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イニシエーション・ラブ/乾 くるみ

2004年発表 ミステリー・リーグ(原書房)
 本書に関しては、ゴンザさん(「【ゴンザの園】」)が「謎解き『イニシエーション・ラブ』」にて詳細に分析していらっしゃいますので、ぜひそちらもご覧になってみて下さい。

 本書では、「side-A」「side-B」の間に二つの叙述トリック――人物に関するトリックと時間に関するトリック――が仕掛けられています。

1. 人物に関するトリック
 人物に関するトリックは、「side-B」の“たっくん”(=辰也)を「side-A」の“たっくん”と同一人物(=夕樹)であるように見せかける“二人一役トリック”「叙述トリック分類」[A-1-2]を参照)になっており、最後から2行目の“「……何考えてるの、辰也?」”(「side-B」263頁)という美弥子の台詞で真相が明かされます。

 しかし、このトリックに関してはかなりわかりやすい伏線があるので、真相が明かされる前に仕掛けを見抜くことができる読者も多いのではないでしょうか。
 例えば、“「(前略)コンタクトってしたことは? タック──」と言ったところで言葉を詰まらせたので、どうしたのかと思ったら、「タックってわかります?」と真顔で聞かれた”(「side-A」61頁)という記述と、“「じゃあさ、夕方の夕って、カタカナのタと同じに見えるじゃない? だからタキで──たっくんっていうのはどう?」”(「side-A」70頁)という記述をつなげ合わせれば、“たっくん”という別の男性の存在が浮かび上がってくるとともに、その愛称に合わせて夕樹が“たっくん”と強引に命名されたことがうかがえます。
 他にも性格や言動、専攻(“数学科”(「side-A」39頁)“「 物理です。流体力学のほうを」”(「side-B」260頁))など、「side-A」の“たっくん”と「side-B」の“たっくん”が別人であることを示唆する伏線が多数存在します(詳しくはゴンザさんの「謎解き『イニシエーション・ラブ』 第2章 すり替えのトリック」を参照)

 実際、私自身もこのトリックは見抜くことができたので、前述の最後から2行目の美弥子の台詞にもさしたる衝撃は受けませんでした。しかしながら、一度読み終えた時には途方に暮れてしまったのも事実です。なぜならば、時間に関するトリックに妙な形で(?)引っかかってしまったからです。


2. 時間に関するトリック
 「side-A」の“たっくん”が大学四年生、「side-B」の“たっくん”が入社一年目の社会人であることを考えると、素直に読めば「side-B」「side-A」一年後ということになります。

 しかし、前述のように“たっくん”が別人であり、なおかつ「side-B」の“たっくん”の方がである(夕樹が強引に“たっくん”と命名されたから)ことを見抜いてしまったために、「side-B」「side-A」という時系列の逆転トリック「叙述トリック分類」[B-2]を参照)だと思い込んでしまいました。この思いこみをさらに補強したのが、“JRの駅近辺についてならば多少は”(「side-A」49頁)“「あ、国電です」と言ってからすぐに舌を出し、「──じゃなくてJR。田町駅です」と訂正した。国鉄が民営化されてから数ヶ月が経つが、JRという社名には僕もまだ馴染んでいなかったので、別に訂正しなくてもいいのにと思った。”(「side-B」178頁)という“逆転”した記述です。

 ところが、時系列が逆転しているにしては、繭子のルビーの指輪の動きにどうもおかしなところが見受けられます。「side-A」の合コンの際に繭子はルビーの指輪を身に着けています(「side-A」15頁〜16頁)が、「side-B」では“たっくん”からもらった(「side-B」151頁〜152頁)ルビーの指輪を、その後“たっくん”に送り返しています(「side-B」249頁)。詳しく描写されていないので、「side-A」「side-B」に登場する指輪が同じ物であるという保証はないのですが、どうもすっきりしません。

 最後まで読み終えても疑問は解消されないまま、再度読み返してみて“「あ、そういえば十月からまた『男女7人』のドラマが始まるよね」(中略)「今度は『秋物語』だってね」”(「side-A」117頁)“「『男女7人秋物語』? ほとんど見てなかったんだよね」(中略)「ホントに? すごい面白かったのに。先週が最終回だったんだけど(後略)」”(「side-B」262頁)という記述に気づき、そこでようやく本書の仕掛け――実際には同時進行である「side-A」「side-B」の間にずれがあると誤認させるトリック「叙述トリック分類」[B-1-2]、[表7-B]の例を参照)――が理解できました。


3. メインの仕掛けは?
 「叙述トリック分類」[B-1-2]で説明しているように、二つのパートの日時の関係を誤認させる叙述トリックは、人物を誤認させる叙述トリックと組み合わせて使用されることが多くなっています。そしてその場合、人物の誤認を成立させるための手段として、すなわち“主”である人物の誤認に対して“従”となる形で使用されるのがほとんどといっていいかもしれません。

 そのような主従関係が生じる原因としては、情報としての重要度の違いが考えられます。物語の中で日時が省略されることは日常茶飯事であるのに対し、登場人物のアイデンティティを示す呼称がまったく記述されないことはまずないでしょう。したがって、一般的な感覚としては、(場合によっては省略可能な)日時によるサプライズは登場人物のアイデンティティによるサプライズには及ばないと思われます。

 しかし本書に限っては、その主従関係が逆転しているといっていいでしょう。「side-A」「side-B」の“たっくん”が別人だったという真相だけでは、単に一つの恋と見せかけて二つの恋が描かれていたということが明らかになるにすぎません。ところが「side-A」「side-B」が同時進行だったという真相は、自動的に二人の“たっくん”が別人だったという結論につながるとともに、繭子のパーソナリティの反転(?)というもう一つのサプライズを生み出しているのです。

 また、二つのパートの日時がずれていると誤認させるトリックそのものが希有なトリック*1というだけでなく、“同時期”という真相そのものに大きな意味を持たせてあるという点からも、例を見ない仕掛け*2であるといえるのではないかと思います。前述のように人物に関するトリックがわかりやすくなっていること、さらにはそちらの真相だけが作中ではっきりと示されている(最後の2行で)ことも考えれば、作者が本当に勝負をかけたメインの仕掛けは時間に関するトリックの方だといえるのではないでしょうか。

*1: 「叙述トリック分類」[B-1-2]にも書きましたが、[表7-A]のように日時のずれを隠蔽するトリックが比較的多用されるのに対し、ずれていると誤認させる[表7-B]のパターンは本書以外に一例しか思い当たりません。

*2: 上に挙げた[表7-B]のパターンのもう一つの例では、明らかに人物の誤認の方に重点が置かれています。少なくとも、“同時期”という真相そのものには本書ほどの大きな意味はありません。


4. 女は怖い?
 ゴンザさんの「謎解き『イニシエーション・ラブ』 序章 時系列データ」及び「謎解き『イニシエーション・ラブ』 第3章 交錯ポイントと心理の動き」をみると、「side-B」で描かれた繭子―辰也と辰也―美弥子の関係と、その裏面に当たる「side-A」で描かれた繭子―夕樹の関係が、何とも微妙なタイミングで推移していることがわかります。

 「side-B」だけ読めば、遠距離恋愛の果てに二股をかけてしまった辰也に、繭子が一方的に捨てられてしまったという物語のようにも見えますが、裏面を重ね合わせてみると、むしろ繭子―夕樹の方が辰也―美弥子よりも早く進行していることに驚かされます。そして繭子は周到に、夕樹に“たっくん”という愛称をつけることで二股の発覚を防ぎ(いうまでもないことですが、辰也がうっかり“「なあ、おい、美弥子」と言ってしまった”(「side-B」245頁)のと対照的です)、二人の“たっくん”と同時に付き合っていたわけで、本書を読んだ方の感想に散見されるように“女は怖い”という印象を受けるのも無理からぬところかもしれません。

 ただ、本書の場合には夕樹と辰也の二人の視点(主観)しか存在しないため、どうしてもこの二人の“たっくん”に感情移入してしまいがちですが、間接的に想像するしかない繭子本人の心理を直ちに“怖い”と切って捨てるのは、いかがなものかとも思えます。

 確かに、例えば8月9日(日)の、生理が来ないことを辰也に打ち明けた時に“「なあ、もしそれが本当だった場合……結婚しよう」僕がそう言うと、彼女はほんの一瞬、嬉しそうな表情を見せた”(「side-B」198頁)というまさにその夜に、電話をかけてきた夕樹に“「連絡を取るだけじゃなくて、デートにも誘ってほしいなって思ってたんだけど”(「side-A」45頁)と言ってしまう繭子の言動には、正直理解しがたいものを覚えるのも事実です。が、その背景にどのような心の動きがあったのかは、余人には推測しかねるところでしょう。

 要するに、辰也の二股が“あり”なら繭子の二股も“あり”だと思いますし、繭子の周到さ*3にはむしろ感心させられてしまう部分もないではないのですが……。

*3: それにしても、“「私、今日のことは一生忘れないと思う。……初めての相手がたっくんで、本当に良かったと思う」(中略)「ううん。二度目の相手もたっくん。三度目の相手もたっくん。これからずっと、死ぬまで相手はたっくん一人」”(「side-A」114頁)という繭子の台詞は、あまりにも意味深です。


5. ハッピーエンド?
 「side-B」のラストでは辰也が正式に石丸家に招かれ、「side-A」のラストでは繭子と夕樹が幸せなクリスマスイブ*4を過ごしており、一見するとどちらのカップルもハッピーエンドであるように思われます。

 しかし、“「絶対」という言葉を捨てた”(「side-B」261頁)辰也は漠然とした不安とともに別れた“マユ”のことを思い出すという、なかなか微妙な心理状態。一方、どこから見ても幸せな状態で終わっている繭子と夕樹の物語も、その後に「side-B」――“イニシエーション・ラブ”という縁起でもない(?)概念が示され、一つの“別れ”がはっきりと描かれた物語――がつなげられていることで、最終的には奇妙な翳りを帯びてしまっている印象を受けます。

 このような微妙な読後感を生み出しているあたりにも、作者の演出の巧みさがうかがえます。

*4: 夕樹がターミナルホテルを予約できた(「side-A」123頁)のは、辰也が予約をキャンセルした(「side-B」255頁)おかげだと思われます。このあたりの細かい仕掛けが何ともいえません。


2006.11.29読了

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