ミステリ&SF感想vol.137

2006.12.15
『神様ゲーム』 『そして名探偵は生まれた』 『イニシエーション・ラブ』 『切り裂かれたミンクコート事件』 『パッチワーク・ガール』



神様ゲーム  麻耶雄嵩
 2005年発表 (講談社 ミステリーランド)ネタバレ感想

[紹介]
  小学4年生の芳雄の住む神降市では、残酷な猫殺し事件が相次いで発生していた。同級生のミチルちゃんがかわいがっていた猫も被害に遭ってしまい、芳雄は刑事をやっている父親に犯人逮捕を頼み込む一方で、近所の子供たちと結成した探偵団で犯人探しを始める。そんな時、転校してきたばかりの鈴木君と掃除当番で一緒になった芳雄は、“ぼくは神様なんだよ”という鈴木君の言葉に驚かされる。この世界を創造し、知らないことは何一つないという鈴木君は、猫殺しの犯人も教えてくれたのだ。そして数日後、芳雄たち探偵団は、秘密基地として使っていた古い屋敷で死体を発見することになった……。

[感想]

 “かつて子どもだったあなたと少年少女のための――”というコピーが付された叢書〈講談社ミステリーランド〉。いかにも児童書という感じのイラストが掲載され、漢字には逐一ルビが振られているという風に、体裁は完全にジュヴナイル作品となっていますが、内容の方はさすがに麻耶雄嵩。ジュヴナイルらしからぬ救いのない物語に仕上がっています。

 序盤こそ、ジュヴナイル・ミステリの定番ともいえる少年探偵団というスタイルが踏襲され、主人公の芳雄を始めとする探偵団のメンバーたちが猫殺しの謎に挑むという形になっていますが、物語はすぐにジュヴナイルの“枠”から逸脱し、暴走し始めます。何というか、通常想定される子供の知識や思考(のロジック)といったものを超越したところにある残酷な“真実”を、次々と主人公に突きつけていく容赦のなさが強烈です。

 その“真実”を言葉で、あるいは“天誅”という現象を通して主人公に告知する役割を担っているのが、“神様”である鈴木少年です。全知全能でありながら真実の一部しか明かさないというその行動は、何とも気まぐれで不親切にも思えますが、それは絶対に間違いのない真実であるがゆえに受け手を説得する必要のない、“無謬の名探偵”の究極の姿といえるでしょう。そして、先に提示された“真実”と整合する解釈を受け手が構築しなければならないという構図は、例えば『鴉』などに通じるいかにも麻耶雄嵩らしいものになっています。

 自分一人では到達し得なかった意外な“真実”を知らされた主人公は、それを受け入れるために“枠”を破壊して推理を続けます。知識やロジックの“拡張”であるのは確かですが、“成長”という表現を使うにはあまりに過酷な変身を遂げざるを得ない、主人公の姿に涙。そしてその覚悟をあっさりと凌駕する、強烈なカタストロフ。一体誰に読ませればいいのか思わず戸惑ってしまう、麻耶雄嵩ならではの問題作です。

 余談ですが、アメフト好きとしては“いつも県道のロスリスバーガーで差し入れのポテトを買ってくる”(71頁)という一文に苦笑させられました(→「ベン・ロスリスバーガー - Wikipedia」参照)

2006.11.27読了  [麻耶雄嵩]
【関連】 『さよなら神様』



そして名探偵は生まれた  歌野晶午
 2005年発表 (祥伝社)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 かつて単独で“400円文庫”として刊行された「生存者、一名」「館という名の楽園で」に、書き下ろしの中編「そして名探偵は生まれた」を加えて一冊にまとめたという、すでに400円文庫を購入した読者にとっては何とも微妙な作品集です。
 とはいえ、内容そのものはなかなかの出来といっていいでしょう。オーソドックスな本格ミステリのスタイルを、パロディやメタ趣向なども取り込んでそれぞれ異なる方向へ展開しながら、読後の印象には統一感を持たせてあるという、コンセプトアルバムのような一冊です。

「そして名探偵は生まれた」
 数々の難事件を鮮やかに解決しながら世間的な名声はなく、警察関係者にのみその名が知られる名探偵・影浦逸水。先日解決した事件の関係者だった会社社長に招かれて、助手の武邑大空とともにその保養施設を訪れたのだが、雪の降り積もったその夜、宴の終わった後に不可解な事件が起こった。密室状況のホールの中で、社長が殺害されていたのだ。名探偵・影浦逸水が解き明かした真相は……?
 パロディ要素を多分に含んだミステリですが、例えば東野圭吾『名探偵の掟』のようなミステリそのもののパロディではなく、対象となっているのはあくまでも“名探偵”という存在。“名探偵”を現実的な世界に放り込んで既存のイメージを覆すという点では、例えば北村薫『冬のオペラ』(の序盤)に通じるところがありますが、この作品ではそれがはるかに徹底されており、読んでいて身につまされながらも苦笑を禁じ得ません。
 しかしそれでいて、読後に漂う後味は苦く、ブラック。トリックはさほどでもありませんし、とある理由で結末が見えやすくなっているという弱点もありますが、それでもインパクトの感じられる作品です。

「生存者、一名」
 多数の死傷者を出す爆弾テロ事件を起こしたカルト宗教〈真の道福音教会〉。その実行犯となった男女四名は、海外逃亡に備え、二名の教会幹部とともにとある孤島に潜伏することになった。だが、すぐに幹部の一人がクルーザーごと姿を消し、もう一人は実行犯たちが教会のスケープゴートにされたことを明かす。かくして取り残された総勢五名は、絶望の中で孤島生活を送り始めたが、やがて一人ずつ殺されていき……。
 冒頭に挿入されたニュース(新聞記事?)で“生存者一名、死者五名”(118頁)という結末が大胆に提示された後、(時おりニュースを挟みながら)テロリストの一人の視点から孤島での物語が綴られています。島に取り残された人数とニュースで紹介された人数の不一致によって、犯人当て以上に“生存者当て”の興味がクローズアップされているところが非常にユニークです。
 一人ずつ殺されて減っていくのは孤島ものの常道ですが、外部に救助を求めるわけにはいかないテロリストであり、味方であったはずの教会からも見捨てられてしまったという登場人物たちの立場のせいで、物語が当初から独特の暗いトーンを帯びているのが印象的。
 クライマックスとなる最後の対決を経て明らかになる、ひねりの加えられた真相もさることながら、その後に続く物語の結末がよくできています。

「館という名の楽園で」
 大学を卒業して30年近くが過ぎ、ミステリ研のOBたちが久しぶりに一堂に会する。メンバーの一人・冬木が、ミステリの舞台にふさわしい館を建てるという長年の夢を実現し、かつての仲間たちを招待したのだ。到着した客の前に現れた冬木は、ミステリさながらの推理ゲーム――架空の殺人事件――の実演を宣言する。そして館に伝わるという設定の奇怪な事件の伝説が語られた後、いよいよゲームが始まったのだが……。
 表題作が“名探偵”という(虚構上の)存在を身も蓋もない現実に放り込んだ作品であるのに対し、こちらは現実の中に積極的に“ミステリ”という虚構を構築した、いわば徹底して人工的な作品となっています。ミステリの舞台さながらの異形の館に、いかにもお約束といえる伝説も添えて、その中で推理劇を実演するという、稚気に満ちた設定が見ものです。
 トリックはやや微妙なところもありますが、細かくふんだんに配置された手がかりが印象的。それだけに、探偵役となるべき客たちがやや力不足に感じられてしまうのはご愛敬か。
 現実の中に構築された虚構が、やがてはかなく消え失せてしまう運命にあるのはもちろんですが、虚構が消えた後に残される“現実”が、さらに何ともいえない後味を加えています。

2006.11.28読了  [歌野晶午]



イニシエーション・ラブ  乾 くるみ
 2004年発表 (原書房 ミステリー・リーグ)ネタバレ感想

[紹介]
 大学四年生の僕は、人数合わせで参加させられた初めての合コンで、彼女と出会った。彼女の名は成岡繭子。二十歳の誕生日を迎えたばかりで、歯科衛生士として働いているという繭子は、小柄でほっそりしたスタイル、思い切ったショートカット、愛嬌のある顔立ち。すっかり繭子が気に入ってしまった僕だったが、口べたでなかなか話しかけることができなかった。しかし三週間後、また同じメンバーで今度はに行くことになり、僕は繭子と再会する。そこで彼女の電話番号を教えてもらい、さんざん迷った末に思い切って電話してみた僕は、繭子とデートすることになった。そして……。

[感想]

 合コンがきっかけで始まる恋を描いた「side-A」、そして次第に破綻していく遠距離恋愛を描いた「side-B」の二部から構成された、ベタベタな恋愛小説ともいえる作品です。もっとも、作者が乾くるみであり、〈ミステリー・リーグ〉の一冊として刊行されている以上、単なる恋愛小説だけで終わるわけはないのですが。

 物語の主な舞台となるのは、これは(プロフィールからみて)作者自身が主人公と同年代を過ごしたらしい、1980年代の静岡。そのためもあってか、舞台のディテール(特に地名やランドマークなど)が事細かに描き込まれており、物語の背景がやたらにしっかりしているところが目を引きます。また1980年代という時代設定により、現在の恋愛事情に大きな影響を与えていると思われる携帯電話が登場しないため、現在とは一味違ったもどかしくも懐かしい雰囲気の恋愛になっているのが印象的です。

 作中で描かれる恋愛は、前述のようにベタベタな、ありがちといえばあまりにありがちなもので、それゆえにある種の痛みを感じさせられる部分が多々あるとはいえ、読んでいてそれほど面白いとはいえません。しかしその、見方によっては平凡きわまりない物語も、すべて作者のしたたかな計算に基づいているようにも思えます。いずれにせよ、あくまでも恋愛小説としての姿しか見せようとしない物語の陰に、大胆な企みを忍ばせた作者の手際に脱帽せざるを得ません。

 実のところ、読んでいる途中で“真相”を見抜くことができたと思っていたのですが、作者の狙いはさらにその上を行くものでした。最後まで読み終えた後、さらに再度読み返してみてようやく納得できる、実に巧妙に仕掛けられたには圧倒されます。一筋縄ではいかない作者ならではというべきか、親切に手がかりが配置されているようでいてなかなか気づかせない、一見すると普通にしか見えない精妙な騙し絵のような作品です。

2006.11.29読了  [乾 くるみ]



切り裂かれたミンクコート事件 The Affair of the Mutilated Mink Coat  ジェームズ・アンダースン
 1981年発表 (山本俊子訳 扶桑社文庫ア8-2)ネタバレ感想

[紹介]
 ふとしたきっかけから熱烈な映画ファンとなったバーフォード伯爵。その屋敷であるオールダリー荘へ、映画関係者たちが新作の下調べに訪れることになり、ひいきのスターも来ると聞いた伯爵は大喜び。さらにそこへ、伯爵夫人の親戚夫婦や、令嬢ジェラルディーンのフィアンセ候補たち、そして飛び入りでイタリアの大女優までもが加わり、オールダリー荘は時ならぬ大盛況となった。だがその中には、闇に紛れて怪しげな動きをみせる人物も。やがて雪の夜、一発の銃声とともにまたもや殺人事件が発生し、なぜか切り裂かれて穴のあいたミンクのコートが発見されて……。

[感想]

 1930年代英国の貴族の屋敷を舞台とした、黄金時代さながらの探偵小説『血染めのエッグ・コージイ事件』『血のついたエッグ・コージイ』)の続編です。多くの客たちが集まった終末のパーティの夜に起きた前回の事件以来、すっかりパーティ嫌いになってしまったバーフォード伯爵ですが、あれよあれよという間に客の数が増えていき、夜更けにこっそりと屋敷内を徘徊する怪人物も出現する中、またしても殺人事件が起きてしまうという前作とほとんど同じ状況になっているのが笑えます。

 屋敷に滞在する客たちは当然ながら前作とは違っていますが、映画関係者たち、伯爵夫人の親戚夫婦、令嬢のフィアンセ候補たち、そして飛び入りの大女優に予期せぬ来訪者と、いずれも個性的で曲者揃いなのは相変わらず。また警察関係者としては、前作で事件を鮮やかに解決したウィルキンズ主任警部が再登場しますが、バーフォード伯爵の友人(!)である某名探偵にも認められたその手腕にもかかわらず、これまた某名探偵らとともにロンドン警視庁の“スリー・グレートA”と並び称されるオールグッド主任警視に捜査の主導権を譲っています。このあたりの遊び心に満ちた設定も愉快なところです。

 強烈なバカトリックが目を引いた前作とは違って、派手なトリックが使われているわけでもなく(正確にはインパクトに欠けるというだけで、十分にバカトリックといえそうな気もしますが)、事件は今ひとつとらえどころのない様相です。しかし、“切り裂かれたミンクコート”という手がかりに基づく推理などはよくできていると思いますし、どことなく逆説的に感じられるロジックが随所に見受けられるのも好印象。何より、ミステリとしての面白さと笑いを両立させた巧みなプロットが秀逸です。

 圧巻は、“事件は解決したよ”とウィルキンズ主任警部に宣言したオールグッド主任警視が、古式ゆかしく一同を集合させた後、実に100頁以上にも及ぶ解決場面です。実験あり、サプライズあり、活劇あり、様々な嘘と謎が皮肉なユーモアとともに暴かれていくサービス満点の内容で、登場人物たちがそれぞれの結末を迎えるエピローグ的な最終章も含めて、読み終えた時にはただただ満足です。

2006.12.05読了  [ジェームズ・アンダースン]
【関連】 『血のついたエッグ・コージイ』



パッチワーク・ガール The Patchwork Girl  ラリイ・ニーヴン
 1978年発表 (冬川 亘訳 創元SF文庫668-03・入手困難ネタバレ感想

[紹介]
 地球、月、そして小惑星帯の政府代表を集めて月面都市で開かれる重要な会議。その前日、自室で入浴中だった小惑星帯のパンズラー議長が、展望窓の外の月面からレーザーで狙撃されるという殺人未遂事件が起こる。地球の代表に随行していたARM(国連警察)の捜査官、“腕{アーム}のギル”ことギル・ハミルトンは、現地の警察と協力して事件の捜査に当たるが、やがて浮かび上がった容疑者はギルの昔の恋人ナオミだった。月の法律では、重罪犯は半年間の人工冬眠状態を経た後、移植用臓器の供給源として解体されてしまう。ナオミを救うべく、懸命の捜査を続けるギルだったが……。

[感想]

 L.ニーヴンによる未来史〈ノウンスペース・シリーズ〉の中の1作であり、中編集『不完全な死体』と同様に、限定された超能力“想像の腕”の持ち主である“腕{アーム}のギル”ことギル・ハミルトンを主役としたSFミステリです。

 物語の舞台となるのは、人類が月面や小惑星帯{ベルト}にまで広がり、それぞれの世界の間に対立が生じつつある22世紀の世界。そこでは、臓器移植技術の発達につれて移植用臓器の確保が切実な問題となっており、結果としてその供給源を犯罪者に求めることが趨勢となっています『不完全な死体』及び短編「ジグソー・マン」『無常の月』及び『太陽系辺境空域』収録)なども参照)。その中で、月の法律が適切に運用されているか否かを検討する重要な会議の直前に、事件が起きます。

 SFミステリとしては、月という舞台の特殊な環境がうまく生かされているところが目を引きます。まず、犯人のレーザーによる狙撃が不成功に終わった理由が非常に秀逸。そして、都市内部から月面への出入りが厳しく管理されているために、狙撃地点が一種の“密室”(に近い状態)になっているという不可能状況も、(とりあえずは)よくできていると思います。

 そして、容疑者として浮かび上がってきたギルの昔の恋人ナオミが、ついには逮捕されて解体を待つ人工冬眠状態に追い込まれることで、ギルにとっては会議の議題が切実なものになってしまうというプロットがまた見事。テーマと事件の展開とが密接に結びつき、物語は盛り上がっていきます。

 フーダニットとしては少々難がありますが、ハウダニットとしてはまずまず。真相はやや見えやすくなっている感もありますが、手がかりや伏線の配置はなかなか巧妙ですし、ダイイングメッセージまでも盛り込まれた末の謎解きは、純粋にミステリとしても十分な水準にあるといっていいのではないでしょうか。

2006.12.07再読了  [ラリイ・ニーヴン]  〈ノウンスペース〉


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