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猫柳十一弦の失敗/北山猛邦

2013年発表 講談社ノベルス(講談社)

 後鑑千莉に届いた龍姫からの脅迫状に対して、月々守の“解決”は……ある程度予測しつつもまさかと思っていましたが、思わずニヤリとさせられます。〈探偵助手五箇条〉の第一条、「常識人でなければならない」に反しているのは確かですが(苦笑)「大団円」というにふさわしい“解決”ではあります。

 一方、猫柳十一弦は脅迫状を手がかりに、それを送った“犯人”を推理していますが、掟を守らせようという脅迫状の内容と、それが後鑑家の娘だけに届いていることから、四姉妹の祖母・後鑑ヨシ子にほぼ絞り込まれるのは十分に納得できるところです。で、ここまでは通常のミステリに通じる“すでに起きたこと”の推理なのですが、それを材料として“これから起きること”の推理に重きが置かれていくのが猫柳十一弦の真骨頂。“すでに起きたこと”の推理に比べて厳密さに欠けるのはやむを得ないところですが、“これから起きること”の推理では(蓋然性もさることながら)危険の有無を重視する必要があるわけで、その意味では脅迫状の最後ノ警告”という語句に関する推理(81頁)などよくできていると思います。

 発生が予想される事件の動機が脅迫状の延長線上にあるとすれば、掟を守らずにいる姉たちが龍姫になぞらえられる*1のも自然で、見立て殺人が起きるという推理は妥当といえるでしょう。ネタバレなしの感想にも書いたように、それが犯行の予測する手がかりとなっている――前作『猫柳十一弦の後悔』での“ミッシング・リンク”と同様に*2――ところがよくできています。

*

 “犯人”が八十五歳の老婆ということで直接的な犯行は難しく、そのために“プロバビリティの殺人”に近い機械トリックが主に採用され、それによって(比較的)犯行を阻止しやすい状況になっているのが巧妙なところ。と同時に、通常のミステリでは扱いづらいトリック――発動前の状態を見せなければ面白味の薄いトリックを、うまく使ってあるのが秀逸です。

〈第一の事件〉

 まず長女・色葉を狙った〈第一の事件〉では、“発動前の機械トリック”のさらに前段階の状態から、仕掛けられるトリックを推理することになるのが面白いところで、“鴉避け”のカムフラージュがなかなかよくできていると思います。また、作中でも描かれているようにトリックが派手に発動する一方で、(通常のミステリでの謎解き場面のように)後からトリックを再現してみせるのはほぼ不可能であるため、やはり本書のような見せ方がベストでしょう。

 ただし、作中ではうまく作動しているものの、普通に考えれば吊り橋よりも小屋の方がだいぶ重いはず*3なので、吊り橋のワイヤーが切れた際の衝撃を考慮に入れても、実際には小屋が引きずり落とされるまでには至らないのではないかと思われます。もっとも、猫柳の推理で仕掛けのすべてが解明されているとは限らず、トリックを成功させるためのさらなる仕掛け*4が施されていた可能性もないとはいえないのですが……。

〈第二の事件〉

 続いて次女・二帆を狙った〈第二の事件〉のトリックは、銃の引き金を“引く”のではなく“押す”という発想がユニークですが、実際のところは“発動前”の状態を見せるしかない、つまりは発動させようのない、実行不可能なトリックです。というのも、つららが太くなるのは、流れ落ちてきた水が表面で凍りつくためですから、引き金まで届いた後はそれを包み込むように氷が成長していくだけで、引き金を押す力は生じないはずです。

 このように実行不可能なトリックではありますが、犯行が未然に防がれることが前提である本書においては結果オーライというか何というか、少なくとも“成功する”と犯人が信じていたのであればそれでいいようにも思われます。ちなみに、ある程度成長したつららが何らかの事情で急に落下した場合には引き金が“押される”ことになるので、万一のためにトリックを解除しておいた方が無難なのも確かです。ということで、これはそれほど大きな瑕疵とはいえないのかもしれません。

〈第三の事件〉

 そして三女・絵都を狙う〈第三の事件〉は、(完全に未遂ではありますが)予想外の江戸川乱歩ネタ*5に思わずニヤリ。これはもちろん、トリックが実行された後では面白味がありませんし、絵都が部屋に引きこもっている状態だということもあって、いつ、どうやって毒を飲まされたのか特定しづらくなり、トリックが解明できなくなるおそれもあるので、やはり“発動前”を見せるのがベストだと考えられます。

 このトリックについて、猫柳は“設定が最初からおかしい”(198頁)違和感を表明していますが、ここはちょっとよくわかりません。が、ここに被害者の“協力”の気配を読み取り、絵都の真意に気づいたということなのでしょうか。

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 当初に推理された事件の構図から、“後鑑家の面目を保つ”という動機の本質はそのままに、“隠し財宝”とそれにまつわる過去の大量殺人の隠蔽という、新たな構図へと転じる終盤の展開がよくできています。また、龍姫伝説そのものが捏造だったというあたりも、何ともいえない印象を残します。

 そして、終始“事件”の外側にいた猫柳らとは対照的に、“事件”の内側にあってすべてを見抜いていた“もう一人の探偵”・後鑑絵都の登場が鮮やか。“事件”の真相のみならず猫柳らの活動にも気づいていたことが、“あなたの失敗は、本当にただの失敗でしたか?”(218頁)という印象的な言葉で表されており、事件が未然に防がれたために罰せられない(と思われる)犯人に対する抑止力としては十分といえます。

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 物語全編を通じて、猫柳の露骨な(?)アプローチをまったく相手にすることなく、クールな語りを貫き通した君橋君人ですが、決して鈍感だったわけではなかった(苦笑)ことが最後のやり取りに表れています。〈探偵助手五箇条〉を念頭に置きつつ、二人が今後どのような関係を気づいていくことになるのか楽しみです(ニヤニヤ)。

* * *

*1: 姉妹を龍姫になぞらえるのであれば、脅迫状の差出人(犯人)が“龍姫”であるのはおかしいかもしれませんが、“子供に云うことを聞かせるためのオバケみたいな扱い”(71頁)という一面もあるようなので、不自然とまではいえないような気も……。
*2: 前作『猫柳十一弦の後悔』をお読みになった方はおわかりのように、(以下伏せ字)前作では直接の手がかりとなる“見立て”が、“ミッシング・リンク”という形で隠されていた(ここまで)わけですが。
*3: “橋の上に雪が積もれば、けっこうな重さに”(120頁)なるのは確かですが、小屋の屋根にも当然雪が降り積もるわけですし、積雪対策として小屋自体にもそれなりの強度が必要なので、当然重量も大きくなります。
*4: といいつつ、具体的には思い浮かばないのですが……(吊り橋を重くしておくか、小屋を軽く(?)しておく、あるいは小屋の土台を動きやすくしておくくらいでしょうか)。
*5: いうまでもなく、短編(以下伏せ字)「屋根裏の散歩者」(ここまで)が元ネタです。

2013.01.15読了