叙述トリック分類 |
2006.06.15 by SAKATAM (以下、随時追記修正) |
ご注意!
*: メイントリックではなく、しかもあらすじ等で真相が紹介されている一部の作品については、作品名を伏せ字で記してあります。
|
分類 |
「叙述トリックの対象による分類」(「叙述トリック概論」)にしたがって、以下のように分類します(2017.01.08:「逆叙述トリック」を追加しました)。 |
[A] 人物に関するトリック | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
叙述トリックの中では、人物に関するものが(おそらく)最も使用例が多く、またバリエーションに富んでいます。これは、ミステリの大半が大なり小なりフーダニットの要素を含んでいることと無縁ではないでしょう。
*1: このあたりは感覚的に書いているので、考えがまとまったら補足するかもしれません。
*2: 例えば、作中の手がかりから「女性が犯人」という条件が導き出される場合に、真犯人である人物を男性だと誤認させれば、犯人を隠蔽することができます。 *3: ちなみに、宝塚歌劇のように異性を演じるのが日常的な舞台において、役柄の性別を誤認させるトリック(例えば女優が男役を演じていると見せかけて、実は男装の女役だった)を仕掛ければ、視覚的に不自然でない性別誤認トリックを実現できる……というのを思いついたのですが、あまり面白くはないかもしれません。 *4: 別のミスディレクションによる人物の誤認をメインとすることで、“女性らしい”描写の必要を抑えた例もあります。 *5: [A-2-2]〈年齢の誤認〉や[A-2-4]〈(動物)種の誤認〉などでも同様の効果が期待できる場合がありますが。 *6: これは、メタレベルで仕掛けたトリックを作者自身が解説するという、いささか無粋な形でしか回避できません。 *7: ただし、客観的にみると成立しているといっていいのかどうか微妙です。メインのネタではないので、それほど厳密に考える必要はないかもしれませんが。 (2006.05.01)
|
[B] 時間に関するトリック | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||
時間に関する叙述トリックは、ある出来事が起きた日時を誤認させる日時の誤認と、複数の出来事が起きた順序を誤認させる時系列の誤認とに分けることができます。
*1: ただし例外として、[表8-2]のように叙述の順序は真相の通りであるにもかかわらず、特殊な設定とミスディレクションによって、実際の順序とは逆に語られているかのように誤認させる、という作品もあります。
*2: “これから起きる予定の出来事”として言及することは可能ですが、三つ以上の場面の順序が逆転している場合にはその手法も使えません。 (2006.05.09)
(2017.01.14一部修正) |
[C] 場所・状況に関するトリック | |||||||||||||||||||||||||
*1: 地名の省略に加えて、例えば日本人ばかりが登場することではじめて日本国内が舞台だと誤認させられる、など。
*2: 比較的有名な例としては、東京の日本橋と大阪の日本橋など。 *3: 犯人がいた場所が、現場Xから遠く離れた場所Yであるかのように見せかけるトリック。 *4: 例えば[A-2]の人物の属性の誤認、[B-1-1]〈日時そのものの誤認〉、[C-1-1]〈場所そのものの誤認〉、あるいは後述の[E-2]〈行為の誤認〉など。 (2006.05.09)
|
[D] 物品に関するトリック |
とりあえず項目を立ててみましたが、正直なところ思い当たる作品がありません。例えば凶器を誤認させるなど、どこかで使われていてもよさそうなものですが、他のトリックに比べると効果がさほどでもないため、印象に残りにくいのではないかと思われます。
*1: なお、厳密には叙述トリックではないものの、やや叙述トリックに近い例として、某古典ミステリで使われているトリックを挙げておきます。それは、とある物品の固有名を強調することで、その物品の特殊な属性を隠蔽する[もう少し詳しい説明を表示]というものです。
(2006.05.09)
|
[E] 行為に関するトリック |
ある登場人物の行為を隠匿する、または別の行為と誤認させるトリックです。
(2006.05.09)
|
[F] 動機・心理に関するトリック |
登場人物の動機や心理を誤認させる叙述トリックは、登場人物の思考や心理の一部分だけを取り出すことで、主にその前提となる部分を誤認させるものです。 典型的な例は、登場人物の独白の中の部分否定と全否定を混同させるもの(*1)で、犯人を隠蔽するための副次的なトリックとして様々な作品で使用されています。
*1: わかりにくい表現だとは思いますが、これ以上詳しく書くとネタバレになってしまうので……。
(2006.06.15)
|
[G] その他のトリック |
[A]・[B]・[C]・[D]・[E]・[F]のいずれにも該当しないトリックとして、テキストレベルの誤認・混同と現実と非現実の誤認・混同が考えられます。
(2006.06.15)
|
[H] 逆叙述トリック | ||||||||||||||||||||||||
叙述トリックの特殊な扱い方として、いわゆる“逆叙述トリック”にも触れておきます。 通常の叙述トリックでは、作中の事実が叙述の中で読者に対して伏せられることで騙されるのに対して、逆叙述トリックでは、作中で(登場人物の大半に対して)隠された事実が、三人称の地の文で(*1)読者にのみ明かされることになります。事実をあらかじめ知らされているにもかかわらず、読者が何に驚かされるのかといえば、その事実を(大半の)作中人物が知らないということ――それについて誤認していること。つまり、地の文で堂々と事実を示すことで、それが作中でも公然の事実であるかのように読者をミスリードして、作中の人物による誤認を隠蔽するトリックです。
逆叙述トリックの機構は、基本的には上の[表11]に示したような形になるでしょう。事実Xを誤認する主体が作中の人物である――読者は“作中の人物も事実Xを正しく認識している”と誤認する――ため、通常の叙述トリックとはだいぶ違っているように思われるかもしれませんが、通常の叙述トリックを下の[表12]のように表現すると、逆叙述トリックが通常の叙述トリックの“逆”であることを示す、両者の“対称性”がわかりやすくなると思います。
もっとも、読者が叙述によらない情報(語られないこと)を認識できないことを利用して読者を騙す点ではどちらも同様なのですが、通常の叙述トリックの場合はほとんど意識されることもない(*2)逆方向の“情報格差”、すなわち作中の人物が叙述による情報(語られたこと)を認識できない――特に三人称の地の文は――ことまでも、逆叙述トリックでは読者を騙す仕掛けの一端として有効に活用されている、ということになります。 *
実のところ、作中で隠されている事実が読者にのみ明かされることは、通常の叙述トリックとは異なる逆叙述トリックの大きな特徴ではあるものの、あくまでもトリックの出発点にすぎず、[表11]の“認識”の部分が核心であることは明らかでしょう。したがって、逆叙述トリックが成立するためには、少なくとも以下の三つの条件を満足する必要があると考えられます。
*
さて、上で叙述トリックを[A]・[B]・[C]・[D]・[E]・[F]・[G]に分類しましたが、それぞれに対応する逆叙述トリックが成立するかどうかを考えてみると、上に挙げた【条件1】〜【条件3】を満足させるのは、[A]〈人物に関するトリック〉以外はかなり難しいように思われます。 まず[G-1]〈テキストレベルの誤認・混同〉は、そもそも作中の人物にはテキストレベルが認識できないので、当然ながら誤認を生じる余地もなく、【条件1】で不可。また[G-2]〈現実と非現実の誤認・混同〉は、もともと例外的に作中の人物の誤認に基づく叙述トリックであることからもわかるように、作中の人物が直ちには事実に気づかず誤認を生じるのが自然なので、【条件3】で不可となります。 [F]〈動機・心理に関するトリック〉は、作中の人物が他の人物の内面を知り得ないのが普通なので、やはり【条件3】で不可。ダブルミーニングの台詞でその意図を他の作中人物に誤認させておいて、地の文の内面描写で真の意図を読者にのみ明かす、といった手法も考えられますが、この場合はおそらく台詞がダブルミーニングであることがくっきりと浮かび上がってしまい、【条件2】を満足できないのではないかと思われます。 [D]〈物品に関するトリック〉と[E]〈行為に関するトリック〉はどちらも、作中の人物が得られる視覚的な情報が主なネックとなります。まず、作中の人物が視覚的に判別できるものは誤認させるのが難しく、【条件1】で不可。逆に、何かの演技、あるいは模型などの偽物(例えばモデルガンなど)のように、視覚的な判別が難しいことが明らかな場合は、【条件3】で不可。 [B]〈時間に関するトリック〉と[C]〈場所・状況に関するトリック〉の場合は、作中の人物の大半を誤認させる必要があることもあって、距離や時間の間隔について大幅な誤認を生じた上で、なおかつ作中の人物に違和感を持たせずに物語を進めるのはまず不可能で、【条件1】を満足できないと考えられます。より小さな規模の誤認であれば、例えばアリバイトリックの応用などで作中の人物に誤認させることは可能でしょうが、(アンフェアになることを恐れない場合は別として)フェアに書こうとすれば、誤認が読者に露見するのは避けられないのではないかと思われます。なぜなら、時間や場所は人物の呼称などと違って、誤認と事実の両方に当てはまるような曖昧な言及が難しいからで、【条件2】を満足するのはかなり厳しいのではないでしょうか。 そして[A]〈人物に関するトリック〉の中でも、[A-2]〈人物の属性の誤認〉の一部、例えば[A-2-4]〈(動物)種の誤認〉や[A-2-2]〈年齢の誤認〉、あるいは[A-2-3]〈その他身体的特徴の誤認〉の少なくとも一部などは、前述の[D]や[E]と同じように視覚的な情報がネックとなり、【条件1】または【条件3】で不可。また、[A-2-7]〈役割の誤認〉はメタレベルから仕掛けられる叙述トリックなので、前述の[G-1]と同様に【条件1】で不可となります。 さらに、[A-3]〈人物の隠匿〉は【条件1】で不可。例えば視点人物の隠匿の“逆”――視点人物の存在が読者にのみ明かされている、という作品はすでにあるのですが、作中で視点人物を隠匿するトリックの方がクローズアップされることもあって、一般的に逆叙述トリックとは見なされていません。これは【条件1】で述べたように、作中の他の人物が視点人物の存在に“気づかない”だけであるためだと考えられます(*3)。 以上のように、逆叙述トリックの種類は、通常の叙述トリックに比べるとかなり限られるのではないかと思われます。が、通常の叙述トリックよりも遥かに歴史が浅いのは確かですから、これから予想を超えるトリックが生み出されていくことも十分に期待できるのではないでしょうか。
*1: “隠された事実”を知る人物の一人称で記述された作品もありますが、語り手による主観的な記述の中のみではなく、“枠外”の三人称的な部分においても“隠された事実”が示されており、“隠された事実”が語り手の思い込みではなく客観的な事実であることが保証されています。
*2: 叙述トリックが作中で“解明”される反則気味の作品の場合くらいでしょうか。 *3: 本文中では省略しましたが、[E-1]〈行為の隠匿〉も同様でしょう。 (2017.01.08)
|
参考 |
|
黄金の羊毛亭 > 雑文 > 叙述トリック概論 > 叙述トリック分類 |