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OZの迷宮/柄刀 一

2003年発表 カッパ・ノベルス(光文社)

 本書では、“名探偵”という役割が、鷲羽恭一→月下二郎→南美希風という順序で受け継がれていきます。
 まず、「密室の矢」「逆密室の夕べ」で探偵役をつとめた鷲羽恭一が、次の「獅子の城」であっさりと退場してしまったのは予想外でしたが、鷲羽恭一に引導を渡した月下二郎が「わらの密室」で殺されてしまったのにはさらに意表を突かれました。月下二郎から“名探偵”の役割を受け継ぐのは誰なのか、彼を殺したベンジャミン・リッグスなのか。
 ところが、次の「イエローロード」に入ると完全に訳がわからなくなります。「承前」(前を承{う}ける)と題されているにもかかわらず、それまでの物語とのつながりは見えませんし、「承運」という造語の意味もよくわかりません。
 その答は、「美羽の足跡」でようやく暗示され、「本編必読後のあとがき」ではっきりと示されます。鷲羽恭一によって仕立てられた容疑者として物語に登場しながら、もう一人の“名探偵”である鷲羽恭一に打ち勝った月下二郎。彼の背負った“名探偵”という宿命が、死してなお、移植された心臓を介して南美希風に引き継がれる(「承運」=運命を承ける、ということでしょう)という物語は、冒頭に掲げられた“名探偵は生き方ではなく、宿命である”という文章を体現したものといえるでしょう。

 そして、退場したはずの鷲羽恭一が記述者だったという点も印象的です。「本編必読後のあとがき」には月下二郎に対する“報復の書”だと書かれていますが、自分でも“名探偵”の役割をつとめた鷲羽恭一だけに、その背後に“名探偵”という宿命への羨望のようなものが見え隠れしているように思えます。

 余談ですが、移植された心臓を介した“宿命”という、とても科学的とはいえないアイデアには、科学と擬似科学の明確な区別など眼中になく、ひたすらドラマ性を重視する柄刀一の姿勢が表れているようにも思えます。かつて『4000年のアリバイ回廊』の感想にも書いたように、この過剰ともいえるドラマ性が個人的に鼻についてしまうのですが……。

 一部の作品のみ。

「密室の矢」
 密室そのものの真相は陳腐ともいえるものですが、内部から外部への凶器の移動という、被害者によるミスディレクション(密室内部での犯行と誤認させる)が秀逸です。

「逆密室の夕べ」
 真犯人や事件の構図がわかりやすすぎる(それしかない)のは辛いところですが、その手段はよくできていると思います。排水の流れを使ったトリックには前例がありますが、本来は鍵を移動させることができるほどの水が溜まる場所ではないところが巧妙です。

「獅子の城」
 細々としたトリックが組み合わされていますが、最も面白いのはやはり探偵の自作自演という構図、しかも二人のスケープゴートが用意されているところでしょう。
 また、冒頭で鷲羽恭一が“獅子”(シーサー)にたとえられているのも印象的です。『OZの迷宮』という題名から本書が『オズの魔法使い』を下敷きにしていることは明らかで、その中に登場するライオンは臆病者なのですから。

「わらの密室」
 冒頭に置かれた犯人の独白では密室トリックが明かされているのですが、まさかこれがミスディレクションとして使われるとは思ってもみませんでした。密室トリックが提示されているがゆえに、本来は真っ先に疑ってしかるべきリッグスを、犯人とは考えにくくなっているのです。そのため、現場の絨毯がめくれないという事実が明らかになった時には驚愕してしまいました。非常に巧妙な罠といわざるを得ません。
 一方、遺体損壊の謎の方もよくできていると思います。

「イエローロード」
 若竹七海の体験談をもとにした『競作 五十円玉二十枚の謎』に触発された作品なのは間違いないでしょう。10円玉でしか成立しないのは少々残念ではありますが、それでもその解決は十分な説得力を持っていると思います。また、手の中の小銭から出発したロジックも見事です。

「美羽の足跡」
 『オズの魔法使い』の中の、竜巻に飛ばされるというエピソードがうまく使われています。しかし、竜巻といえば“ドロシー”を登場させる必要があることもわかりますし、そうなればハートウォーミングな物語になってしまうというのも納得できないことはないのですが、南美希風と月下二郎の人生をクロスさせるのは、ややあざとすぎるように思えます。しかも、それが鷲羽恭一の創作だったというのは、どうもキャラクターに合っていないように感じられてなりません。

2003.07.06読了

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