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女王国の城/有栖川有栖

2007年発表 創元クライム・クラブ(東京創元社)

 最初の事件である“見守り番”の土肥殺しでは、“聖洞”しか映っていないビデオテープが持ち去られた上に、〈ぺリハ〉という“ダイイング・メッセージ”が残されていたことで、“聖洞”から現れた“ぺリパリ”が殺人を犯したかのような不可解な様相を呈しています。もちろん、それが犯人による演出であることは明らかですが、しかし捜査を混乱させるための偽装は“ダイイング・メッセージ”のみで、ビデオテープを持ち去ったことには必然性が用意されているところがよくできています。

 そのあたりが、第二・第三の事件である子母沢殺し・弘岡殺しによってかなり見えてくるのが少々残念なところ。それは、十一年前の事件の拳銃が凶器として使われているからで、〈城〉の厳重な警備を考えればそれが“聖洞”という“抜け穴”から持ち込まれたことは予想しやすい*1と思いますし、“聖洞”を映したビデオテープが持ち去られたことにも説明をつけることができます。そして、十一年前に消失した拳銃が今になってどこかで発見されたと考えるよりは、十一年前の時点ですでに“聖洞”に持ち込まれていたと考える方が自然――あるいは少なくとも、その可能性には思い至ってしかるべきところではないかと思われます。

 というわけで、“犯人は凶器の拳銃を入手できた人物である”(462頁)という第三の条件のポイント、すなわち“犯人は、十一年前に神倉にいた子供(479頁)という点にはあまり驚きはなかったのですが、それを論理的に示す手際には脱帽。特に、“不思議の城のアリス”こと金石千鶴の冒険によって“聖洞”が“抜け穴”であることを明示するだけでなく、その証言の中で――しかも、犯行時刻を絞り込む役には立たないと見せかけながら――犯人が拳銃の回収に使うことができた時間を巧みに限定することで、拳銃が“聖洞”の途中にあったことを証明する手順が非常に秀逸です。

 犯人の動機の根源――会祖への恨みという真相はさほど珍しいものとはいえないように思いますが、予言を成就させないための犯行というのはなかなか面白いと思いますし、死後硬直によって弘岡の死亡時刻を遅らせるトリックが、アクシデントによって予言が成就したことを隠蔽するためのものであるところは非常にユニーク。そして、自身も予言と必死に戦っている江神部長がその真相を暴くというのが、何ともいえないところです。

 かたくなに警察への通報を拒む〈人類協会〉の姿勢の裏に、〈女王〉の誘拐というもう一つの事件が隠されていた*2のも面白いところですが、〈女王〉が逆に誘拐犯を説得し、事件解決と時を同じくして華麗に登場するという演出がまたよくできています。

 そして最後に明かされる、江神部長が〈城〉を訪れた真の理由もまた印象深いもので、実に見事な結末といえるでしょう。

*1: “聖洞”が敬虔な協会員にとって重大な禁忌なのは確かですが、“見守り番”を殺害したのみならず、それを“ぺリパリ”に結びつける偽装を施した犯人は敬虔な協会員ではあり得ず、したがって“聖洞”が禁忌とならないことは明らかなので、ミスディレクションとして今ひとつ力不足なのは否めません。
*2: 結果的には、クローズドサークルの成立過程は石持浅海『水の迷宮』に通じるものとなっていますが、それ自体を読者の目から巧みに隠してあるのが秀逸です。

2010.04.14読了