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密室と奇蹟/芦辺 拓・他

2006年発表 (東京創元社)

 一部の作品のみ。

「ジョン・ディクスン・カー氏、ギデオン・フェル博士に会う」 (芦辺 拓)
 J.D.カーその人が、“ギデオン・フェル博士”役でラジオドラマに出演するという趣向が非常に面白いと思います。現実の事件の解決はさほどでもありませんが、ラジオドラマの二段構えの解決、そして語り手が真犯人というメタフィクショナルなオチ(いかにも芦辺拓好みではありますが)がよくできています。

「少年バンコラン! 夜歩く犬」 (桜庭一樹)
 “人面犬”の強引なトリックはカーらしいというべきか。被害者の首が切り落とされた理由が非常に秀逸です。

「忠臣蔵の密室」 (田中啓文)
 密室トリックそのものはありがちなものですが、それによって“忠臣蔵”事件の意味が鮮やかに反転しているところが見事です。
 「エピローグ2」のダジャレはさすがに苦しいところ。“由良の魔道”などはよくできていると思いますが、“りく、春、主税らの名前から取った、りく・春・力……リク・シュン・カーというものだった。”(121頁)というのは……。

「鉄路に消えた断頭吏」 (加賀美雅之)
 すれちがう貨車による首の切断、そして血塗られた斧というレッドヘリングもさることながら、洗面所の扉の使い方が実に見事です。また、掌の擦過傷を隠すためにあえて拳に傷を負うという発想もよくできています。
 ただ、自身の“シャルル・ベルトランもの”とリンクさせてしまうという、我田引水的なラストはいかがなものか。

「ロイス殺し」 (小林泰三)
 読み返してみると、“内開きのドアがテーブルにぶつかる”(161頁)といういきなりの伏線にニヤリとさせられます。

(2008.08.24追記)
 『火刑法廷』の中では、ゴーダン・クロスが“わしがロイスを殺したとき……ついでに言っておくが、こいつは殺されて当り前なやつだったんだが……わしには完全なアリバイがあった……給仕も含めて二十人の人間が、デルモニコの店でわしが食事をしてたと証言してくれた。”(『火刑法廷』ハヤカワ文庫版281頁)と事件を語っており、小林泰三がそれを巧みに膨らまして作品に仕立てていることがわかります。
 しかも、“その犯行は発覚するにはそれしかないという形で発覚しちまったのさ……つまり、わしが自分でしゃべっちまったんだ。酔っぱらったあげくに口をすべらせちまったんだよ”(同272頁〜273頁)という経緯までうまく取り込まれているところに脱帽。

「亡霊館の殺人」 (二階堂黎人)
 10年前の事件については、「自作解題」には“ポール・アルテの長編(注:(以下伏せ字)『カーテンの陰の死』(ここまで)のことです)に出てきた不可能状況を再設定して用いた”と記されていますが、トリックそのものはJ.D.カーその人の某作品((以下伏せ字)「銀色のカーテン」(『不可能犯罪捜査課』収録)(ここまで))のバリエーションと考えるべきでしょう。もちろん、ゼック医師による事後処理はアルテ作品の改良といえますが。
 目張り密室のトリックは、非常によくできていると思います。扉側と窓側のそれぞれからの、善意の目撃者(ホレス)による二度にわたる確認をうまくやりすごしているところが実に巧妙です。
 どちらのトリックも共犯者が必要になっているところが少々物足りなくはありますが、それでもやはりお見事というべきでしょう。

2006.12.15読了

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