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  4. 密室キングダム

密室キングダム/柄刀 一

2007年発表 (光文社)
・第一の事件

 第一の事件では、棺の密室(“第一の密室”)、舞台部屋の密室(“第二の密室”)、そして視線の密室(“第三の密室”)という“三重密室”が構成されています。

 脱出マジックの仕掛けをそのまま利用した“第一の密室”はさておき、“第二の密室”では手品用のオイルや(単なる演出かとも思える)ロウソクの炎がうまく使われたトリックで、なかなかよくできていると思います。しかし、そのトリックがあくまでも“解かれるべきトリック”として用意された、“真の脱出経路”である秘密の通路の存在を隠すためのものであるところが本書の眼目です。

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 一般的な密室ものにおいては、いわば密室そのもの(あるいは密室からの脱出)が犯人/作者にとっての達成すべき“課題”であり、それを達成するための“手段”が各種の密室トリックということになります。その観点からいえば、密室トリックとしての秘密の通路は、少なくとも密室という“課題”を前面に押し出す――例えば、密室の堅牢さ(ひいては事件の不可能性)を強調するなど――限りは安直かつアンフェアな“手段”といわざるを得ず、“反則”とされるのも当然といえます。

 それに対して本書の場合は、秘密の通路が密室からの脱出経路として使われる点では同じであっても、犯人/作者にとっての“課題”はあくまでも秘密の通路の存在を隠蔽することであって、(密室トリックだけでなく)密室状況そのものが“課題”を達成するための“手段”となっているのです。このように、“密室からいかにして脱出するか”とは別の“課題”が設定されることで、秘密の通路の脱出“手段”としてのつまらなさが問題にならなくなっている、といえるのではないでしょうか。

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 実のところ、作中で南美希風が“扉の施錠を解いておけばいいだけのこと。”(210頁)と指摘しているような、現場を密室にしないというシンプルな手段によって秘密の通路の存在を隠す前例は存在します*。しかし本書の場合、現場である舞台部屋の外に記者たちの視線という“第三の密室”が設けられていることで、逆説的に犯人が密室トリックを仕掛ける必然性――回避不可能な“第三の密室”から逆算された――が生じているのが非常に秀逸です。

 “第一の密室”である棺の仕掛けがすぐに明かされた後、“第二の密室”の解明へと焦点が移りますが、一つだけ留め具がかかっていないスライド錠や残された煤など、“解明させる”ための手がかりもよくできています。そして、トリックが順次解明されていくことで、“内”から戸口を経て“外”へという流れが生じているところが実に見事です。

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 舞台部屋の家具が対称的に移動されていたのは、鏡に絡んだトリックではないかと想像してはいたのですが、犯人自身の顔も使って架空の鏡を出現させるというトリックは非常に秀逸です。犯行までのわずかな時間を稼ぐための、そして“壇上のメフィスト”に対する“アンチ“壇上のメフィスト””にふさわしい、実に見事なイリュージョンといえるでしょう。

 そのトリックを隠蔽するために、“訓練室”の鏡を含めたガラスを溶かしてしまうというのもよくできていますが、それが舞台部屋のガラスを砕いて持ち去るというトリックに呼応しているところが絶妙です。

・第二の事件

 西上キヌの死体が発見された現場は、茶室の襖に木の枝やハサミが突き立てられることで“施錠”された、和室ならではの密室となっています。庭から茶室へと至る引きずられたような跡もさることながら、「和室ならではのトリックを仕掛けてみました」といわんばかりの道具立てが、第一の事件の凝った密室トリックの余韻も相まって、登場人物や読者の思考をミスリードしているところが見逃せません。

 死に瀕したキヌが密室を構成した動機――犯人の不在を強くアピールする――は、やはり印象的です。この事件単独であれば物足りなく感じられてしまうところかもしれませんが、“アンチ“壇上のメフィスト””の悪魔的な動機とコントラストをなすことで、より強く印象に残るものとなっているのではないでしょうか。

・第三の事件

 死体は室外に残されていながらも、犯人が密室を構成したことは明らかという、逆説的な密室。一連の事件とはいえ密室と殺人が独立しているのですから、小林泰三の作品にならって“密室・殺人”というべきかもしれません。

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 この事件での密室に関わる個々のトリック――天窓の施錠・閉じる隠し扉・急に燃え上がる炎――は、いずれもよくできていると思うのですが、全体としてみるとかなり煩雑なものに感じられてしまうのが難点です。第一の事件とは違って“解いてみろ、という誘い水がすっかり排除されている”(443頁)ために、解明に手間がかかることになっているということもあるのでしょうが、隠し扉や炎に関する補助的なトリックの扱いや、解明の手順などにも問題があるように思われます。

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 この事件での密室の大きな効果は、カーター・ディクスン『ユダの窓』のように、密室内部で倒れていた長島要に疑惑を向けるというものでしょう。天窓のトリックの見破りにくさ――密室の強固さとともに、密室内部の人物に容疑がかかる要因となっているのが、少なくとも密室の開放直前まで犯人が図書室にいたと見せかける、補助的なトリックによる演出です。

 隠し扉については、トリックそのものよりも秘密の通路の巧妙な使い方が目を引きます。途中で行き止まりになっている通路は、図書室の外でありながら(依然として)密室の内部であり、犯人が図書室から出たばかりという演出と、長島を密室内部に閉じ込めるという本来の目的を両立できる、絶妙な位置といえるのではないでしょうか。
 一方、排気ガスを使って“焼却炉”の炎上を遅らせるトリックは、犯人が密室開放の直前に着火したことを強く示唆するものです。したがって、時間のかかる脱出トリックとはまったく相容れないわけですから、本来であれば天窓のトリックの解明にあたっての障害となり得たはずです。

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 ところが、天窓のトリックが排気ガスのトリックよりも先に解明されてしまうことで、大きな問題が生じることになります。というのは、犯人が時間のかかるトリックを使って天窓から脱出したことがほぼ確実になった時点で、何らかのトリックによって“焼却炉”の炎上が遅らされたこともほぼ明らかになるわけで、そうなると南美貴子がいみじくも“ここから先の推論ぐらい、刑事たちが知恵を絞ればいいのだ。”(556頁)と独白しているように、解かなくても先へ進むのにさほど支障がない瑣末な事項に成り下がってしまうのです。

 着火と炎上との間に時間差を設ける必要があるのは理解できますから、排気ガスのトリックが不要だったとまでは思いませんが、少なくとも手順を入れ替えて天窓のトリックよりも先に解き明かされるようにすれば、このあたりの問題も解消されたのではないでしょうか。作者としては、“視線”の密室を生かすために天窓からの脱出を先に示したかったのかもしれませんが、天窓が施錠されるのに時間がかかることが明らかな以上、“視線”の密室も成立しないことになるわけで、狙いが成功しているとはいえません。

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 見張りの警官を殺害する手段は、目が不自由な犯人ならではのものでよくできていると思いますが、やはり後味がよくないのが残念。

・第四の事件

 トリックによる現象が、密室からの脱出というよりも瞬時の消失という意味合いが強い上に、被害者として室内にいた諏訪涼子が共犯者であることが事前に示唆されているために、被害者の自作自演という真相はかなりわかりやすくなっていると思います。とはいえ、被害者が椅子に縛りつけられているという先入観を利用したトリックは、なかなか巧妙ではあるのですが……。

・第五の事件

 吝二郎に対する容疑が濃厚となる中、起死回生の一手としてはなかなか有効なものになっています。まず、尋問の最中にタイミングよく停電を起こさせることは吝二郎には不可能ですから、他の犯人の存在が強調されることになります。そして、実際に正体不明の人物の死体が出現することでそれが裏付けられる上に、“事故か自殺。現場が密室であった以上、そのどちらかでしかあり得ない”(828頁)という見方がされる限り、正体不明の人物にすべての罪を押しつけることも不可能ではありません。

 密室から脱出するためのトリックも、シンプルながら効果的。特に、扉に貼ったイシスの紙によって、扉を開けようとする人物の心理を誘導するあたりが見事です。

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 その吝二郎の計画は吝三郎に乗っ取られたわけですが、ここで秀逸なのが顔のない死体の扱いです。露骨な“顔のない死体”でありながら、“正体不明の余分な人物”という印象が先に立つ上に、入れ替わりの“相手”が見当たらないために、“顔のない死体”トリックが見えにくくなるという、非常に巧妙な仕掛けだといえるでしょう。

 そして、“顔のない死体”が先に示されていることで、双子と思わせて三つ子という掟破りの真相に説得力が生じているのがまた見事。いかに伏線が示されていようと、通常であれば脱力ものの真相となってしまうところですが、それによって“顔のない死体”が意味の通るものとなるため、呆れるよりも納得させられることになるのです。

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 ただ、三つ子がそれぞれ腕・目・耳に障害を発症するというのは、どう考えてもご都合主義としか思えず、釈然としないものが残ります。

*: 国内作家の短編ですが、ネタバレになってしまう可能性が高いので、作品名はもちろん作者名も伏せておきます。

2008.05.10読了