ミステリ&SF感想vol.138

2007.01.04
『密室ロジック』 『密室と奇蹟』 『家に棲むもの』 『千一夜の館の殺人』 『死の舞踏』



密室ロジック  氷川 透
 2003年発表 (講談社ノベルス)ネタバレ感想

[紹介]
 パソコンメーカー勤務の堀池冴子は、取引先のソフト開発会社〈ジョイット〉の社員との飲み会の途中、学生時代にバンド仲間だった早野詩緒里と再会し、そのまま飲み会に誘った。その後、再び同じメンバーで飲み会が開催されることになり、詩緒里は冴子とともに〈ジョイット〉を訪れる。トラブルにより開始時間が延び、一同は会議室で待機することになったのだが、それぞれが出たり入ったりしているうちに、会議室の中で〈ジョイット〉営業部長の千束が死体となって発見されてしまう。すばやく現場の状況を見て取った詩緒里は、いくつかの脱出経路にはすべて関係者が立ちふさがっていたという、一種の密室状態だったことに気づき……。

[感想]

 物語としては、デビュー作『真っ暗な夜明け』の直接の続編にあたる作品といったところでしょうか。そちらでも重要な役割を果たしている堀池冴子と早野詩緒里が再登場しています。ただ、『真っ暗な夜明け』の内容にはほとんど触れられていないので、本書から先に読んでもかまわないでしょう。

 事件は、微妙なクローズドサークル内部(外部犯の可能性が完全に否定されるのはだいぶ後になってから)での、いわゆる“視線の密室”に類するもの。ただし現場そのものではなく、そこからの脱出経路が監視された状態だったというのがユニークなところで、一見すると密室殺人ではないにもかかわらず、関係者の証言を突き合わせてみると不可能状況が浮かび上がってくるという趣向が、地味ながら面白く感じられます。が、しかし。

 相変わらず多数の人物が登場し、視点がめまぐるしく移り変わる叙述スタイルが採用されており、(それぞれの登場人物が内に秘めた思惑までもが把握できるというメリットはあるものの)、作者独特の妙に持って回ったような言い回しも相まって、物語前半はかなり冗長で読みづらいという印象が拭えません。探偵役の氷川透がようやく登場し、安楽椅子探偵をつとめる物語後半になると、だいぶすっきりするのですが。

 ところが、冴子と詩緒里から事件の話を聞かされた氷川の推理は、鋭いところも見受けられるものの、結論も含めていつになくすっきりしないものになっています。その最大の原因は、事件前後の状況が読者に対しては多視点による直接的な描写という形で提示されるという、安楽椅子探偵ものとしてはかなり異色のスタイルが採用されているところにあるように思われます。

 探偵役である氷川が入手する情報は、安楽椅子探偵ものの常法通り冴子と詩緒里からの伝聞という形ですが、これは読者に対しては一切提示されません。つまり、読者が入手する情報と探偵役が入手する情報とが同一でない(実際、各登場人物の思惑などは読者だけが入手できる情報といえます)ために、読者としては氷川の推理に違和感を覚えざるを得なくなっているのではないかと考えられるのです。

 そして、謎解きを終えた後の氷川の“得られるデータによって、探偵役が導く結論は、大きく変わる。”(178頁)という独白をみると、その違和感こそが作者の狙いであるように思われます。要するに、いわば“加工された”情報しか入手できない安楽椅子探偵という立場に探偵役を置く一方、読者に対しては“生の”情報(の一部)を直接提示することで齟齬を生じさせ、本格ミステリにおける“真相”の不安定性を強調する、というのが作者の意図だったのではないでしょうか。

2006.12.08読了  [氷川 透]



密室と奇蹟 J.D.カー生誕百周年記念アンソロジー  芦辺 拓・他
 2006年発表 (東京創元社)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 “不可能犯罪の巨匠”ジョン・ディクスン・カーの生誕百周年を記念して刊行された、書き下ろしアンソロジー。正統派のパスティーシュから題名だけでそれとわかる色物(←いい意味で)まで、意外にバラエティに富んだ内容となっていますし、それぞれの作者の持ち味が発揮されているところも見ごたえがあります。

「ジョン・ディクスン・カー氏、ギデオン・フェル博士に会う」 (芦辺 拓)
 BBC放送会館にて、自作ラジオドラマの生放送に立ち会う機会を得たジョン・ディクスン・カー。ところがその最中、重要な役を演じる予定の女優が行方不明になってしまうというアクシデントが発生する。事件の解決と、女優を欠いたままでの生放送の続行という、二つの難題に直面させられたカーが起こした“奇蹟”とは……?
 これでもかというほど盛り込まれたペダントリー、現実の事件とラジオドラマが並行するメタフィクション的展開など、いかにも芦辺拓らしい作品です。クライマックスの緊張感、そして(これも芦辺拓らしい)解決もまずまず。

「少年バンコラン! 夜歩く犬」 (桜庭一樹)
 世紀末のパリ、人面犬が夜歩くと噂される闇と退廃のモンマルトル。少女たちの歌声が響く〈ムーラン・ルージュ〉で、一人の踊り子が無残に殺害される。容疑をかけられた幼馴染の少女を救うため、踊り子の姉・アロワイヨらとともに立ち上がった少年アンリ・バンコランは、懸命に手がかりを追い求めるが……。
 全編に挿入された“きゃーっ”というかけ声(?)が何より印象的な“ミュージカル探偵小説”。少年少女が主役となっているあたりが桜庭一樹ならではなのかもしれませんが(未読なのでよくわかりません)、冒頭と終盤の思わずニヤリとさせられるドタバタを除いて、カーらしさは薄め。

「忠臣蔵の密室」 (田中啓文)
 ついに悲願の討ち入りを果たした赤穂浪士。だが、求める宿敵・吉良上野介は、すでに炭小屋内で殺害された後だった。しかも現場に降り積もった雪には足跡一つなく、小屋の出入り口はただ一つだけ――大石内蔵助の元妻・りくは、長男・主税や原惣右衛門からの手紙に記された、不可能犯罪の謎に敢然と挑む……。
 「忠臣蔵」と密室殺人という意外な取り合わせもさることながら、「J.D.カー生誕百周年記念アンソロジー」に対してこんな“飛び道具”を持ってくるセンス(?)がさすがです。“これは、『閉じたる場』にござる”(90頁)という台詞も最高。
 密室の謎解きは意外にオーソドックスですし、それだけで終わっていないところもよくできていると思うのですが、最後はやはり田中啓文……。

「鉄路に消えた断頭吏」 (加賀美雅之)
 フェル博士が急行列車内で出会ったハドリイ警視は、ダイヤモンド密輸犯の女を密かに追跡中だという。だが、その女は鍵のかかった車室内で首なし死体となって発見され、犯人は目撃者の目の前で忽然と姿を消してしまった。奇怪な三重密室殺人の謎に挑むのは、フェル博士ともう一人の名探偵……。
 一貫してアンリ・バンコランもののパスティーシュ的な作品(主役はシャルル・ベルトラン予審判事)を書き続けている加賀美雅之が、本書ではカーの創造した名探偵の競演に挑んでいます。三重の密室での殺人といういかにもマニアックな謎ですが、トリックはかなりよくできていますし、二人の名探偵による謎解きの役割分担がスムーズなところがうまいと思います。
 しかし、ラストの“趣向”は蛇足ではないかと思うのですが……。

「ロイス殺し」 (小林泰三)
 カナダ奥地の村で苛酷な環境に耐えつつ生活してきた少年が、唯一心の支えとしてきた優しい少女・マリー。だが、彼女は無法者の手によって悲惨な死を遂げてしまう。仇を追って村を飛び出した少年は、ゴーダン・クロスと名前を変え、数々の苦境を潜り抜けてついに目指す相手を発見した。その時、彼の耳にある囁きが……。
 『火刑法廷』の中で少しだけ言及されている事件を、短編に仕立て上げた作品です。そちらを先に読んでいないと意味がわかりにくいかと思いますので、ご注意下さい。
 数あるカー作品の中から『火刑法廷』を選んでネタにしているのが小林泰三らしく感じられます。しかもできあがった作品では、独特の気色悪さに満ち満ちた“小林泰三ワールド”が展開されており、元ネタを知らなければ普通に「ああ、小林泰三の作品だな」という感想を抱いてしまいそうです。しかしそれでいて、きちんと密室ものになっているのがすごいところ。

「幽霊トンネルの怪」 (鳥飼否宇)
 怪奇現象が大好きな佐野由利子警部、現実的な佐倉桜警部補、そして不合理な謎を鮮やかに解き明かす“マーチ大佐”こと佐々井弥生巡査部長という、名物婦警三人を擁する綾鹿署交通課、通称“D三課”。そこに舞い込んできたのは、一本道で逃げ場のないトンネルから忽然と消え失せる幽霊自動車の謎だった……。
 カーのオマージュにしては珍しく、マーチ大佐もの(→『不可能犯罪捜査課』)が元ネタになっています(かなり強引ではありますが)。事件そのものの後味はあまりよくないのですが、そこはかとないユーモアで中和されている感もあり。しかし、“カー”→“車”というダジャレなのでしょうか。

「ジョン・D・カーの最終定理」 (柄刀 一)
 米英を経て日本に上陸したカーの生誕百年祭。その出展物の一つ、カーが現実の未解決事件を解き明かした記録『カーの設問詩集』の中には、なぜか解決へのヒントのみが残された、“ジョン・ディクスン・カーの最終定理”と呼ばれる難解な謎が含まれていた。その謎に挑むカー・マニアの学生たちが、殺人事件に遭遇し……。
 芦辺拓の作品とはまったく違った形で、現実のJ.D.カーをネタにした作品。柄刀一の作品でしばしば見受けられる妄想すれすれの直感的な推理と、如何様にも解釈できそうなヒントとが組み合わさり、よくも悪くも読者を置き去りにしたものすごい謎解きが展開されているところが圧巻です。過去の事件と現代の事件の絡みもよくできていますし、結末もまた見事。

「亡霊館の殺人」 (二階堂黎人)
 10年前、衆人環視の中で起きた足跡のない殺人。その凶器は、ゲディングス家に代々伝わる魔女狩りに使用された忌まわしい短剣だった。そのゲディングス家の屋敷で行われる降霊会を前に、不安を抱いた青年記者・ホレスは伯父のH.M卿を訪ねるが、目張りされた密室の中で霊媒師が殺される事件が起きてしまう……。
 『プレーグ・コートの殺人』を思わせる因縁の短剣と霊媒師殺し、そして『爬虫類館の殺人』さながらの目張り密室、さらには……と、カー絡みのネタが盛りだくさんとなっているあたりはさすがに“マニア”というべきか。トリックも非常によくできていて、カーのパスティーシュとしては本書中ベストといっていいかもしれません。

2006.12.15読了  [芦辺 拓・他]



家に棲むもの  小林泰三
 2003年発表 (角川ホラー文庫 H59-5)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 順番でいえば『海を見る人』『目を擦る女』の間、ホラーからSFへと活動の場を移しつつある時期に刊行された、ホラー寄りの短編集です。

「家に棲むもの」
 あちらこちらを継ぎ足していったような、ボロボロの古い家。一人暮らしの姑と同居するために引っ越してきた一家三人だったが、なぜかもう一人いるような気配がする。どこからか聞こえる奇妙な物音、一人分余計に必要な食事、そして見知らぬ老婆の影……。
 家の中に何かがいるような気がする、という発端はオーソドックスな(サイコ)ホラーを思わせますが、そこから怒濤のクライマックスを経てたどり着く、意表を突いた結末の落差が何ともいえません。

「食性」
 初めて部屋を訪ねた時、易子はかわいい仔犬を抱えていた。だが、“ちょび”と名付けたその仔犬を、易子はあっさりと殺してしまい、そして……。衝撃を受けた僕は、易子と対極的な女性・練子と見合いをして結婚する。しかし、その結婚生活にもやがて影が……。
 身も蓋もないほどのリアリズムと、独善的な感情による度を過ぎた潔癖さ。両極端の主張の間で翻弄され、境界を見失ってしまう主人公の姿が印象的です。そして、最後の一行の破壊力が(わかっていても)何とも強烈。

「五人目の告白」
 わたしがお風呂に入っているところへ訪ねてきた謎の女は、突然わけのわからないことを口走りながら襲いかかってきた。何とか一度は撃退したものの、再び強引に侵入してきた女を、わたしは――奇妙な手記は一人目から二人目、三人目、そして四人目へと続き……。
 「四人目の告白」が終わったところから繰り広げられる、奇妙な推理ゲームの顛末が非常に面白く感じられます。紛うことなきミステリの手法でありながら、ミステリプロパーの作家ではないこともあってか、“ルール違反”ともいえる大胆な結論にたどり着いてしまうところが圧巻です。

「肉」
 遺伝子工学の研究室で助手をつとめる白井郁美は、家畜の遺伝子組み換えを専門とする助教授・丸鋸遁吉の繰り返す奇怪な実験に振り回されていた。その丸鋸助教授から電話で呼び出された郁美は、悩んだ挙げ句に丸鋸の家へやってきたのだが……。
 小林泰三のファンにはおなじみ「未公開実験」『目を擦る女』収録)などを参照)、“スーパー・マッド・サイエンティスト”丸鋸遁吉が活躍する作品です。作者の得意とするグロテスクな描写が続きますが、登場人物のどこかとぼけた雰囲気と組み合わさることで、ギャグめいた微妙な味わいとなっています。後半の展開が過去の作品とかぶっている(セルフパロディ?)のもその一因でしょうか。

「森の中の少女」
 森の中に住む美しい「少女」は、不思議な呼び声を聞いた村はずれへ行くことを「母」に禁じられ、また夜ごと夢の中に出現する怪物の問いかけに怯えていた。そんなある日、散歩していた「少女」の前に、欲望を抱えた「若もの」が立ちはだかり……。
 一見するとファンタジー風の1篇。すべてが一変してしまう結末が鮮やかです。

「魔女の家」
 “まじょの家を見つけたので書いておきます”――子供の頃に書いたらしい日記を見つけたわたしだったが、中身はまったく覚えのないものだった。そこに記されていた魔女の家にたどり着いたわたしが、すっかり廃墟と化した建物の中に足を踏み入れてみると……。
 日記という形式の子供の視点からの描写と、大人の視点からの描写が交互に繰り返される、サイコホラー/ファンタジーといった感じの作品です。作者にしては珍しく、幻想なのか何なのかよくわからない結末が印象的です。

「お祖父ちゃんの絵」
 お祖母ちゃんは、地下室にやってきた孫の舞ちゃんに、お祖父ちゃんの絵を見せながらその思い出を語る。お祖母ちゃんがすべて一色で描いたそれは、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんの出会いから始まる、二人の物語になっていたのだ……。
 序盤こそ微笑ましく感じられるものの、作者が作者だけにそのまま終わるはずはなく。語り口は変わらないまま、じわじわと少しずつにじみ出してくるような不気味さが、作者の“こちら側”の資質を存分に味わわせてくれます。

2006.12.17読了  [小林泰三]



千一夜の館の殺人  芦辺 拓
 2006年発表 (カッパ・ノベルス)ネタバレ感想

[紹介]
 レストランで食事をしていた森江春策と助手の新島ともかは、奇怪な事件に遭遇する。そこで救出されたのは、長年音信不通だったともかの親戚・是藤紗世子だった。しかしその紗世子は再び事故に遭って意識不明の重態となり、時を同じくしてともかは休暇届を出したまま森江事務所から姿を消してしまう……。
 ……米国で巨万の富を築き上げて亡くなった数理情報工学の権威・久珠場俊隆博士の遺産相続に関する仕事で、単身東京を訪れた森江だったが、遺言状の中には一枚のディスクの受取人として是藤紗世子の名が記されていた……。

[感想]

 中国の古典を下敷きにした傑作『紅楼夢の殺人』に続いて、というべきか、今度は『千一夜物語』――『アラビアン・ナイト』――を扱った異色のミステリであり、なおかつ題名の通り“館もの”でもあるという、芦辺拓渾身の一篇です。

 「あとがき――あるいは好事家のためのノート」によれば、““探偵小説回帰路線”を、今回はなおいっそう強く打ち出してみた”とのことで、その宣言通り序盤の怪事件ではいかにもな場面が描かれていますが、二階堂黎人の蘭子シリーズや京極夏彦の京極堂シリーズなどのように作中の年代を過去に設定するのであればともかく、あくまでも現代を舞台にしながら昔風の物語を展開するというのは、読んでいて違和感を禁じ得ません。作者の他の作品(の一部)にもいえることですが、“物語性の復権”を謳いながらもその実は単に“古い物語の復活”でしかないのではないか、と思えてしまうほど、やけに古臭く感じられるのはいかがなものでしょうか。

 閑話休題。物語は、森江春策の助手・新島ともかの親戚が登場して奇禍に遭い、さらに遺産の受取人に指名されるに至って、ともかが本格的に事件の渦中に飛び込んで大活躍するなど、“新島ともかの冒険”といった様相を呈します。他の作品ですでに新島ともかにおなじみの方ならば、思わずニヤリとさせられるところでしょう。(前述の古臭さとも絡んで)少々やりすぎの感もないではないのですが、なかなか効果的ではあると思います。

 事件は、莫大な遺産を相続することになった一族を襲う連続殺人であり、当然ながら遺産相続絡みの動機が想定されるところですが、それにしてはちぐはぐなところが随所に見受けられます。それが犯人の動機を、ひいては犯人像をとらえにくいものとしているところが実に巧妙で、真相が明かされてみればなるほどと思わされるものの、真犯人が非常にうまく隠されているのは間違いありません。

 連続殺人事件の真相もさることながら、本書の最大の仕掛けは“千一夜の館”そのものでしょう。前述のように本書は紛れもなく“館もの”ではあるのですが、終盤近くまでその雰囲気はなかなか見えません(もっとも、ある手がかりをもとに早い段階で真相に気づく人もいるかもしれませんが)が、ついに明らかになったその真の姿には脱帽。そしてまた、久珠場博士の残した暗号(労作!)がそこにうまく絡んでいるところや、最終的に『千一夜物語』そのものにつながっていくところが見事です。

 個々の事件におけるトリックにもよくできているものがありますが、一つだけかなりアンフェア気味に感じられるものがあるのが残念。もっとも、本筋ではなく枝葉に近い部分なので、さしたる瑕疵とはいえないかもしれませんが。

2006.12.20読了  [芦辺 拓]



死の舞踏 Dance of Death  ヘレン・マクロイ
 1938年発表 (板垣節子訳 論創海外ミステリ51)ネタバレ感想

[紹介]
 降り積もった雪の中から発見された若い女性の死体は、厳しい寒さにもかかわらず異様な熱を帯びていた。こともあろうに12月のニューヨークで熱射病により命を失った被害者の身には、一体何が起こったのか? 事件の捜査に関わる精神科医ベイジル・ウィリング博士は、雑誌に掲載された広告の写真から被害者の身元を特定するが、その女性キティ・ジョセリンは、死体が発見された当日、社交界デビューとなるお披露目パーティに出席していたという。しかし、実はそれが身代わりだったことが判明し……。

[感想]

 H.マクロイのデビュー作で、精神科医ベイジル・ウィリング博士を探偵役に据え、“心理的な指紋”を重視した謎解きが展開される本格ミステリです。

 冒頭の、雪に埋もれた熱い死体という謎は強烈な印象を残しますが、決して不可能犯罪ものというわけではなく、異様な死体の原因はかなりあっさりと明かされます。このあたり、もったいないといえばもったいないような気もするのですが、かなり特殊な知識に基づくものであるため謎解きの中心に据えるのは適切でないのは確かで、作者の判断は妥当というべきでしょう。

 本書の見どころはやはり、ウィリング博士が拾い上げていく、事件の端々に残された“心理的な指紋”です。特に、登場人物たちが犯した様々な“うっかりミス”に注目し、その原因を推測していくあたりはかなり面白く感じられます。また、その過程で必然的に登場人物それぞれの心理も掘り下げられていくことになり、描き出される人間模様が興味深いものになっています。

 当時の社交界の事情なども織り込みながら物語は進んでいき、いくつかの驚くべき事実が判明した後、最後に明らかになる犯人とその動機の意外性が秀逸。とある理由でフーダニットとしては難がありますが、その動機は時代を考えれば先進的ともいえるもので、非常によくできていると思います。

 全般的にみてやや派手さに欠けるきらいはありますが、なかなかの佳作といっていいのではないでしょうか。

2006.12.24読了  [ヘレン・マクロイ]


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