ミステリ&SF感想vol.214

2014.12.21

さよなら神様  麻耶雄嵩

ネタバレ感想 2014年発表 (文藝春秋)

[紹介]
 「犯人は○○だよ」――隣の小学校の先生が殺される事件が起きて、容疑者の一人が担任の美旗先生だと知った俺、桑町淳は、悩んだ末にクラスメイトの鈴木太郎に犯人は誰なのか尋ねてみた。自分のことを“神様”だという鈴木の言葉は嘘っぱちだと思うけれど、少なくとも真実を見抜く能力を持っていることは確実だった。しかし、意外すぎる犯人の名前を聞かされた俺は、さらに頭を抱えることになり、少年探偵団の面々とともに事件を調べ始める……。
 その後も、事件が起きるたびに質問してみると、鈴木は即座に犯人の名前を教えてくれたのだが……。

[感想]
 本書は問題作『神様ゲーム』の続編となる連作短編集*1で、初刊は児童書の体裁を取っていた前作と違って一般書の体裁となっていますが、前作同様に舞台は小学校で、自由な姿形をとることができるという“神様”鈴木太郎も同じように小学生男子の姿で登場しています。前作では、“神様”の特性――無謬であり、なおかつ余計なことを語らない――を前面に出して一種独特の謎解きが展開されていましたが、本書ではそれをさらに推し進めたような、各篇の一行目で犯人が明かされるという異色の趣向が目を引きます。

 犯人こそ最初に明かされるものの、倒叙ミステリとはまったく異なり、その後に“どうしてその人物が犯人なのか”が不可解な謎として浮上してくるのが本書の特徴。これは前作『神様ゲーム』など、麻耶雄嵩の一部の作品でみられる手法に通じるものがありますが、本書ではフーダニットが放棄されて完全に“虫食い算”の形になっている――犯人の名前は解明されるべき“真相”ではなく、真相解明のための“手がかり”として機能する――のがユニークです*2。また、犯人特定の手順を“神様”に丸投げしてある分、犯人の設定で無茶なことができるというか、“その犯人”であること自体がしばしば不可能状況の一環となっているところがあり、(例えば〈読者が犯人〉ものの一部*3などと同じように)“作者が“その犯人”をどのように成立させているのか”――いわば“作者レベルのハウダニット”――も、大きな見どころでしょう。

 最初の「少年探偵団と神様」は、本書の趣向が最もオーソドックスな(?)形で生かされた作品で、指摘された犯人は被害者との接点すら見当たらない人物になっています。そこから、ほんのわずかな可能性に着目した推理の積み重ねによって、針の穴を通すように組み立てられる事件の全体像は、一見すると地味ながらも人を食ったものになっており、なかなか面白いと思います。

 続く「アリバイくずし」は、名指された犯人が被害者を殺す動機もすぐに明らかになり、題名どおりにアリバイ崩しが主題となっています。個人的には、単なるアリバイ崩しでは本書の設定があまり生きないように思われる*4のですが、この作品でのアリバイはある意味で常軌を逸したトリックによって成立しており、“神様”の保証がなければとても真相に到達し得ない点で、やはり本書ならではといえるのではないでしょうか。

 次の「ダムからの遠い道」はこれまたアリバイもので、強固なアリバイを少しずつ“削って”いく少年探偵団の推理はなかなかの見ごたえがありますし、真相が明らかになるきっかけも鮮やかです。が、いかんせん「アリバイくずし」に比べるとトリックがかなり脆弱――警察が早々に事件を解決していないのがおかしいと思えるほど――で、なおかつ心理的にもかなり無理があるように思われるのが大きな難点。

 「バレンタイン昔語り」は本書の白眉で、「少年探偵団と神様」以上に“どうしてその人物が犯人なのか”さっぱりわからないところから始まり、ちょっとしたサプライズや定型を外れた展開なども盛り込まれて戸惑っていると……異形の推理――手がかりは配置されているものの、「銘探偵か!」と突っ込みたくなるような――によって解き明かされる、衝撃的な真相に驚愕必至。“神様”を一種のガジェットとしてしっかりと使い倒した傑作です。

 「比土との対決」もまたアリバイもので、犯人はもちろん動機も早々に明らかになるのですが、残るアリバイ崩しがかなりの難関。実に周到に状況が組み立てられており、アリバイものにしては珍しく移動手段が徒歩しかない*5こともあって、あとほんの数分をどうしても“削る”ことができない、何とももどかしい状態となります。しかして謎解きでは、“ある要素”を逆手に取った巧妙な罠と、それに伴う強烈な苦さに打ちのめされるよりほかありません。

 最後の「さよなら、神様」は序盤からやや勝手が違う展開で、これまでの事件を受けてさらに“黒さ”を強めていく物語に圧倒されます。そして……最後に明かされる趣向はおおよその見当がつかないでもないとはいえ、ある意味で麻耶雄嵩らしい味わいにむしろ満足感のようなものが生じる……のですが、最後の最後、(ミステリ的な意味ではないものの)破壊力抜群の一文に仰天。してやられました。

 方向性はまったく異なっていますが、『メルカトルかく語りき』と同じように麻耶雄嵩しか書き得ないであろうと思われる、挑戦的な作品集。前述のように「ダムからの遠い道」には難がありますが、それ以外は――さらに連作全体でみれば、十分に傑作といっていいでしょう。

*1: 連作の構成上、一篇ごとの内容紹介は興を削ぐと思われるので、最初の「少年探偵団と神様」以外は割愛しました。
*2: 本書ではその解明を読者に委ねずに作中で行う形になっており、これまでの作品より親切といえるのかもしれません(苦笑)。
*3: 深水黎一郎『最後のトリック』『ウルチモ・トルッコ 犯人はあなただ!』)のように、最初からそれを明示してあるもの。
*4: アリバイ崩しは一般に、(動機などから)犯人がおおよそ明らかになった状態での話なので、たとえ犯人の指摘から始まっても通常のアリバイものとさほど大差ないように思われますし、ひいては“神様”の存在意義が薄いようにも感じられます(→この問題は、「ダムからの遠い道」に最も強く表れているように思います)。作者の側からすると、この趣向であればアリバイものが書きやすいのでしょうが。
*5: このあたりは、『木製の王子』を髣髴とさせるところがあります。

2014.08.07読了  [麻耶雄嵩]
【関連】 『神様ゲーム』

波上館の犯罪  倉阪鬼一郎

2014年発表 (講談社ノベルス)

[紹介]
 とある半島の近海に浮かぶ小島に建てられた、白亜の洋館。波に浮かんでいるようなその異様な建物は、〈波上館〉と呼ばれていた。館主であった孤高の芸術家・波丘駿一郎が不可解な死を遂げた後、館では元妻の千波、元執事で千波と再婚した間島、駿一郎の長女の香波らが、打算にまみれた暮らしをしていたが、ある日、香波が何者かに自室で刺殺されてしまう。放浪の旅を続けていた次女の美波が地球の裏側から呼び戻され、事件の謎を解く探偵役に指名されるが、さらに相次ぐ事件の手口は、今は亡き駿一郎――死者の犯行とも思える奇怪なものだった……。

[感想]
 今年の講談社ノベルス倉阪作品は、カバー見返しの「著者の言葉」によれば“究極の作品”とのこと。『三崎黒鳥館白鳥館連続密室殺人』などのようなバカミス風味も添えられてはいるものの、巻末の「著訳書リスト」でも“バカミス”ではなく“交響曲シリーズ”に分類されているように、一連のバカミスとはだいぶ趣の違った作品であることは確かです。そして、作者自身が「あとがき」“代表作の一つ”と記しているように、一つの集大成的な意味合いもあるようです*1

 まず、プロローグにあたる「前奏曲」の最初の頁の時点で、いつもの〈○○〉に気づく方も多いのではないかと思われますが、それが何を意味するのか――物語の内容とどのように関わってくるのか、さっぱり見当もつかない*2ところに困惑させられるのは確実。それはさておき物語では、〈波上館〉で相次ぐ殺人事件の様子が描き出されていきますが、探偵役となる次女・美波がしばしば亡くなった駿一郎を容疑者として扱うなど、いまだ館を支配する死者の意思によって“芸術/美”を解さない者たちが次々と殺害されるかのような、奇怪な雰囲気が醸し出されているのが目を引きます。

 事件の物理的な(?)面についていえば、確かにいつものバカミスに通じるトリックもあり、またあまりにも陳腐で脱力を禁じ得ないトリックが使われていたりもするのですが、いずれにせよそのあたりにはあまり重きが置かれていない印象。それよりも、巻頭にも掲げられている(セバスチアン・ジャプリゾ『シンデレラの罠』ばりの)“わたし=犯人/探偵/被害者/記述者”という趣向を、作者なりの形でいかにして実現するか――さらには作者のかねてよりの理想*3である“すべての言葉が伏線になっているミステリー”をいかに体現するかが、本書の最大の見どころといえるでしょう。

 つまるところ、“作者が何をやっているのか”が本書の眼目であり、それは一般的なミステリの面白さとは異質といってもいいものであるため、本書をミステリとして読むとだいぶ好みの分かれそうなところではあるかと思われます。“すべての言葉が伏線”という趣向にしても、終盤に至ってそれがどのような意味なのか明らかにされてみると、通常のミステリの感覚でいえばやや“外れた”ところがあり、なおかつ(正直なところ)少々ずるいような気がしないでもない――とはいえ、よく考えてみればうなずけるものではある*4のですが。

 その意味で、少なくとも作者の狙いが見事に結実した作品であることは間違いないところですし、それを“面白い”と思えるかどうかはさておいて(?)、気の遠くなるような労力を積み重ねて作者が構築した“美”を味わうことは可能でしょう。とりわけ、すべての謎が明らかになった後に残される物語の結末の美しさはこの上ないもの(なので、絶対に頁をぱらぱらめくってみないようにご注意ください)で、いい意味で常軌を逸した作者の企みに感服せざるを得ません。前述のように好みは分かれると思いますが、作者の言葉通り一つの到達点であり、一読の価値はあるのではないでしょうか。

*1: このあたりについては、恥ずかしながらそれほど倉阪作品を読んでいない私にはわかりかねるところもあるので、熱烈な倉阪鬼一郎ファンである根倉野蜜柑さんの一連のツイートをご参照ください。
*2: 『不可能楽園〈蒼色館〉』と同様に、あるいはそれ以上に。
*3: 例えば『三崎黒鳥館白鳥館連続密室殺人』の作中に、“すべての文章、ひいてはすべての言葉が伏線になっているミステリーが、彼(注:倉阪鬼一郎のこと)の理想なのだそうです”(同書153頁)という一文があります。
*4: (以下伏せ字)これまでの作品と方向性は同じで延長線上にあるにすぎない(ここまで)ようにも思えるのですが、しかし(以下伏せ字)すべての行に“地雷”が埋め込まれている(ここまで)上に、(以下伏せ字)“地雷”以外の部分が任意ではない(あの文字を排除しなければならない)(ここまで)ということを考えると、“すべての言葉が伏線”というのも妥当ではないでしょうか。

2014.08.12読了  [倉阪鬼一郎]

逃げる幻 The One That Got Away  ヘレン・マクロイ

ネタバレ感想 1945年発表 (駒月雅子訳 創元推理文庫168-09)

[紹介]
 スコットランドのハイランド地方を休暇で訪れたアメリカの軍人ダンバー大尉が、地元の貴族ネス卿の娘に聞かされたのは、たびたび不可解な家出を繰り返していた少年ジョニー・ストックトンが、開けた荒野の真ん中で消え失せてしまったという奇妙な話だった。その夜、宿泊先のコテージで当のジョニーを偶然発見したダンバーは、彼が何かを異様に恐れていることに気づく。精神科医でもあるダンバーは、ジョニーの家庭環境にその原因を見出そうとするが、二日後、ジョニーはまたしても家を飛び出し、ついには殺人事件が……。

[感想]
 先に邦訳された『小鬼の市』の巻末解説などで刊行が予告されていた、(同じく本邦初訳となる)ヘレン・マクロイの第九長編で、舞台となるスコットランドはハイランド地方の豊かな情景描写と、その中で繰り広げられる、題名のとおり“逃げる幻”を追いかけるかのような、とらえどころのない雰囲気の漂う物語が実に魅力的な作品です。また、『小鬼の市』と同様に発表当時の世相が物語に反映され、終戦直後*1の状況が重要な要素として組み込まれているところも目を引きます。

 本書の主人公・ダンバー大尉は早々に、ジョニー少年の原因不明の家出と荒野での奇妙な人間消失の話を聞かされ、奇妙な謎の渦中に放り込まれることになりますが、舞台となるハイランド地方の歴史や伝説、人々の気質なども相まって、謎は幻想的な空気に包まれ、さらにそれが異邦人たるダンバー大尉の視点から描かれることで際立っている感があります。しかしその一方で、ダンバー大尉がこの地を訪れた“真の目的”が見えてくるにつれて、物語が幻想とは対極にあるともいえる“きな臭さ”を帯びていく*2のも面白いところです。

 次第に得体の知れない緊張感が高まっていく中で、やがてついに殺人事件が起きますが、事態は混沌を深めていくばかりで、シリーズ探偵ベイジル・ウィリング博士のようやくの登場をもってしても、事件は容易には解決しない……と思っていると、終盤にきて物語は一気に動きをみせ始め、急転直下の解決に思わずうならされます。帯の惹句やカバーのあらすじでは強調されている*3ものの、人間消失と密室殺人の真相そのものはかなりの脱力トリックなのですが、それはおそらく作者も自覚的にやっていることで、その扱い方はなかなか巧妙。

 そのあたりの説明も含めて、事件解決の後の丁寧な謎解きがまさに圧巻で、つかみどころがないように思われた物語の中にちりばめられていた数々の手がかりと、それでもなお真相を強力に覆い隠していた巧みなミスディレクションには脱帽せざるを得ません。そしてすべてが明かされてみると、事件の真相が鮮やかに時代を浮き彫りにしているところがまた見事。ぱっと見の印象は派手さに欠けるきらいもないではないですが、十分に傑作といっていいでしょう。

*1: 冒頭に“ドイツの降伏によってヨーロッパでの戦闘に幕が下りると”(9頁)とあり、少なくともヨーロッパ戦線は終結しています(目についたところでは終盤に、“八月”(292頁)という記述もあります)。
*2: ナチスが敗れてもなおファシズムを標榜する哲学者の登場も、それに輪をかけているところがあるように思われます。
*3: 帯では“人間消失、密室殺人、そして”と、またカバーのあらすじでは“名探偵ウィリング博士が人間消失と密室殺人が彩る事件に挑む”とされています。

2014.08.30読了  [ヘレン・マクロイ]

もう教祖しかない!  天祢 涼

ネタバレ感想 2014年発表 (双葉社)

[紹介]
 老朽化と人口減少が進んだ高齢者地区を中心に、銀来団地で急速に広がりをみせる新宗教〈ゆかり〉。大手流通企業スザクの、結婚式や葬式などを取り扱うセレモニー事業部で働く早乙女六三志は、生前葬儀契約の顧客を死守すべく、教団つぶしを命じられた。だが、早速〈ゆかり〉に乗り込んだ早乙女に対して、同世代の教祖・藤原禅祐は宗教カンパニーを設立して金を稼ぐという目的を認めつつも、社会や成功者にとって搾取の対象となっている若者が逆転するには、もう教祖しかないと訴える。そして両者は〈ゆかり〉の存亡を賭けて、信者数をめぐる勝負を繰り広げることになった……。

[感想]
 『葬式組曲』で葬儀を、そして『セシューズ・ハイ』で政治を扱った作者による、新宗教を題材にしたミステリです。宗教ミステリとはいっても、本書に登場する〈ゆかり〉は教義も難解ではなくとっつきやすい(というと語弊があるかもしれませんが)もので、前述の作品と同様に題材を通じて“人と社会”を描くことに力点が置かれている感もあり、宗教に特に興味がなくとも読みやすく楽しめる作品に仕上がっています。

 そもそも、〈ゆかり〉の教祖・藤原禅祐が――妹の桜子や信者たちに対しては秘密裏に――宗教を(ビジネスの)“手段”として割り切っている節があり、そのために背景にある世代間格差などの社会問題にも焦点が当てられて、身近なものとして考えさせられる内容となっています。また、〈ゆかり〉に対抗する*1主人公に独自の哲学を持つ企業人・早乙女六三志が据えられることで、〈ゆかり〉が得体の知れない団体としてではなく、よりわかりやすい形で――いわば俗世的なフィルターを通して描かれているのがうまいところです。

 それは、信者数をめぐる勝負――平たくいえば信者/顧客という“パイ”の争奪戦――が物語の中心となっていくところにも表れていますが、両陣営ともにあまりえげつない手を使うわけにはいかない――というのは信者/顧客の反感を買うことは避けなければならないからですが、結果として知略を尽くしたコン・ゲーム風の展開が繰り広げられるのが大きな見どころ。終盤まで続く一進一退の攻防は大いに見ごたえがあると同時に、“どうやって人の心を動かすか”が主眼となるだけに、随所に強く印象に残る場面があるのも魅力です。

 そしてクライマックス、勝負の行方は意外な形で決することに*2……しかしそこで終わってしまうことなく、突如として本格的な謎解きが始まるところが作者らしいというべきでしょうか。指摘される“真相”そのものはある程度予想できるもので、個人的にさほど驚きはありませんでしたが、その真相につながる細かい手がかりが巧みに配置されていたことにうならされます。“真相”に対応する“謎”が明示されているとはいえない*3ものの、手がかりを拾って“真相”に到達することは十分可能で、ミステリとしてもなかなかよくできていると思います。

 シリアスともいえるテーマを、そこはかとなくユーモラスな筆致で描いて楽しい作品に仕立てつつ、技巧も鮮やかに決めてみせた快作です。

*1: もっとも、藤原桜子に一目ぼれしていたり、かつて住んでいた銀来団地が活気を取り戻すことは悪くないと思っていたり、色々と複雑な立場ではあるのですが。
*2: 勝負の結果が意外という意味ではなく。
*3: その点では、叙述トリックに通じるところがあるといえるかもしれません。

2014.09.04読了  [天祢 涼]

消失グラデーション  長沢 樹

ネタバレ感想 2011年発表 (角川文庫 な54-1)

[紹介]
 私立藤野学院高校の男子バスケ部員・椎名康は、部活をサボって校内の秘密の場所で女子生徒といちゃついているところを、同級生の放送部員・樋口真由に邪魔される。真由は、校内に侵入して盗みをはたらく“ヒカル君”を捕らえるため、そこに監視カメラを設置するというのだ……。その頃、康が惹かれる女子バスケ部のエース・網川緑はチーム内で孤立しており、康と真由は彼女がリストカットする現場に遭遇してしまう。そして翌日、校舎の屋上から転落した緑を発見した康は、何者かに襲われて意識を失う。目覚めた時には、緑は現場から校内から忽然と消失していたのだ……。

[感想]
 第31回横溝正史ミステリ大賞を受賞*1した作者のデビュー作で、すでに『夏服パースペクティヴ』『冬空トランス』(短編集)といった、探偵役を同じくする続編も発表されているシリーズの第一作。個人的には若干気になるところがないでもないものの、酒井貞道氏の解説で“青春小説と謎解きミステリが、史上稀に見るほど有機的に結び付いており”とされているように、青春ミステリの傑作といっていいのではないでしょうか。

 冒頭から、校内への不法侵入を目論む不審人物の存在が示されつつ、物語の焦点は校内の高校生たちへ。女子生徒と次々に乱れた関係を結ぶ一方で、所属するバスケ部では鬱屈を抱えている語り手・椎名康や、康に対してのみ“プチサディスト”の顔を見せる級友・樋口真由など、登場人物たちがいずれもしっかりと描かれているのが印象的。とりわけ、孤立を深める女子バスケ部エース・網川緑の姿とチーム内に漂うギクシャクした空気が丁寧に描かれていくのが見どころです。

 そしてついに起きる事件は、不可解な屋上からの転落に続いて、防犯カメラの監視による密室状態の学校からの消失。事件の様相が今ひとつはっきりしないこともあって、警察の介入も(特に校内の事情に関しては)ややあっさりしたものにならざるを得ず*2、高校生探偵が活動する余地が生じているのが学園ミステリとしてはうまいところ。また、事件に巻き込まれた康もさることながら、真由が警察の見解に異を唱えて探偵活動に乗り出す、謎解きの動機に十分な説得力が与えられているところがよくできています。

 物語が進み、謎が少しずつ解き明かされるにつれて、康の心が大きく揺れ動いていくあたりは、青春ミステリとしての大きな魅力となっています。正直なところ、転落と消失のハウダニットだけを取り出してみるとやや小粒になっているのは否めませんが、それを支える周辺部分――真相を隠蔽するミスディレクションや背景となる登場人物の心理なども含め、一連の謎が全体として非常に巧妙に組み立てられているのは間違いないでしょうし、細部まで徹底された企みによるサプライズはかなり強烈です。

 もっとも、“徹底”を通り越してやりすぎているように感じられる部分もないではないのですが、そこは読者によってだいぶ意見の分かれるところではあると思われますし、さほどの瑕疵ともいえないでしょう。いずれにしても、すべての謎が解明されることで浮かび上がってくる、ある人物の心情にはこちらも心を動かされるものがありますし、事件の決着を経て登場人物たちが新たな一歩を踏み出す結末も好印象。おすすめです。

*1: 選評をみると、選考委員の綾辻行人・北村薫・馳星周が揃って絶賛しています(→「消失グラデーション | 長沢樹」(角川書店の特設サイト)を参照)。
*2: 外部にあからさまな不審人物“ヒカル君”がいることも一因ですが。

2014.09.08読了