殺す手紙/P.アルテ
La Lettre qui tue/P.Halter
序盤の不可解な状況が“殺人ゲーム”であっさり片付けられてしまうのはやや拍子抜けですが、そこにスパイをあぶり出す(*1)という“裏の計画”が仕込まれているのが秀逸。もちろん、現実的に考えればむやみに手が込みすぎなのは確かですが、“ゲーム”の二重構造はやはり面白いと思います。
さらに、フィリップとラルフの関係もまた一種の二重構造とされている――スパイの役割としても、また外見についても――のがうまいところ。予期せぬアクシデントによって、“ダミー”のスパイであるフィリップの代理として“真”のスパイであるラルフがパーティーに参加するという皮肉な状況が何ともいえませんし、外見の相似から相手がフィリップでないことに気づかないまま演技を続けた《少佐》と《オールドミス》の話を聞かされて、ラルフが“ふと脳裏に浮かんだ思いつきに、ぼくはぞくっとした。もしかして……。”
(78頁)とパーティーの真の目的に思い至ったところもよくできています。
ラルフが事態に巻き込まれるきっかけを作ったルーシーと兄たちが、フィリップとラルフの外見の相似という手がかり/伏線を読者に提示する役目として、プロットにうまく組み込まれているのも見逃せないところで、やけにあっけなく真相が明らかになっていくと読者に思わせたその裏に企みを潜ませた作者の手腕はなかなか見事。
そして、フィリップのスパイ疑惑をダミーの動機とすることで、殺人事件の真犯人を隠蔽する仕掛けも巧妙です。真相は“人違いの殺人”だったわけですが、“スパイサー夫人”がジョゼフィーン本人であることは見え見えながらも、前面に出されたスパイ疑惑が強力なミスリードとなっているために、ラルフが標的だったとは考えにくくなっている感があります。
残りの頁数を考えればさすがに、スパイの正体が“最後のどんでん返し”として用意されているのは明らかですし、それがラルフ自身である(*2)のも予想できるところで、それが明かされる時点では驚きはありませんが、物語当初の状況からすると“思わぬところにつれてこられた”という感覚があるのは確かで、なかなか巧みなプロットといっていいのではないでしょうか。そして最後にも言及されている、“ワトスン君、きみはいつでも貴重な手がかりを与えてくれる……自分でも気づかないうちにね”
(19頁)というフィリップの言葉の皮肉さが、鮮やかな印象を残しています。
*2: おわかりになる方もいらっしゃるかと思いますが、ある意味苦笑せざるを得ないところです。
2010.11.08読了