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ハイキャッスル屋敷の死/L.ブルースA Louse for the Hangman/L.Bruce |
1958年発表 小林 晋訳 扶桑社文庫フ42-2(扶桑社) |
本書では、ロード・ペンジに脅迫状を送った可能性のある人物(*1)や、ラチェットが殺害された夜に庭に出ていた人物など、疑わしい人物が数多く配置されているにもかかわらず、真相がかなり見えやすくなっているのは否めません。その大きな要因は、巻末の解説で真田啓介氏が言及している本書の“典型性”にあるといえます。
解説では、 それでも、事件の関係性が隠されているだけの不可解な状態であればまだいいのですが、事件の関係性が偽装されて“偽の構図”が前面に出された状態では、ブルース作品の特徴を踏まえれば、“偽の構図”を反転させたものが真相だと見当がついてしまうことになります(*2)。本書でも、“ロード・ペンジが命を狙われる中、人違いでラチェットが殺された……ように見える”ので、それを反転させてやれば――作中のキャロラスと同じような思考をたどって――(動機など事件の細部はともかくとしても)“ロード・ペンジがラチェットを殺した”という真相は明らかです。 *
このように、本書では事件の核心部分(犯人)が早い段階で見え見えになってしまいますが、そこから犯人と探偵の攻防に着目して倒叙ミステリ的な読み方をすることもできるでしょう。偽装を鵜呑みにすることなく捜査を続けるキャロラスに対して、ロード・ペンジが新たな脅迫状や毒殺未遂事件など次々と手を打ってくる展開は、“犯人対探偵”ととらえればなかなか興味深いものがあり、特に毒殺未遂事件は、“厳重に警備された屋敷から出ない標的を狙った殺人計画が不発に終わった”ことを(ぎりぎり)不自然に見えない形で演出してみせた、絶妙な一手となっています。
やがて訪れるロード・ペンジの死も、唐突なピゴットの解雇やロックヤーの出立につきまとうわざとらしさなどから、それがロード・ペンジ自身の最後の一手としての、他殺に偽装した自殺であることは明らかだと思います。しかし二つの事件における偽装工作の齟齬(*3)を考えれば、ロード・ペンジの自殺が当初からの計画であったはずはないわけで、そこでロード・ペンジを自殺に追い込んだ
ちなみに解説では、一旦は キャロラスが“犯人”という観点で物語を振り返ってみると、特にハイキャッスル屋敷を訪れてからのキャロラスの(一見)不可解な態度も、ラチェット殺しの真相を見抜いたことによる“動機”の発生からついに“犯行”に至った経緯を(間接的に)描いたものとして、違った形で見えてきます。その意味で本書は期せずして(*4)、キャロラスを“犯人”とした倒叙ミステリとしても読める――とりわけ再読してみた場合には――ように思いますし、ロード・ペンジと併せて二人の“犯人”の犯行を描いた二重の倒叙ミステリになっている、といえるかもしれません。 *
さて、真田啓介氏は巻末の解説で本書について、次の三つの難点を指摘しています。 ○ロード・ペンジの自殺を偽装したトリックは、なかなか成立が危ういのではないか
まず一つ目、ロード・ペンジが使ったのは某海外古典(*5)のバリエーションともいえる凶器移動トリックですが、凶器の移動よりも(*6)銃身の長いライフルの引き金を引けるのか、が問題でしょうか。個人的にはさほど気になりませんが……。
これらの難点について、解説では
これはつまり、キャロラスが
さらにいえば、上記の難点がレオ・ブルースの作風と密接に関連しているのも見逃せないところでしょう。すなわち、
*1: 妻の食中毒死をネタに恐喝を目論んだトランパーや、解雇された元運転手ワーズダイクあたりはまだしも、絶妙なタイミングで郵便ポストに手紙を投函させることでレディー・ペンジにまで疑いを向けてあるのがすごいところです。
*2: このあたりは、叙述トリックが使われている(ことが明かされた)作品に通じるところがあります。 *3: ロード・ペンジの自殺ではピゴットまたはロックヤーに疑いを向ける工作が施されていますが、当初からその狙いがあったのであれば、ラチェット殺しの際にも同様の工作をするのが自然ではないかと思われます(そもそも、共犯とも思えない二人の容疑者が用意されているところからして、慌てて計画を立てたことが表れているともいえますが)。 *4: 作者としてはもちろん、キャロラスが“犯人”だと見抜かれることを想定してはいないでしょうが、ラチェット殺しの真相の見当がついた時点で、ロード・ペンジの自殺という決着も予想される可能性の一つではありますし、少なくとも(ロード・ペンジがロックヤーとともに屋敷を出た際の)真夜中の不審な足音をスルーしたところで、キャロラスがロード・ペンジの自殺を予期していたことは明らかでしょう。 *5: (作家名)アーサー・コナン・ドイル(ここまで)の短編(作品名)「ソア橋」(ここまで)。 *6: 銃身が長い上に、重い銃把がトラックの荷台側に位置するので、自殺した後に凶器が荷台に落ちるのはほぼ確実とみていいでしょう。 2016.10.07読了 |
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