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medium/相沢沙呼

2019年発表 (講談社)
・本書の伏線
 本書の(第1刷の)帯にある“すべてが、伏線。”という惹句には違和感があります*1が、それはそれとして、もちろん本書にはいくつもの伏線が用意されています。その中で重要だと思われるものを、以下にいくつか挙げてみます。
(1)「プロローグ」の記述
 まず「プロローグ」で、香月史郎のもとに連続死体遺棄事件の解決依頼が持ち込まれています。香月は一旦依頼を保留した後、城塚翡翠の能力について検討し、二人で解決した事件を振り返りますが、この流れからすれば――目次にある最終話の題名「VSエリミネーター」をみるまでもなく――最後にシリアルキラーとの対決が用意されていることは、火を見るより明らかです。

 しかしそこで問題となるのが、翡翠・香月コンビの手法のシリアルキラーに対する相性の悪さです。まず翡翠の能力については、香月が“何か思いも寄らなかった手法”(10頁)の可能性を模索しようとしているものの、ここで示された“霊視”の“ルール”を見る限り、殺害現場が不明で手がかりも残さない犯人相手には、有効ではなさそうです。一方の香月についても、一般に推理でシリアルキラーの正体を特定するのは困難――ミッシングリンクやダイイングメッセージ、あるいは犯人がうっかり残した手がかりなどを介さない限り*2――であることを考えると、犯人にたどり着ける道筋が見えません。

 そうなるとシリアルキラーとの対決は、“翡翠がシリアルキラーの標的となる”形以外にはまずあり得ないのですが、そこで香月が蚊帳の外に置かれるとは考えにくい*3一方で、犯人がわざわざ香月まで拉致するはずもない――とすれば、香月がシリアルキラーだったとするのが最も収拾をつけやすいことは、十分に予想できるのではないでしょうか。

 実のところ、“翡翠が最後に香月の犯行を暴く”というプロットからすると、翡翠の能力を信じている香月としては翡翠の前で事件を起こすわけにはいかないのですから、シリアルキラーにせざるを得ないのもわかるのですが、それにしても、シリアルキラーの完璧な犯行と翡翠の“霊視”の“ルール”を読者に示すのが早すぎるのではないか、と思えてしまいます。

(2)各話での謎解きの不自然さ
 「第一話」から「第三話」は、香月による[暫定の解決]で(一旦)決着しますが、事件解決後の補足がかなりあっさりで、犯人の具体的な行動があまり説明されていません。よくみてみると、当然……とまではいかないものの、普通程度に親切な作品であれば触れられてしかるべきものが、なぜか(あまり)触れられないまま終わってしまう不自然さが目につき、(おそらくは作者の意図しない伏線として)“作者が何を隠したいのか”を浮かび上がらせることになります。

 まず「第一話」では、被害者・倉持結花が“帰宅してからアイスコーヒーを淹れた”可能性があまり検討されていない*4のが気になるところ。早々に空き巣とストーカーの容疑者が浮上したことが迷彩になっているものの、翡翠の“霊視”で“犯人は、女の人”(42頁)とされていることを踏まえれば、解決後にようやくさらりと言及される(91頁)のは少々不自然ですし、結花のアイスコーヒーの淹れ方に関する説明(25頁)がまったく使われないのも解せないものがあります。

 また「第三話」では、第二の犯行の説明の中に“翠色のスカーフ(179頁)が登場した時点で、それが“マフラーかなにか、柔らかい布状のもの”(177頁)とされた凶器に符合する*5ことに思い至った方も多いのではないかと思われますし、犯人が“先輩の女子”という翡翠の“霊視”が加わればなおさらですが、“霊視”による犯人像を補強する材料にもなり得るにもかかわらず、なぜか作中ではその可能性が持ち出されません。それどころか、最後に殺されかけた吉原さくらが“首に纏わりついた凶器を取り除こうと”(252頁)――と、一目瞭然のはずの“朱色の布”程度の描写もなくぼかされたまま、犯人の自白(255頁)でようやく読者に凶器が明かされる始末で、作者にとって何かはっきりさせたくない事情があることが予想できます。

 それに対して「第二話」の場合、後に翡翠が手がかりとする黒越篤の新刊本そのものは、不自然な扱いではありません。が、現場のデスクに残された“血のマーク”の扱いが引っかかるところで、“犯人が血に塗れた手をデスクについた手形を偽装した”と推測された(130頁)きりで、いくら香月の推理ではそこから先(犯人が洗面所で手を洗う際の行動)が重視されているとはいえ、犯人が捕まった後にも何ら語られないのは、あまり普通ではないように思います。

 これらの“不自然な欠落”はいずれも、最後に新たな推理が示されることを示唆するものですが、しかしそれぞれの事件ではすでに犯人が確定しており、別の“真犯人”が登場する余地はないので、ひっくり返されるとすれば翡翠の“霊視”くらいしかありません。したがって、翡翠が“霊視”で得たとされる“真相”が、改めて推理によって導き出される――と同時に、翡翠の“霊能力”がトリックだと明らかになる――ことが予想されます。

(3)各話の副題(?)
 これは老眼のせいか(苦笑)初読時には完全に見落としていたのですが*6「第一話」から「第三話」の終わりには、それぞれ"Iced coffee" ends.”(93頁)"Grimoire" ends.”(167頁)"Scarf" ends.”(261頁)と、副題のようなものが示されています。これはもちろん、翡翠が最後に持ち出す手がかりを暗示するものです。

 このうち「第二話」の"Grimoire"は、作中で“グリモア”(106頁)が“魔術書/黒書”のことだと示されているものの、『黒書館殺人事件』のことを指しているとは気づきにくいように思います。それに対して、"Iced coffee"と"Scarf"は一目瞭然ですし、上の(2)で指摘したように作中での扱いに不自然なところがあることもあって、いささか露骨すぎる伏線となっているように思われます。

(4)「インタールード」の記述
 シリアルキラーの犯行を描いた「インタールード」には、毎回ご丁寧に(?)“鶴丘文樹{つるおかふみき}犯人の名前が記されています。そこから、最後に翡翠が指摘している(371頁)“かおるつきふみ+郎→香月史郎”の変則的なアナグラムまで見抜くのは、さすがにかなり難しいと思いますが、作者にとってシリアルキラーの名前を読者に示しておくことに意味があるのではないか、と考えることはできるでしょう。

 犯人の名前の明示が最も効果を発揮するのはやはり、本篇に登場する人物とは別人と思わせるトリックとして使われる場合。そして本篇にはおあつらえ向きに(?)、ペンネームを使っている可能性のある人物が重要な役どころとして登場しているわけですから、そこから犯人の見当をつけるのはさほど難しくはないでしょう。

 また、「第一話」“人が死んだら、その魂はどうなるのだろう。”(12頁)という独白から始まっているように、本篇では香月が“死後の世界”に関心があることが随所に示されていますが、「インタールード」では犯人が殺した相手に“そっちには、なにがあるんだ?”(97頁/169頁)と再三尋ねることで、人物像の共通性が匂わされています。

(5)本書の副題
 本書の副題が“霊媒探偵 城塚翡翠”であるにもかかわらず、「第一話」から「第三話」までの翡翠は事件の解決に貢献しているとはいえ、“探偵”の役割を果たしているとまではいいがたい――と考えると、最後に翡翠が“真の探偵”として活躍することは、十分に予想できるのではないでしょうか。

 そうすると、翡翠がシリアルキラーとの対決で殺されるとは考えにくいので、「インタールードIII」での“彼は、翡翠の胸にナイフをつき立てた。”(266頁)というあざといミスリードも、必ずしもアンフェアとはいえないように思います。

(6)その他
 香月に対する翡翠の“先生も、(中略)人を、殺してしまいますか”(165頁)“殺人鬼の役ですよ。お得意のはずです”(186頁)といった台詞、“香月さんは、殺人鬼の描写、凄くうまいから”(113頁)という編集者・有本道之の評価(?)、そして香月に自白した藁科琴音の“あなたなら、わかってくれるかなって”(257頁)という言葉――これら一つ一つは、必ずしも真相を暗示しているとはいえないように思います*7が、作者がこれだけ積み重ねたことこそが、作者の意図を示唆する伏線となっています。

 これらの伏線に気づけば、〈香月がシリアルキラー〉、〈翡翠の方が探偵役〉、そして〈“霊視”の結果は推理によるもの〉といったあたりまで、つまりは作者がやろうとしていることの大半が予想できてしまい、あとは翡翠の“霊視に見せかけた推理”の具体的な手順くらいしか残らないことになります。作者の伏せ字ツイートをみると、ある程度の部分まで読者に気づかれることは想定しているようですが、ここまでが“わかりやすい謎を提示し、あえて読者に解かせ”る範疇に入るのか、そして“隠されていた最大の謎”(いずれも320頁)とは翡翠の推理の詳細のみを指すのか、気になるところではあります(このあたりについては後述)。

*1: ネタバレなしの感想の脚注2で書いたことに少し補足しておくと、伏線が“物語上の技術”であるとすれば、それはあくまでも〈作者―読者〉のレベルの話であって、作中の登場人物が真相解明に用いるものについては、(読者からみれば“伏線”といい得るとしても)“手がかり”という表現を優先すべきではないかと考えます。すなわち、“霊視に見せかけた推理”で使われるアイスコーヒー、『黒書館殺人事件』、スカーフといったものそれ自体は、“伏線”よりも“手がかり”というべきではないでしょうか。
*2: 多くの例がありますし、シリアルキラーものに近い本書の「第三話」も(やや変則的な)ミッシングリンクが鍵になっています。
*3: 翡翠がそのままシリアルキラーに殺された後に、霊となって香月に手がかりを与える――といったシナリオも考えられないではないですが、他の伏線も踏まえてみるとこれはなさそうです。
*4: ストーカー犯人説の中で、“態度を改めていたのかもしれない。(中略)割れたグラスも、来客のために出したものかもしれん。”(48頁)と、一応は言及されていますが、いかにも“ありそうにない”ような印象です。
*5: 足跡が残された被害者のスカーフが凶器でないことは確かですが。
*6: いや、頁の下の方に小さい文字で書かれているもので……(汗)。「最終話」"Iced coffee" again.(298頁)なども、単に謎解きが“再び”という意味なのかと思っていました。
*7: 少なくとも翡翠は、香月がシリアルキラーだとわかった上での発言だと考えられますが、それぞれ単独では不自然ではない――後者の台詞は、「第二話」での有本による評価を念頭に置いたもの――ので、“伏線”とはいいがたいところがあります。真相が明かされてから振り返ると、伏線回収に似たような感覚を生じるのは確かですが、“どちらとも解釈できる記述”はむしろ叙述トリックに近いものでしょう。

「泣き女の殺人」
[暫定の解決]
 香月の推理は、“結花”(翡翠)の“あの子がなにか探してるみたい”(79頁)という言葉と、死体の視線の向き(61頁)をもとに、グラスが割れていた場所に“なにか”があったとするところから、眼鏡のレンズの欠片にたどり着く――と同時に、犯人が急遽結花の家を訪れたと考えられることから、直前に電話していた人物に容疑を向けるというもので、妥当ではあるものの面白味に欠けるのは否めません。

 そもそも“霊視”に当てはまる女性の関係者が小林舞衣ただ一人ですし、根拠がないはずの“霊視”が完全に手がかりとして扱われている――最終的には証拠で裏付けられているとはいえ――のも微妙なところ。これはもちろん、[真の解決]ならぬ[暫定の解決]ゆえの事情ではありますが、しかしこの微妙さが逆に、この時点では伏せられた[真の解決]の存在を匂わせる“伏線”の一つとなってしまっているきらいがあります*8

[真の解決]
 被害者が帰宅後にアイスコーヒーを淹れたことから犯人像が導き出されるのは予想どおりですが、事件に“泣き女の装飾”を加えることになった現場の水滴が、氷が溶けたことの裏付けとなる*9のがまず鮮やかです。そしてそこから、“一杯分だけ作るのが難しい”(25頁)という結花の言葉で来客がいたとするのはまだしも、ダイニングテーブルなどの座席の配置から――周到に“偽の手がかり”の可能性も排除*10しながら――“親しい女友達”という関係を見出す、細かく丁寧な推理が秀逸。

 さらに、“親しい女友達”との“お泊まりパーティー”とした上で、ダイニングテーブルではなくソファの方に座ったとする推理にも説得力があります。そしてそこで、グラスの割れた位置との矛盾*11から、[暫定の解決]で香月が説明した“同時にグラスも割ってしまっていたため、それに紛れて細かい破片が現場に残ったままになってしまった”(86頁)という推移ではなく、破片を回収できなかった犯人が意図的な偽装工作としてグラスを割ったと結論づける推理がお見事です。

*8: 同じような理由で、本書についてロジックのすごさを強調するのはネタバレにつながりかねない、というのが困ったところです。
*9: “ほんの微かな大きさの、透明な水滴”(42頁)とはいえ、犯行からの経過時間にもかかわらず蒸発しきっていなかったことから、氷しかあり得ないといってもよさそうですし、現場の位置関係から“エアコンや観葉植物が原因”(317頁)とも考えられないでしょう。
*10: “結花に見せられた写真と寸分違わぬまま”(39頁)というさりげない描写が巧妙です。
*11: ソファの側の丸テーブルからは、グラスを落としても割れない――ということまで入念に押さえてあるのも見逃せません。

「水鏡荘の殺人」
[暫定の解決]
 事件が発覚した直後に翡翠が“犯人は、別所さんです”(101頁)と指摘する、麻耶雄嵩『さよなら神様』ばりの展開で幕を開ける「第二話」ですが、別所幸介、有本道之、新谷由紀乃と三人の容疑者が存在する中、翡翠が見た夢というこの作品ならではの形で、さらなるヒントがもたらされるのが面白いところですし、水鏡荘の怪異(!)や洗面所の鏡に残った痕跡などをヒントとして、以下のように“翻訳”されるのが秀逸です。
 ①有本が洗面所に立つ。キャビネットを開ける。鏡が脇に向けられる。
 ②別所が洗面所に立つ。キャビネットを閉じる。鏡が別所を映す。
 ③新谷が洗面所に立つ。キャビネットを開ける。鏡が脇に向けられる。少しして、キャビネットを閉ざす。
  (158頁)
 そこから、容疑者一人一人を犯人に擬してうまく説明がつくかどうか検討していく“容疑者総当り法”*12が見どころとなりますが、“別所犯人説”のみならず“有本犯人説”も矛盾なく成立してしまうところ、黒越のパソコンのパスワードロックがかかるまでの時間が最後の決め手となるのが実に鮮やか。と同時に、パソコンに指紋を残した新谷の不用意すぎる行動が、ここでうまく回収されるところもよくできています。

[真の解決]
 まず、推理の糸口となる『黒書館殺人事件』――黒越の新刊本の行方が非常に秀逸で、十冊目の新刊本が黒越の仕事部屋にあったはずだとする推理*13による、“埋もれていた謎”の発見にはうならされます。そして、犯人がデスクに残した“血の卍マーク”に、本のあった痕跡を隠すという新たな意味を持たせてあるところがよくできています。

 ここで、新谷の服装では本を持ち出せなかったのに対して、別所には可能だった――というところはいいのですが、有本には本を持ち出す必要がなかったというのは早計ではないかと思われます。というのも、当初の推測どおり“犯人が血に塗れた手をついた”――ただし、そこにあった本の上に――とすれば*14、当然ながら有本が犯人であっても本を持ち出す必要が生じる*15からで、持ち去った理由が本に残した指紋だと“決め打ち”するのは危ういのではないでしょうか。

[趣向と問題点]
 この事件では翡翠が指摘している(335頁)ように、同じ真相にたどり着く筋道として[暫定の解決]の〈鏡のロジック〉と[真の解決]の〈新刊本のロジック〉――二通りのロジックがあるのが注目すべきところでしょう。近い前例もないではない*16ですが、答は同じでそこに至る手順だけが違う“多重解法ともいうべき趣向は、多重解決とはひと味違ったユニークな試みといえます。あまり例がない要因の一つは、同じ真相に行き着く複数の“解法”を単純に並べても面白味に欠けるからだと思われます*17が、この作品ではもう一つの“解法”を最後に“霊視の真相”という形で取り出す見せ方が、実によく考えられていると思います。

 ただ惜しむらくは、このユニークな趣向を盛り込んだ“副作用”というべきか、よく考えてみると翡翠の意図が意味不明になるという問題が生じています。というのも、香月に謎を解かせるべく推理を誘導するに当たって、翡翠自身が犯人を特定した〈新刊本のロジック〉ではなく、あえて別のロジックに誘導した理由がさっぱりわからないのです。

 「第一話」「第三話」では主に“霊視”からを香月に推理させる形であって、“霊視”の結果は真相まで未達――いわば手がかりにすぎないため、それが推理で得られることを隠しておくのも納得できます。しかしこの「第二話」では犯人の名前まで、すなわち推理の“ゴール”までを香月に伝えるわけですから、必然的に“霊視”の結果は香月が推理で到達可能なものでなければならない――となれば、香月が翡翠と同じ筋道をたどることに不都合は見当たらず、〈新刊本のロジック〉を隠す必要はないと考えられます*18

 しかも翡翠は、[暫定の解決]で最後の決め手となった“パソコンにロックがかかるまでの時間”を知り得なかったはず*19で、当然ながら[真の解決]で有本を除外した根拠も使えないのですから、香月の推理を誘導した時点では〈鏡のロジック〉で犯人を特定できると確信できていなかったことになります。結局のところ、香月が犯人を特定できたのは“結果オーライ”にすぎないわけで、翡翠は一体何のつもりだったのでしょうか……?

*12: 三津田信三〈刀城言耶シリーズ〉の“一人多重解決”を髣髴とさせるものです。
*13: 著者に送られる見本は著者謹呈本として使われるのが普通でしょうが、著者からではなく出版社を介して謹呈されるものがあれば、その分を引いた数が著者に届けられるはずなので、実際には必ずしもきりのいい数になるとは限らないと思われます。ただしこの作品の場合、家政婦の森畑貴美子が新刊を読んでいる(116頁~117頁)ので、袋から取り出された一冊が黒越の仕事部屋にあったのはまず確実です。
*14: 当初そのように推測されたということは、本の有無にかかわらず“犯人が手をついてもおかしくない場所”ということですから、犯人が本の上に手をついてしまった可能性は無視できないはずです。
*15: この理由で本を持ち出した場合、本があった痕跡を隠す必要がないのでは……と考えてみたところでようやく気づきましたが、そこに本があったこと自体は知られてもかまわないのは別所も同じはず――そもそも、仕事部屋に入った有本や家政婦の森畑は本の存在を知っているので、隠し通せるはずがない――なので、“血の卍マーク”は――翡翠の推理の糸口を隠しておきたい作者の都合による――犯人にとってあまり必要のない隠蔽工作ということになるでしょう。
*16: 比較的近い例としてすぐに思いついたのは、『ぐるりよざ殺人事件』など一部の古野まほろ作品です。
*17: 例えば上に挙げた『ぐるりよざ殺人事件』では、ホワイダニットの解明(結果的に犯人も暗示される)→ハウダニットの解明(同)→フーダニットの解明(特殊な状況下の特殊なロジック)という形で、それぞれの謎解きで犯人に到達しながらもしっかりと面白さを確保してあります。
*18: 作中で翡翠が“推理の取っ掛かりに気づかれないよう”(371頁)、証拠に関して誤った情報が香月に伝わるよう仕組んでいるのは、香月が[暫定の解決]を示したなので当然です。ちなみに、翡翠と鐘場警部の間につながりがあったことには驚かされました。
*19: 事件発覚後はパソコンに触れる機会がないと考えられる上に、すでにロックがかかった状態なのでどうにもなりません。また、事件発生前に黒越から聞き出す機会も動機もなさそうです。

「女子高生連続絞殺事件」
[暫定の解決]
 “先輩……”(191頁)“犯人は、女の子です”(193頁)という“霊視”の結果を手がかりとすれば、写真部の部長にして図書委員の蓮見綾子に疑いを向けるのは自然ですが、犯人が現場で写真撮影を行ったことが解明されていく中で、逆に(?)カメラ関連の手がかり*20によってその容疑が否定されるのが興味深いところです。

 そして、三人の被害者のうち二人の共通点を模索する中で、最終的にはやはり写真部つながりの延長線上にあるとはいえ、“写真店”というのは一ひねり加えてありますし、それが図書委員長・藁科琴音の家ということで犯人に直結する、変則的なミッシングリンクが面白いと思います。

[真の解決]
 前述のように凶器のスカーフがポイントであることは予想できたのですが、翡翠の推理が第二の犯行での被害者のスカーフから始まるのには意表を突かれました。制服には“スカーフ留めがない”(210頁)ので被害者自身が外したというのは説得力がありますし、外す理由として“入学年度によって色が違う”(200頁)ので(写真撮影を口実に)タイを交換したというのは実に鮮やか。そして、事件が昨年度から続いていることから、犯人は一年生ではなく現在の三年生とするところまで、非常によく考えられていると思います。

[気になる点]
 「最終話」でこの事件について、翡翠が“推理に必要な証拠はすべて揃っています。スカーフを手がかりに(中略)どのように論理を組み立てたのか、推理を推理することができますか?”(339頁)と香月を挑発していますが、これは問いの立て方が悪く、厳密にいえば無茶振りになっています。なぜなら、この時点で“先輩の女子”という犯人像を導き出す手がかりこそ揃っているものの、““霊視”の時点で翡翠がどのように推理したのか”を推理できる材料は揃っていないからで、翡翠が“霊視”を行った場面(191頁)までに示された情報に基づいて、翡翠と同じ推理ができたかどうかを考えてみれば明らかでしょう。

 後に“事件現場を訪れる前に、予習として学校のことはネットで調べておきました。”(346頁)と補足されているところからみて、作者自身も自覚があるのではないかと思われますが、推理に不可欠なスカーフ留めの有無や学年によるスカーフの色の違いが作中で明示されるのは“霊視”よりも*21で、それを““霊視”の段階で翡翠が知っていたかどうか”がわからないので、香月には――ひいては読者にも――翡翠の推理を推理するのは不可能といわざるを得ません*22

*20: “本体とレンズキャップを繋ぐストラップ”(211頁)と、レンズキャップを落とした可能性を完全につぶしてあるのが周到です。
*21: スカーフ留めについては、「第三話」冒頭で藤間菜月がネクタイ状に結ばれた深い翠のスカーフ”(176頁)を身に着けていたことが描かれていますが、翡翠がそこまで確認できたかどうかはわかりません。
*22: 翡翠が“スカーフを手がかりに”(339頁)推理できたとしているので、そこは“もちろん事前に知っていたはずだ”と推理すべき――とするのは、さすがに乱暴すぎるでしょう。

「VSエリミネーター」
 ここではついに香月の正体が明らかになりますが、翡翠が香月を疑い始めたきっかけが推理ではないこと――翡翠が“人間の心理を読むのは得意”で、香月から“人殺しの匂い”(いずれも318頁)を感じた、と説明されているところにも、前述したシリアルキラーと推理の相性の悪さが表れています。もちろん、“二件前の事件から”(272頁)*23のシリアルキラーの手口の変化を、「第一話」での“DNAの提出”(43頁)と結びつけてあるのは巧妙ですが、それとて香月がすでに疑われている前提があっての話です。
*
 さて、伏線に気づかなかった読者にとっては衝撃の展開となるところでしょうが、伏線に気づいた場合は前述のように、その大半の部分まで予想が可能です。そしてここで明かされる真相は、〈視点人物が犯人〉/〈“探偵役”が犯人〉や〈“助手”が探偵役〉など前例があるものに分解できる――〈“霊視”が推理の産物〉についても、作中で引用されているシャーロック・ホームズ譚*24の応用といえます――ので、うまく組み合わされているとはいえ、それ自体にあまりインパクトがあるとはいえません。

 また、特殊設定ミステリと思わせておいて実際には特殊設定ではない、という点についても、少なくとも国内の長編に一つ前例がある*25上に、そちらが本書よりもSF寄りに偽装されているのに比べると、“特殊設定ミステリ”としても“飛距離”不足に感じられるきらいがあります。そもそも、オカルト的に演出された謎を合理的に解体する手法は古典ミステリの時代から枚挙に暇がないわけで、本書は出発点が強固に見えるようにしっかり演出されていることで斬新な印象があるものの、手法としては霊能力を扱った既存のミステリを大きく超えるものではないといえます。

 このように、本書の真相は“驚天動地の真相”とはなり得ても決して“奇想天外な真相”ではないので、それが途中で見えてしまうと面白味が激減するのは否めないところです。
*
 それでも、「最終話」で明かされる翡翠の推理の手順が――前述のように二、三の難はあるものの――非常によくできているのは確かです。確かではあるのですが……どのように収拾をつけるのかが気になる緊迫した対決の中で持ち出されるために、どうしても“早口に見えてしまう”*26のを抜きにしても、残念ながらあまりうまくいっているとはいえないように思われます。

 作者としては、これこそを“まったく違う答えや隠されていた最大の謎”(320頁)とするのが狙いだったのかもしれませんが、いかんせん、“霊視に見せかけた推理”であることが――それにアイスコーヒーなどが使われるところまで――予想できてしまうと、残された部分は予想できた部分に比べてあまりにも“小さい”印象となる上に、すでに解決された事件についての“わかっている答え”を導き出す手順だけ、となれば、(読者としては恥ずかしい話ですが)それ以上自力で考える意欲がわきにくいのが正直なところ。一方、“霊視に見せかけた推理”に驚かされた読者の場合には、翡翠の推理の手順がそこで初めて“謎”として浮上するわけですから、そこからあまり考える余裕はないでしょう。

 つまるところ、本書の圧巻といってもいい翡翠の推理が、一読しただけでは「何だかよくわからないけどすごい」程度であっさり流されてしまいかねない*27ので、このような使い方は実にもったいないと思えてしまいます。とはいえ、本書の趣向からすると、他にやりようがあるとも考えにくいのが難しいところですが……。

*23: 「第一話」の後に配置された「インタールードI」に、“一つ、新たに懸念すべき点がある(中略)もっと慎重に証拠を洗い流しておいた方がいい”(98頁)とあります。ただし、「インタールードIII」の内容をみると、全体が時系列に沿って配置されているとはいえませんし、「最終話」でも“二件前の事件”“ちょうど、香月が翡翠と知り合った時期になる”(いずれも272頁)とされているだけ(前後関係は不明)なので、読者への手がかりとしてはやや微妙に思われますが……。
 ところで、仮に「インタールードI」の次に「インタールードII」の事件しか起きていないとした場合には、二件前の事件”という表現はおかしいのでは?(いや、「インタールード」で描かれないもう一つの事件が起きていたすれば、問題はありませんが)
*24: “中間の推理を悉く消去し、ただ始点と結論だけを示すとすると、(中略)相手を驚嘆させる効果は充分にある”(304頁)
*25: あまりにも特異な例なので、作品名は完全に伏せておきます。
*26: 余計とも思える台詞をかなり織り交ぜて、読者が読む速度にブレーキをかけるような工夫がされているようにも見受けられますが、それが“早口”という印象をより強めることになっているような気も……。
*27: もちろん、自分自身の感覚を踏まえての印象です。

2019.10.21読了