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大癋見警部の事件簿リターンズ/深水黎一郎

2016年発表 (光文社)
「盗まれた逸品の数々」
 東薗寺是清氏の走り書きがダイイングメッセージ風の謎となっていますが、記された四つの“美術品”すべてに――しかもそれぞれ少しずつ違った方向性の――ネタが仕込まれているのがすごいところです。

 椿山の花鳥画
 田中老人の彫刻
 鈴木ショーネンの掛け軸
 王義之の書(真筆!)
  (9頁)
 “田中老人”が平櫛田中{でんちゅう}(→Wikipoedia)だったというのは、定番(?)の苗字と名前(号)の混同によるものですが、“田中”が苗字としか思えない*1のが強力。また鈴木松年(→Wikipedia)は、“鈴木ショーネン”と仮名文字にした上に“田中老人”と並べることで、“鈴木少年”と誤読させるのがうまいところです。一方、椿椿山{つばき・ちんざん}(→Wikipedia)からひねり出された、いかにも相撲取りらしい名前の椿山{つばきやま}関は絶妙。そして王義之{おう・ぎし}*2は、中国系日本人の王義之{おう・よしゆき}という真相そのものよりも、“王義之”による初日の出(36頁)の視覚的な破壊力が抜群です(笑)

「指名手配は交ぜ書きで」
 大癋見警部が看板を“伝助{ひろし}”と誤読するところまでは“予定調和”といっても過言ではありませんが、それをそのまま抜け抜けと手柄につなげてしまうのがさすがです。

「大癋見警部殺害未遂事件」
 大癋見警部が命を狙われるのはいい*3として(?)、“棟方もコロス”(57頁)“海埜主任――アンチ”(64頁)のように対象が広がってくると殺害未遂ではないことは明らかですが、“もしギリ”というとんでもない真相には思わず気が遠くなります(“ぷちコロス”もひどい)。館林刑事、只者ではありません。

「ピーター・ブリューゲル父子真贋殺人事件」
 殺人事件の真相については、犯人が“何をしなかったか”――被害者・太田垣実による鑑定結果を確認しなかったことが決め手となっているのが鮮やか。“しなかった”という“消極的な”手がかりであるために目立ちにくいのもさることながら、鑑定が終わっていたことを海埜警部補が伝えた(129頁~130頁)時点では、太田垣の鑑定結果にはすでに疑義が投げかけられているため、スルーしても何も問題がないように思わされてしまうのが巧妙です。

 一方、“ピーター・ブリューゲル(子)――偉大なる大ブリューゲルの画面を子が台無しに。”(83頁)という、太田垣による疑惑の鑑定結果については、“ピーター・ブリューゲル({ねずみ})”というまさかの真相に唖然とさせられますし、もはや“線”といえるのかどうか怪しいほどに取ってつけたような“午{うま}”の話がヒントになっているのが凄まじいところです(また、「第一部」の作品が誤読ネタで揃えてあることも伏線といえそうです)。太田垣が別の鑑定覚書で、普通に“ピーター・ブリューゲル(子)”(103頁)という表記を使っている*4のが少々気になるところですが……。

「とある音楽評論家の、註釈の多い死★1
 冒頭から註釈をつけている増渕尚志が、作中の事件とまったく無関係とは考えにくい*5のですが、註釈は通常の場合、物語(本文)とはテキストレベルが異なり物語の“枠外”となるわけですから、増渕を作中の事件の犯人とするのは――事件が作中作でない限り――〈読者が犯人〉トリックに近い難題であるといえます。

 しかるに、テキストレベルが異なるメタフィクションと見せかけて、増渕がほぼリアルタイムで註釈をつけていた――この作品は、いわば現場と増渕宅の“二元中継”だった――という真相が非常に秀逸です。本文で描写された現場の様子を隠しカメラで観察していたという仕掛けをみると、〈視点人物の隠匿〉トリックの巧みな応用といってもいいかもしれません*6し、被害者・松浦暢弘の仕事関係のファイルが評論に関するブラックなネタだけでなく、増渕が註釈をつける対象として不可欠だったというところもよくできています。

 厳密にいえば、★1のこの小説はミステリーの体裁を取っていますが”(171頁)や、★9の上段が、ファイルにある表現で”(208頁)などの記述は、増渕がリアルタイムで註釈をつけたにしては不自然です。しかしこれは、事件を小説化したものに改めて註釈をつけた――“お前に註をつけてもらいたいものがいっぱいあるんだ!”(267頁)という言葉通り、大癋見警部の紹介で(?)“私に、編集部が註釈者として白羽の矢を立てた”(171頁)――とも考えられるのではないでしょうか。

*1: Wikipediaによれば、旧姓の“田中{たなか}”を号としたらしいので、当然といえば当然かもしれませんが。
*2: 作中で瞬一郎は、“鋭い人なら、作品の冒頭でその被害者の書き置きとやらを一目見た時点で、おかしいと気付く筈”としていますが、“本人の落款は、当然正字の《王之》”(いずれも38頁)だとしても、(本人ではない)被害者が正字で書くとは限らないのではないでしょうか。
*3: 「盗まれた逸品の数々」のラストシーンが伏線として使われているのにニヤリとさせられます。
*4: どちらの鑑定覚書も、(子{ねずみ})では意味が通りません。
*5: 註釈の記述者の名前が明示されていることで、読者からみれば物語の登場人物の一人となるのですから、容疑者の“枠内”であることは明らかではないでしょうか。
*6: 時おり挿入されている“砂嵐”(198頁など)が、現場の描写が隠しカメラの映像であることを示唆している――と考えると、それを見ている増渕の存在が隠されている、ともいえるでしょう。

2016.09.25読了

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