ミステリ&SF感想vol.115 |
2005.11.23 |
『交換殺人には向かない夜』 『悪女パズル』 『はだかの太陽』 『七年目の脅迫状』 『忠誠の誓い』 |
交換殺人には向かない夜 東川篤哉 | |
2005年発表 (カッパ・ノベルス) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] 鵜飼探偵と戸村助手を主役としたユーモラスな本格ミステリ、〈烏賊川市シリーズ〉の第4作です。以前の事件と直接関連はありませんが、シリーズ第2作の『密室に向かって撃て!』に登場した十乗寺十三と孫娘のさくらが再登場している(ところで、名字が“十条寺”から“十乗寺”へ変更されているのはなぜでしょうか)ので、少なくとも先にそちらを読んでおいた方がより楽しめるかと思います。
物語は、それぞれ別行動をとる鵜飼・朱美と戸村・さくらに、砂川警部をはじめとする刑事たちを加えた三元中継で、それぞれに細かいギャグとドタバタを交えながらゆるやかに進んでいきます。やはり人によって好みはわかれるかもしれませんが、個人的にはだいぶ慣れてきたせいか、大いに楽しめました。いつもの面々に加えて、新たに登場するキャラクターも個性的で、非常にユニークな物語世界が構築されていると思います。とはいえ、その中に伏線やミスディレクションが巧みに配されているので油断はできませんが。 題名にも堂々と謳われ、またプロローグにもそれを匂わせる描写があることからもわかるように、本書では交換殺人がテーマとなっています。そもそも今どき単なる交換殺人というだけでサプライズが生まれるはずもなく、基本的な図式をいかに崩すかというところが眼目となるため、倒叙形式を採用するなどして早い段階で(出発点として)交換殺人の計画を読者に示す、というのが交換殺人ものの常道かと思いますが、本書ではあえてそのパターンを外してあるのが興味深いところです。 物語が進み、交換殺人の構図がおぼろげに見えてきたところで、おもむろに襲いくるサプライズはかなり強烈。完全にこちらの意表を突いているのもさることながら、巧妙に真相を隠しつつ最大限の効果を上げている演出が光ります。その後の解決編が(いつも以上に)将棋の感想戦のような雰囲気になってしまっているのは仕方ないところかとも思いますが、全体的にみて非常によくできた傑作といえるのではないでしょうか。 2005.10.28読了 [東川篤哉] | |
【関連】 『密室の鍵貸します』 『密室に向かって撃て!』 『完全犯罪に猫は何匹必要か?』 『ここに死体を捨てないでください!』 |
悪女パズル Puzzle for Wantons パトリック・クェンティン | |
1945年発表 (森泉玲子訳 扶桑社文庫 ク19-1) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] 『俳優パズル』などが知られるP.クェンティンによる〈パズル・シリーズ〉の第4作です。このシリーズ、評判が高い割には未訳であったり超入手困難であったりするのですが、作者(たち)の全貌とシリーズの全体像について簡潔にして要を得た説明がなされている小池啓介氏の解説が非常に秀逸です。
本書には、離婚寸前の夫婦3組に加えて婚約中のカップル2組、さらに探偵役のダルース夫妻と、総勢12名の男女が登場していますが、大人数であるにもかかわらずそれぞれが非常に個性豊かに描かれているのはさすがです。ばらばらの12名ではなく6組の男女という形になっているため、ペアになる男女の対比によって個性が一層際立っているように思います。しいていえば、探偵役であるダルース夫妻の印象がやや薄いようにも思われますが、裏を返せばそれは安定した夫婦関係の表れであるのかもしれません(しかし解説を読むと……)。 この12名の男女のうち、女性だけが次々と狙われていくという展開は、『悪女パズル』という題名にふさわしいというべきでしょうか(実際には悪女ばかりというわけではないのですが)。個々の被害者に対して動機を持つ人物がいるのはもちろんですが、一連の事件に共通する動機はなかなか見えてきません。結果的にはただ女性ばかりが狙われるという事実だけが残り、次第に緊迫感が高まっていきます。このあたりはサスペンスの名手として名高い作者ならではといったところでしょう。 しかし、“パズル”と題されているだけあって、終盤になると一転して謎解きの興味が前面に出てきます。次々と意外な事実が明らかになり、真相を強固に覆っていた不可解さが一気に霧消する解決場面は実に鮮やかで、作者の手腕がサスペンス方面限定ではないことを見事に示しています。そして、とぼけた味と強烈な皮肉が同居するラストもなかなかのもの。派手ではありませんが、非常によくできた作品だと思います。 2005.11.02読了 [パトリック・クェンティン] | |
【関連】 『迷走パズル』 『俳優パズル』 『人形パズル』 『悪魔パズル』 『巡礼者パズル』 『死への疾走』 『女郎蜘蛛』 |
はだかの太陽 The Naked Sun アイザック・アシモフ | |
1957年発表 (冬川 亘訳 ハヤカワ文庫SF558) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] SFミステリの傑作『鋼鉄都市』の続編で、地球人のベイリと惑星オーロラのロボットであるダニールのコンビが再び活躍します。前作では鋼鉄のドームで覆われた地球の“シティ”が舞台となっていましたが、本書では一転して地球を遠く離れた惑星ソラリアで起きた事件が描かれています。
本書は紛れもないSFミステリであり、また実際に前作よりもさらにミステリ色が強まった印象はあるのですが、どちらかといえばSFとしての面白味が強いように思います。宇宙に背を向けて“鋼鉄都市”の中に閉じこもる地球人の典型だったベイリが、地球外の存在、しかもロボットであるダニールとの遭遇をきっかけに“外”へ目を向け始めるという前作に対して、本書ではそこからさらに一歩進み、ベイリは異質な文化の中に単身飛び込み、それを理解しようと努力しています。他の惑星に舞台を移し、異なる文化が描かれているというだけでなく、主人公であるベイリのこのような意識の変化に、SFとしての前作からの発展がうかがえます。 一方、ミステリとしてはまず、密室からの犯人と凶器の消失という不可能状況は興味をひきますし、現場保存という考えを持たない(当然かもしれませんが)ロボットたちが勝手にどんどん証拠を隠滅していってしまうという不条理な展開は非常に面白いと思います。また、困難な状況の中、ソラリアの特異な文化を逆手にとってしたたかに捜査を進めていくベイリの姿には、探偵役としての魅力も十分に感じられます。そしてクライマックスで明らかになる真相は、正直なところ前作よりも若干落ちる感はありますが、SFミステリとしてまずまずのものといっていいでしょう。 難をいえば、物語終盤の展開(ミステリ部分)にかなりの無理が生じてしまっているところが気になります。理由はわからないでもないのですが、やはり不自然さはぬぐえず、大いに不満が残ります。その後に待つラストが印象的なだけに、何とももったいないところです。 2005.11.06再読了 [アイザック・アシモフ] | |
【関連】 『鋼鉄都市』 『夜明けのロボット(上下)』 『SFミステリ傑作選』(短編「ミラー・イメージ」を収録) |
七年目の脅迫状 岡嶋二人 | |
1983年発表 (講談社文庫 お35-2・入手困難) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] 『焦茶色のパステル』・『あした天気にしておくれ』とともに〈競馬三部作〉とも称される、岡嶋二人の初期作品です。他の2作より若干落ちるのは否めませんが、それでも水準以上の出来ではあると思います。
中央競馬会に届けられた驚くべき脅迫状を発端として、伝貧という競馬ならではの題材につながっていくところは面白いと思いますし、さらにそれが思わぬ方向へと展開していくプロットは見事です。そして、最後の最後に明らかになる真相はかなり意表を突いたもので、なかなかよくできていると思います。 難点は、岡島二人らしからぬ演出のまずさ、というのはいいすぎかもしれませんが、随所に演出が今ひとつうまくいっていないところが目につくことです。例えば、競馬界を揺るがす大事件でありながら、その重大さがあまり伝わってこないところが気になります。これは主に、直接損害を被る馬主がほとんど登場してこなかったり、主人公の八坂心太郎がロマンスにうつつを抜かしているようにもみえたりするためで(このベタベタなロマンスそのものは、微笑ましく感じられて嫌いではないのですが)、いずれも物語の展開上仕方ないところではあるのですが、物語の緊迫感を削いでいるのは否めません。 ミステリとしても、興味をひく発端から序盤あたりまではいいのですが、次から次に怪しい人物ばかりが登場してくることで、かえってだれてしまっているような印象も受けます。また物語終盤に、犯人が同じような計画を繰り返しているあたりは、焦りがあるとはいえあまりにもずさんといわざるを得ません。事件の謎と真相そのものがよくできているだけに、何とももったいなく感じられるところです。 2005.11.07再読了 [岡嶋二人] |
忠誠の誓い Oath of Fealty ラリイ・ニーヴン&ジェリイ・パーネル |
1981年発表 (峯岸 久訳 ハヤカワ文庫SF551・入手困難) |
[紹介] [感想] 『神の目の小さな塵』などで知られる、SF作家L.ニーヴンとJ.パーネルの合作ユニットの作品ですが、SF色はかなり薄く、近未来ポリティカル・フィクションといった趣です。舞台となるのは、内部に25万人もの人々が暮らす超巨大なハイテクビル〈トドス・サントス〉で、物語はほとんどがその内部で進んでいきます。
この〈トドス・サントス〉、完全な閉鎖系ではないにしても、半ば外界から隔離された独立国に近い状態で、内部にはほとんどプライバシーはなく、住民たちは強い帰属意識を持ち、幹部たちはNobles Obligeを果たすという、外界とは違った独自の文化が形成されており、外部との軋轢は“異文化の衝突”という側面も備えています。作中では外部からの視点も用意されてはいるものの、基本的には〈トドス・サントス〉側に立った描写がなされているのですが……個人的には微妙です。一種のユートピアとして描かれているようにも感じられるのですが、見方によっては巨大なカルト集団のようにも思えてしまい、〈トドス・サントス〉の住民たちに感情移入しがたい部分があります。 物語がなかなか進まないのも難点。主に〈トドス・サントス〉内部の人々の生活を肉づけするために、かなりの分量が割かれているのですが、それが本筋と結びついていないせいでひたすら物語が停滞している感があります。時おり描かれる、“ミッション・インポシブル”的なセキュリティをめぐる攻防はなかなか面白いのですが、これまた寸断されてしまっている印象で、今ひとつ物語に入り込むことが難しくなっています。 序盤にある人物が残した “自然な流れの中の発展と考えよ”というフレーズが、いつの間にか一人歩きしてそこここに広まっていき、物語全体を包むキーワードになっているあたりは、何ともシュールな雰囲気が感じられて悪くないのですが、やはり全体があまり出来のよくないパッチワークのようにちぐはぐになっているのが残念です。 2005.11.11読了 [ニーヴン&パーネル] |
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