鬼と呼ばれた男/田中啓文
- 「鬼と呼ばれた男」
冒頭で犯人による犯行場面が描かれ、犯人が
“のんちゃんの……かた……き……”
(14頁)と口にしていることから、殺された千船らが起こした事件の概要が明らかになった時点(63頁)で、ラーメン屋で働いている猪山(35頁)が犯人であることは見当がつくのではないでしょうか。しかし、犯行の際に明らかになる異様な怪力と、被害者の目玉をえぐり出して入れ替えるという何とも不可解な行動から、猪山の正体が“物っ怪”ではないかという疑念が浮上してくることになり、事件の動機に関わる“のんちゃん”の(失礼ながら)“異形”もミスディレクションとなって、合理的な真相と超自然的な真相のどちらに落ちるのか判然としない状態となっているのが最大の見どころでしょう。
目玉入れ替えの真相にはやや拍子抜けの感がないでもないですが、“現実的”な真相としては妥当なところでしょうか。そして最後には、秋吉刑事と遠山の接点と、ラーメン屋店主の不自然な態度が、思わぬ伏線となって隠れていた“悪”が暴かれるのがお見事。
- 「女神が殺した」
まず、序盤の“内臓持ち去り事件”については、とっさにそこまでできるのかというのが気になるところですし、内臓を持ち去っても血液中からアトロピン(あるいはその代謝産物?)が検出されるのではないか(*1)とも思われますが、いずれにしても発端のインパクトは実に強烈です。
“女神”が示した
“き・よ・う・/す・け・が・/れ・い・/こ・ろ・す”
(169頁)という〈み言葉〉が、“京輔が玲、殺す”
(170頁)とショッキングな解釈がなされてサスペンスを高めていますが、実は“教主……穢れ……射殺す”
(184頁)の意味だった(*2)というダブルミーニングダジャレには、脱帽とともに苦笑を禁じ得ません。フリーライターの木村の死については、二重の解決が用意されているのが見どころ。“アトロピンによる錯乱の末の自殺”という解決は、地味ながらも(?)密室状態の現場の状況が利用されているのがうまいところですが、さらに
“――め……が……み……”
(175頁)というダイイングメッセージを“(アトロピンの影響で)目が見えない”と解釈してあるのが秀逸(*3)。しかして真の解決は、教団の“からくり”をうまく再利用したトリックがよくできていますし、“入り口のほうで、どすっという音がしたが、誰も振り向かなかった。”
(174頁)や、玲の顔の“真新しい紫色の痣”
(175頁)といった手がかり/伏線が巧妙です。最後の“裁き”では、警察に先んじて現場に駆けつけた黒ずくめの男の正体が暴かれていますが、序盤に内山さくら巡査が語った警察オタクの兄の話がここで伏線として回収されるのがすごいところで、鬼丸を慕うさくらの“退場”につながってしまうのが容赦ないというか何というか。“坂口”の変装が露見するきっかけになったのが、さくらその人だというのも皮肉です。
- 「犬の首」
一見すると犬神を作ろうとしていたとしか思えない、犬の首が切り落とされる冒頭の場面に、筋の通った合理的な説明がつけられているのが――というよりもむしろ、不可解な謎の作り方が実に見事というべきでしょうか。とりわけ、首だけ残して地面に埋められたと見せて、実際には犬が境内から穴を掘ってきて顔を出したところだったという構図の反転が鮮やかです。
“瞬時にミイラ化した死体”という謎は魅力的ではあるものの、現実的な真相としては作中で示されているように別人の死体でしかあり得ないところ、“物っ怪”というホラー要素の存在が真相を見えにくくしている部分があるのは確かでしょう。加えて、「鬼と呼ばれた男」と「女神が殺した」の2篇がいずれも、超自然的な事件かと思わせて現実的な真相というパターンになっているために、「そろそろ物っ怪の仕業なのでは?」と思わされてしまうのがうまいところです。
そして、一旦は現実的な解決を示しておいて、最後に“物っ怪”――容疑者として逮捕された“コンコン大王”――が真犯人だったと引っくり返してしまうのが巧妙で、ホラーミステリの醍醐味といえるでしょう。
*2: これについては、『鬼の探偵小説』では“教主”に“きょうす”とルビが振られていたのですが、本書ではそれが見当たらないのが少々残念(“きょうしゅ”と読んでしまうと、ダジャレがわかりにくくなってしまうので)。
*3: もっとも、この解釈では木村が玲を指差したこと(174頁)に説明がつかず、それが真の解決につながる手がかりになっている、といえます。
2014.02.22読了