らかにされる犯人の“ある行動”の理由が秀逸。

63.「巨大ノスリの謎」 The Problem of the Bailey's Buzzard
 州都へ移送される予定の、南北戦争の英雄の遺体。だが、墓地から掘り起こされた棺の中には、人骨の代わりになぜか大きな鳥の骨が。さらに時を同じくして、上空を舞う巨大なノスリにさらわれたかのような、不可解な失踪事件が起きて……。
 現象は非常に魅力的ですが、解決がやや物足りなく感じられてしまいます。鳥の骨の正体は、なかなか面白いと思うのですが……。

64.「中断された降霊会の謎」 The Problem of the Interrupted Seance
 息子を失った夫婦が、自宅に霊媒を招いて行った降霊会。隣室で待っていたサム・ホーソーンらが、不審な音を聞いて踏み込んでみると、夫婦はともに意識を失い、霊媒は喉を切り裂かれて死んでいた。だが、肝心の凶器は影も形もなく……。
 被害者と容疑者(?)が室内にいて凶器が見つからないというパターンの密室もの。現代では成立しないと思われるトリックですが、この時代としてはよくできているように思われます。

65.「対立候補が持つ丸太小屋の謎」 The Problem of the Candidate's Cabin
 保安官選挙で苦戦するレンズ保安官。さらに、対立候補の選挙参謀が殺されて第一発見者のレンズ保安官が疑われる羽目に。何者かの通報を受けて駆けつけた現場の丸太小屋は密室状態で、死体を見かけて窓を割ったというのだが……。
 おなじみのレンズ保安官がこれ以上ないほどの窮地に追い込まれるエピソードで、サム・ホーソーンによる解決にもいつにない緊張感が……と思っていると、いきなり脱力もののトリックが(苦笑)

66.「黒修道院の謎」 The Problem of the Blac Cloister
 町のチャリティー競売会に、20年以上前に火事で焼けた黒修道院の、見事なレリーフのあるドアが骨董品として出品される。そして競売会には、当時黒修道院に住んでいて今では俳優になった男が出席するが、余興の最中に急死してしまい……。
 現在の“事件”と、サム・ホーソーンがノースモントにやってくる前の出来事との絡み合いが面白いところ。手がかりの隠し方がなかなか巧妙だと思います。

67.「秘密の通路の謎」 The Problem of the Secret Passage
 内側から施錠された書斎には、殺された屋敷の主人の死体だけが残されていた。現場には秘密の通路があったのだが、その中にも犯人の姿はなく、しかもその出口の扉には被害者だけが組み合わせ番号を知るがかけられていたのだ……。
 サム・ホーソーンがシャーロック・ホームズの扮装をさせられる冒頭が愉快。ミステリとしては、現場の(不可能)状況がわかりにくいのが難点ですが、これは意図的なものかもしれません。いずれにしても、せっかくの(?)秘密の通路があまりうまく生かされていないように思われるのが残念です。

68.「悪魔の果樹園の謎」 The Problem of the Devil's Orchard
 徴兵を目前に控え、恋人との結婚も反対されて自暴自棄になった若者が、泥酔してサム・ホーソーンらに送られて帰る途中、突然逃げ出して“悪魔の果樹園”と呼ばれる果樹園の奥に駆け込み、血のついたTシャツだけを残して消失した……。
 消失トリックは比較的有名な海外の短編のアレンジで、まずまずよくできています。それ以外の部分は、やや物足りなく感じられるきらいがありますが。

69.「羊飼いの指輪の謎」 The Problem of the Shepherd's Ring
 逆恨みした相手を殺してやると息巻く男は、“羊飼いの指輪”で自分の姿を見えなくすることができるという。男が狂気にとらわれていることは明らかだったが、やがてその言葉通りに、犯人が透明になったとしか思えない不可解な殺人が……。
 “羊飼いの指輪”の話がでたらめなのは明らかですが、それが意外に(?)ミスディレクションとして機能している感があります。最後のオチがお見事。

70.「自殺者が好む別荘の謎」 The Problem of the Suicide Cottage
 サム・ホーソーンらは、湖畔の貸し別荘で夏を過ごすことにしたが、実は借りた別荘では二年続けて自殺者が出たらしい。そして今年も、施錠して留守にしている間にどういうわけか、近くの別荘の住人がそこで首を吊って死んでいたのだ……。
 久々にホーソーン老先生の前フリが復活。もちろんそれには理由があって……というのはいいとして、事件の真相にはさほど面白味がありません。

71.「夏の雪だるまの謎」 The Problem of the Summer Snowman
 しっかりと施錠された家の中で、男が心臓を一突きにされて殺されるが、家の中には犯人はおろか凶器さえ見当たらなかった。近所に住む幼い少女は、真夏にもかかわらず、事件の前に雪だるまが家に入っていくのを見たというのだが……?
 “夏”と“雪だるま”の組み合わせがまず印象的で、実際に密室殺人よりも“夏の雪だるまとは何なのか”の方が面白い謎になっています。読後感はやや微妙なところがありますが……。

72.「秘密の患者の謎」 The Problem of the Secret Patient
 FBIの手配で、海外からピルグリム記念病院に連れてこられた正体不明の患者。依頼された治療は無事に終了したものの、よそへ移される直前に患者は毒殺されてしまった。毒薬の持ち込みなど不可能な病院で、誰が、どうやって……?
 短い中に、“毒殺手段”、“毒薬の持ち込み手段”、そして“被害者の正体”という三つの謎が盛り込まれています。一部には類似の前例もあり、また伏線があからさまにすぎる部分もありますが、印象深い作品ではあります。

2009.12.04読了  [エドワード・D・ホック]

黄金の羊毛亭 > シリーズ感想リスト作家別索引 > サム・ホーソーン医師