ミステリ&SF感想vol.73

2003.10.01
『屋上物語』 『くノ一忍法帖』 『鬼の探偵小説』 『毒の神託』 『大潮の道』



屋上物語  北森 鴻
 1999年発表 (ノン・ノベル N-653)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 とあるデパートの屋上で繰り広げられる様々な人間模様。事件を語るのは、屋上の“住人”たち。そして、うさんくさい興行師・杜田や悪ぶった高校生・タクを手足のように使い、事件の謎を解くのは、その安さからは想像もできない味を誇るうどんスタンドの主、通称“さくら婆ァ”……。

「はじまりの物語」
 思いつめた表情でたたずみ、屋上から紙飛行機を飛ばす少年。その紙飛行機には、『気をつけろ 9・26』という文字がマジックで書かれていた。それを拾ったさくら婆ァの行動は……。
 さくら婆ァが掘り起こしたのは、幼稚な悪意。しかしその陰には、“神の視点”を持つ語り手のみが知る、より強烈な悪意が潜んでいます。ミステリ色は薄いものの、印象に残るエピソードです。

「波紋のあとさき」
 開店直後の屋上で、警備員が殺されているのが発見された。被害者は紐状の凶器によって、強い力で首を絞められていたのだが、現場は完全な密室状況で、凶器も見当たらない……。
 トリックと趣向がうまく結びついた快作です。救いのないようなあるような、微妙な結末が余韻を残しています。

「SOS・SOS・PHS」
 屋上のベンチに置き忘れられたPHS。なぜか毎日、ほぼ同じ時刻に着信音が鳴り響くが、取り上げたさくら婆ァが耳を当ててみると、聞こえてくるのは意味不明の電子音ばかり……。
 純粋な謎解きとしてはさほどでもなく、ある一つの謎が解けた時点で結末まで見通すこともできるかもしれません。が、悪い予感が当たってしまうかのようにその結末へとたどり着かなければならないところに、何ともいえないやりきれなさが感じられます。

「挑戦者の憂鬱」
 屋上に置かれた、古ぼけたピンボールマシンを通じて、高校生・タクと日雇い労働者・ロクさんとの間に育まれていく友情。だが、やがてタクの周囲に何者かの悪意が迫ってきた……。
 一見ばらばらなものが最後にまとまっていくという展開がよくできています。また、動機も非常に面白いと思います。

「帰れない場所」
 怪我をして入院していたはずのロクさんが、突然病院から逃げ出してしまった。一体なぜ? 一方、屋上ではその頃、バグパイプを吹く男の姿が新たな名物となっていたのだが……。
 突然登場する“バグパイプ男”については、次のエピソードに持ち越されています。異質なものの組み合わせは面白いのですが、やや無理があるようにも思えます。

「その一日」
 屋上にバグパイプが置き忘れられてから数ヶ月。それを吹いていた男に、一体何が起こったのか? さくら婆ァの指示を受けて、杜田はバグパイプの持ち主を探し求めるが……。
 ひねり具合はなかなかよくできているものの、必要以上に複雑になってしまっているきらいがあります。

「楽園の終わり」
 うどんスタンドが突然閉店されることになった。杜田とタクは気をもむが、当のさくら婆ァは平然とした様子。そこへ現れたのが、家出娘を探す父親。どうやらさくら婆ァの知り合いが関わっているらしい……。
 謎はもはや重要ではなくなり、哀しみに満ちた事件の結末が強調されています。同時に、さくら婆ァ自身にも一つの決着が訪れます。決してすがすがしいとはいえませんが、幕切れにふさわしいエピソードです。
 本書は“長編連鎖ミステリー”と銘打たれていますが、エピソード間のつながりは強いものの、長編としての筋はあまり明確ではありません。本書の趣向は、泡坂妻夫〈夢裡庵先生捕物帳〉にみられる“登場人物のリレー”に通じるところがあるのですが、それよりももう少し緊密な、“原因と結果のリレー”ともいえるものです。つまり、あるエピソードで“原因”が提示され、(おおむね)次のエピソードでその“結果”としての事件が起こるという構造になっているのです。このように、エピソードの連続性(こちらを参照)は強いのですが、それが全体に及ぶことなくあくまでも局所的なものにとどまっているため、結果として長編とも連作短編ともいい難い独特の構成になっているといえるでしょう。

 本書でさくら婆ァが遭遇する事件は、ほとんどがミステリとしてはさほどのものではないのですが、いわゆる“日常の謎”派として位置づけるには強すぎるを含んでいます。しかしその毒が、特殊な語り手によって和らげられている部分があるのが巧妙です。最初のエピソード「はじまりの物語」が典型なのですが、探偵役であるさくら婆ァは必ずしもすべての真相を見抜くことができるわけではありません。残された真相を読者に伝える役割は“神の視点”を持つ語り手に委ねられ、さくら婆ァではなく淡々とした語り手を介して伝えられることで、後味の悪さがかなり薄められているのです。

 なお、文庫版ではタクを主役とした(さくら婆ァと杜田は登場しません)番外編的なエピソード「タクのいる風景」が追加されています。

2003.09.16読了  [北森 鴻]



くノ一忍法帖  山田風太郎
 1961年発表 (講談社ノベルススペシャル)ネタバレ感想

[紹介]
 豊臣家が滅んだ大阪夏の陣にて、落城間近の大阪城から救い出された徳川家康の孫娘・千姫。だが、豊臣秀頼に嫁いでいた彼女の侍女の中に、真田幸村の指示を受けて秀頼の落とし胤を宿した五人の信濃女忍者が含まれていたのだ。家康への反感をあらわにし、五人の女たちをかばう千姫に対して、家康は五人の伊賀忍者を呼び寄せ、密かに女忍者を抹殺することを命じる。かくして、伊賀の男たちと信濃の女たち、五人対五人の想像を絶する戦いが始まった……。

[感想]

 風太郎忍法帖における忍者たちの激しい戦いの背景には、往々にしてその契機となる二大勢力の対立があるわけですが、この作品ではそのあたりがやや特殊であるように思います。千姫と家康の対立は、豊臣家と徳川家の勢力争いにとどまらず、女性と男性の対立という、よりプリミティブなところに端を発しているのです。そしてそれは忍者同士の戦いにも還元され、全編が男と女の戦いというテーマを体現したものになっています。しかも、そのテーマをより強調するかのように、この作品の女忍者たちは(男性との決定的な差異という意味で)女性の究極の状態ともいえる妊婦として登場します。豊臣秀頼の落胤というアイデアとどちらが先だったのかはわかりませんが、テーマとプロットが有機的に結びついて大きな効果を上げているのは間違いありません。

 作中で繰り広げられる忍者たちの戦いは、伊賀の男と信濃の女という組合せももちろんのこと、登場する忍法もほとんどが“性”に関わるもので、まさに壮絶な男と女の戦いとなっています。また、妊婦ならではの忍法もあり、テーマに沿って統一された忍法が描かれているという意味で、数多い風太郎忍法帖の中でもかなり異色の部類に入るのではないでしょうか。

 難点を挙げるとすれば、前述のように忍法がある程度統一されていることで、逆にバリエーションが乏しくなってしまっているところでしょうか。そしてもう一つ、『甲賀忍法帖』に比べると顕著なのですが、千姫を求める坂崎出羽守の一党のように忍法勝負に介入してくる第三者の存在により、物語の焦点がぼやけてしまっているように感じられるのも残念です(もちろん、双方の忍者たち全員に見せ場を作る機会を与える、という効果はあるのですが)。

 というわけで、十分に面白い作品とはいえ、他の傑作よりはやや落ちるかという印象だったのですが、やや意外な終盤の展開、そして予期せぬラストには驚愕してしまいました(わかる人にはわかるかもしれませんが、実は途中で気づいて然るべきだったのでした)。すべてがテーマに沿って組み立てられていると同時に、ラストのサプライズのための伏線になっているという構成は、実に見事といわざるを得ません。

2003.09.20読了  [山田風太郎]



鬼の探偵小説  田中啓文
 2001年発表 (講談社ノベルス)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 その名前から“鬼”と呼ばれながらも、まったく風采の上がらない鬼丸刑事と、アメリカで経験を積んで帰国したばかりのエリートであるベニー・芳垣警部のコンビが、大きな事件もなく平和だったはずの忌戸部署管内で、なぜか次々と起こる怪事件に挑むという、ミステリ+ホラーの連作短編集です。

(2014.03.12追記)
 角川ホラー文庫にて〈オニマル 異界犯罪捜査班〉シリーズとして再開されましたので、そちらをご覧ください。

「鬼と呼ばれた男」
 マニア相手のアイテム売人が惨殺された。頭を砕かれた上に、えぐり出された目玉を左右入れ換えられていたのだ。被害者の悪どい商売が動機かとも思われたのだが、さらに別の男が同じ手口で殺され、事件は不可解な様相を呈する……。
 本書に関する予備知識が少ない方が楽しめると思います。事件の真相そのものはさほどでもありません。

「女神が殺した」
 裸で走っていた女性が車にひかれて死んでしまった。と、そこへ黒ずくめの男が現れ、死体を回収しようとするが、警察の接近に、死体の腹を切り裂いて内臓を持ち去っていった。被害者は、ある新興宗教の信者だったらしいのだが……。
 巧妙に組立てられたプロットと、さりげない伏線が秀逸です。ただ、少々強引な部分もあるのが残念ですが。

「蜘蛛の絨毯」
 “蜘蛛館”に住む未亡人と四人の娘。その末娘が、脅迫に怯えて閉じこもっていた自室で、蜘蛛の毒を注射されて死んでしまった。唯一の出入り口である開いた窓は蜘蛛の巣でふさがれ、“蜘蛛”というダイイングメッセージが残されていた……。
 全編が蜘蛛づくし、しかも見立て殺人に密室、ダイイングメッセージと、ミステリの道具立てが盛り沢山の作品です(よく考えてみると、霞流一の作風に近いですね)。真相もよくできていると思いますが、最後のアレに脱力。

「犬の首」
 “いぬがみつき”という謎の言葉を残し、深夜に姿を消した神社の宮司は、その後すぐに発見された。境内の砂の中に埋められ、ミイラ化した死体となって――神社の森に住んでいた浮浪者が容疑者として逮捕されたのだが、その正体は……。
 “瞬時にミイラ化した死体”という謎も魅力的ですが、シリーズの設定が最もうまく生かされているところも見逃せないでしょう。本書の中ではベストの作品だと思います。

2003.09.21読了  [田中啓文]



毒の神託 The Poison Oracle  ピーター・ディキンスン
 1974年発表 (浅羽莢子訳 原書房)

[紹介]
 砂漠にそびえ立つ逆ピラミッド型の宮殿。アラブ人の主・スルタンに雇われた心理言語学者のモリスは、チンパンジーに言語を理解させる実験をしていた。だがある日、密室状況となった宮殿内の動物園で、スルタンとボディーガードが、互いに殺し合ったかのような死体となって発見された。そしてその事件により、アラブ人と沼地の民との間に一触即発の危機が生じてしまう。モリスは、特殊な言語体系と習俗の中に生きる沼地の民のもとへ赴くが……。

[感想]

 ディキンスンらしいというべきか、特異な環境を舞台にした異色のミステリです。とはいいながら、ミステリ部分、すなわち謎解きには、あまり重点が置かれていません。実際、殺人事件こそ起こるものの、その謎はさほどのものではなく、トリックにも目新しいところはありません。作品の中心となるのはあくまでも特殊な舞台、独自の言語体系というレベルから築き上げられた一つの文明なのです。その意味で、本書はむしろSFに近いというべきなのかもしれません。

 そしてその文明は、殺人事件をきっかけにアラブのベドウィン社会との衝突の危機を迎えます。主人公であるモリスは、その衝突によって引き起こされるであろう沼地の文明の滅亡を回避するため、事件の真相を解明しようとします。このあたりで展開される、言語を触媒にした文明論は、非常に興味深いものがあります。言語を解するチンパンジーもまた、言語と文明の関係を強調するために登場させられているといえるでしょう。

 事件はあわただしいながらもユニークな形で解決されますが、その果てに待ち受ける結末は、何とも形容し難い印象を残します。やはり最後までディキンスンらしい、微妙にポイントを外したような作品です。

2003.09.24読了  [ピーター・ディキンスン]



大潮の道 Stations of the Tide  マイクル・スワンウィック
 1991年発表 (小川 隆訳 ハヤカワ文庫SF1005・入手困難

[紹介]
 植民惑星ミランダでは、極地の氷が解けて陸地の大半が水没する大変動の時期を迎えていた。そこへ派遣されてきたのは、星間政府の役人。グレゴリアンという男が禁じられたテクノロジーを持ち込み、水中生活の可能な改造人種を作り出しているというのだ。だが、役人はグレゴリアンを追いかけるうちに、仕掛けられたにはまり込み、この星に満ちた美しい幻想に絡め取られていく……。

[感想]

 ネビュラ賞を受賞した、幻想的なファンタジー風SFです。“高度に発達した科学は魔法と区別がつかない”というA.C.クラークの有名な言葉を地で行くかのように、メカニズムの説明がほとんどないまま登場する高度な科学技術が、全編を通じて魔法さながらの現象を生み出しています。しかも、歴史的な事件をきっかけに科学技術の移転が厳しく制限されているという設定により、植民惑星の科学技術レベルが低く抑えられていることもあって、舞台となる惑星ミランダの人々は、高度な科学技術を完全に魔法と同一視するようになっています。このあたりは非常に巧妙です。

 そのような世界の中にあって、禁じられたテクノロジーを持ち込んだとされるグレゴリアンは、追跡者である主人公の役人に対して魔術的な罠を仕掛けていきますが、その強大な力と地の利を背景にした余裕ある態度がある種の魅力を感じさせます。対する役人の方は、その保有するテクノロジーも惑星上での使用を制限されているため、グレゴリアンの罠に苦戦し、追跡も思うようにいきません。しかしその過程において、特に序盤で描かれた記号としての“役人”という存在から、(最後まで名前で呼ばれることはないものの)役人という立場から切り離されてた一個人として、次第に奥行きを増していくところが、なかなかよくできていると思います。

 周期的に陸地の大部分が水没してしまうという特異な環境は、物語に十分生かされているとはいい難い部分がありますが、クライマックスと歩調を合わせて訪れる大潮が、物語の結末を一際印象深いものにしています。

 さりげなく最初と最後の一文を対応させるなど、全体的に文章表現には凝ったところがあり、また説明が少ないこともあって、内容を把握しづらくなっている面があるのは否めませんが、耽美的ともいえる独特の雰囲気に満ちた魅力的な作品であると思います。

2003.09.26再読了  [マイクル・スワンウィック]


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