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夕陽はかえる/霞 流一

2007年発表 ハヤカワ・ミステリワールド(早川書房)

 戸崎亜雄が殺された第一の事件は、霞流一お得意のロジカルなフーダニットとなっているのですが、“袋の中身がシガーケースだと知っていた人物”という条件によって、容疑者が一気に戸崎優也・蓉子・ルカの三人に絞られてしまうという、ステップの少なさが物足りなく感じられます。しかも、シガーケースの入った袋の口がなかなか開かなかった(56頁)という手がかりがかなり露骨であるため、真相が見えやすくなっているのも難点です。

 蓉子をルカと見せかける叙述トリックには驚かされました*1が、蓉子が交通事故を起こしたのは事件より後であるため、亜雄を殺した犯人を特定する障害にはなりません。その意味では、作者が叙述トリックを仕掛けた意図が今ひとつよくわからないところではあります。

 霞流一といえば奇怪な見立て殺人――ということで、亜雄の死体の状況はモズの速贄、すなわちカエルに見立てられています。本書では、この“見立て”という行為が業界の慣習(?)である〈銘屍〉と結びつき、見立て殺人に積極的な意味がもたらされているのが面白いと思います。

 とはいえ、〈銘屍〉が“〈影ジェント〉が自分の遂行した仕事であることを示すために、殺人現場や死体に何か印を残すこと。”(76頁)である以上、亜雄の死体の状況が速贄にされたカエルの見立てであってなおかつ〈銘屍〉であるとすれば、それが他ならぬ亜雄自身の〈銘屍〉である*2ことはすぐに見当がつきますし、同時に亜雄が自らの意思でそれを残したという可能性も頭に浮かんでしまいます。そうなると、犯人が“〈銘屍〉をつき返した”(165頁)というダミーの仮説も力不足で、解決もカタルシスに欠けたものになっているのは否めません。

 残るはハウダニットですが、形を変える小道具(ホース)が使われているのはうまいところ。また、足りない部分を補う亜雄の技に関して、〈谷中墓地裏の決闘〉という伏線が用意されているところもよくできていると思います。細かいことをいえば、ホースは通常巻き取った状態で保管されるために巻きぐせがつき、まっすぐ伸ばした状態で放置することが困難なので、棒高跳びの棒には使えないと思いますが、そこはそれ。

*

 第二の事件の“理科室の密室”については、まず現場の強力な密室状態が目を引きます。ドアからも窓からも人の出入りが不可能で、どちらにも密室トリックの介在する余地がないため、不可能性が非常に高い謎が生じるとともに、可能性が限定されることでロジカルな解決が行いやすくなっているところが見逃せません。

 瀬見塚vs那須(及び〈ベルナール井狩師匠〉)の〈討ち合わせ〉を通じて、那須の“隠し武器”であるの〈ベルナール井狩師匠〉――これ自体も凄まじい奇想というべきでしょうが――が犯行後に換気口から脱出した*3という“解決”が浮かび上がってくるところは、まさに「あとがき」で挙げられた“本格ミステリと、活劇(アクション)と”融合といった感じで、非常によくできていると思います。

 その後、換気口が脱出経路となったという仮説も封じられたことで、いずれの出入り口も使われなかったとしか考えられなくなり、犯人が犯行後も密室内にとどまっていたという結論が唯一の可能性として浮上してきます*4。このあたりの手順は、“ハウダニットの消去法”*5ともいうべき、霞流一らしいロジカルなものだと思います。

 〈影ジェント〉たちの手荷物が犯人の隠れ場所として検討され、そこから先の犯人(共犯者)の特定はいつもの見事な消去法。ここで、牙羅門vs桐谷の〈討ち合わせ〉の最中の不可解な出来事が手がかりとして生かされているのがよくできていますし、メリッ。一瞬で板になった。”(247頁)グンニャリとひしゃげ、板になった。”(298頁)というもう一つの手がかりには完全にしてやられました。

 そして、牙羅門と〈錐先ジャック〉のトリックが、那須と〈ベルナール井狩師匠〉のトリックのリフレインであるとともに裏返し(“機動戦士ガラモン”(笑)ですから、主従が逆です)になっているところが非常に秀逸です。

*

 最後に明らかになる謀略はまずまずといったところですが、すでに死んだ人間に対する暗殺計画という逆説的な仕掛けがよくできていると思います。そして、マスター・ケンと瀬見塚の実に奇妙な関係が示されるオチが何ともいえません。

*1: 手がかり(伏線)もほとんど見当たりませんし。
*2: “モズ”を連想させる〈影ジェント〉が登場していないため。
*3: “猿と密室”というこの組み合わせは、やはり某有名古典へのオマージュでしょうか。
*4: 拙文「私的「密室講義」」「3-2-1-2.開放された後に犯人が脱出」を参照。
*5: 拙文「ロジックに関する覚書」「謎とロジックの対応 *2」を参照。

2008.01.18読了