叙述トリック分類

2006.06.15 by SAKATAM
(以下、随時追記修正)

ご注意!

  1. このページでは、ミステリで使用される叙述トリックを分類し、解説しています。叙述トリックが使われたミステリを予備知識なしで楽しみたいという方は、以下の内容をご覧にならないようご注意下さい。
  2. 原則として(*)作品名は挙げていません。想定している作品名などの問い合わせはご遠慮下さい。
  3. ほとんどの項目では具体的な作品を想定して説明していますが、こちらの記憶違いなどが含まれている可能性もありますので、ご注意下さい。
  4. 具体的な作品が想定できないまま適当に書いている項目もありますが、ご容赦下さい。
*: メイントリックではなく、しかもあらすじ等で真相が紹介されている一部の作品については、作品名を伏せ字で記してあります。

分類

 「叙述トリックの対象による分類」「叙述トリック概論」)にしたがって、以下のように分類します(2017.01.08:「逆叙述トリック」を追加しました)。


[A] 人物に関するトリック

 叙述トリックの中では、人物に関するものが(おそらく)最も使用例が多く、またバリエーションに富んでいます。これは、ミステリの大半が大なり小なりフーダニットの要素を含んでいることと無縁ではないでしょう。
 人物に関する叙述トリックは、〈人物の誤認〉〈人物の属性の誤認〉、そして〈人物の隠匿〉という三つの系統に大別できます。

[A-1] 人物の誤認
 ある人物Xを別の人物Yと誤認させるトリックで、人物に関する叙述トリックの中でも最も多用されているものです。
 小説の登場人物は主として呼称の表記によって識別されますが、人物と呼称は必ずしも一対一で対応するわけではなく(例えば代名詞・偽名・愛称・肩書など)、それを利用して人物を誤認させることが可能となります。また、さらに別の(叙述)トリックを組み合わせることで誤認が補強(ないし誘発)されることも多くなっています。
 誤認の対象となる人物は一人とは限らず、例えば人間関係などを利用することにより、同時に複数の人物を誤認させることも可能です。
 このトリックの基本パターンは、作中での人物Xと人物Yとの関係によって、以下の四通りに分けることができるでしょう。

[A-1-1] 一人を複数と誤認させるもの (一人二役)
 ある人物Xを、人物X及び別の“人物Y”の二人であるかのように誤認させるトリックで、典型的な例は次のようなものです。

[表1]
 真相認識
場面A人物X人物X
場面B人物X人物Y

 [表1]のように、場面Aに登場する人物Xと場面Bに登場する“人物Y”とが別人だと思わせておいて、実は同一人物だったという真相になります。
 最低限必要なのは呼称の使い分けで、比較的簡単に実現することができます。が、使い分けにはそれなりに説得力のある理由が必要になってくるでしょう。
 なお、一人を何人に誤認させるか、すなわち誤認の人数については上限がなく、主要登場人物の大半が同一人物だったという例もあります。

[A-1-2] 複数を一人と誤認させるもの (二人一役)
 ある人物Xと別の人物Yとを、同一の“人物Y”であるかのように誤認させるトリックで、典型的な例は次のようなものです。

[表2]
 真相認識
場面A(人物X)/人物Y(人物X)/人物Y
場面B人物X人物Y

 [表2]のように、場面Aに登場する人物Yと場面Bに登場する“人物Y”とが同一人物だと思わせておいて、実は別の人間だったという真相になります。
 同一人物だと誤認させる手段としては、ストレートに同じ(あるいは類似の)呼称を使うというのがまず考えられますが、同一人物に対する呼称が場面によって使い分けられているように見せかける方がスムーズでしょうか。
 別人を同一人物に見せかけるには呼称だけでは不十分で、人物Yと“人物Y”(に見せかけられた人物X)の間に何らかの共通点を導入する必要があるでしょう。

[A-1-3] 単純に人物Xを人物Yと誤認させるもの (なりすまし)
 
[表3]
真相認識
人物X人物Y

 一人二役でも二人一役でもなく、[表3]のように単純に人物Xを人物Yと誤認させる叙述トリックの例は、あまり多くないと思われます。なぜなら、人物Yと思われた人物が実は人物Xだったというだけでは、単なる偽名の使用以上の効果を生じないからです。この場合、わざわざ叙述トリックを使う意味がありません。
 叙述トリックを使う必要がある、逆にいえば単なる偽名の使用では問題がある(アンフェアになる)のは、人物Yが読者(など) にすでに知られた人物である場合、典型的には複数の作品に登場するシリーズキャラクターの場合でしょう(*1)。具体的には、次の[表3-2]のようになります。

[表3-2]
 真相認識
作品A人物Y人物Y
作品B解決以前人物X人物Y
解決以降人物X/(人物Y)人物X/(人物Y)

 [表3-2]に示したように、「作品B」に登場する人物Xを、「作品A」に登場したシリーズキャラクターである人物Yと誤認させるもので、人物Y本人だと思わせておいて実は偽者(他人)だったという真相になります。シリーズとしてみれば複数の作品をまたいだ二人一役トリック([表2]を参照)とも考えられますが、「作品B」単独では単純な〈なりすまし〉という形になります。

[A-1-4] 人物Xと人物Yを逆に誤認させるもの (取り違え)
 きわめて特殊な例として、人物Xと人物Yをであるかのように誤認させるトリックもあります。

[表4]
真相認識
人物X人物Y
人物Y人物X

 これまでに挙げた人物誤認トリックがいわば“一方向の誤認”であるのに対して、このトリックでは、人物Xを“人物Y”と誤認させると同時に人物Yを“人物X”と誤認させるという、“双方向の誤認”を生じさせる必要があるので、その分難易度が高くなると考えられます。実際のところ、反則気味(←アンフェアというわけではない)の手法を用いた一例しか思い当たる作品がありません。


[A-2] 人物の属性の誤認
 一般に、人物は様々な属性を有していますが、叙述トリックを利用してそれらを誤認させることができます。代表的な例は性別の誤認ですが、他にも様々な属性を対象としたトリックが考えられるでしょう。
 トリックの使い方は主に、[A-1]〈人物の誤認〉とセットになったもの[表5-A]と、特定の人物に関してその属性を誤認させるもの[表5-B]の二通りです。前者はあくまでも人物の誤認がメインであり、それを誘発ないし補強するために属性の誤認が使われます。一方、後者の場合には基本的にある属性のみを誤認させることになりますが、効果的な使い方として、犯人特定の条件となる属性についての誤認を生じさせることで犯人を隠蔽する(*2)というものがあります。

[表5-A]
 真相認識
人物人物X人物Y
属性属性A属性B
      
[表5-B]
 真相認識
人物人物X人物X
属性属性A属性B

[A-2-1] 性別の誤認
 登場人物の性別を誤認させるトリックは、当然ながら、女性を男性と誤認させるものと、男性を女性と誤認させるものとに分けられます(*3)。多くの作品では前者のトリックが使われており、後者のトリックが使われた作品はあまり見当たらないのが実状です(安眠練炭さん「女か虎か」及びきたろーさん「男女トリックの男女比」を参照)。

[A-2-1-1] 女性を男性と誤認させるもの
 女性を男性と誤認させるためには少なくとも、呼称や言動を含めた描写の中性化を行う必要があります。少なくとも現代の日本では、中性的な描写がなされた人物は概して男性と解される傾向があるので、とりあえずはそれで十分だと思われます。
 さらに、職業や肩書、あるいは特定の行動(例えば女性との性行為)などに関する先入観を利用して誤認を補強する例もあります。

[A-2-1-2] 男性を女性と誤認させるもの
 男性を女性と誤認させるのは、逆の場合と比べて難しくなります。前述のように、中性化によって性別を隠すだけでは男性と解されてしまう可能性が高く、原則的には(*4)積極的に“女性らしい”描写をしてやる必要があるのですが、外観や言動が“女性らしい”男性に対しては、周囲の人物の態度にある種のバイアスがかかることが多いからです。したがって、“女性らしい”描写をするためには他のトリックによるサポート(そのような描写が不自然ではない状況を作り出す)が不可欠になるでしょう。

[A-2-2] 年齢の誤認
 例えば二階堂黎人(以下伏せ字)「私が捜した少年」(ここまで)の冒頭に仕掛けられたトリックのように、登場人物の年齢を誤認させるものです。
 実際のところ、年齢誤認トリックの一般的な目的は年齢そのものの誤認ではなく、身体的特徴や社会的立場などのように年齢に伴って変化する他の属性を誤認させることであるといえます。例えば“20歳と見せかけて実は21歳だった”といった誤認は実質的にほとんど意味がない(サプライズを生じない)わけで、誤認の幅(何歳誤認させるか)はある程度大きくならざるを得ないでしょう。

[A-2-3] その他身体的特徴の誤認
 他にも様々な身体的特徴を誤認させるトリックがあり得ますが、思い当たる具体例はほとんどありません。実現が困難であるか、あるいはあまり効果的でない、というのが理由ではないかと考えられます。
 数少ない例として、[例を表示]などがあります。

[A-2-4] (動物)種の誤認
 主に人間以外の動物などを人間と誤認させるトリックで、登場“人物”は人間であるという先入観を利用しています。ごくまれに逆のパターン、つまり人間を人間以外の存在と誤認させる例もあります。

[A-2-4-1] 視点“人物”
 視点“人物”を人間以外の存在とするトリックには、その心理描写が困難だという問題があります。例えば犬や猫などの動物を視点“人物”とする場合、人間でないことを伏せたまま無条件で人間のような思考をさせることはアンフェアだと思われますし、心理描写を排除して行動だけを描くようにすれば不自然にならざるを得ません。また、動物が人間のように思考することができる作品世界であることを示しておけば、アンフェアではなくなるかもしれませんが、その場合叙述トリックが不発になってしまうことはいうまでもないでしょう。
 その意味では、通常のミステリよりもむしろ、人間のような思考が可能な人間以外の存在を描くことができるSFの方で、いくつかの例が目につきます。例えば、ロバート・J・ソウヤー(以下伏せ字)『ゴールデン・フリース』(ここまで)の語り手の正体は、少なくとも第1章では伏せられています。

[A-2-4-2] それ以外
 視点人物以外であれば描写の自由度は高くなり、結果として作例も多くなっています。また心理描写が不要となることで、意識を持たない無生物を人間と誤認させる(あるいはその逆)ことも可能となります。

[A-2-5] 人間関係の誤認
 親子や兄弟といった人間関係を誤認させるトリックですが、[A-1]〈人物の誤認〉とセットになっているのが普通です。むしろ、そちらの方がメインだといった方がいいかもしれません。

[A-2-6] 職業・社会的立場の誤認
 誤認させる手法は他の属性と同様ですが、同じ職業や社会的立場の人間が集まる状況が不自然ではなく、また“同僚”や“仲間”といった表現で多数の人間を一度に扱うことが容易なため、集団的な誤認をたやすく生じることができるのが特徴といえるでしょう(*5)。特殊な集団をごく一般的な集団に見せかけることで、時に状況そのものの誤認へとつながります。

[A-2-7] 役割の誤認
 例えば“犯人”や“探偵役”といった、作中で登場人物に割り当てられる役割を直接誤認させるトリックです。
 登場人物の役割は、本来は物語の中での行為によって結果的に定まるものですが、例えば登場人物の怪しげな言動によって役割を誤認させるものは叙述トリックとはいえませんし、行為そのものを誤認させるものはそちらに分類すべきでしょう。ここでいうところの“役割”とは、そのような結果として定まるものではなく、例えば登場人物表などにより作者が予め示すものを指します。つまり、作者が登場人物の役割に言及する箇所にミスディレクションを仕掛けることで、役割を誤認させるというトリックです。
 完全にメタレベル(作者の立場)で仕掛けられるトリックだということもあって、真相を示してもなお叙述トリックの存在に気づかれにくい(*6)という例もあるなど、扱いは少々難しくなります。


[A-3] 人物の隠匿
 実際にはその場に存在する登場人物を、“その場に存在しない”と見せかけるトリックです。
 ある人物の存在を隠すためには、その人物に関する描写や言及を一切しないということが考えられますが、読者にとってはその人物が作中にまったく登場していないのと区別がつかないことになりかねません。したがって、単純に人物の存在を隠し通すというだけでなく、“隠された人物”が作中に登場していたことをいかにして読者に納得させるか、いいかえれば、その人物を作中にどのような形で登場させておくかが重要なポイントとなってきます。
 トリックを成立させる上でもう一つ留意しなければならないのが、“隠された人物”と他の登場人物との関係で、他の登場人物との間で行われる会話などの“相互作用”が、“隠された人物”の存在を浮かび上がらせてしまう危険性をはらんでいるのはいうまでもないでしょう。この問題の解決策としては、(a)叙述トリックの利用(人物の誤認[A-1]など)と、(b)作中での人物の隔離という二つの方向性が考えられます。
 このトリックは、隠される人物と叙述の視点との関係によって、以下の三通りに分けることができますが、具体的な手法は大きく異なっています。

[A-3-1] 視点人物の隠匿
 叙述(描写)の視点となっている人物――視点人物の存在を隠すトリックで、物語の“語り手”や“記述者”などの役割が与えられた人物を隠匿の対象とすることによって、その人物自身に関する描写や言及がなかったとしても、(原則として)終始作中に登場していたことを読者に対して保証することができる――客観視点でないことが明らかになれば、視点人物なくして物語は存在し得ないことになるため――という大きな利点があります。
 具体的には、視点人物の一人称による叙述において、視点人物自身に関する描写や言及を徹底して排除することで、視点人物の存在しない三人称(客観視点;他人の内面描写ができないため)による叙述に見せかけるという手法が基本となります。
 前述のように、“隠された人物”自身に関する描写や言及が必ずしも必要ないために、他の登場人物との関係に関しては上記(b)の(何らかの手段による)“隔離”が多用される傾向にあります。

[A-3-2] 聴き手の隠匿
 語り手が読者に向けて語っているように見せかけて、実際には存在する聴き手を隠すトリックです。たとえていうなら、不特定多数に向けたラジオ放送かと思っていたら、実は無線でのやり取り(ただし片方が一方的にしゃべり続けている)だった、といったところでしょうか。現象としては人物の隠匿のバリエーションといえるものの、実際には語り手が誰に対して語っているかを誤認させるものであり、後述の[C-2]〈状況の誤認〉ととらえるべきなのかもしれません。
 語り手が(隠された)聴き手に向けて語り続けているという状況のため、前述の“相互作用”がほとんど問題になることはなく、その点でも人物隠匿トリックの中で例外といえます。このように、実現するための障害が少ないせいか(加えて状況が限定されていることもありますが)、トリックのバリエーションはほとんどありません。唯一思い当たる例として、他の人物も登場する中で聴き手(語り手は“あなた”と表現しています)の存在を隠してしまった作品があります(*7)

[A-3-3] 第三者の隠匿
 視点人物でも聴き手でもない第三者――三人称で記述される人物を隠すトリックです。
 この場合、作中で一切描写されなければ読者にとって登場していないも同然となってしまうので、[A-3-1]のような手法は使えません。したがって、隠されるべき人物について最低限の描写をしながらも、それを別の人物(など)に関するものと誤認させるトリックが中心となります。つまり、[A-1-2]〈二人一役〉などが有効となるわけですが、ただし人数を少なく誤認させるためには[表2]のようなまったく別の場面ではあまり意味がなく、少なくとも一つの(クローズドな)場所内、できれば一つの場面で〈二人一役〉を達成する必要があります。

「叙述トリック分類・補遺 〈人物の隠匿〉」
 この人物の隠匿トリックについては別ページ(2010.02.27追加)にて、具体的な作例(ただし作品名は伏せてあります)をもとにトリックの比較検討を行っています。

*1: このあたりは感覚的に書いているので、考えがまとまったら補足するかもしれません。
*2: 例えば、作中の手がかりから「女性が犯人」という条件が導き出される場合に、真犯人である人物を男性だと誤認させれば、犯人を隠蔽することができます。
*3: ちなみに、宝塚歌劇のように異性を演じるのが日常的な舞台において、役柄の性別を誤認させるトリック(例えば女優が男役を演じていると見せかけて、実は男装の女役だった)を仕掛ければ、視覚的に不自然でない性別誤認トリックを実現できる……というのを思いついたのですが、あまり面白くはないかもしれません。
*4: 別のミスディレクションによる人物の誤認をメインとすることで、“女性らしい”描写の必要を抑えた例もあります。
*5: [A-2-2]〈年齢の誤認〉や[A-2-4]〈(動物)種の誤認〉などでも同様の効果が期待できる場合がありますが。
*6: これは、メタレベルで仕掛けたトリックを作者自身が解説するという、いささか無粋な形でしか回避できません。
*7: ただし、客観的にみると成立しているといっていいのかどうか微妙です。メインのネタではないので、それほど厳密に考える必要はないかもしれませんが。
(2006.05.01)

[B] 時間に関するトリック

 時間に関する叙述トリックは、ある出来事が起きた日時を誤認させる日時の誤認と、複数の出来事が起きた順序を誤認させる時系列の誤認とに分けることができます。

[B-1] 日時の誤認
 作中で語られる出来事の起きた日時Xを日時Yと誤認させるトリックです。
 叙述の中で日時を(少なくとも一部)省略するというのが基本的な手法で、日時に言及されなければ現代(あるいは作品の発表時)または現在の出来事だという先入観に基づいて誤認が生じます。もちろん、他のミスディレクションによって過去(あるいは未来)と誤認させることも可能です。
 日時の誤認トリックには、日時そのものの誤認と日時の関係の誤認という二つの方向性があります。

[B-1-1] 日時そのものの誤認
 日時Xを日時Yと誤認させ、真相である特定の日時Xそのものを隠蔽するトリックです。

[表6]
真相認識
日時X日時Y

 特定の日時Xのみが問題になる場合は、真相(日時X)と偽の真相(日時Y)との差に伴う状況(背景)の変化によってサプライズを生じるのが一般的であり、そのために誤認の幅を大きくせざるを得ないという点で[A-2-2]〈年齢の誤認〉に通じるところがあります。しかし、個人の年齢の誤認よりも真相の隠蔽がはるかに困難である(背景の描写が大幅に制限されてしまう)こともあって、あまり例は多くありません。

[B-1-2] 日時の関係の誤認
 複数の場面の日時の関係を誤認させるトリックで、[表7-A]のように二つの場面の日時が(ほぼ)同じだと誤認させるものと、[表7-B]のように二つの場面の日時がずれていると誤認させるものとの二通りがあります。
 いずれの場合であっても、日時の関係そのものでサプライズを生じることはまれで、[A-1]〈人物の誤認〉、とりわけ[A-1-1]〈一人二役〉または[A-1-2]〈二人一役〉と組み合わせて(あるいはそれを成立させる手段として)使用されるのが一般的です。

[表7-A]
 真相認識
場面A日時Y日時Y
場面B日時X日時Y
      
[表7-B]
 真相認識
場面A日時X日時X
場面B日時X日時Y

 [表7-A]のトリックは、(日時の省略などで)受け手に日時を意識させないことにより、作中で場面転換があってもほぼ同時の出来事だと誤認させるものです。つまり、日時のずれを隠蔽することを目的としたものであって、真相も特定の日時Xというより日時Y±αであるということが重要になっています(実際、真相がそのような形でしか示されない場合が多々あります)。
 一方、[表7-B]のトリックは二つの場面がほぼ同時(作中での“現在”)であることを隠蔽するもので、受け手に誤った日時を意識させる必要があるためにやや難易度が高いと思われ、使われている例はほとんど見当たりません。


[B-2] 時系列の誤認
 [表8]に示したように、本来は場面A→場面Bの順に進行する物語を、場面B→場面Aのように順序を変えて語ることで、作中で起きる出来事の順序を誤認させるトリックです(*1)

[表8]
真相叙述認識
場面A→場面B場面B→場面A場面B→場面A

 このトリック特有の効果として、非可逆的な現象(例えば登場人物の死など)と組み合わせることで不可能状況もしくは犯人の不在という状況を演出できる、というものがあります。
 最後に配置されるのが(作中の時系列では)最初の場面であり、その中で時系列の逆転という真相を直接わかりやすい形で示すのが難しい――上の[表8]の例では、場面Aの中で場面Bとの前後関係を明らかにするために、場面Bで“起きた”出来事に言及するという手法は基本的に不可能(*2)――ため、しばしば作中作(あるいは手記)の形式が採用されてメタレベルから真相が解明されることになります。
 ちなみに知る限りの最大で、10場面の順序を逆転させた作品まであります。


*1: ただし例外として、[表8-2]のように叙述の順序は真相の通りであるにもかかわらず、特殊な設定とミスディレクションによって、実際の順序とは逆に語られているかのように誤認させる、という作品もあります。

[表8-2]
真相叙述認識
場面A→場面B場面A→場面B場面B→場面A

*2: “これから起きる予定の出来事”として言及することは可能ですが、三つ以上の場面の順序が逆転している場合にはその手法も使えません。
(2006.05.09)
(2017.01.14一部修正)

[C] 場所・状況に関するトリック
[C-1] 場所の誤認
 場所に関する叙述トリックは、ある出来事の起きた場所Xを場所Yと誤認させるものですが、[B-1]〈日時の誤認〉に準じて、場所そのものの誤認と場所の関係の誤認という二つの方向性を想定することができます。ただし対象が相違するために、日時の誤認とは若干事情が違っているところもあります。
 日時の誤認と最も異なるのは、誤認を生じる手法でしょう。場所については日時と違い、決定的な情報の省略だけで誤認を生じるような先入観は実質的に存在しないので、さらに他のミスディレクションが必要になります(*1)。逆に場所の誤認の有利な点としては、同一の地名(*2)という具体的な情報をミスディレクションとして使用できることが挙げられます。
 いずれにせよ、場所に関する叙述トリックは、日時に関するトリックよりは例が少ないようです。

[C-1-1] 場所そのものの誤認
  場所Xを場所Yと誤認させ、真相である特定の場所Xそのものを隠蔽するトリックです。

[表9]
真相認識
場所X場所Y

 特定の場所Xのみが問題になる場合は、[B-1-1]〈日時そのものの誤認〉と同様、真相(場所X)と偽の真相(場所Y)との差に伴う状況(背景)の変化によってサプライズを生じるのが一般的です。
 特殊な例として思い当たるのは、場所の違いによるサプライズに加えて密室トリックと絡めた(場所Yでは成立しないが場所Xでは成立する)作品くらいでしょうか。

[C-1-2] 場所の関係の誤認
 複数の場面の場所の関係を誤認させるトリックで、[表10-A]のように二つの場面の場所が(ほぼ)同じだと誤認させるものと、[表10-B]のように二つの場面の場所が離れていると誤認させるものとの二通りがあります。

[表10-A]
 真相認識
場面A場所Y場所Y
場面B場所X場所Y
      
[表10-B]
 真相認識
場面A場所X場所X
場面B場所X場所Y

 [B-1-2]〈日時の関係の誤認〉とは違って両者に難易度の差は見受けられず、アリバイトリックとの絡み(*3)もあって[表10-B]のトリックの方が使われやすいように思われます。[表10-A]のトリックを使った作品は、一例しか思い当たりません。


[C-2] 状況の誤認
 状況の誤認は、原則的に他のトリック(*4)による効果として生じるものと考えられますが、直接的に状況を誤認させる叙述トリックもあり得ます。小説ではないものの、わかりやすい例として「このミステリーがすごい! 2006年版」表紙イラストを挙げておきます。あるいは、「UU: 「じゃ、行くか」「ええ」 - United Unlimited」もこれに該当するでしょうか。


*1: 地名の省略に加えて、例えば日本人ばかりが登場することではじめて日本国内が舞台だと誤認させられる、など。
*2: 比較的有名な例としては、東京の日本橋と大阪の日本橋など。
*3: 犯人がいた場所が、現場Xから遠く離れた場所Yであるかのように見せかけるトリック。
*4: 例えば[A-2]の人物の属性の誤認、[B-1-1]〈日時そのものの誤認〉、[C-1-1]〈場所そのものの誤認〉、あるいは後述の[E-2]〈行為の誤認〉など。
(2006.05.09)

[D] 物品に関するトリック

 とりあえず項目を立ててみましたが、正直なところ思い当たる作品がありません。例えば凶器を誤認させるなど、どこかで使われていてもよさそうなものですが、他のトリックに比べると効果がさほどでもないため、印象に残りにくいのではないかと思われます。
 具体例を想定しないまま書くのはいかがなものかとは思いますが、対象の特性を考慮すると、[A]〈人物に関するトリック〉に準じて物品の誤認・物品の属性の誤認・物品の隠匿の三通りに分けることができると考えられます(*1)


*1: なお、厳密には叙述トリックではないものの、やや叙述トリックに近い例として、某古典ミステリで使われているトリックを挙げておきます。それは、とある物品の固有名を強調することで、その物品の特殊な属性を隠蔽する[もう少し詳しい説明を表示]というものです。
(2006.05.09)

[E] 行為に関するトリック

 ある登場人物の行為を隠匿する、または別の行為と誤認させるトリックです。
 当初は、(作者にとって)都合の悪い行為を、できるだけアンフェアにならないように隠蔽するために使われたトリックですが、その後は受け手を積極的にミスリードするためにも使われているようです。

[E-1] 行為の隠匿
 有名な古典ミステリの例で、語り手自身のある行為が言葉を濁した描写によって隠されています。

[E-2] 行為の誤認
 ある行為を別の行為と誤認させるトリックで、語り手自身による殺人の場面をそうでないように見せかけた例などがあります。

(2006.05.09)

[F] 動機・心理に関するトリック

 登場人物の動機や心理を誤認させる叙述トリックは、登場人物の思考や心理の一部分だけを取り出すことで、主にその前提となる部分を誤認させるものです。

 典型的な例は、登場人物の独白の中の部分否定と全否定を混同させるもの(*1)で、犯人を隠蔽するための副次的なトリックとして様々な作品で使用されています。


*1: わかりにくい表現だとは思いますが、これ以上詳しく書くとネタバレになってしまうので……。
(2006.06.15)

[G] その他のトリック

 [A][B][C][D][E][F]のいずれにも該当しないトリックとして、テキストレベルの誤認・混同と現実と非現実の誤認・混同が考えられます。

[G-1] テキストレベルの誤認・混同
 作中の現実と作中作などを誤認・混同させるトリックです。便宜上“テキストレベル”と表記していますが、映像などでもあり得るでしょう。

[G-2] 現実と非現実の誤認・混同
 作中の現実と非現実(夢や妄想、あるいは仮想現実など)を誤認・混同させるトリックです。とはいえ、単なる夢オチは叙述トリックといえるのかどうか微妙ですが……。
 いずれにせよ、下手な使い方をすると物語の面白味を削いでしまう、扱いの難しいトリックであることは間違いありません。

(2006.06.15)

[H] 逆叙述トリック

 叙述トリックの特殊な扱い方として、いわゆる“逆叙述トリック”にも触れておきます。

 通常の叙述トリックでは、作中の事実が叙述の中で読者に対して伏せられることで騙されるのに対して、逆叙述トリックでは、作中で(登場人物の大半に対して)隠された事実が、三人称の地の文で(*1)読者にのみ明かされることになります。事実をあらかじめ知らされているにもかかわらず、読者が何に驚かされるのかといえば、その事実を(大半の)作中人物が知らないということ――それについて誤認していること。つまり、地の文で堂々と事実を示すことで、それが作中でも公然の事実であるかのように読者をミスリードして、作中の人物による誤認を隠蔽するトリックです。

[表11]
 作中叙述認識
読者事実Xが示される事実X(誤認Yに気づかない
作中の人物事実Xが隠される誤認Y

 逆叙述トリックの機構は、基本的には上の[表11]に示したような形になるでしょう。事実Xを誤認する主体が作中の人物である――読者は“作中の人物も事実Xを正しく認識している”と誤認する――ため、通常の叙述トリックとはだいぶ違っているように思われるかもしれませんが、通常の叙述トリックを下の[表12]のように表現すると、逆叙述トリックが通常の叙述トリックの“逆”であることを示す、両者の“対称性”がわかりやすくなると思います。

[表12]
 作中叙述認識
読者事実Xが隠される誤認Y
作中の人物事実Xが示される
(場合が多い)
事実X(誤認Yに気づかない

 もっとも、読者が叙述によらない情報(語られないこと)を認識できないことを利用して読者を騙す点ではどちらも同様なのですが、通常の叙述トリックの場合はほとんど意識されることもない(*2)逆方向の“情報格差”、すなわち作中の人物が叙述による情報(語られたこと)を認識できない――特に三人称の地の文は――ことまでも、逆叙述トリックでは読者を騙す仕掛けの一端として有効に活用されている、ということになります。

*

 実のところ、作中で隠されている事実が読者にのみ明かされることは、通常の叙述トリックとは異なる逆叙述トリックの大きな特徴ではあるものの、あくまでもトリックの出発点にすぎず、[表11]の“認識”の部分が核心であることは明らかでしょう。したがって、逆叙述トリックが成立するためには、少なくとも以下の三つの条件を満足する必要があると考えられます。

【条件1】作中の人物が誤認する
 叙述トリックが“隠す”だけでなく“騙す”トリックであることから、逆叙述トリックも作中の人物が“事実を知らない”だけでは不十分で、作中の人物が誤認を生じて初めて逆叙述トリックと見なされることになるでしょう。
 そしてその誤認は、作中の人物が有する先入観だけで十分な場合もあり得ますが、往々にして何らかの作中でのトリックが必要とされます。トリックとはいっても、ちょっとした(陳腐な)ものでかまわないのですが、作中の人物の大半を騙すことができるトリックでなければなりません。

【条件2】読者が作中での誤認に気づかない
 “読者に気づかせない叙述”という点では、一見すると通常の叙述トリックと同じように思われるかもしれませんが、実は大きな違いがあります。
 通常の叙述トリックの場合、作中の人物の発言や行動とそれ以外の地の文とが一体となって、事実Xを隠蔽して誤認Yを誘発する方向で作用します。ところが逆叙述トリックの場合には、最終目的である“作中の人物による誤認Yの隠蔽”のために両者は協働するものの、誤認の対象となる事実Xに関しては役割が逆。地の文では事実Xが堂々と明示されるのに対して、作中の人物の発言や行動はその事実Xを知らないことが前提であり、当然に事実Xが隠蔽される方向となります。
 実際には単に事実Xを“知らない”どころか、事実Xと排他的な関係にある誤認Yに基づく言動となるはずで、にもかかわらず、誤認Yを読者に気づかせないために、事実Xと矛盾しないように――それでいて、真相が明かされた後に誤認Yが読者の腑に落ちるように――作中の人物の言動を限定する必要が生じます。作中の人物の言動の中で、事実Xの周辺に触れるだけでも命取りになりかねないという点では、通常の叙述トリックよりもハードルが高いといえそうです。
 このような、地の文と作中の人物の言動との乖離を隠蔽するために、しばしば別の叙述トリックが併用されます。むしろ、隠蔽しようとした結果が別の叙述トリックになる、という方がより正確かもしれません。

【条件3】作中の人物が事実を正しく認識している、と読者が誤認する
 これは地味ながら重要なポイントですが、逆叙述トリックで読者が騙されるのは、作中で隠される事実Xを作中の人物が当然知っている、と思い込むからです。裏を返せば、作中で隠される事実Xが、作中の人物が知らなくても(あるいは判別できなくても)おかしくない情報であれば、たとえ作中での誤認が最後に明かされても、読者に対するトリックとしては機能しないことになるでしょう。

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 さて、上で叙述トリックを[A][B][C][D][E][F][G]に分類しましたが、それぞれに対応する逆叙述トリックが成立するかどうかを考えてみると、上に挙げた【条件1】〜【条件3】を満足させるのは、[A]〈人物に関するトリック〉以外はかなり難しいように思われます。

 まず[G-1]〈テキストレベルの誤認・混同〉は、そもそも作中の人物にはテキストレベルが認識できないので、当然ながら誤認を生じる余地もなく、【条件1】で不可。また[G-2]〈現実と非現実の誤認・混同〉は、もともと例外的に作中の人物の誤認に基づく叙述トリックであることからもわかるように、作中の人物が直ちには事実に気づかず誤認を生じるのが自然なので、【条件3】で不可となります。

 [F]〈動機・心理に関するトリック〉は、作中の人物が他の人物の内面を知り得ないのが普通なので、やはり【条件3】で不可。ダブルミーニングの台詞でその意図を他の作中人物に誤認させておいて、地の文の内面描写で真の意図を読者にのみ明かす、といった手法も考えられますが、この場合はおそらく台詞がダブルミーニングであることがくっきりと浮かび上がってしまい、【条件2】を満足できないのではないかと思われます。

 [D]〈物品に関するトリック〉と[E]〈行為に関するトリック〉はどちらも、作中の人物が得られる視覚的な情報が主なネックとなります。まず、作中の人物が視覚的に判別できるものは誤認させるのが難しく、【条件1】で不可。逆に、何かの演技、あるいは模型などの偽物(例えばモデルガンなど)のように、視覚的な判別が難しいことが明らかな場合は、【条件3】で不可。

 [B]〈時間に関するトリック〉と[C]〈場所・状況に関するトリック〉の場合は、作中の人物の大半を誤認させる必要があることもあって、距離や時間の間隔について大幅な誤認を生じた上で、なおかつ作中の人物に違和感を持たせずに物語を進めるのはまず不可能で、【条件1】を満足できないと考えられます。より小さな規模の誤認であれば、例えばアリバイトリックの応用などで作中の人物に誤認させることは可能でしょうが、(アンフェアになることを恐れない場合は別として)フェアに書こうとすれば、誤認が読者に露見するのは避けられないのではないかと思われます。なぜなら、時間や場所は人物の呼称などと違って、誤認と事実の両方に当てはまるような曖昧な言及が難しいからで、【条件2】を満足するのはかなり厳しいのではないでしょうか。

 そして[A]〈人物に関するトリック〉の中でも、[A-2]〈人物の属性の誤認〉の一部、例えば[A-2-4]〈(動物)種の誤認〉や[A-2-2]〈年齢の誤認〉、あるいは[A-2-3]〈その他身体的特徴の誤認〉の少なくとも一部などは、前述の[D][E]と同じように視覚的な情報がネックとなり、【条件1】または【条件3】で不可。また、[A-2-7]〈役割の誤認〉はメタレベルから仕掛けられる叙述トリックなので、前述の[G-1]と同様に【条件1】で不可となります。

 さらに、[A-3]〈人物の隠匿〉は【条件1】で不可。例えば視点人物の隠匿の“逆”――視点人物の存在が読者にのみ明かされている、という作品はすでにあるのですが、作中で視点人物を隠匿するトリックの方がクローズアップされることもあって、一般的に逆叙述トリックとは見なされていません。これは【条件1】で述べたように、作中の他の人物が視点人物の存在に“気づかない”だけであるためだと考えられます(*3)

 以上のように、逆叙述トリックの種類は、通常の叙述トリックに比べるとかなり限られるのではないかと思われます。が、通常の叙述トリックよりも遥かに歴史が浅いのは確かですから、これから予想を超えるトリックが生み出されていくことも十分に期待できるのではないでしょうか。


*1: “隠された事実”を知る人物の一人称で記述された作品もありますが、語り手による主観的な記述の中のみではなく、“枠外”の三人称的な部分においても“隠された事実”が示されており、“隠された事実”が語り手の思い込みではなく客観的な事実であることが保証されています。
*2: 叙述トリックが作中で“解明”される反則気味の作品の場合くらいでしょうか。
*3: 本文中では省略しましたが、[E-1]〈行為の隠匿〉も同様でしょう。
(2017.01.08)

参考
(敬称略)

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