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交換殺人には向かない夜/東川篤哉

2005年発表 カッパ・ノベルス(光文社)

 題名に堂々と“交換殺人”と謳われているこの作品ですが、蓋を開けてみると、善通寺春彦の依頼で権藤一雄が善通寺夫人を殺し、権藤一雄との約束で善通寺春彦が権藤源治郎を殺したということで、ある一点を除いてごく真っ当な交換殺人の構図になっています。しかしその一点、すなわち二つの殺人の間に三年という月日が流れていることが、叙述トリックにより巧妙に隠されているところがよくできています。

 特にうまいと思ったのが、(鵜飼・朱美)のパートと(刑事たち)のパートが交錯しているかのように見える場面(171頁〜173頁)です。鵜飼からの連絡を受けた砂川警部の“今夜は特に忙しいんだ。重要な事件が立て込んでいて、警察はてんてこ舞いだ。”という台詞は、あたかも善通寺夫人が殺された事件で手一杯であるかのように受け取れますが、実のところは煩わされたくない砂川警部が平然と嘘をついているだけ(それは、殺人事件の話を聞いて途端に興味を示しているところからもうかがえます)。しかし、砂川警部の性格からするとまったく自然な態度であるわけで、それが結果的にミスディレクションとして機能しているところが秀逸です。
 一方、少々危険なのが(刑事たち)のパートに登場している和泉刑事の存在で、本書で初登場した新キャラにしては特段の説明もなく、以前から砂川警部の下で働いているかのように描かれているところをみると、勘のいい人ならば時間のずれに気づいてしまうかもしれません。ちなみに私の場合、シリーズの前作『完全犯罪に猫は何匹必要か?』を未読だったので、そちらですでに登場したキャラクターなのかと思ってしまい、すっかり騙されました(苦笑)。

 過去と現在を混同させる叙述トリックは、人物の誤認を引き起こすための手段として用いられることが多く、本書でも殺された善通寺幸子(過去)を依頼人の善通寺咲子(現在)と誤認させる仕掛けになっています。が、本書ではそこに、直接的に人物を誤認させる叙述トリックがさらに組み合わされ、より大きなサプライズを生み出しているところが見事です。
 善通寺咲子と水樹彩子の一人二役が明らかになる場面(217頁)では、携帯電話が鳴るまで気づかないという鵜飼の鮮やかなボケっぷりのせいで読者が不意討ちを喰らうことになりますし、さらに“和泉刑事”も含めた一人三役が明らかになる場面では、遠山真理子を和泉刑事と誤認させる補助的なトリック(特に223頁;戸村の視点)によってサプライズがより強烈なものになっています。ややあざとすぎるようにも思えますが、巧みな演出であることは間違いないでしょう。

 唯一残念なのは、場所を誤認させるトリックが不発気味なところでしょうか。文章でさらりと書かれても位置関係が把握しづらいので、さくらのような驚きは体験できませんでした。が、位置関係をわかりやすくするために地図を掲載すると、その中で善通寺家とひまわり荘の位置を図示しないのはかえって不自然になってしまうので、難しいところです。

2005.10.28読了

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